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第三章 世界を巡る
第82話 挑発
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「……黒刺葬」
母さんの元に向かうサイスがボソッと呪文を唱えたかと思うと、今まさに先程のあの大魔法を発動しようとしていたブリュンヒルド目掛け、その足元から突如十本もの杭状の闇が突き出してくる。
しかし、その杭は虚空を交差しブリュンヒルドの身体に届く事はなかった。
驚くべき事にブリュンヒルドは足元に湧いた魔力の高まりを瞬時に察知したのであろう。
寸前に自身の魔法をキャンセルしたかと思うと、空中に身を翻し後方へ大きく跳んだからだ。
「ちぃっ!」
自身の魔法を邪魔されたブリュンヒルドは死神を睨みながら悔しそうに舌打ちをする。
距離が取れたからと言ってすぐにあの大魔法を唱える事はしないようだ。
何度唱えようとしても同じ様にサイスの呪文で邪魔されるのが目に見えているからだろう。
暫しの小休止と言う戦況の中、目の前で繰り広げられた恐るべき反射神経に僕は改めてブリュンヒルドと言う存在に驚愕した。
サイスの魔法は詠唱から発動まで、ほぼタイムロスが無いほど隙の無い魔法だった。
それなのに発動後に自身の魔法をキャンセル処理して杭を避けるだなんて……。
こいつは魔法だけじゃなく身体能力も超人的らしい。
ロタやヒルド達が特別弱かったのか、それともブリュンヒルドが特別に強いのか、どちらにせよここまでのポテンシャルを秘める種族と言うのは間違いないと思う。
かつて母さんが捜し求め、そしてこの世界に存在しないと結論付けていた種族であるダークエルフ。
創魔術によって創り出されたのは間違いないんだけど、現代において創魔術はその名前さえ一切伝わっていない幻の魔術だ。
となれば、他の魔物と同じく先史魔法文明時代に創られたのだと思うけど、なぜ今日に至るまで存在が知られず、そして今になって表舞台に出て来たのか?
それ以上に、こんな化け物と契約出来るマスターとは、一体どんな人物なのだろうか?
ブリュンヒルドの持つ恐るべき魔力から窺える、テイマーの存在に僕は背筋が凍る思いだった。
これ程の力……もしかしてそのテイマーとは……新たなる……?
「は~い、死神ちゃん。助かったわ」
僕がブリュンヒルドの背後に居る存在について、一つの考察を行っていると、この状況に似つかわしくない母さんの暢気な声が耳に届く。
その声に顔を上げると、サイスが母さんの隣まで辿り着いたようだ。
「どうだった? マーシャルとの愛の語らいは?」
「あ、愛の! ち、ちが……。でも……ん……悪くは……なかった」
「ふふふ。良かったわね。こうやってちょっとずつ絆を深めていきなさい。いきなりパパになってって言ってもライアちゃんみたいにはなれないからね」
「うん……分かってる」
「でも、もうちょっと女の子っぽい言葉を使わなきゃダメよ? あんなんじゃ男の子は萎縮しちゃうわ。幼馴染に化けたって時のような感じで話してみたら?」
「う……。あれは吸収した魔石情報から作った人格だから……今は恥ずかしい」
「でも、あの時楽しいと思ったのは本心なんでしょ? このままじゃ心は平行線のままだわ」
「うん……分かった。努力する」
母さんの隣で立ち止まったサイスは、何か母さんと会話しているようだけど、声が小さ過ぎて僕の場所からでは何を話しているかまでは聞こえない。
母さんは嬉しそうな顔しているけど、必勝の作戦でも思い付いたんだろうか?
そんな事を考えていると、不思議な事にブリュンヒルドがキョロキョロと辺りを見回し不審な動きを見せる。
「マーシャルは何処に行った? くそっ! 隙を見て逃げたのか!」
悔しそうな表情でブリュンヒルドは叫ぶ。
どうやらキョロキョロしていたのは僕を探していたからのようだ。
はぁ? 僕ここにいますけど?
逃げても居ないし、ここでライアを抱っこしながら観戦している最中なのに何言ってるんだ?
