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第三章 世界を巡る
第78話 風の精霊
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「マーシャル!! 避けて!」
「マーシャちゃん! 間に合わ……」
「……!!!」
「ぱぱーーー!!」
「はーはは死ねーーー」
僕の耳に一度に沢山の声が飛び込んでくる。
そして僕の目には、迫り来る矢が今まさに眉間に突き刺さろうとしている。
一瞬の筈なのに矢の動きはとても遅く感じた。
これが世に聞く『死にそうになった時に遅く感じる現象』って奴か。
なかなか不思議な体験だ。
長く感じる時間の中、僕は貴重な体験に口元を緩ませた。
いや~死なないと分かってるのになるものなんだね。
この僕の言葉通り矢は僕に当たる寸前で異様な軌道を辿り、あらぬ方向に逸れていった。
それを見た周囲の者達は何が起こったか理解出来ず唖然とした顔で言葉を失う。
それは母さんでさえ同じ反応だったんだから、僕もなかなかやるもんだ。
だけど、一人すぐに我に帰った者が居た。
「な、なにぃ!! ば、ばかな! クソ! もう一発」
それは僕に矢を放った張本人だ。
多分弓の腕に余程の自信が有ったんだろう。
なぜそうなったのかと考えず、ただ自身が狙いを外したと言う事実が認められず、その失敗をまるで無かった事にするかのように僕に向けて再び矢を放った。
あなたのリーダーは僕の事を殺すなって言っていたよね?
さっきもそうだけど、今も完全に僕の眉間を射抜こうとしちゃってるよ。
なんか笑いながら死ねとか言っていたしね。
でも、何度矢を放とうが僕には効かないんだ。
案の定、矢は僕に辿り着く事無く有らぬ方に軌道を逸らし森の何処かへと消えて行く。
矢の行方を茫然とした顔で見守っている弓矢の主。
「な、なぜだ! なぜ私の矢が当たらん!」
さすがに三度目の矢を撃つ真似はせず、弓矢の主は信じられない事態に大声を上げた。
そろそろ種明かしでもしようかと思った時、それより先に敵のリーダーが声を上げる。
「分からんのかロタ。風の精霊はお前の領分だろう。あいつの周りを良く見てみろ」
敵のリーダーであるブリュンヒルドが精霊魔法と言った事に僕はゴクリと唾を飲む。
うわっ、てっきり他の皆と一緒に驚いているのかと思っていたのに、こいつだけは冷静に戦況を観察していたのか。
仮面の所為で良く分からなかったよ。
しかし、今まで誰にも気付かれた事はなかったのにそれを見破るなんて……。
「な、なに? あいつの周囲を? ……ん? なっ! こ、これは……」
「気が付いたか。あのテイマーの周囲には『風の壁』が掛けられている。何度弓を射ようが無駄だ」
そう、僕の周りにはドリーが敵の襲来を警告したその瞬間から『風の壁』によって風の精霊達に護られている。
だって敵がゴブリンやオークなら遠方から飛び道具を使って来るし、魔獣系だとしても投石してくる魔物も居るからね。
備え有れば憂い無しってやつだよ。
まさかその敵がダークエルフなんて聞いた事もない魔物だとは思わなかったけど。
「い、いつの間に? そ、そうか! おい! そこの女! 小僧達だけで戦えと言っておきながら後方から援護をしていたのだな」
「えぇ!! 知らない知らない。私はそんな事してないわよ。こっちもビックリしてるんだから。ドリー……は、風の精霊魔法なんて使えないわよね? じゃあプラウなの?」
「……!!!」プルプル
ロタと呼ばれた弓使いは母さんがこっそりと掛けたと思っているようだ。
全く寝耳に水な母さんは慌てて否定している。
母さんに聞かれたプラウも首を振って一生懸命否定した。
うん、確かに『風の壁』を掛けたのは母さんやプラウじゃない。
このまま引っ張ってても話が進まないや。
さっきはここで話の腰を折られたので邪魔をされない内にネタばらしをする事にしよう。
