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第三章 世界を巡る
第77話 作戦
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「く、くそ! よ、避け……」
迫りくる五つの『火矢』にヒルドは必死に避けようとするが、僕を薙ぎ払う為に槍を大きく振りかぶっていた所為で、この至近距離では避けるどころか防御姿勢もままならない状態だ。
わざわざ自分で近くまで歩いて来たんだから自業自得だよね。
「ぐはぁっ!!」
僕の放った『火矢』は全弾ヒルドの無防備な胴体に突き刺さった。
と言っても、さっきみたいに黒装束が破れただけで、一発一発はかすり傷しか与えていないだろう。
だけど、一発なら踏み留まれた『火矢』もさすがに五発同時の衝撃は無理だったようで、そのままバランスを崩し後方へと弾けるようにして倒れ込んでしまった。
まぁこれで倒せるとは思っていないよ。
その事はヒルドも分かっている。
想定外の事態に驚いていたものの、さすがに学習したのか今度は長々と喋る事はせずにすぐさま立ち上がり警戒しだした。
表情は分からないけど、その雰囲気から察するに僕に対して多少の恐れを抱いてくれてるみたい。
『多重火矢』
これが僕が皆の役に立ちたいと考えていた技だ。
同時に複数の魔法を発動させる。
練習無しのぶっつけ本番だったけど、出来ると言う直感通り発動してくれた。
確率がとんでもなく低い賭けだったけどね。
『一発一発が弱く発動に時間が掛かるのなら、一度の詠唱で複数発動したらいいじゃないか』
これは将来魔法使いになる事を夢見る子供なら誰でも一度は考え、そして普通なら所詮夢物語と一笑に付して忘れてしまう妄想だ。
連続して魔法を放つ事が出来る人は大勢居る。
だけど同時に複数の術式を展開構築なんて、頭が幾つも無いと処理が追いつかないよ。
それにそんな無茶をしたらすぐに魔力が枯渇しちゃう。
……そう普通ならね。
だけど僕の周りは普通じゃない人だらけなので、妄想を妄想だと諦める事は出来なかった。
稀代の天才である母さんと伝説の再来と呼ばれる父さん。
そして天才の名を継いだメアリ。
とんでもない肩書きの持ち主ばかりで本当に嫌になっちゃうよ。
同時に複数の魔法を発動させるなんて無理だと決め付けるには、身内を否定しないといけなくなるからね。
七体の従魔にブーストを掛けながら自らも最前線で戦う母さん。(過去の逸話)
メアリも従魔の数は二体と劣るけど、母さん以来テイマーの優勝者が出なかったと言う学園の武闘大会で逸話の再現と呼ばれる優勝劇を披露した。(実際に観客席で観戦)
極めつけは父さんの存在。
二つの紋を同時に有すると言う事は、常に複数の魔法を使用している事と同義だ。
それに比べたら今僕がした初歩魔術の同時発動なんて子供の遊びみたいなものだと思う。
だから、そんなとんでもない人達の血縁者である僕にも出来ると思ったんだ。
そして最後のピースは僕が魔導協会の禁書庫で『起動』を唱えた時の父さんの言葉。
『起動』も一度に複数の呪文を展開する必要が有るけど、厳密に言うとあれは同時発動じゃなく並列励起って言う連続で別の魔法を起動させているだけ。
だけ……とか簡単に言ったけど、実際は紋を刻みその道を極めた先の大魔法と分類される魔法を使う為に必要なとても高度な詠唱術だ。
それ程凄い詠唱術でも同時発動である多重魔法の概念には及ばない。
それなのに、あの時の僕は無意識で複数の多重魔法を操っていたらしい。
そりゃ『起動』は始祖が創魔術から考案した特別の魔法だからなのかもしれないけど、この事実は僕が多重魔法を使える事の証明と言えるだろう。
後は魔力量に関しては、僕には母さん譲りの魔力の器が有るからね。
今まで無駄に多いだけで使い道が無いと思っていたけど無駄じゃなかった。
要するに僕はかつて妄想した皆の役に立つ為の戦い方を実現する事が出来る……と信じて良いと言う事だ。
魔法は『出来る』と信じる事が大切だと教えられた。
今までの僕は出来ない事を周りの所為にして、自分自身の事を信じていなかったんだ。
だけど、今の僕は自分の事を信じられる。
それに複数への『起動』は今日だけでも二回試しているからね。
何も信じられないまま妄想を実現させるなんて夢物語なんかより、ずっと分の良い賭けだったんだよ。
「てめぇ! ぶっ殺してやる!!」
暫く警戒していたヒルドが突然叫び出した。
どうやら僕への恐れより、弱者と思っていた者に攻撃を受けてしまった羞恥心の方が勝ったようだ。
まぁ、ダメージ自体はかすり傷が五か所増えただけなので、その事に気付いたってのも有るかもしれない。
とうとう僕を殺すと言いだした。
この人……って言うか魔物だけど本当に女性なんだろうか?
