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第三章 世界を巡る
第85話 正体
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「……ぱ……ぱ」
……何処かから声が聞こえる。
「ぱぱ……ぱぱ!」
これはライアの声?
一体どうしたの?
なんでそんなに必死な声を出しているんだよ?
「……きて。ぱぱ! おきて!」
起きて? あぁ、僕は寝ていたのか。
もう朝なの? う~ん、なんか身体がだるくてまだ眠いんだよ。
もうちょっとだけ寝させて……。
でも珍しいな、ライアが僕より早く起きて僕を起こすなんて。
モコの頃から毎朝ライアを起こすのが日課だったのにね。
ははっ今日は槍が降るかもしれない。
ん? そう言えばつい最近もこんな事があったような?
あれは確か……モコがライアになったあの日……?
ちょっと待って? そうだ、なんで僕は寝てるんだ?
ここは部屋のベッドじゃない、背中に感じるのは地面の感触だ。
なぜこんな所で寝て……いや、確か僕はダークエルフと戦ってて、死神……ううん、サイスが助けに来てくれて……それから?
え~と、そうだブリュンヒルドが急に強くなって、自爆するとか言いでして……そして、僕は……?
「はっ! そうだ!! 皆は無事? ブリュンヒルドはどうなった?」
僕はいつの間に寝てしまったんだろう?
戦いの真っ最中だったじゃないか!
あまりにも強いブリュンヒルドの魔力で魔力酔いでも起こして気絶しちゃったって言うんだろうか?
僕は慌てて目を開き声を上げる。
「わ~い! ぱぱおきた~」
「マーシャル! 無事なの? このまま起きないかと思って心配してたんだから」
「マーシャル……無事。良かった……」
「……!!!」
「マーシャちゃん!」ぎゅぅぅぅ!
「うわ! な、なんだこの柔らかいの、う、うぐぅ」
目を開けた途端口々に僕が起きた事を喜ぶ声が聞こえたんだけど、その最後に何か柔らかい物が僕の顔を押し潰して来た。
実際に潰れる訳じゃないんだけど鼻と口が塞がれたもんだから息が出来なくて苦しい!
「こら! ドリー! あんた膝枕してるってのに上から覆い被さったら、その無駄に大きいのに挟まれてマーシャルが窒息しちゃうでしょ!」
「ふごっ!」
な、なんだって? こ、これはそう言う事なの?
確かにそれは哺乳類系魔物でもないドライアドには元来必要の無いモノだ。
なんで付いているのか永遠の謎だったけど、始祖の手記によってカラクリを知った今では先史魔法文明……パンゲアの魔術師のただの趣味だった事が分かった。
ありがとうパンゲアの人! なんて僕は幸せ者なんだ……って、違う! 今はそんな事で喜んでる場合じゃない。
ブリュンヒルド達がどうなったかも知りたいし、何より早く新鮮な空気を吸いたいしね。
うぅぅ! 窒息する~!!
「ご、ごめんなさい。マーシャちゃん大丈夫?」
僕が苦しがっているのに気付いたドリーは慌てて覆いかぶせていたソレを僕の顔から上げて謝って来た。
突然じゃなきゃ気道を確保して呼吸出来る状態を保てたんだろうけど、さすがに起き抜けにそれは難易度が高過ぎた。
僕は離れていくソレを惜しみつつも新鮮な空気が肺を満たす解放感に喜びを禁じ得ない。
「はぁはぁ、だ、大丈夫だよドリー。そ、それよりどうなったの?」
どうやら僕はドリーの膝枕で寝ていたようだ。
凄い脱力感は有るけど、あの日ほど酷くない。
まぁ、あの時はライアとの契約で魔力を吸われて続けてたからなんだけど。
僕はなんとか起き上がって辺りを見渡した。
母さんとプラウは僕が起きた事を嬉しそうな顔をしてこちらを見ている。
ドリーは先程の事を反省してるみたいでしょぼんとしていた。
サイスは……あっいたいた。
少し離れた場所に立っていたサイスは完全武装の鎧姿から黒いドレス姿に戻っている。
ん? なんかドリーをジッと見てるな? 心なしか額に青筋浮かんでるように見えるしなんで怒っているんだろう?
そしてライアだけど……。
「ぱぱぁ~」がばぁ!
