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第三章 世界を巡る

第83話 怒ってる

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「ふん、我らの魔石は創造主マスター様によって対アドミニストレーター処理がされている。魂を刈り取るお前の能力はこの様に全て無効化されるのだ!」

 魔物を管理する事が目的で生み出された死神サイス。
 始祖によるとアドミニストレーターがサイスの真の名前らしい。
 管理者権限と言う種族特性……それは魔石に対してのみならず生き物の魂にさえその影響が及ぶと言う。
 ブリュンヒルドの創造主はその力に対抗する能力を与えたと言うのか?
 仮にそうだとしても、地面を抉る程の攻撃を受けて無傷でいられるとは思えない。
 それにブリュンヒルドの身体から今まで以上に魔力の高まりを感じる。
 魔力の解放? いや、と言うよりもブリュンヒルドと言う殻を何かが破ろうとしている。
 そんな漠然としたイメージが脳裏に過る。
 僕は目の前で起こった事が信じられず、ただ茫然と見守るしかなかった。

「くっ! そんな事が出来る存在……やはりその魔力の匂い……。お前の言う創造主マスターとはの生き残りか。まさかまだ隠れてくだらない研究をしていたとはな」

「フフフ……さぁどうだろうな。どれ程強力な魔物と言えども、魔物である限り唯一の弱点とも言うべきお前達管理者ナンバーズの存在。先の大戦で全員死に絶えたと思われていたが、我らの創造主マスター様はその様なバックドアの存在自体を許されなかったのだ」

 始祖の手記を読んだ僕に辛うじて理解出来る会話がサイスとブリュンヒルドの間で交わされている。
 昨日までの僕ならチンプンカンプンだっただろう。
 恐らくサイスの言った『パンゲア』とは始祖が書き残した先史魔法文明の名前なのだと思う。
 それに返すブリュンヒルドの言葉は色々と気になるけど、ただ唯一言えるのはブリュンヒルド達ダークエルフは人魔大戦以降に何者かの手によって創られた……と言う事だ。

「管理者としての力が効かぬなら力で倒すまで!」

 冷静に頭を切り替えたサイスがそう叫ぶや否や、一瞬でブリュンヒルドに詰め寄ったかと思うと風を切る音を出しながら殴り掛かった。
 その攻撃によってブリュンヒルドの身体は吹っ飛ぶかと思われたが、予想に反して『バシッ』と言う衝撃音が周囲に響き渡る。
 どうやらサイスの渾身の拳を受け止めたようだ。

「温いな、死神」

「なっ! バカな。片手だと!?」

 明らかにブリュンヒルドの戦闘力が上がっている。
 それも信じられないくらい速度で。
 やはり先程脳裏に浮かんだイメージは思い過ごしじゃなかったのか?

「引きなさい死神ちゃん!」

 母さんが何かに気付いたのかサイスに向かって叫ぶ。
 それに反応してサイスの身体は闇に掻き消え母さんの隣まで戻ったんだけど、次の瞬間音もなくサイスが居た場所に大きな氷柱が現れていた。
 もし母さんが戻るように指示しなかったら氷柱に貫かれていたか、氷柱に取り込まれていたか、どちらにせよサイスは無事じゃなかった可能性が高い。

 なんなんだよこいつ。
 この強さは異常だ。
 これは力を隠していたとかそんな生易しい物じゃない、これ程の急激な魔力強度の上昇は有り得ないんだよ。
 魔力の放出量は抑える事が出来ても、魔力強度はその者の魔力の資質だ。
 資質なんてものは簡単に操作出来る物じゃない。
 まるで暴走馬車の様にブリュンヒルドの身体の奥から魔力がその強度を上げながらとめどなく溢れてくる。
 これはもう魔石が耐えられる限界を超えているんじゃないか?
 その証拠に先程までは一切の乱れもなかった魔力が今では大きくうねりを見せている。
 これはもうイメージじゃなく本当にブリュンヒルドの中から大きな力が放たれようとしている。
 ちょっと、これなんかやばいよ!