「おい! ヒルド! 冷静になれ! そいつを殺すと捜索がまた一からになるぞ」
「良いじゃねぇかブリュンヒルド! こいつが居なくてもこの森に火を点けて燃やしちまえば見付かるだろ」
ダークエルフのリーダー……ブリュンヒルドだっけ? が怒り狂うヒルドを制止しようと声を掛けた。
なんかとんでもない事を言ってる。
目的の為にこの森を燃やすだって? そんな事許せる訳がないよ。
「と言うか、なんでアレはこいつに反応したんだ? たかがテイマーのガキだってのによう」
「それは分からない。しかしこの装置にもそのテイマーの位置が示されている。今のところマスターからは何も言われていないが、同時魔法を操る事といい、もしかするとこいつも探し者の可能性があるのだ。だから自重しろ」
「ちっ。……なら死なねぇ程度にいたぶってやる」
「やるなら早くしろよ。ヒヨルスリムルも危ない状態だ。早く加勢してやれ。……それとも私が出た方が良いか?」
「うっ……い、いや! 全員一切手を出すな。これは私の戦いだ。私の手でケリを付ける」
リーダーが『私が出た方が良いか』と尋ねた途端、ヒルドは一瞬怯えた様な仕草を見せる。
しかし、すぐに手出しする事を断った。
この事から判断出来る事は、ブリュンヒルドと呼ばれた敵のリーダーはヒルドより強いと言う事だろう。
多分ここで助けを借りると後でお仕置きされちゃうんじゃないだろうか?
それより気になる事を色々喋ったよね。
恐らく彼女達は誰かの従魔なんだろう。
そして操っているテイマーは僕が声を聞いたナニかを探している。
僕の位置が分かったのはリーダーが持っている捜索用の魔道具のお陰のようだ。
何故それに僕が反応……いや、心当たりは『始祖の後継者』だとか『覇者の手套に選ばれた者』とか色々心当たりは有るけど……う~ん、逆に多過ぎて分からないな。
「小僧!! もうお前の小細工などには驚かんぞ。もはや『火矢』を何発撃とうがもうお前を倒すまで止まる事はない!」
ブリュンヒルドとの話を終えたヒルドは、身体に力を込めると僕目掛けて走り出した。
今度は大振りなんて隙の出る攻撃方法じゃなく、僕の手足を槍で貫く戦法に変えたみたい。
脇を閉めて身体を縮ませて走る姿はまるで一条の矢の様だ。
一瞬の後、僕はその槍に貫かれてしまうだろう。
でも、遅いんだ。
僕の方は既に勝つまでの準備が終わっちゃってるよ。
「閃光、次に耕作」
僕は走るヒルドの目の前にただ眩しく光るだけの魔法『閃光』を唱えた。
そして続け様にその名の通り、主に畑を耕すのに重宝する魔法『耕作』をブリュンヒルド足元に唱える。
両方初歩魔術に属する魔法だ。
特に『耕作』は農業に携わる人にはある意味必須の魔法と言えるくらい魔力さえあれば誰でも使える簡単なもの。
効果の程は、少し地面が柔らくなり掘り返しやすくなる程度だ。
だけど一心不乱に走る人が目が見ない状態でそんな柔らかい地面に足を入れちゃうと……?
