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第三章 世界を巡る

第75話 テイマーの本当の戦い方

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「きゅ、急にどうしたって言うの? 母さんがそこまで驚くダークエルフって一体何なのさ」

 滅多な事では驚かない母さんがここまで散り乱す声を上げるのなんて初めてだ。
 少なくとも僕の記憶の中では聞いた事が無い。
 そんな初めての様子にビビッてパニックになり掛けたけど、なんだか様子がおかしい事に気付いた。
 声の大きさに比べ逼迫したような緊張感が無いと言うか、後ろから漂ってくる雰囲気的に驚愕は驚愕でも恐怖と言うよりも歓喜に近い感じがする。
 いやそんな筈ないし、ただの現実逃避からの希望的観測なのかもしれないけど……。

 う~ん、それに見間違いかな?
 さっきまで鋭い目付きで僕の事しか見ていなかった奴らが、僕から目線を外しての後ろの母さんを見てるっぽいんだけど、その表情が困惑と言うか若干引き気味なんだよね。
 敵から目を離すのは危険だけど、何が起こっているのか確かめないと気になって戦いどころじゃないや。
 意を決して僕は横目でちらりと振り返った。

「か、母さん、なにその顔……?」

 この言葉が第一印象そのままだ。
 だって母さんの顔は、僕が母さんの声に感じた感想通り恐怖に引き攣ってなどおらず、満面の笑みを浮かべて目をランランと輝かせていたんだから。
 マジで何なの? 訳が分からないよ!

 しかし、母さんがここまで喜ぶダークエルフとはどんな存在なんだ?
 ダークなエルフって事? いや、そもそもエルフってのが何なのか分からない。
 エルフ……エルフ? う~ん、そんな魔物居たかな?
 図鑑でもそんな魔物見た事無いよ。
 あっ! もしかして種族名って訳じゃなくて、こいつ等がしている黒尽くめのファッションの事かも―――。


「そこの女! なぜ我らの種族名を知っている!」

 突然正面から女性の声が響いた。
 母さんの様子に呆気に取られていた僕は慌ててその声の方に顔を向ける。
 この隙を突いて襲われなくて良かったよ、完全に意識飛んでたもん。
 それより今の声は黒装束の奴らが発したものだよね?
 なんかリーダー風の奴が母さんの方を指差してるし。
 発音が似ているだけで意味が全く違う言語じゃない限り、どうやら言葉が通じる様だ。
 さっき黙っていたのは僕達に話す事は何もないって意思表示だったって事なのかな。
 しかし、全身身体のラインが分かり難い外套に近い黒装束で更に仮面を被ってるもんだから相手が女性だなんて分からなかった。
 全員そうか分からないけど、少なくともリーダー風の奴は女性で間違いないみたい。
 
 改めて彼女が発した言葉の意味を考えてみる。
 どうやらダークエルフって言うのは種族名で間違いないようだ。
 耳が長くて褐色の亜人系魔物なんて、学園でも習わなかったし冒険者の先輩からも聞いた事が無い。
 特に冒険者の場合、冒険で生き延びる為に人語を解せる魔物の存在についての知識は必須なので色々聞かせて貰ってたしね。
 更に言うと、独身男性冒険者達の間では女型の魔物の情報は良い酒の肴として夜遅くまで盛り上がったりするから、耳以外が人間風なんての
魔物が居たら絶対話題に上がるだろう。
 それこそ仮に仮面の下がオーク顔だったとしてもね。

「知ってるも何も、私はずっとあなた達種族の事を調べていたんですもの。すごいぞ! エルフは本当に居たんだ! ってなもんよ」

 母さんが興奮気味にダークエルフとか言う奴等の質問に答えた。
 それによるとダークとエルフは別物で良いらしい。
 ずっと探していたみたいだけど、母さんでも今まで見つけられなかった種族だったのか。
 そりゃ先輩達も知らないはずだ。

「ダークと付いてるって事は普通のエルフも居るの?」

 こんな状況な訳だけど、初めて見聞きするレアな種族に少し興味が出てきたので母さんに尋ねてみた。
 すると母さんは僕の方をあっけらかんとした表情で見た。
 そして小さく首を振る。
 なにその仕草?