「僕はね、今までパーティーの皆から戦闘中に魔法を使うなって言われていたんだよ」
「え? マーシャル? 急にどうしたの?」
母さんを初め僕が突然脈絡の無い話をしだしたので周りから動揺の声が上がった。
あぁ、ブリュンヒルドって奴だけは腕を組んで直立不動だ。
仮面の隙間から見える目はまるで全部お見通しだって言ってるみたい。
他は兎も角、この人……じゃない魔物だけは侮れないな。
未契約の魔物だったら母さんにでも契約して貰えば丸く収まったんだろうけど、既に契約済みなのはあいつらの言葉とその身が纏う魔力からも分かる。
契約済みの魔物へのキャッチは問答無用で弾かれる制限が掛けられているので、母さんでも無理だろう。
僕の魔力マシマシキャッチならどうなるか分からないけど、試してみてもし掛かっちゃったら相手を殺してしまう事になるし出来れば使いたくないよ。
母さんが居るし敵がどれだけ強かろうが何とかなるとは思ってるけど。
……だけどもし、本当にどうしようもなくなった時は……。
僕は目の前に居るどこから見ても人間にしか見えない強敵に複雑な気持ちになりながらも話を続けた。
「僕の元居たパーティーの魔術師は凄く神経質でさ。少しでも役に立とうと思ってうっかり戦闘中に魔法を唱えたりなんかしたら『お前なんかが魔法を使うと場の魔力が乱れる』って怒るんだ。でもさ僕は皆の役に立ちたいとずっと思っていたんだよ。『連続火矢』もその一つ、まぁこれは色々有ってさっきやっと出来るようになったんだけどね。その頃は攻撃魔法がダメなら補助魔法だと思ったんだけど、そっちは治癒師の子で十分って言われてさ。そこで考えたんだよ。戦闘中に誰にも気付かれず皆の役に立つにはどうすれば良いかって」
「じゃ、じゃあ、この『風の壁』はマーシャルの魔法なの? 一体いつ唱えたの? そんな暇なかったじゃない」
「ドリーが敵が来るって警告してくれた時だよ」
「そ、そんな前からなの? う~わっ……私とした事が全く気付かなかったわ」
母さんが僕の言葉に口に手を押さえてそう言った。
恐らくドリーが警告した時の事を思い返しているんだろう。
僕がいつ唱えたのかってね。
「話の続きだけどね。僕は臆病だからさ。いつ敵に襲われても良いようにって、それこそ採取や休憩所の設営。ううん探索の間中ずっと……戦闘じゃない時に少しでも皆にゆっくりしてもらえるように、そして雑魚テイマーな僕が魔法を使った事で皆を不安にさせないようにするにはどうすれば良いかって考えたんだ。それには誰にも気付かれないように魔法を使えば良いんじゃないかって思い付いた。と言っても僕は魔力制御が下手だし、使える魔法も初歩魔術だけ。その中から皆の役に立つのはどれだろうと考えて選んだのが『風の壁』。これなら個人対象じゃないから気付かれないし、何よりいきなり遠くから攻撃されても安心でしょ?」
「でも、一切呪文を唱えなかったじゃない。ううん、魔力の発動さえ感じなかったわ。精霊魔法は他の魔法と違って精霊に働き掛ける魔法なんだから明確な指示が必要なのよ? 従魔術と違って精霊相手に念話での指示なんて出来ないし、黒魔術や付与魔術のように無詠唱なんて無理……あっ…そっかあなたの場合はそれに当て嵌まらないのね」
「うん、自分でも不思議だったんだ。いつのまにか心の中で風の精霊に『お願い』って頼んだら『風の壁』を張ってくれるようになっていたんだもん。だけど、これは練習の成果なのかなって思っていたし、誰にも気付かれないのならそれで良いかって思ってた。多分これも僕が忘れていた『疎通』の力のお陰だったんだね」
「はぁ、しかしこの『風の壁』……。あんたの仲間ってあんたを追い出した事自体大損害だけど、この加護まで失ったなんて本気で同情するわ」
「え?」
母さんがしみじみと呟いたその言葉に、僕は最後にパーティーの皆と顔を合わせた時の事が脳裏に過ぎる。
皆ボロボロだった。
特にジャッジなんて目を大怪我していたみたいだけど、あれはもしかして敵の矢に因る傷だったんだろうか?