「おっと! ライア! 良かったライアも無事だったんだね」
目が合った瞬間ライアが抱き付いて来た。
僕はそれを受け止めて頭を優しく撫でる。
ん? サイスがさっきよりも青筋を額に浮かせてライアをジッと見てるぞ?
どうしたんだ?
いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃないな。
皆の雰囲気はなんだか呑気な感じだけど、敵がどうなったか分からない状態ではまだ安心出来ない。
「ねぇ、戦いはどうなったの? 僕はなんで気を失っていたの?」
「え? な、なんでって……あんた覚えてないの?」
「覚えて……ない? どう言う事? 何が起こったん……痛っ!」
母さんは不思議そうな顔で僕に覚えていないのかと聞いて来る。
覚えてるも何も僕の覚えている事は……と記憶を遡ろうとした途端、頭に鋭い痛みが走り思わずこめかみに手を当てた。
「大丈夫!?」
「う、うん。何があったか思い出そうとしたら突然頭が痛くなっちゃって……。でも何となくあの時僕は怒っていたって事は思い出せたよ。皆は逃げろって言っていたけど、どうしてもブリュンヒルド達のマスターの事が許せなかったんだ」
「……そっか、あの時のマーシャルはちょっと尋常じゃなかったものね。かなり怒ってるようだったし、魔力の高まりも凄いなんてものじゃなかった。死神ちゃんなんか金縛りかけられてたもの」
「む……」
「金縛りってそんな……あれはただ僕のお願いを聞いてくれてただけだよ。ねぇ? サイス。あの時は止まってくれてありがとう」
「……いや……うん」
「それよりどうなったの? 薄っすらと覚えているのは爆発しそうなブリュンヒルドが僕に逃げろって、それもマスターとか言う奴の為だって……それを聞いたら僕は許せなくって……」
ズキンッ!
「痛っ! 駄目……これ以上思い出そうとすると頭が……」
「無理しちゃ駄目よマーシャル。 すぐに思い出せないのも無理は無いと思うの。激しい怒りによって一種のトランス状態になっていたのだし、あれ程の高魔力の奔流なんてのを放出したら普通の魔術師ならその身が耐えられないもの。無理しちゃ駄目。 そうじゃないと……また、あの時の様に……」
痛みに耐えながら無理矢理思い出そうとする僕を母さんが止めた。
その話を聞くだけど僕はとんでもない無茶をしたと言う事は分かる。
頭をすっきりする為に軽く頭を振ていた僕の耳に、母さんが小さく呟いた言葉が微かに聞こえた。
「そうじゃないと? って、なに?」
「え? あぁ、無理すると倒れるって話よ。ほら、リラックスして、深呼吸深呼吸」
「う、うん。スーハースーハー」
僕は母さんに促されるまま、大きく息を吸って頭が痛くならない範囲で記憶の整理をした。
僕が『穏形』の範囲を出てブリュンヒルドの前に姿を現してからの記憶は、まるで視界に靄がかかったような虚ろなものである為、まだ所々しか上手く像が結べない。
一つだけ胸に残っているのは、最後の瞬間僕はこの左手に何かを願ったと言う事。
それが何なのか、そしてそれによって何が起こったのかは思い出せない。
そして真っ赤に染まる光の中、泣いているブリュンヒルドの顔だけが強く脳裏に焼き付いていた。
「……そうだっ! ねぇ、ブリュンヒルドはどうなったの?」
そもそも、なんで僕達はこんな所で暢気に喋ってるんだ?
泣き顔のブリュンヒルドはどうなった? 何処に行った?
僕があの時、願った事はブリュンヒルドの為だった筈だ。
ならば彼女はどうなったんだ?
辺りを見回してもブリュンヒルドの姿は見えない。
彼女は敵だ。
だからこんな状況の中、黙って立っている訳がないのは分かってる。
けど、それでも彼女の姿を探してしまう。
「ブリュンヒルド……彼女は……」
母さんは僕の問いに複雑な表情を浮かべて視線を少し離れた地面に向けて下ろす。
え? その動作はどう言う意味?
そこにブリュンヒルドが居るって事?