「目、目が!! なっ? 足が……グハッ!」
目が見えないまま柔らかい地面に足を取られたヒルドは、矢の如く走っていたスピードが仇となって思いっ切り転倒する。
その勢いのまま僕の足元まで転がって来た。
何が起こったのか理解出来ないヒルドは、うつ伏せのまま僕に無防備な背中を晒している。
その機を逃さず僕はすかさずヒルドの槍を踏みつけた。
倒れても槍から手を離していなかったヒルドは、その指を槍の柄と地面に挟まれた痛みで呻き声を上げる。
「グアッ! ゆ、指がぁ! お、折れる! き、貴様! その足をどけろ!」
「嫌だよ。どけたら僕が危ないじゃないか。……ねぇ、お姉さん。この状態で『火矢』を受けたらどうなると思う?」
「な……ま、まさか……。やめろ!」
僕は既に火矢を全ての指に装填済みの右手をヒルドに向けた。
いくら火矢だからと言って、避ける事も満足に構える事も出来ない状態で喰らうとどうなるかヒルドも理解しているようだ。
声が震え上ずっている。
「ごめんね、お姉さん。僕怒ってるんだ。僕の大切な人を殺すだとか、この森を燃やすとか……さ」
「ち、ちが……。た、たす…け…」
「右手火矢」
「ぐわっ! 痛い痛い!!」
「次は左手火矢」
「ぎゃぁ!! や、やめ……やめてぇ」
「また溜まった右手で火矢」
「きゃーーーー!!」
「更に左手で……」
続け様に右手と左手で交互に『多重火矢』を何度か放つ。
だんだんコツが掴めて来たお陰で発動スピードも格段に上がり、右と左を平行して『火矢』を構築出来るようになって来た
ヒルドの黒装束は僕が放った連続の『火矢』の所為で、既に装束としての形を為しておらず、千切れ千切れの布が身体に纏わり付いているだけとなっている。
それに比べて身体の方はと言うと、やはり『火矢』では攻撃力が足りないようで、所々血が滲んで赤くなっている程度の傷だ。
う~ん、やっぱりこのダークエルフって種族は魔法抵抗力高過ぎだよ。
しかし、痛くない訳ではなくむしろ逃げられない状態での連続攻撃は恐怖を増徴させる効果が有るのだろう。
さっきまで荒っぽい男のような喋り方だったのに、今はまるで普通の女の子のような悲鳴を上げている。
多分仮面が無かったら顔は涙でグチャグチャになってると思う。
だって悲鳴が嗚咽混じりになってるんだもん。
自分でやっておきながらなんだか凄く可哀想になってきた。
みんなを殺そうとした悪い奴なんだけど、罪悪感が半端無い。
絵面的にも最悪で、事情を知らない人が見たら何処をどう見ても泣き叫ぶ女性をいたぶってる酷い奴にしか見えないよ。
そろそろ僕の心の方が持たなくなってきたし、胃もチクチク痛み出した。
なによりヒルド自身が手を出すなって言ってはいたけど、後ろで控えている残りの三人が自分の仲間の惨状を見ていつまでも我慢出来る保証は無いんだよね。
既に恨みは十分買っているだろうしな~。
これで最後にしよう。
僕は意を決して両手を突き出した。
十本の指は装填済みの『火矢』によって赤く輝いている。
それを見上げるヒルドはヒックヒックと嗚咽ばかりで言葉が出なくなっている。
「最後に……両手で一気に……」
「いやいやいやーーーー助けてぇぇぇ!!」
僕の死刑宣告のとも取れる言葉にとうとうヒルドの恐怖が頂点に達したのか、最初の威勢など消え去り情けなく泣き叫んで命乞いをした。
その姿は僕より身体が大きいくせに、不思議な事にまるで幼い子供の様な印象を受ける。
本当にダークエルフって言う種族は外見も思考もチグハグ過ぎるな。
でも、助かったよ。
これなら作戦が成功しそうだ。
僕は大きく息を吸って……。
「わっ!!」
「ひぃぃぃぃぃ!! きゅぅ……」バタッ。
ヒルドが恐怖の頂点に達したのを確認した僕は、魔法は唱えずに大きな声を出して驚かせる。