なにかの時間稼ぎの演技なのかと思ったのだが、辺りを探すブリュンヒルドの視線は僕の立つ位置を素通りしている。
あまりにも自然でとても演技とは思えず、本当に僕の姿を捉えていないとしか思えない。
その意味不明なブリュンヒルドの行動に思わず声を出しそうになったのだが、それを止めるとても小さな声が聞こえて来た。
「静かにマーシャ。あたしの力で姿消してるの」
声のする方を見るとそこにはいつの間にかプラウの姿が有った。
その向こう側には、ブリュンヒルドとの二回戦が始まってから姿を見えなかったドリーも居る。
なるほど、急にドリー達の姿が見えなくなったのはプラウの能力で姿を消していたからなのか。
そして僕らも今その影響下に入ったから、ブリュンヒルドは僕を見失ったんだな。
ピクシーの種族特性である『隠形』は視覚だけでなく魔力探知でさえ阻害する。
ブリュンヒルドにとって僕達は突然煙のように消えたと感じた事だろう。
今戦っている理由の人物が消えたのだから驚くのも無理はない。
「聞いてマーシャちゃん。マスターの命令で一度マーシャちゃん達を屋敷に戻します。もう少しで『接ぎ木』のチャージが終わるから完了したらすぐに跳ぶわ。それまでもう少し離れた場所に隠れておきましょう」
「僕を屋敷に戻す? ……なるほど、確かに足手纏いな僕が居ない方が母さん達にとっても戦いやすいか。分かったよ、ちょっとあの木陰に隠れていよう」
僕は母さんがドリーに伝えたと言う作戦を実行すべく、『接ぎ木』のチャージが終わるまで少し離れた位置にある大木の影まで移動する事にした。
ここなら例え『冥氷飛槍』を唱えられたとしても、ピンポイントに狙われでもしない限りそうそう被害を受ける事は無いと思う。
「さぁ、どうするのダークエルフ。あなたのお探しのマーシャルは逃げちゃったわ。お仲間は全員バタンキューだし、残るはあなただけ。このあたしと死神の二人を相手するにはあなたじゃ厳しいと思うのだけど? まだ続ける気? 続けるなら容赦はしないわよ。クッコロもまだ聞いてないしね」
僕の安全が確保出来た事をドリーの念話で知った母さんが、目標を取り逃した事で焦っているブリュンヒルドに対して降伏を促す警告を発した。
母さんの言う通り、こうなるともう戦況は決したようなものだと思う。
ほぼ同等だった母さんだけでなく、かつて魔物達の管理者であり魔王軍副指令である死神のサイスが戦列に加わったんだ。
いくらブリュンヒルドが強かろうとも、切り札とも言える『冥氷飛槍』を封じられたも同然のこの状況では降参するしかないんじゃないだろうか?
本来ならそうなるはずなんだけど、僕は心の奥に沸き起こる言いようの無い不安を拭い去る事が出来ないでいた。
「クッ……」
「あら? とうとうクッコロのお出ましかしら?」
ブリュンヒルドの悔しそうな舌打ちに母さんが嬉しそう声を上げる。
さっきから母さんが言ってるクッコロって一体なんなんだろう?
気になるなぁ~……え?
「クッ……ククッ。ククククク、ハァーハッハッハ!! これで勝ったと思うなよ人間!」
てっきりどうにもならない戦況に悔しがっているのかと思っていたブリュンヒルドが、突然大きな声で笑い出した。
しかもチンピラが逃げ出す時のような負け犬の遠吠えとしか思えないセリフまで吐いている。
こんなセリフを言うくらいだからそのまま逃げ出すのかと思ったけど、どうやらそうではないようだ。
逃げる所かブリュンヒルドは一歩、また一歩、母さん達の方へ踏み出していく。
その姿に僕は漠然としていた不安が徐々に形を結び始めるのを感じた。
「死神の登場には驚いたが、なんて事は無い。いくら死神が管理者権限を持っていようが、所詮旧式のロートルだ。そんなものが今更ノコノコ現れようとも私の敵ではない!」
かつてライア達原初の四体と呼ばれる特別製の魔物以外の全ての魔物達の頂点に立っていたサイスを敵ではないと言うブリュンヒルド。
それは普通に考えると、とても陳腐な挑発に聞こえる。
肌に感じる魔力量を比較しただけでもサイスはブリュンヒルドの数倍は強いと思われる。
それくらい明確な差が有るのに、この余裕は意味が分からない。
根拠の無いハッタリか、若しくは恐怖で発狂したのかとも思えるが、その言葉には確かな自信で満ちており、その身から発せられる魔力も一切の乱れは無い。
何より魔物にとっても既に失われている先史魔法文明時代のサイスの役職を知っており、それを旧式と言い退けた。