視線の位置的に僕より遥かに背が高い彼女なら、それは言うまでも無く地面に伏していないと無理な低さだ。
ま、まさか……死? ぶるるん。
僕は沸き起こる嫌な予感を頭を振って吹き飛ばす。
もしそこで倒れているのなら、出来れば僕と同じように気絶しているだけであって欲しい。
そんな思いを込めて母さんの向けた視線の方向に恐る恐る顔を向けた……ん? あれ?
「え、え~と……ブリュンヒルドはどこ?」
母さんの視線の先にブリュンヒルドの姿は無かった。
しかし、何も無かったと言う訳ではなく、そこには確かに横たわっている者の姿が……いや、者じゃないな。
物? ケモノ? 魔物?
「それがそうよ」
「それがそうって、何言ってるの? だって、そこに居るのはオオカミじゃないか」
そう、母さんの視線の先に居たのは一匹の白い狼。
そして、その狼は何故か蔦でぐるぐるに縛られていた。
しかも、よく見るとただの狼じゃないな。
僕の知識では確かあの狼はスノーウルフって言うB級上位に位置する魔物だったと思う。
名前の通り雪深い地方や万年雪に覆われた高山地帯に生息する魔物だ。
僕も図鑑で見ただけで、生息地の特殊性から目撃情報も滅多に聞かないレアな魔物。
種族特性として冷気を操り氷で攻撃すると言う危険極まりない奴らしい。
なぜそんな魔物がここに?
ジッと動かないので一瞬死んでいるのかと思ったけど、よく見ると胸の辺りが少し上下に動いているのが分かった。
気を失っているのか、それとも眠っているだけか、どちらにせよ死んではいないみたいだ。
恐らくその身を縛っている蔦はドリーが能力で逃げられない様にする為だと思うけど……だから何?
珍しい魔物見つけたから捕まえたって言うの?
「ちょっと母さん。確かに珍しいけど今はそんな事はどうでも良いんだよ。ブリュンヒルドは何処に……」
「だから、それがブリュンヒルドよ」
はぁ? そのスノーウルフがブリュンヒルドだって?
何言ってるの母さ……ん。
ハッ! ちょっと待って?
冷気を操るスノーウルフ……そしてブリュンヒルドも……同じ?
「は、は……そ、そんな……」
「いや、マーシャル……マリアの言う通り、それがブリュンヒルドと名乗った奴の正体だ」
理解出来ない状況に頭が真っ白になっている僕にサイスがそう説明した。
正体ってなに? ブリュンヒルドはスノーウルフが変身した姿だったとでも言うの?
「そんな馬鹿な。スノーウルフが人型に変身するなんて聞いた事がないよ」
「いいえ本当よ。信じられないのも無理は無いけど私達はこの眼で、その姿に変わる瞬間を目撃したもの」
「そ、そんな……」
「マーシャル。戦いの最中、我が……んんっ。あ、あたしが奴に向かって『紛い物』と言った事を覚えているか?」
スノーウルフがブリュンヒルドだったなんて荒唐無稽な話に混乱する僕にサイスがそんな事を聞いて来た。
一人称をなんで急に『我』から『あたし』に変えたのかちょっと意味が分からないけど、サイスがブリュンヒルドの事を『紛い物』と言った事は覚えている。
あれは確かブリュンヒルドがサイスの事を『旧式』と言った事に返した言葉だ。
その時サイスは『寄せ集め』とも言っていた。
あの時サイスは既にブリュンヒルドが本来の姿ではない事を見抜いていたのか。
「でも、どうやって……」
「それは勿論こいつらが崇めているマスターとやらの仕業だろう」
「そ、そんな。そんな事有り得……るのか。かつて魔物を創造したと言う『創魔術』。彼らのマスターはその『創魔術』の使ってスノーウルフをダークエルフに換えたって事なんだね」
そう言えばブリュンヒルド自身が言っていたじゃないか。
『我らの魔石は創造主様によって対アドミニストレーター処理がされている』って。
これはその事を意味していたのか。
「あぁ、こいつらの魔石には明らかに改造された跡が見受けられた。それにそこから漂う魔力は忘れもしない。我ら魔物を創り、ただの道具として死ぬまで酷使し続けた我らが敵『パンゲア』!! 」
僕の質問に答えてたサイスだったけど、最後『パンゲア』の名前を口にした時は絶叫の様な声を上げた。