 バシィッ!

 その時、何かが弾ける音が辺りに響く。
 そして、何かが地面に落ちる音が聞こえて来た。
 発生源はブリュンヒルドの仮面。
 身体から溢れでるとてつもない強度を持った魔力に仮面が耐えられなくなったようではじけ飛んでしまったようだ。
 仮面に隠されていたブリュンヒルドの貌が白日の下に晒される。
 褐色の肌、切れ長の目は凛々しくその頭髪と同じく銀色のまつ毛はとても長い。
 鼻筋はすっと通りピンクの唇は決意の表れかキュッと固く結ばれている。
 ブリュンヒルドの素顔……それはまるで絵画に描かれる戦乙女の様だった。
 

「ブリュンヒルド……隊長! その力は……それはダメだ!」

 その時、誰かの声が聞こえてきた。
 ブリュンヒルドを止めようとする声だ。
 そちらに目を向けると気絶から覚醒したヒルドの姿が有った。
 その奥には同じく置き上がって来たヒヨルスリムルの姿も見える

「おお良かった気が付いたか。起きなければ蹴とばしてでも起こすところだった。よし、二人は今すぐロタとスケッギョルドを担いで逃げろ。この一帯が吹っ飛ぶぞ」

「そ、そんな! 隊長は死ぬ気ですか!」

 ブリュンヒルドの指示に返すヒルドの言葉。
 そこには先程までの対等の様に振舞っていた態度は消え、尊敬する人物へのモノに変っていた。
 死ぬ気だって? 何を言っているんだ?
 いや……ちょっと待って? そ、そうかこの急激な魔力強度の上昇。
 暴走馬車の例えの通り、魔石を暴走させる事によって得ているんじゃないのか?
 魔物が自分の意志でそんな事が出来るなんて聞いた事もないけど、その仮定を証明する様にブリュンヒルドの胸の位置……恐らくそこに魔石が有るのだろう、何かショックを与えただけで今にも破裂しそうな程の魔力が荒ぶっているのを感じた。
 恐らく母さんは既にどんな状態に向かっているのか分かっていたからサイスを呼び戻したんだと思う。
 しかも、この一帯が吹っ飛ぶとか言っているし、この魔力の暴走はパワーアップする為じゃなく最初から自爆目的だったって言うのか?

「ふっ、私の命はマスターの物だ。しかし命令を達成出来ない者の命など、マスターは微塵の価値も感じて頂けないであろう。この探知機を渡しておく。私が邪魔する者どもを葬ったらお前達で逃げたマーシャルを探して捕らえるのだ。そしてマスターの探し求める邪竜の卵を必ず見つけ出しお届けしろ」

「……はい。分かりました。ご武運を……」

「お前達が逃げるまでは何とか爆発を持ち堪えて見せる。では行け!」

「ハッ!」

 ブリュンヒルドの号令でヒルドとヒヨルスリムルは、サイスに倒された二人を担ぎ上げて走り出した。
 母さん達はそれを阻止しようとしたけど、ブリュンヒルドがそれを阻むように立ちふさがっているのでどうしようもないようだ。
 サイスも何度か闇を出して瞬間移動をしようとしていたけど、ブリュンヒルドの暴走する魔力の余波によって掻き消えて上手く発動出来ないようだ。

 ブリュンヒルドの言葉はハッタリじゃなく、間違いなく死ぬ覚悟を決めた者の言葉の様に聞こえた。
 そして、それは憶測じゃなくて事実なのだろう。
 ちょっと待って! 僕逃げずにここに居るんだけど? 