そうだ、とても素早くて用心深いジャッジがゴブリンなんかとの戦闘で目を負傷する訳がない。
今まで何も言わずに僕が矢避けの魔法を使い続けていたから用心深いジャッジでさえ、探索中に矢など飛んで来ないと思い込んでしまったんじゃないか?
怒られるのを怖がらずに皆に『風の壁』の事を打ち明けたら良かったんじゃないのか?
彼が怪我したは僕が原因なのだろうかと、そんな後悔が浮かんで来て少し胸が痛くなった。
「ば、馬鹿な!! 心で願っただけで精霊が応えただと? 風の精霊使いでもある私の前でそんな出鱈目を良く言えたものだな」
僕が少し落ち込んでいると、ロタと呼ばれたダークエルフが僕の言葉を思いっ切り否定して来た。
まぁ確かに認めたくは無いだろうし、僕だってそのからくりを知ったのは今日になってからだ。
しかし『疎通』の力ってのが魔物にだけじゃなく精霊にまで効くなんてビックリしたよ。
だけど、今僕が一番驚いている事はロタが精霊魔法を使うと言う事だ。
高度な魔物には人間の様に魔法を使う奴が居るとは聞いていたけど、実際にお目にかかるとは思わなかった。
と言う事は、ダークエルフってただの抵抗力の高い脳筋バカだと思っていたけど、どうやら魔人級の力の持ち主なのかもしれない。
母さんが言った通り最初の二人は特別弱かっただけなんだろう。
しかし、魔人級と言えばその存在の多くが従魔限界を超えているって話だけど、こいつ等のマスターって何者なんだ?
魔人級を五体も従えてるなんて、もしかすると母さん以上のテイマーと言う事なのか?
ダークエルフの後ろに居るマスターと言う存在の恐ろしさに思わず唾飲む。
あ、あまり怒らせるとなんだか厄介そうだし、一つ誤解を解いておこう。
「え~と、ロタさん? で良いんだっけ? さっき『ヒルドの仇』って叫んでいたけど、このお姉さん気絶してるだけでちゃんと生きてますよ?」
時々ピクピクと身体震わせてるし、ショックで心臓麻痺とかにはなっていない筈だ。
怖い夢でも見てるのか、時々うなされてる声も聞こえてくるみたいだし。
「たかが人間の分際で私の名前を気安く口にするな! それにヒルドが生きてるだと? ふんっ! 確かに生きてはいるが、幼獣との戦闘で敗れたヒヨルスリムルの方が幸せだったと言えるだろう。先程の戦いで泣き叫ぶヒルドの姿……。戦士としての誇り高きヒルドの魂は死んだ! お前のふざけた小細工によって死んだのだ! 絶対に許さんぞ!」
「えぇぇーーーー!!」
なんだって!? とんでもない言い掛かりだ。
言いたい事はなんとなく分かるけど、ただ単に今の僕の力でヒルドの魔法抵抗を貫いて削り切るのが大変だったからなのに。
戦士としての魂が死んだとか、ダークエルフってプライド高過ぎでしょ。
そんな物で死ぬより生きている方がずっといいじゃないか……と思うのはやっぱり僕が臆病者だからなのだろうか?