その言葉には何らかの根拠があるのだろう。
だけど、その言葉は怒らせてはいけない者の怒りを買った。
サイスの身体から魔力と言う名の闇があふれ出す。
その闇に触れただけで全ての者の命を狩るのではないかと思えた。
事実その闇が触れた周辺の草花は蒸発するように消え去っていく。
一瞬母さんの安否を心配したけど、不思議な事にその闇はすぐ隣に居る母さんの周囲を避ける様に広がっており無事のようだ。
それは母さんの防御魔法のお陰と言う訳でもなく闇自身が母さんを避けているように見える。
恐らくサイスが自らの意思によって闇を操っていると言う事なのだろう。
激しい怒りの中でも我を忘れる事無く母さんに危害を加えるような事はしない程度の理性はあるようで安心した。
「我を旧式とほざくか。その身より漂う忌々しい記憶を喚起させる魔力の匂い。我が旧式ならばお前などガラクタの寄せ集めではないか。紛い物の分際でそのような大言を吐いた事を後悔しながら死ぬがよい」
サイスは静かだが激しい怒りを滲ませてゆっくりと歩いてくるブリュンヒルドに言い放ち、その右手を突き出した。
それに従うかのように溢れ出ていた闇がブリュンヒルド目掛け一直線に襲い掛かる。
その直線状にある草花は先程のように一瞬で蒸発し、土は抉れ黒い轍を残す。
誰がどう見てもブリュンヒルドの命は風前の灯だろう。
僕は複雑な思いでその光景を見守った。
だが、それほどの闇の濁流を前にブリュンヒルドは避ける仕草もせず両手を広げその闇を受け止めるかのような構えを取る。
さすがに受け止めるのは無理だろう。
ならば任務失敗の責任を取ろうと自殺でもしたいのだろうか?
いや、それはないと思う。
だってブリュンヒルドは自らの命についてマスターの物と言ったじゃないか。
自殺なんて事は有り得ない。
と言う事は本気で受け止める気なのか?
そんな僕の自問自答はすぐに回答が提示された。
「ば、馬鹿な……。我の闇の魔力を受けて無傷だと?」
サイスが目の前で起きた事に驚愕の声を上げる。
勿論棒読みなんだけど、そこに感情は存在した居るのが分かる程の狼狽えようだ。
今起こった事は僕の目から見ても信じられない事だった。
全てを殺す闇を受けてなおブリュンヒルドは何事もなかったかのように両手を広げた態勢のままその場所に立っていたのだから。
母さんの元に向かうサイスがボソッと呪文を唱えたかと思うと、今まさに先程のあの大魔法を発動しようとしていたブリュンヒルド目掛け、その足元から突如十本もの杭状の闇が突き出してくる。
しかし、その杭は虚空を交差しブリュンヒルドの身体に届く事はなかった。
驚くべき事にブリュンヒルドは足元に湧いた魔力の高まりを瞬時に察知したのであろう。
寸前に自身の魔法をキャンセルしたかと思うと、空中に身を翻し後方へ大きく跳んだからだ。
「ちぃっ!」
自身の魔法を邪魔されたブリュンヒルドは死神を睨みながら悔しそうに舌打ちをする。
距離が取れたからと言ってすぐにあの大魔法を唱える事はしないようだ。
何度唱えようとしても同じ様にサイスの呪文で邪魔されるのが目に見えているからだろう。
暫しの小休止と言う戦況の中、目の前で繰り広げられた恐るべき反射神経に僕は改めてブリュンヒルドと言う存在に驚愕した。
サイスの魔法は詠唱から発動まで、ほぼタイムロスが無いほど隙の無い魔法だった。
それなのに発動後に自身の魔法をキャンセル処理して杭を避けるだなんて……。
こいつは魔法だけじゃなく身体能力も超人的らしい。
ロタやヒルド達が特別弱かったのか、それともブリュンヒルドが特別に強いのか、どちらにせよここまでのポテンシャルを秘める種族と言うのは間違いないと思う。
かつて母さんが捜し求め、そしてこの世界に存在しないと結論付けていた種族であるダークエルフ。
創魔術によって創り出されたのは間違いないんだけど、現代において創魔術はその名前さえ一切伝わっていない幻の魔術だ。
となれば、他の魔物と同じく先史魔法文明時代に創られたのだと思うけど、なぜ今日に至るまで存在が知られず、そして今になって表舞台に出て来たのか?
それ以上に、こんな化け物と契約出来るマスターとは、一体どんな人物なのだろうか?
ブリュンヒルドの持つ恐るべき魔力から窺える、テイマーの存在に僕は背筋が凍る思いだった。
これ程の力……もしかしてそのテイマーとは……新たなる……?