相変わらず感情が無い声の強弱だけの違いだけど、その言葉の内に激しい怒りが孕んでいるのが感じられる。
この怒りは、サイスの魔石の中に眠ると言う死んだ魔物達の無念の遺志がそうさせたのかもしれない。
僕に向けられてなくて良かった。
この怒りを直接受けようものなら多分それだけでショック死してると思う。
「お願い、落ち着いてサイス」
「む……すまない。大丈夫かマーシャル」
「うん、大丈夫。サイスの言う通り確かに『パンゲア』とダークエルフ達のマスターは似ていると思う。魔物を道具として虐げている所なんかそっくりだ」
さっきその『パンゲア』の魔術師の趣味に感謝の言葉を述べてしまった手前、少し気まずいけどそれはそれこれはこれ。
それよりも問題なのは、魔物を別の魔物に変えたと言うマスターの存在の恐ろしさだ。
一般的に魔法学では、既に構築された魔道回路に手を加える場合、元の魔力よりも更に強い魔力が必要とされている。
その魔法学の常識は『創魔術』によって創られた魔物に対しても適用されるだろう。
付与魔術師は、あえて後の改良を見越して初回は手を抜いて魔道具を作るなんて人も居るけど、『パンゲア』の魔術師達がそんな風に手を抜くとは思えない。
僕を弓で射って来たロタはブリュンヒルドとは違った個性を持っていた。
ヒルドは良く分からなかったけど恐らく別の個性を持っていたのだろう。
多分ダークエルフ達はそれぞれ別の魔物の可能性が高い。
と言う事は、彼女達のマスターとは『パンゲア』の魔術師達よりも、より高度な魔法技術と多種多様な魔物の知識、そして強力な魔力を併せ持ったテイマーだと言う事だ。
「『パンゲア』が創った魔物を創り換える事が出来る奴に、僕なんかが勝てるのか……?」
「あら? おかしな事を言うわねマーシャル?」
僕が改めて敵の強大さに心が折れそうになった時、母さんが呆れたような声でそう言った。
……何処かから声が聞こえる。
「ぱぱ……ぱぱ!」
これはライアの声?
一体どうしたの?
なんでそんなに必死な声を出しているんだよ?
「……きて。ぱぱ! おきて!」
起きて? あぁ、僕は寝ていたのか。
もう朝なの? う~ん、なんか身体がだるくてまだ眠いんだよ。
もうちょっとだけ寝させて……。
でも珍しいな、ライアが僕より早く起きて僕を起こすなんて。
モコの頃から毎朝ライアを起こすのが日課だったのにね。
ははっ今日は槍が降るかもしれない。
ん? そう言えばつい最近もこんな事があったような?
あれは確か……モコがライアになったあの日……?
ちょっと待って? そうだ、なんで僕は寝てるんだ?
ここは部屋のベッドじゃない、背中に感じるのは地面の感触だ。
なぜこんな所で寝て……いや、確か僕はダークエルフと戦ってて、死神……ううん、サイスが助けに来てくれて……それから?
え~と、そうだブリュンヒルドが急に強くなって、自爆するとか言いでして……そして、僕は……?
「はっ! そうだ!! 皆は無事? ブリュンヒルドはどうなった?」
僕はいつの間に寝てしまったんだろう?
戦いの真っ最中だったじゃないか!
あまりにも強いブリュンヒルドの魔力で魔力酔いでも起こして気絶しちゃったって言うんだろうか?
僕は慌てて目を開き声を上げる。
「わ~い! ぱぱおきた~」
「マーシャル! 無事なの? このまま起きないかと思って心配してたんだから」
「マーシャル……無事。良かった……」
「……!!!」
「マーシャちゃん!」ぎゅぅぅぅ!
「うわ! な、なんだこの柔らかいの、う、うぐぅ」
目を開けた途端口々に僕が起きた事を喜ぶ声が聞こえたんだけど、その最後に何か柔らかい物が僕の顔を押し潰して来た。
実際に潰れる訳じゃないんだけど鼻と口が塞がれたもんだから息が出来なくて苦しい!
「こら! ドリー! あんた膝枕してるってのに上から覆い被さったら、その無駄に大きいのに挟まれてマーシャルが窒息しちゃうでしょ!」
「ふごっ!」
な、なんだって? こ、これはそう言う事なの?