「そんなつもりは一切無いよ。僕はただあなた達を殺したくないと思っただけで……」
「我等を殺したく……ないだと? ……なぁめるなぁ小僧ォ!! お前如きが我達に手加減しようと思うなど、百年早いわ! お前の張った『風の壁』など私が風の精霊魔術の前では子供騙しであると思い知れ!! さぁ風の精霊よ!! 我が矢に宿りて目の前の敵を穿て!! 精霊の矢」
「おい、よせ! やめろロタ!」
どうやら僕は彼女の踏んだらいけない地雷を思いっきり踏みつけちゃったようで、今度は矢に精霊を纏わせ必中の一撃とさせる『精霊の矢』を唱えて来た。
これは『風の壁』みたいな誰でも使える初歩魔術じゃなく、万象紋をその身に刻んだ者しか使えない正真正銘の精霊魔術だ。
魔法には一つの不文律がある。
上位の魔法は下位の魔法を例外無く凌駕すると言う事。
それを分かってるブリュンヒルドは僕を殺さぬようにロタを止めようとしたけど、もう遅い。
ロタは一つの迷いもなく僕に向けて風の精霊を纏わせた矢を放ってきた。
「や、やばい! これ『風の壁』じゃ防げない」
僕は恐怖によって思わず悲鳴を上げた。
『精霊の矢』は逃げようが隠れようが何処までも獲物を目指して追って来る。
そりゃ窓の無い建物に逃げ込んだら別だけど、ここは大森林のど真ん中。
そんな建物なんて何処にも無いよ。
今の僕の力じゃ『精霊の矢』を防ぐには精霊の依り代となっている矢を物理的に破壊するくらいしか思い付かない。
だけど既に矢が放たれてしまった以上、僕はおろか母さんでさえ魔法の準備は間に合わないだろう。
くそっ! ちょっとばかり上手くいったからって調子にのってしまっていた。
敵を必要以上に怒らせてしまった所為で死ぬ羽目になるなんて……。
ロタの矢が僕の眉間目指して飛んでくる様をただ茫然と見つめる事しか出来ない。
一発目と同じで、周囲がスローモーションのようにゆっくり動いているように感じる。
周囲から蔦の様な物が矢に向かって伸びてるのが見えるけどドリーが能力で助けてくれようとしているのかな?
でも明らかに矢のスピードの方が速い所為で間に合わないみたい。
危なくなったら母さん達が何とかするって言っていたけど、こりゃ無理そうだ。
死がそこまで迫っているにもかかわらず、僕はなぜか他人事のようにその風景を眺めていた。
これが諦めの境地って奴なのかな?
それとも敵とは言え、女性であるヒルドをあんな風に虐めてしまった罪悪感がそうさせるんだろうか?
まぁ、どうでも良いや。
……どうやら僕はここまでの様だ。
そんな死の運命を受け入れようとしたその時――、
『まーしゃ……だいじょぶよ』
突然僕の心に声が響いた。
僕は大丈夫? 一体どう言う意味?
聞こえて来たのはとても幼い女の子の声のようだった。
けれどライアの声とも違う。
この声は何処かで聞いた様な……。
僕は迫り来る矢の事も忘れ、その声の主を探す為に辺りを見回した。
「マーシャちゃん! 間に合わ……」
「……!!!」
「ぱぱーーー!!」
「はーはは死ねーーー」
僕の耳に一度に沢山の声が飛び込んでくる。
そして僕の目には、迫り来る矢が今まさに眉間に突き刺さろうとしている。
一瞬の筈なのに矢の動きはとても遅く感じた。
これが世に聞く『死にそうになった時に遅く感じる現象』って奴か。
なかなか不思議な体験だ。
長く感じる時間の中、僕は貴重な体験に口元を緩ませた。
いや~死なないと分かってるのになるものなんだね。
この僕の言葉通り矢は僕に当たる寸前で異様な軌道を辿り、あらぬ方向に逸れていった。
それを見た周囲の者達は何が起こったか理解出来ず唖然とした顔で言葉を失う。
それは母さんでさえ同じ反応だったんだから、僕もなかなかやるもんだ。
だけど、一人すぐに我に帰った者が居た。
「な、なにぃ!! ば、ばかな! クソ! もう一発」
それは僕に矢を放った張本人だ。
多分弓の腕に余程の自信が有ったんだろう。
なぜそうなったのかと考えず、ただ自身が狙いを外したと言う事実が認められず、その失敗をまるで無かった事にするかのように僕に向けて再び矢を放った。
あなたのリーダーは僕の事を殺すなって言っていたよね?