するとヒルドは身体をビクンと弾ませて一番の悲鳴を上げた後、そのまま意識を失ってしまった。
その姿に昔まだ幼い妹を驚かせて気絶させちゃった時の事を思い出す。
まぁ、それがこの作戦のヒントになったんだけどね。
心が折れてからのヒルドはまるで年端も行かない幼女のようだったもん。
なんにせよ作戦が成功して良かったよ。
これがダメなら死ぬまで『火矢』を打ち続けるしかなかったからね。
「ふぅ……何とか勝てた。でも、ちょっと可哀想な事しちゃったかな」
僕は顔を上げ額の汗を拭った。
さて、ライアの様子はっと。
「ガハッ!!」 ドサッ。
僕がライアの方に顔を向けようとした瞬間、少し離れた所で女性の呻き声と倒れる音が聞こえた。
その音が意味する事は……。
「ぱぱぁ~。らいあかったよぅ~!!」
倒れた敵の近くでぴょんぴょん飛びながら僕に手を振っているライアの姿が見えた。
僕もそれに応えて手を振る。
「ライア頑張ったね。えらいぞ~」
僕はそのままライアの方に歩こうとしたその時……。
「マーシャル!! 危ない!」
母さんの叫び声が聞こえた。
そうだここは戦場。
まだ敵は三人残っていた。
初めての勝利だからって喜び過ぎて油断していたんだ。
僕は慌てて敵の方に顔を向ける。
そこには弓を構えているダークエルフの姿。
そして、その弓から今まさに矢が放たれる瞬間だった。
「くらえ! ヒルドの仇!!」
叫ぶダークエルフ。
迫りくる一条の矢。
どこからどう見ても絶対のピンチだ。
だけど、僕はそれを見てニヤリと笑った。
迫りくる五つの『火矢』にヒルドは必死に避けようとするが、僕を薙ぎ払う為に槍を大きく振りかぶっていた所為で、この至近距離では避けるどころか防御姿勢もままならない状態だ。
わざわざ自分で近くまで歩いて来たんだから自業自得だよね。
「ぐはぁっ!!」
僕の放った『火矢』は全弾ヒルドの無防備な胴体に突き刺さった。
と言っても、さっきみたいに黒装束が破れただけで、一発一発はかすり傷しか与えていないだろう。
だけど、一発なら踏み留まれた『火矢』もさすがに五発同時の衝撃は無理だったようで、そのままバランスを崩し後方へと弾けるようにして倒れ込んでしまった。
まぁこれで倒せるとは思っていないよ。
その事はヒルドも分かっている。
想定外の事態に驚いていたものの、さすがに学習したのか今度は長々と喋る事はせずにすぐさま立ち上がり警戒しだした。
表情は分からないけど、その雰囲気から察するに僕に対して多少の恐れを抱いてくれてるみたい。
『多重火矢』
これが僕が皆の役に立ちたいと考えていた技だ。
同時に複数の魔法を発動させる。
練習無しのぶっつけ本番だったけど、出来ると言う直感通り発動してくれた。
確率がとんでもなく低い賭けだったけどね。
『一発一発が弱く発動に時間が掛かるのなら、一度の詠唱で複数発動したらいいじゃないか』
これは将来魔法使いになる事を夢見る子供なら誰でも一度は考え、そして普通なら所詮夢物語と一笑に付して忘れてしまう妄想だ。
連続して魔法を放つ事が出来る人は大勢居る。
だけど同時に複数の術式を展開構築なんて、頭が幾つも無いと処理が追いつかないよ。
それにそんな無茶をしたらすぐに魔力が枯渇しちゃう。
……そう普通ならね。
だけど僕の周りは普通じゃない人だらけなので、妄想を妄想だと諦める事は出来なかった。
稀代の天才である母さんと伝説の再来と呼ばれる父さん。
そして天才の名を継いだメアリ。
とんでもない肩書きの持ち主ばかりで本当に嫌になっちゃうよ。
同時に複数の魔法を発動させるなんて無理だと決め付けるには、身内を否定しないといけなくなるからね。
七体の従魔にブーストを掛けながら自らも最前線で戦う母さん。(過去の逸話)