「は~い、死神ちゃん。助かったわ」
僕がブリュンヒルドの背後に居る存在について、一つの考察を行っていると、この状況に似つかわしくない母さんの暢気な声が耳に届く。
その声に顔を上げると、サイスが母さんの隣まで辿り着いたようだ。
「どうだった? マーシャルとの愛の語らいは?」
「あ、愛の! ち、ちが……。でも……ん……悪くは……なかった」
「ふふふ。良かったわね。こうやってちょっとずつ絆を深めていきなさい。いきなりパパになってって言ってもライアちゃんみたいにはなれないからね」
「うん……分かってる」
「でも、もうちょっと女の子っぽい言葉を使わなきゃダメよ? あんなんじゃ男の子は萎縮しちゃうわ。幼馴染に化けたって時のような感じで話してみたら?」
「う……。あれは吸収した魔石情報から作った人格だから……今は恥ずかしい」
「でも、あの時楽しいと思ったのは本心なんでしょ? このままじゃ心は平行線のままだわ」
「うん……分かった。努力する」
母さんの隣で立ち止まったサイスは、何か母さんと会話しているようだけど、声が小さ過ぎて僕の場所からでは何を話しているかまでは聞こえない。
母さんは嬉しそうな顔しているけど、必勝の作戦でも思い付いたんだろうか?
そんな事を考えていると、不思議な事にブリュンヒルドがキョロキョロと辺りを見回し不審な動きを見せる。
「マーシャルは何処に行った? くそっ! 隙を見て逃げたのか!」
悔しそうな表情でブリュンヒルドは叫ぶ。
どうやらキョロキョロしていたのは僕を探していたからのようだ。
はぁ? 僕ここにいますけど?
逃げても居ないし、ここでライアを抱っこしながら観戦している最中なのに何言ってるんだ?
なにかの時間稼ぎの演技なのかと思ったのだが、辺りを探すブリュンヒルドの視線は僕の立つ位置を素通りしている。
あまりにも自然でとても演技とは思えず、本当に僕の姿を捉えていないとしか思えない。
その意味不明なブリュンヒルドの行動に思わず声を出しそうになったのだが、それを止めるとても小さな声が聞こえて来た。
「静かにマーシャ。あたしの力で姿消してるの」
声のする方を見るとそこにはいつの間にかプラウの姿が有った。
その向こう側には、ブリュンヒルドとの二回戦が始まってから姿を見えなかったドリーも居る。
なるほど、急にドリー達の姿が見えなくなったのはプラウの能力で姿を消していたからなのか。
そして僕らも今その影響下に入ったから、ブリュンヒルドは僕を見失ったんだな。
ピクシーの種族特性である『隠形』は視覚だけでなく魔力探知でさえ阻害する。
ブリュンヒルドにとって僕達は突然煙のように消えたと感じた事だろう。
今戦っている理由の人物が消えたのだから驚くのも無理はない。
「聞いてマーシャちゃん。マスターの命令で一度マーシャちゃん達を屋敷に戻します。もう少しで『接ぎ木』のチャージが終わるから完了したらすぐに跳ぶわ。それまでもう少し離れた場所に隠れておきましょう」
「僕を屋敷に戻す? ……なるほど、確かに足手纏いな僕が居ない方が母さん達にとっても戦いやすいか。分かったよ、ちょっとあの木陰に隠れていよう」
僕は母さんがドリーに伝えたと言う作戦を実行すべく、『接ぎ木』のチャージが終わるまで少し離れた位置にある大木の影まで移動する事にした。
ここなら例え『冥氷飛槍』を唱えられたとしても、ピンポイントに狙われでもしない限りそうそう被害を受ける事は無いと思う。
「さぁ、どうするのダークエルフ。あなたのお探しのマーシャルは逃げちゃったわ。お仲間は全員バタンキューだし、残るはあなただけ。このあたしと死神の二人を相手するにはあなたじゃ厳しいと思うのだけど? まだ続ける気? 続けるなら容赦はしないわよ。クッコロもまだ聞いてないしね」
僕の安全が確保出来た事をドリーの念話で知った母さんが、目標を取り逃した事で焦っているブリュンヒルドに対して降伏を促す警告を発した。
母さんの言う通り、こうなるともう戦況は決したようなものだと思う。
ほぼ同等だった母さんだけでなく、かつて魔物達の管理者であり魔王軍副指令である死神のサイスが戦列に加わったんだ。
いくらブリュンヒルドが強かろうとも、切り札とも言える『冥氷飛槍』を封じられたも同然のこの状況では降参するしかないんじゃないだろうか?