確かにそれは哺乳類系魔物でもないドライアドには元来必要の無いモノだ。
なんで付いているのか永遠の謎だったけど、始祖の手記によってカラクリを知った今では先史魔法文明……パンゲアの魔術師のただの趣味だった事が分かった。
ありがとうパンゲアの人! なんて僕は幸せ者なんだ……って、違う! 今はそんな事で喜んでる場合じゃない。
ブリュンヒルド達がどうなったかも知りたいし、何より早く新鮮な空気を吸いたいしね。
うぅぅ! 窒息する~!!
「ご、ごめんなさい。マーシャちゃん大丈夫?」
僕が苦しがっているのに気付いたドリーは慌てて覆いかぶせていたソレを僕の顔から上げて謝って来た。
突然じゃなきゃ気道を確保して呼吸出来る状態を保てたんだろうけど、さすがに起き抜けにそれは難易度が高過ぎた。
僕は離れていくソレを惜しみつつも新鮮な空気が肺を満たす解放感に喜びを禁じ得ない。
「はぁはぁ、だ、大丈夫だよドリー。そ、それよりどうなったの?」
どうやら僕はドリーの膝枕で寝ていたようだ。
凄い脱力感は有るけど、あの日ほど酷くない。
まぁ、あの時はライアとの契約で魔力を吸われて続けてたからなんだけど。
僕はなんとか起き上がって辺りを見渡した。
母さんとプラウは僕が起きた事を嬉しそうな顔をしてこちらを見ている。
ドリーは先程の事を反省してるみたいでしょぼんとしていた。
サイスは……あっいたいた。
少し離れた場所に立っていたサイスは完全武装の鎧姿から黒いドレス姿に戻っている。
ん? なんかドリーをジッと見てるな? 心なしか額に青筋浮かんでるように見えるしなんで怒っているんだろう?
そしてライアだけど……。
「ぱぱぁ~」がばぁ!
「おっと! ライア! 良かったライアも無事だったんだね」
目が合った瞬間ライアが抱き付いて来た。
僕はそれを受け止めて頭を優しく撫でる。
ん? サイスがさっきよりも青筋を額に浮かせてライアをジッと見てるぞ?
どうしたんだ?
いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃないな。
皆の雰囲気はなんだか呑気な感じだけど、敵がどうなったか分からない状態ではまだ安心出来ない。
「ねぇ、戦いはどうなったの? 僕はなんで気を失っていたの?」
「え? な、なんでって……あんた覚えてないの?」
「覚えて……ない? どう言う事? 何が起こったん……痛っ!」
母さんは不思議そうな顔で僕に覚えていないのかと聞いて来る。
覚えてるも何も僕の覚えている事は……と記憶を遡ろうとした途端、頭に鋭い痛みが走り思わずこめかみに手を当てた。
「大丈夫!?」
「う、うん。何があったか思い出そうとしたら突然頭が痛くなっちゃって……。でも何となくあの時僕は怒っていたって事は思い出せたよ。皆は逃げろって言っていたけど、どうしてもブリュンヒルド達のマスターの事が許せなかったんだ」
「……そっか、あの時のマーシャルはちょっと尋常じゃなかったものね。かなり怒ってるようだったし、魔力の高まりも凄いなんてものじゃなかった。死神ちゃんなんか金縛りかけられてたもの」
「む……」
「金縛りってそんな……あれはただ僕のお願いを聞いてくれてただけだよ。ねぇ? サイス。あの時は止まってくれてありがとう」
「……いや……うん」
「それよりどうなったの? 薄っすらと覚えているのは爆発しそうなブリュンヒルドが僕に逃げろって、それもマスターとか言う奴の為だって……それを聞いたら僕は許せなくって……」
ズキンッ!