「ねぇあんた! 自爆するって本気なの? しかも任務に失敗するからってしょうもない理由で? 馬っ鹿じゃないの?」

 母さんが説得なのか挑発なのか判断し兼ねる言葉を叫ぶ。
 この期に及んで相手を怒らせてどうするの?
 だけど僕もその言葉には同意だった。
 任務に失敗したから死を選ぶなんて馬鹿げてる。
 何より僕はここに居るし、まだ任務は失敗していない。
 ブリュンヒルド自身が任務を失敗させようとしているんじゃないか。
 何よりブリュンヒルドが取ろうとしている手段は彼女の独断なのか?
 それとも彼女達の創造主と言う奴の思惑なのか?
 どうしてもそれを知りたい。
 僕はドリーに母さん宛ての言付けを頼んだ。
 それをドリーは念話で母さんに伝える。

「え? ……うん、分かった。……ねぇ? 教えて貰えるかしら? 魔石を暴走させて自爆する特性を持った魔物なんて私も聞いた事が無いわ。その力を与えたのはあなたのマスターなのかしら?」

 母さんはドリーの念話を通して聞いた僕の質問をブリュンヒルドに投げ掛けた。
 『私も』と言ったのは母さんも自爆する特性を持つ魔物の存在は知らなかったみたい。
 だとすれば、ダークエルフと言う種族を創った創造主は、彼女達にそんなふざけた能力を与えたって事だ。

「ふん、教える義理は無いが冥土の土産に教えてやろう。……あぁ、そうだ。普段はこの仮面で抑えているがな。本来は我等の力を何倍にも引き上げる為の物だがこう言う使い方も出来る」

「ふ~ん、ところであなたのマスターの目的ってなんなの? さっき邪竜の卵とか聞こえたけど、そんな物を探して何をするつもり?」

「ハッ! 今更それを知ってどうだと言うのだ。お前達はもう間もなく私と共に死ぬ。何もかも遅いのだよ。言っておくが逃げようとしても無駄だぞ。周囲は私の魔石崩壊の余波で転移魔法は使えぬのだからな。もし走って逃げようものならその背中に私の槍を突き立ててやる。あぁもう一つ言っておく。仮に私を殺したとしてもその瞬間にボカンだ」

「な、なんですって? ちょっと待って……ド、ドリー?」

 母さんは焦ってるのか念話なのにドリーの名前を呼んだ。
 僕の隣に居るドリーも相当焦っているようだ。
 もしかすると『接木』も阻害されているのか?
 だとすると、僕達も逃げられない。

「マーシャちゃん。今すぐここを離れましょう。幸いな事に私達の存在はまだ見付かっていません。今なら逃げられる……いえ、何が有ってもマーシャちゃんだけは護るわ」

 母さんとの間でどんな会話がされたのかその顔が物語っていた。
 母さん達はあえてこの場に囮として残り時間を稼ぎ、その隙に僕達を逃がそうと言うのだろう。
 ダメだよそんな事。

「聞いてドリー。ブリュンヒルドが暴走したのは、それこそ僕を取り逃がしたと思い込んだ事に始まっていると思うんだ。だったら今僕が姿を現せば自爆を解除してくれるかもしれない」

「そ、そんな危ないわよ、マーシャちゃん。それにこの魔力は……もう」

 ドリーは僕を止めようとするけど、最後に言おうとした言葉の通り『もう遅い』のかもしれない。
 だけど、このまま僕だけ逃げたら、母さんやかつて友達だったこの森の魔物達……そしてサイスも死んでしまうだろう。
 そんな事を許せる訳がない。
 僕はブリュンヒルドに……そして創造主とか言うクソッタレに言いたい事があるんだ。

 そう思った瞬間僕の中の何かがプツンと音を立てて切れた。

 実はここから僕が取った行動はあまり覚えていない。
 まるで曇りガラスの向こうで繰り広げられる宴劇を、窓を擦って曇りを取りながら覗いている……そんな感じだった。
 だからこれから起こる事は後で母さんから聞いた話だ。


「僕はね、本当に怒ってるんだ。ドリー」

「マーシャちゃん? それは……どう言う……?」

 言葉の真意を問うドリーには答えず僕は立ち上がった。
 そしてブリュンヒルドに向けて歩き出す。
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