さっきもそうだけど、今も完全に僕の眉間を射抜こうとしちゃってるよ。
なんか笑いながら死ねとか言っていたしね。
でも、何度矢を放とうが僕には効かないんだ。
案の定、矢は僕に辿り着く事無く有らぬ方に軌道を逸らし森の何処かへと消えて行く。
矢の行方を茫然とした顔で見守っている弓矢の主。
「な、なぜだ! なぜ私の矢が当たらん!」
さすがに三度目の矢を撃つ真似はせず、弓矢の主は信じられない事態に大声を上げた。
そろそろ種明かしでもしようかと思った時、それより先に敵のリーダーが声を上げる。
「分からんのかロタ。風の精霊はお前の領分だろう。あいつの周りを良く見てみろ」
敵のリーダーであるブリュンヒルドが精霊魔法と言った事に僕はゴクリと唾を飲む。
うわっ、てっきり他の皆と一緒に驚いているのかと思っていたのに、こいつだけは冷静に戦況を観察していたのか。
仮面の所為で良く分からなかったよ。
しかし、今まで誰にも気付かれた事はなかったのにそれを見破るなんて……。
「な、なに? あいつの周囲を? ……ん? なっ! こ、これは……」
「気が付いたか。あのテイマーの周囲には『風の壁』が掛けられている。何度弓を射ようが無駄だ」
そう、僕の周りにはドリーが敵の襲来を警告したその瞬間から『風の壁』によって風の精霊達に護られている。
だって敵がゴブリンやオークなら遠方から飛び道具を使って来るし、魔獣系だとしても投石してくる魔物も居るからね。
備え有れば憂い無しってやつだよ。
まさかその敵がダークエルフなんて聞いた事もない魔物だとは思わなかったけど。
「い、いつの間に? そ、そうか! おい! そこの女! 小僧達だけで戦えと言っておきながら後方から援護をしていたのだな」
「えぇ!! 知らない知らない。私はそんな事してないわよ。こっちもビックリしてるんだから。ドリー……は、風の精霊魔法なんて使えないわよね? じゃあプラウなの?」
「……!!!」プルプル
ロタと呼ばれた弓使いは母さんがこっそりと掛けたと思っているようだ。
全く寝耳に水な母さんは慌てて否定している。
母さんに聞かれたプラウも首を振って一生懸命否定した。
うん、確かに『風の壁』を掛けたのは母さんやプラウじゃない。
このまま引っ張ってても話が進まないや。
さっきはここで話の腰を折られたので邪魔をされない内にネタばらしをする事にしよう。
「僕はね、今までパーティーの皆から戦闘中に魔法を使うなって言われていたんだよ」
「え? マーシャル? 急にどうしたの?」
母さんを初め僕が突然脈絡の無い話をしだしたので周りから動揺の声が上がった。
あぁ、ブリュンヒルドって奴だけは腕を組んで直立不動だ。
仮面の隙間から見える目はまるで全部お見通しだって言ってるみたい。
他は兎も角、この人……じゃない魔物だけは侮れないな。
未契約の魔物だったら母さんにでも契約して貰えば丸く収まったんだろうけど、既に契約済みなのはあいつらの言葉とその身が纏う魔力からも分かる。
契約済みの魔物へのキャッチは問答無用で弾かれる制限が掛けられているので、母さんでも無理だろう。
僕の魔力マシマシキャッチならどうなるか分からないけど、試してみてもし掛かっちゃったら相手を殺してしまう事になるし出来れば使いたくないよ。
母さんが居るし敵がどれだけ強かろうが何とかなるとは思ってるけど。
……だけどもし、本当にどうしようもなくなった時は……。
僕は目の前に居るどこから見ても人間にしか見えない強敵に複雑な気持ちになりながらも話を続けた。
「僕の元居たパーティーの魔術師は凄く神経質でさ。少しでも役に立とうと思ってうっかり戦闘中に魔法を唱えたりなんかしたら『お前なんかが魔法を使うと場の魔力が乱れる』って怒るんだ。でもさ僕は皆の役に立ちたいとずっと思っていたんだよ。『連続火矢』もその一つ、まぁこれは色々有ってさっきやっと出来るようになったんだけどね。その頃は攻撃魔法がダメなら補助魔法だと思ったんだけど、そっちは治癒師の子で十分って言われてさ。そこで考えたんだよ。戦闘中に誰にも気付かれず皆の役に立つにはどうすれば良いかって」