本来ならそうなるはずなんだけど、僕は心の奥に沸き起こる言いようの無い不安を拭い去る事が出来ないでいた。
「クッ……」
「あら? とうとうクッコロのお出ましかしら?」
ブリュンヒルドの悔しそうな舌打ちに母さんが嬉しそう声を上げる。
さっきから母さんが言ってるクッコロって一体なんなんだろう?
気になるなぁ~……え?
「クッ……ククッ。ククククク、ハァーハッハッハ!! これで勝ったと思うなよ人間!」
てっきりどうにもならない戦況に悔しがっているのかと思っていたブリュンヒルドが、突然大きな声で笑い出した。
しかもチンピラが逃げ出す時のような負け犬の遠吠えとしか思えないセリフまで吐いている。
こんなセリフを言うくらいだからそのまま逃げ出すのかと思ったけど、どうやらそうではないようだ。
逃げる所かブリュンヒルドは一歩、また一歩、母さん達の方へ踏み出していく。
その姿に僕は漠然としていた不安が徐々に形を結び始めるのを感じた。
「死神の登場には驚いたが、なんて事は無い。いくら死神が管理者権限を持っていようが、所詮旧式のロートルだ。そんなものが今更ノコノコ現れようとも私の敵ではない!」
かつてライア達原初の四体と呼ばれる特別製の魔物以外の全ての魔物達の頂点に立っていたサイスを敵ではないと言うブリュンヒルド。
それは普通に考えると、とても陳腐な挑発に聞こえる。
肌に感じる魔力量を比較しただけでもサイスはブリュンヒルドの数倍は強いと思われる。
それくらい明確な差が有るのに、この余裕は意味が分からない。
根拠の無いハッタリか、若しくは恐怖で発狂したのかとも思えるが、その言葉には確かな自信で満ちており、その身から発せられる魔力も一切の乱れは無い。
何より魔物にとっても既に失われている先史魔法文明時代のサイスの役職を知っており、それを旧式と言い退けた。
その言葉には何らかの根拠があるのだろう。
だけど、その言葉は怒らせてはいけない者の怒りを買った。
サイスの身体から魔力と言う名の闇があふれ出す。
その闇に触れただけで全ての者の命を狩るのではないかと思えた。
事実その闇が触れた周辺の草花は蒸発するように消え去っていく。
一瞬母さんの安否を心配したけど、不思議な事にその闇はすぐ隣に居る母さんの周囲を避ける様に広がっており無事のようだ。
それは母さんの防御魔法のお陰と言う訳でもなく闇自身が母さんを避けているように見える。
恐らくサイスが自らの意思によって闇を操っていると言う事なのだろう。
激しい怒りの中でも我を忘れる事無く母さんに危害を加えるような事はしない程度の理性はあるようで安心した。
「我を旧式とほざくか。その身より漂う忌々しい記憶を喚起させる魔力の匂い。我が旧式ならばお前などガラクタの寄せ集めではないか。紛い物の分際でそのような大言を吐いた事を後悔しながら死ぬがよい」
サイスは静かだが激しい怒りを滲ませてゆっくりと歩いてくるブリュンヒルドに言い放ち、その右手を突き出した。
それに従うかのように溢れ出ていた闇がブリュンヒルド目掛け一直線に襲い掛かる。
その直線状にある草花は先程のように一瞬で蒸発し、土は抉れ黒い轍を残す。
誰がどう見てもブリュンヒルドの命は風前の灯だろう。
僕は複雑な思いでその光景を見守った。
だが、それほどの闇の濁流を前にブリュンヒルドは避ける仕草もせず両手を広げその闇を受け止めるかのような構えを取る。
さすがに受け止めるのは無理だろう。
ならば任務失敗の責任を取ろうと自殺でもしたいのだろうか?
いや、それはないと思う。
だってブリュンヒルドは自らの命についてマスターの物と言ったじゃないか。
自殺なんて事は有り得ない。
と言う事は本気で受け止める気なのか?
そんな僕の自問自答はすぐに回答が提示された。
「ば、馬鹿な……。我の闇の魔力を受けて無傷だと?」
サイスが目の前で起きた事に驚愕の声を上げる。
勿論棒読みなんだけど、そこに感情は存在した居るのが分かる程の狼狽えようだ。
今起こった事は僕の目から見ても信じられない事だった。
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