「痛っ! 駄目……これ以上思い出そうとすると頭が……」
「無理しちゃ駄目よマーシャル。 すぐに思い出せないのも無理は無いと思うの。激しい怒りによって一種のトランス状態になっていたのだし、あれ程の高魔力の奔流なんてのを放出したら普通の魔術師ならその身が耐えられないもの。無理しちゃ駄目。 そうじゃないと……また、あの時の様に……」
痛みに耐えながら無理矢理思い出そうとする僕を母さんが止めた。
その話を聞くだけど僕はとんでもない無茶をしたと言う事は分かる。
頭をすっきりする為に軽く頭を振ていた僕の耳に、母さんが小さく呟いた言葉が微かに聞こえた。
「そうじゃないと? って、なに?」
「え? あぁ、無理すると倒れるって話よ。ほら、リラックスして、深呼吸深呼吸」
「う、うん。スーハースーハー」
僕は母さんに促されるまま、大きく息を吸って頭が痛くならない範囲で記憶の整理をした。
僕が『穏形』の範囲を出てブリュンヒルドの前に姿を現してからの記憶は、まるで視界に靄がかかったような虚ろなものである為、まだ所々しか上手く像が結べない。
一つだけ胸に残っているのは、最後の瞬間僕はこの左手に何かを願ったと言う事。
それが何なのか、そしてそれによって何が起こったのかは思い出せない。
そして真っ赤に染まる光の中、泣いているブリュンヒルドの顔だけが強く脳裏に焼き付いていた。
「……そうだっ! ねぇ、ブリュンヒルドはどうなったの?」
そもそも、なんで僕達はこんな所で暢気に喋ってるんだ?
泣き顔のブリュンヒルドはどうなった? 何処に行った?
僕があの時、願った事はブリュンヒルドの為だった筈だ。
ならば彼女はどうなったんだ?
辺りを見回してもブリュンヒルドの姿は見えない。
彼女は敵だ。
だからこんな状況の中、黙って立っている訳がないのは分かってる。
けど、それでも彼女の姿を探してしまう。
「ブリュンヒルド……彼女は……」
母さんは僕の問いに複雑な表情を浮かべて視線を少し離れた地面に向けて下ろす。
え? その動作はどう言う意味?
そこにブリュンヒルドが居るって事?
視線の位置的に僕より遥かに背が高い彼女なら、それは言うまでも無く地面に伏していないと無理な低さだ。
ま、まさか……死? ぶるるん。
僕は沸き起こる嫌な予感を頭を振って吹き飛ばす。
もしそこで倒れているのなら、出来れば僕と同じように気絶しているだけであって欲しい。
そんな思いを込めて母さんの向けた視線の方向に恐る恐る顔を向けた……ん? あれ?
「え、え~と……ブリュンヒルドはどこ?」
母さんの視線の先にブリュンヒルドの姿は無かった。
しかし、何も無かったと言う訳ではなく、そこには確かに横たわっている者の姿が……いや、者じゃないな。
物? ケモノ? 魔物?
「それがそうよ」
「それがそうって、何言ってるの? だって、そこに居るのはオオカミじゃないか」
そう、母さんの視線の先に居たのは一匹の白い狼。
そして、その狼は何故か蔦でぐるぐるに縛られていた。
しかも、よく見るとただの狼じゃないな。
僕の知識では確かあの狼はスノーウルフって言うB級上位に位置する魔物だったと思う。
名前の通り雪深い地方や万年雪に覆われた高山地帯に生息する魔物だ。
僕も図鑑で見ただけで、生息地の特殊性から目撃情報も滅多に聞かないレアな魔物。
種族特性として冷気を操り氷で攻撃すると言う危険極まりない奴らしい。
なぜそんな魔物がここに?
ジッと動かないので一瞬死んでいるのかと思ったけど、よく見ると胸の辺りが少し上下に動いているのが分かった。
気を失っているのか、それとも眠っているだけか、どちらにせよ死んではいないみたいだ。
恐らくその身を縛っている蔦はドリーが能力で逃げられない様にする為だと思うけど……だから何?
珍しい魔物見つけたから捕まえたって言うの?
「ちょっと母さん。確かに珍しいけど今はそんな事はどうでも良いんだよ。ブリュンヒルドは何処に……」
「だから、それがブリュンヒルドよ」
はぁ? そのスノーウルフがブリュンヒルドだって?
何言ってるの母さ……ん。
ハッ! ちょっと待って?
冷気を操るスノーウルフ……そしてブリュンヒルドも……同じ?
「は、は……そ、そんな……」
「いや、マーシャル……マリアの言う通り、それがブリュンヒルドと名乗った奴の正体だ」
理解出来ない状況に頭が真っ白になっている僕にサイスがそう説明した。
正体ってなに? ブリュンヒルドはスノーウルフが変身した姿だったとでも言うの?