「じゃ、じゃあ、この『風の壁』はマーシャルの魔法なの? 一体いつ唱えたの? そんな暇なかったじゃない」
「ドリーが敵が来るって警告してくれた時だよ」
「そ、そんな前からなの? う~わっ……私とした事が全く気付かなかったわ」
母さんが僕の言葉に口に手を押さえてそう言った。
恐らくドリーが警告した時の事を思い返しているんだろう。
僕がいつ唱えたのかってね。
「話の続きだけどね。僕は臆病だからさ。いつ敵に襲われても良いようにって、それこそ採取や休憩所の設営。ううん探索の間中ずっと……戦闘じゃない時に少しでも皆にゆっくりしてもらえるように、そして雑魚テイマーな僕が魔法を使った事で皆を不安にさせないようにするにはどうすれば良いかって考えたんだ。それには誰にも気付かれないように魔法を使えば良いんじゃないかって思い付いた。と言っても僕は魔力制御が下手だし、使える魔法も初歩魔術だけ。その中から皆の役に立つのはどれだろうと考えて選んだのが『風の壁』。これなら個人対象じゃないから気付かれないし、何よりいきなり遠くから攻撃されても安心でしょ?」
「でも、一切呪文を唱えなかったじゃない。ううん、魔力の発動さえ感じなかったわ。精霊魔法は他の魔法と違って精霊に働き掛ける魔法なんだから明確な指示が必要なのよ? 従魔術と違って精霊相手に念話での指示なんて出来ないし、黒魔術や付与魔術のように無詠唱なんて無理……あっ…そっかあなたの場合はそれに当て嵌まらないのね」
「うん、自分でも不思議だったんだ。いつのまにか心の中で風の精霊に『お願い』って頼んだら『風の壁』を張ってくれるようになっていたんだもん。だけど、これは練習の成果なのかなって思っていたし、誰にも気付かれないのならそれで良いかって思ってた。多分これも僕が忘れていた『疎通』の力のお陰だったんだね」
「はぁ、しかしこの『風の壁』……。あんたの仲間ってあんたを追い出した事自体大損害だけど、この加護まで失ったなんて本気で同情するわ」
「え?」
母さんがしみじみと呟いたその言葉に、僕は最後にパーティーの皆と顔を合わせた時の事が脳裏に過ぎる。
皆ボロボロだった。
特にジャッジなんて目を大怪我していたみたいだけど、あれはもしかして敵の矢に因る傷だったんだろうか?
そうだ、とても素早くて用心深いジャッジがゴブリンなんかとの戦闘で目を負傷する訳がない。
今まで何も言わずに僕が矢避けの魔法を使い続けていたから用心深いジャッジでさえ、探索中に矢など飛んで来ないと思い込んでしまったんじゃないか?
怒られるのを怖がらずに皆に『風の壁』の事を打ち明けたら良かったんじゃないのか?
彼が怪我したは僕が原因なのだろうかと、そんな後悔が浮かんで来て少し胸が痛くなった。
「ば、馬鹿な!! 心で願っただけで精霊が応えただと? 風の精霊使いでもある私の前でそんな出鱈目を良く言えたものだな」
僕が少し落ち込んでいると、ロタと呼ばれたダークエルフが僕の言葉を思いっ切り否定して来た。
まぁ確かに認めたくは無いだろうし、僕だってそのからくりを知ったのは今日になってからだ。
しかし『疎通』の力ってのが魔物にだけじゃなく精霊にまで効くなんてビックリしたよ。
だけど、今僕が一番驚いている事はロタが精霊魔法を使うと言う事だ。
高度な魔物には人間の様に魔法を使う奴が居るとは聞いていたけど、実際にお目にかかるとは思わなかった。
と言う事は、ダークエルフってただの抵抗力の高い脳筋バカだと思っていたけど、どうやら魔人級の力の持ち主なのかもしれない。
母さんが言った通り最初の二人は特別弱かっただけなんだろう。
しかし、魔人級と言えばその存在の多くが従魔限界を超えているって話だけど、こいつ等のマスターって何者なんだ?
魔人級を五体も従えてるなんて、もしかすると母さん以上のテイマーと言う事なのか?