メアリも従魔の数は二体と劣るけど、母さん以来テイマーの優勝者が出なかったと言う学園の武闘大会で逸話の再現と呼ばれる優勝劇を披露した。(実際に観客席で観戦)
極めつけは父さんの存在。
二つの紋を同時に有すると言う事は、常に複数の魔法を使用している事と同義だ。
それに比べたら今僕がした初歩魔術の同時発動なんて子供の遊びみたいなものだと思う。
だから、そんなとんでもない人達の血縁者である僕にも出来ると思ったんだ。
そして最後のピースは僕が魔導協会の禁書庫で『起動』を唱えた時の父さんの言葉。
『起動』も一度に複数の呪文を展開する必要が有るけど、厳密に言うとあれは同時発動じゃなく並列励起って言う連続で別の魔法を起動させているだけ。
だけ……とか簡単に言ったけど、実際は紋を刻みその道を極めた先の大魔法と分類される魔法を使う為に必要なとても高度な詠唱術だ。
それ程凄い詠唱術でも同時発動である多重魔法の概念には及ばない。
それなのに、あの時の僕は無意識で複数の多重魔法を操っていたらしい。
そりゃ『起動』は始祖が創魔術から考案した特別の魔法だからなのかもしれないけど、この事実は僕が多重魔法を使える事の証明と言えるだろう。
後は魔力量に関しては、僕には母さん譲りの魔力の器が有るからね。
今まで無駄に多いだけで使い道が無いと思っていたけど無駄じゃなかった。
要するに僕はかつて妄想した皆の役に立つ為の戦い方を実現する事が出来る……と信じて良いと言う事だ。
魔法は『出来る』と信じる事が大切だと教えられた。
今までの僕は出来ない事を周りの所為にして、自分自身の事を信じていなかったんだ。
だけど、今の僕は自分の事を信じられる。
それに複数への『起動』は今日だけでも二回試しているからね。
何も信じられないまま妄想を実現させるなんて夢物語なんかより、ずっと分の良い賭けだったんだよ。
「てめぇ! ぶっ殺してやる!!」
暫く警戒していたヒルドが突然叫び出した。
どうやら僕への恐れより、弱者と思っていた者に攻撃を受けてしまった羞恥心の方が勝ったようだ。
まぁ、ダメージ自体はかすり傷が五か所増えただけなので、その事に気付いたってのも有るかもしれない。
とうとう僕を殺すと言いだした。
この人……って言うか魔物だけど本当に女性なんだろうか?
「おい! ヒルド! 冷静になれ! そいつを殺すと捜索がまた一からになるぞ」
「良いじゃねぇかブリュンヒルド! こいつが居なくてもこの森に火を点けて燃やしちまえば見付かるだろ」
ダークエルフのリーダー……ブリュンヒルドだっけ? が怒り狂うヒルドを制止しようと声を掛けた。
なんかとんでもない事を言ってる。
目的の為にこの森を燃やすだって? そんな事許せる訳がないよ。
「と言うか、なんでアレはこいつに反応したんだ? たかがテイマーのガキだってのによう」
「それは分からない。しかしこの装置にもそのテイマーの位置が示されている。今のところマスターからは何も言われていないが、同時魔法を操る事といい、もしかするとこいつも探し者の可能性があるのだ。だから自重しろ」
「ちっ。……なら死なねぇ程度にいたぶってやる」
「やるなら早くしろよ。ヒヨルスリムルも危ない状態だ。早く加勢してやれ。……それとも私が出た方が良いか?」
「うっ……い、いや! 全員一切手を出すな。これは私の戦いだ。私の手でケリを付ける」
リーダーが『私が出た方が良いか』と尋ねた途端、ヒルドは一瞬怯えた様な仕草を見せる。
しかし、すぐに手出しする事を断った。
この事から判断出来る事は、ブリュンヒルドと呼ばれた敵のリーダーはヒルドより強いと言う事だろう。
多分ここで助けを借りると後でお仕置きされちゃうんじゃないだろうか?