「そんな馬鹿な。スノーウルフが人型に変身するなんて聞いた事がないよ」
「いいえ本当よ。信じられないのも無理は無いけど私達はこの眼で、その姿に変わる瞬間を目撃したもの」
「そ、そんな……」
「マーシャル。戦いの最中、我が……んんっ。あ、あたしが奴に向かって『紛い物』と言った事を覚えているか?」
スノーウルフがブリュンヒルドだったなんて荒唐無稽な話に混乱する僕にサイスがそんな事を聞いて来た。
一人称をなんで急に『我』から『あたし』に変えたのかちょっと意味が分からないけど、サイスがブリュンヒルドの事を『紛い物』と言った事は覚えている。
あれは確かブリュンヒルドがサイスの事を『旧式』と言った事に返した言葉だ。
その時サイスは『寄せ集め』とも言っていた。
あの時サイスは既にブリュンヒルドが本来の姿ではない事を見抜いていたのか。
「でも、どうやって……」
「それは勿論こいつらが崇めているマスターとやらの仕業だろう」
「そ、そんな。そんな事有り得……るのか。かつて魔物を創造したと言う『創魔術』。彼らのマスターはその『創魔術』の使ってスノーウルフをダークエルフに換えたって事なんだね」
そう言えばブリュンヒルド自身が言っていたじゃないか。
『我らの魔石は創造主様によって対アドミニストレーター処理がされている』って。
これはその事を意味していたのか。
「あぁ、こいつらの魔石には明らかに改造された跡が見受けられた。それにそこから漂う魔力は忘れもしない。我ら魔物を創り、ただの道具として死ぬまで酷使し続けた我らが敵『パンゲア』!! 」
僕の質問に答えてたサイスだったけど、最後『パンゲア』の名前を口にした時は絶叫の様な声を上げた。
相変わらず感情が無い声の強弱だけの違いだけど、その言葉の内に激しい怒りが孕んでいるのが感じられる。
この怒りは、サイスの魔石の中に眠ると言う死んだ魔物達の無念の遺志がそうさせたのかもしれない。
僕に向けられてなくて良かった。
この怒りを直接受けようものなら多分それだけでショック死してると思う。
「お願い、落ち着いてサイス」
「む……すまない。大丈夫かマーシャル」
「うん、大丈夫。サイスの言う通り確かに『パンゲア』とダークエルフ達のマスターは似ていると思う。魔物を道具として虐げている所なんかそっくりだ」
さっきその『パンゲア』の魔術師の趣味に感謝の言葉を述べてしまった手前、少し気まずいけどそれはそれこれはこれ。
それよりも問題なのは、魔物を別の魔物に変えたと言うマスターの存在の恐ろしさだ。
一般的に魔法学では、既に構築された魔道回路に手を加える場合、元の魔力よりも更に強い魔力が必要とされている。
その魔法学の常識は『創魔術』によって創られた魔物に対しても適用されるだろう。
付与魔術師は、あえて後の改良を見越して初回は手を抜いて魔道具を作るなんて人も居るけど、『パンゲア』の魔術師達がそんな風に手を抜くとは思えない。
僕を弓で射って来たロタはブリュンヒルドとは違った個性を持っていた。
ヒルドは良く分からなかったけど恐らく別の個性を持っていたのだろう。
多分ダークエルフ達はそれぞれ別の魔物の可能性が高い。
と言う事は、彼女達のマスターとは『パンゲア』の魔術師達よりも、より高度な魔法技術と多種多様な魔物の知識、そして強力な魔力を併せ持ったテイマーだと言う事だ。
「『パンゲア』が創った魔物を創り換える事が出来る奴に、僕なんかが勝てるのか……?」
「あら? おかしな事を言うわねマーシャル?」
僕が改めて敵の強大さに心が折れそうになった時、母さんが呆れたような声でそう言った。
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内容がどんどんかけ離れていくので…
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ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる
シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。
※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。
※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。
俺の名はグレイズ。
鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。
ジョブは商人だ。
そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。
だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。
そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。
理由は『巷で流行している』かららしい。
そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。
まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。
まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。
表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。
そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。
一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。
俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。
その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。
本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。

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あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

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