ダークエルフの後ろに居るマスターと言う存在の恐ろしさに思わず唾飲む。
あ、あまり怒らせるとなんだか厄介そうだし、一つ誤解を解いておこう。
「え~と、ロタさん? で良いんだっけ? さっき『ヒルドの仇』って叫んでいたけど、このお姉さん気絶してるだけでちゃんと生きてますよ?」
時々ピクピクと身体震わせてるし、ショックで心臓麻痺とかにはなっていない筈だ。
怖い夢でも見てるのか、時々うなされてる声も聞こえてくるみたいだし。
「たかが人間の分際で私の名前を気安く口にするな! それにヒルドが生きてるだと? ふんっ! 確かに生きてはいるが、幼獣との戦闘で敗れたヒヨルスリムルの方が幸せだったと言えるだろう。先程の戦いで泣き叫ぶヒルドの姿……。戦士としての誇り高きヒルドの魂は死んだ! お前のふざけた小細工によって死んだのだ! 絶対に許さんぞ!」
「えぇぇーーーー!!」
なんだって!? とんでもない言い掛かりだ。
言いたい事はなんとなく分かるけど、ただ単に今の僕の力でヒルドの魔法抵抗を貫いて削り切るのが大変だったからなのに。
戦士としての魂が死んだとか、ダークエルフってプライド高過ぎでしょ。
そんな物で死ぬより生きている方がずっといいじゃないか……と思うのはやっぱり僕が臆病者だからなのだろうか?
「そんなつもりは一切無いよ。僕はただあなた達を殺したくないと思っただけで……」
「我等を殺したく……ないだと? ……なぁめるなぁ小僧ォ!! お前如きが我達に手加減しようと思うなど、百年早いわ! お前の張った『風の壁』など私が風の精霊魔術の前では子供騙しであると思い知れ!! さぁ風の精霊よ!! 我が矢に宿りて目の前の敵を穿て!! 精霊の矢」
「おい、よせ! やめろロタ!」
どうやら僕は彼女の踏んだらいけない地雷を思いっきり踏みつけちゃったようで、今度は矢に精霊を纏わせ必中の一撃とさせる『精霊の矢』を唱えて来た。
これは『風の壁』みたいな誰でも使える初歩魔術じゃなく、万象紋をその身に刻んだ者しか使えない正真正銘の精霊魔術だ。
魔法には一つの不文律がある。
上位の魔法は下位の魔法を例外無く凌駕すると言う事。
それを分かってるブリュンヒルドは僕を殺さぬようにロタを止めようとしたけど、もう遅い。
ロタは一つの迷いもなく僕に向けて風の精霊を纏わせた矢を放ってきた。
「や、やばい! これ『風の壁』じゃ防げない」
僕は恐怖によって思わず悲鳴を上げた。
『精霊の矢』は逃げようが隠れようが何処までも獲物を目指して追って来る。
そりゃ窓の無い建物に逃げ込んだら別だけど、ここは大森林のど真ん中。
そんな建物なんて何処にも無いよ。
今の僕の力じゃ『精霊の矢』を防ぐには精霊の依り代となっている矢を物理的に破壊するくらいしか思い付かない。
だけど既に矢が放たれてしまった以上、僕はおろか母さんでさえ魔法の準備は間に合わないだろう。
くそっ! ちょっとばかり上手くいったからって調子にのってしまっていた。
敵を必要以上に怒らせてしまった所為で死ぬ羽目になるなんて……。
ロタの矢が僕の眉間目指して飛んでくる様をただ茫然と見つめる事しか出来ない。
一発目と同じで、周囲がスローモーションのようにゆっくり動いているように感じる。
周囲から蔦の様な物が矢に向かって伸びてるのが見えるけどドリーが能力で助けてくれようとしているのかな?
でも明らかに矢のスピードの方が速い所為で間に合わないみたい。
危なくなったら母さん達が何とかするって言っていたけど、こりゃ無理そうだ。
死がそこまで迫っているにもかかわらず、僕はなぜか他人事のようにその風景を眺めていた。
これが諦めの境地って奴なのかな?
それとも敵とは言え、女性であるヒルドをあんな風に虐めてしまった罪悪感がそうさせるんだろうか?
まぁ、どうでも良いや。
……どうやら僕はここまでの様だ。
そんな死の運命を受け入れようとしたその時――、
『まーしゃ……だいじょぶよ』
突然僕の心に声が響いた。
僕は大丈夫? 一体どう言う意味?
聞こえて来たのはとても幼い女の子の声のようだった。
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僕は迫り来る矢の事も忘れ、その声の主を探す為に辺りを見回した。
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