それより気になる事を色々喋ったよね。
恐らく彼女達は誰かの従魔なんだろう。
そして操っているテイマーは僕が声を聞いたナニかを探している。
僕の位置が分かったのはリーダーが持っている捜索用の魔道具のお陰のようだ。
何故それに僕が反応……いや、心当たりは『始祖の後継者』だとか『覇者の手套に選ばれた者』とか色々心当たりは有るけど……う~ん、逆に多過ぎて分からないな。
「小僧!! もうお前の小細工などには驚かんぞ。もはや『火矢』を何発撃とうがもうお前を倒すまで止まる事はない!」
ブリュンヒルドとの話を終えたヒルドは、身体に力を込めると僕目掛けて走り出した。
今度は大振りなんて隙の出る攻撃方法じゃなく、僕の手足を槍で貫く戦法に変えたみたい。
脇を閉めて身体を縮ませて走る姿はまるで一条の矢の様だ。
一瞬の後、僕はその槍に貫かれてしまうだろう。
でも、遅いんだ。
僕の方は既に勝つまでの準備が終わっちゃってるよ。
「閃光、次に耕作」
僕は走るヒルドの目の前にただ眩しく光るだけの魔法『閃光』を唱えた。
そして続け様にその名の通り、主に畑を耕すのに重宝する魔法『耕作』をブリュンヒルド足元に唱える。
両方初歩魔術に属する魔法だ。
特に『耕作』は農業に携わる人にはある意味必須の魔法と言えるくらい魔力さえあれば誰でも使える簡単なもの。
効果の程は、少し地面が柔らくなり掘り返しやすくなる程度だ。
だけど一心不乱に走る人が目が見ない状態でそんな柔らかい地面に足を入れちゃうと……?
「目、目が!! なっ? 足が……グハッ!」
目が見えないまま柔らかい地面に足を取られたヒルドは、矢の如く走っていたスピードが仇となって思いっ切り転倒する。
その勢いのまま僕の足元まで転がって来た。
何が起こったのか理解出来ないヒルドは、うつ伏せのまま僕に無防備な背中を晒している。
その機を逃さず僕はすかさずヒルドの槍を踏みつけた。
倒れても槍から手を離していなかったヒルドは、その指を槍の柄と地面に挟まれた痛みで呻き声を上げる。
「グアッ! ゆ、指がぁ! お、折れる! き、貴様! その足をどけろ!」
「嫌だよ。どけたら僕が危ないじゃないか。……ねぇ、お姉さん。この状態で『火矢』を受けたらどうなると思う?」
「な……ま、まさか……。やめろ!」
僕は既に火矢を全ての指に装填済みの右手をヒルドに向けた。
いくら火矢だからと言って、避ける事も満足に構える事も出来ない状態で喰らうとどうなるかヒルドも理解しているようだ。
声が震え上ずっている。
「ごめんね、お姉さん。僕怒ってるんだ。僕の大切な人を殺すだとか、この森を燃やすとか……さ」
「ち、ちが……。た、たす…け…」
「右手火矢」
「ぐわっ! 痛い痛い!!」
「次は左手火矢」
「ぎゃぁ!! や、やめ……やめてぇ」
「また溜まった右手で火矢」
「きゃーーーー!!」
「更に左手で……」
続け様に右手と左手で交互に『多重火矢』を何度か放つ。
だんだんコツが掴めて来たお陰で発動スピードも格段に上がり、右と左を平行して『火矢』を構築出来るようになって来た
ヒルドの黒装束は僕が放った連続の『火矢』の所為で、既に装束としての形を為しておらず、千切れ千切れの布が身体に纏わり付いているだけとなっている。
それに比べて身体の方はと言うと、やはり『火矢』では攻撃力が足りないようで、所々血が滲んで赤くなっている程度の傷だ。
う~ん、やっぱりこのダークエルフって種族は魔法抵抗力高過ぎだよ。
しかし、痛くない訳ではなくむしろ逃げられない状態での連続攻撃は恐怖を増徴させる効果が有るのだろう。
さっきまで荒っぽい男のような喋り方だったのに、今はまるで普通の女の子のような悲鳴を上げている。
多分仮面が無かったら顔は涙でグチャグチャになってると思う。
だって悲鳴が嗚咽混じりになってるんだもん。
自分でやっておきながらなんだか凄く可哀想になってきた。
みんなを殺そうとした悪い奴なんだけど、罪悪感が半端無い。
絵面的にも最悪で、事情を知らない人が見たら何処をどう見ても泣き叫ぶ女性をいたぶってる酷い奴にしか見えないよ。
そろそろ僕の心の方が持たなくなってきたし、胃もチクチク痛み出した。
なによりヒルド自身が手を出すなって言ってはいたけど、後ろで控えている残りの三人が自分の仲間の惨状を見ていつまでも我慢出来る保証は無いんだよね。
既に恨みは十分買っているだろうしな~。
これで最後にしよう。
僕は意を決して両手を突き出した。
十本の指は装填済みの『火矢』によって赤く輝いている。
それを見上げるヒルドはヒックヒックと嗚咽ばかりで言葉が出なくなっている。
「最後に……両手で一気に……」
「いやいやいやーーーー助けてぇぇぇ!!」
僕の死刑宣告のとも取れる言葉にとうとうヒルドの恐怖が頂点に達したのか、最初の威勢など消え去り情けなく泣き叫んで命乞いをした。
その姿は僕より身体が大きいくせに、不思議な事にまるで幼い子供の様な印象を受ける。
本当にダークエルフって言う種族は外見も思考もチグハグ過ぎるな。
でも、助かったよ。
これなら作戦が成功しそうだ。
僕は大きく息を吸って……。
「わっ!!」
「ひぃぃぃぃぃ!! きゅぅ……」バタッ。
ヒルドが恐怖の頂点に達したのを確認した僕は、魔法は唱えずに大きな声を出して驚かせる。
するとヒルドは身体をビクンと弾ませて一番の悲鳴を上げた後、そのまま意識を失ってしまった。
その姿に昔まだ幼い妹を驚かせて気絶させちゃった時の事を思い出す。
まぁ、それがこの作戦のヒントになったんだけどね。
心が折れてからのヒルドはまるで年端も行かない幼女のようだったもん。
なんにせよ作戦が成功して良かったよ。
これがダメなら死ぬまで『火矢』を打ち続けるしかなかったからね。
「ふぅ……何とか勝てた。でも、ちょっと可哀想な事しちゃったかな」
僕は顔を上げ額の汗を拭った。
さて、ライアの様子はっと。
「ガハッ!!」 ドサッ。
僕がライアの方に顔を向けようとした瞬間、少し離れた所で女性の呻き声と倒れる音が聞こえた。
その音が意味する事は……。
「ぱぱぁ~。らいあかったよぅ~!!」
倒れた敵の近くでぴょんぴょん飛びながら僕に手を振っているライアの姿が見えた。
僕もそれに応えて手を振る。
「ライア頑張ったね。えらいぞ~」
僕はそのままライアの方に歩こうとしたその時……。
「マーシャル!! 危ない!」
母さんの叫び声が聞こえた。
そうだここは戦場。
まだ敵は三人残っていた。
初めての勝利だからって喜び過ぎて油断していたんだ。
僕は慌てて敵の方に顔を向ける。
そこには弓を構えているダークエルフの姿。
そして、その弓から今まさに矢が放たれる瞬間だった。
「くらえ! ヒルドの仇!!」
叫ぶダークエルフ。
迫りくる一条の矢。
どこからどう見ても絶対のピンチだ。
だけど、僕はそれを見てニヤリと笑った。
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そこは圧倒的強者たちによる弱肉強食が繰り広げられる魔境であった。そんな場所でなんとか生きていくウカノたち。
森の中で成長していき、そしてどのように生きていくのか。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
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あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

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異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
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