「いいえ。この世界にはエルフなんて居ないわよ」

「え? エルフが居ないのにダークエルフは居るの? ダークって言葉通りの意味じゃないって事?」

「違うわ、そのままの意味よ。エルフが闇落ちしらたダークエルフになるの」

「え? え?」

 母さんの言葉が全く理解出来ない。
 元になるエルフが居ないのに闇落ちしたエルフが居るってどう言う事?

「要するにを知っている者が、ダークエルフをって事よ」

「あっ……創魔術……か」

 そっか魔物は全て先史魔法文明によって創魔術で創られたんだった。
 世界に実在しない存在を実在させる事さえ創魔術なら出来てしまう。
 それこそドライアドみたいに自分の趣味を盛り込んだとしか思えない姿の魔物のも居たりするしね。

「それにしてもエルフじゃなく、いきなりダークエルフを創るなんてあんた達の創造主ってば、ちょっと色々アレな趣味の持ち主のようね。ムッツリ野郎って事かしら。なんたってダークエルフと言えば、クッコロよ。ねぇ、本当に言うのか試してみましょうか」

 母さんはダークエルフの方を見て少し母親らしからぬ下衆な笑みを浮かべながらそう言ったんだけど、ちょっと色々アレとはどう言う意味だろう?
 闇属性の魔物を創る危ない思想の持ち主って事なのかな。
 だとしても、そんな言い方ちょっとかわいそうかも。
 それに何を試すって? クッコロ? 良く分からないよ。

「貴様!! 我らへの侮辱のみならず、我らが創造主マスターに対して何と言う暴言。許せぬ!! ……話は終わりだ、いくぞお前達!! 早くあの小僧を捕らえて目的を果たし帰還するぞ。我らの邪魔をする奴は排除せよ。だがあの女は確実に殺せ」

「了解!!」

 リーダーと思われる女性が手を上げて命令すると、他の四人も武器を構えて今にも飛び出さん体勢でそれに答えた。
 リーダーに答えた声からすると全員女性のようだ。

 ほら、母さんが酷い事言うから怒らせちゃったじゃないか!
 もう少し情報を集める事が出来たかもしれないのに。
 僕は心の中で母さんに文句を言いながら左手に魔力を込めた。
 とは言え、あんなにやる気満々な奴等を五人同時に相手するなんて僕には無理だ。
 怒らせた責任を取って母さんにも一緒に戦ってもらおう。

「母さん! 敵はあんな事言ってるし、母さんも戦ってくれるんでしょ?」

「いいえ? 最初の手筈通りあなた達で戦いなさい。それに敵は私を殺すなんておっかない事を言ってるのよ? 男の子でしょ、お母さんを護ってちょうだいな」

「うわっ! なんて勝手な言い草だよ。全部母さんの所為なのに!」

「あら? それを言うとそもそも奴等の目的はあなたなのよ? 最初から戦闘は避けられなかったし、私的には知りたい事も大体知る事が出来たわ。これ以上の情報は相手を捕らえて吐かすしか無理でしょうね」

 奴等がこの場所までやって来た目的は探し物の声を聞く事が出来る僕を捕らえる為なのは、さっきリーダーの奴が命令した通りだ。
 痛い所を突かれた僕は拗ねて口を尖らせる。
 それに母さんは必要な情報を入手済みらしい。
 しかし、いつの間に情報を入手してたんだろう?
 さっきの会話に知りたい情報なんてあったかな?
 ただどっちにしても相手を怒らせる必要は無かったよね?

「はっ! その小僧だけで創造主マスターの使徒である我等を相手するだと? 舐められたものだな。大方我等が小僧を殺せないと踏んで囮にしようと思っているのだろうが、情報を得るだけなら口さえ残っていればいいのだ。手足など斬り捨てても事足りる」

 ちょっと待って! 何かとんでもない事言い出してるよ。
 僕の手足を斬り捨てるだって?

「か、母さん。彼奴等あんな事言ってるし、僕だけであんなおっかない連中を相手するなんて無理だよ」

「情け無い事を言わないの。私達がそんな目には遭わせないと言ったでしょう。それに舐めているのは彼奴等の方よ。忘れたの? 戦うのはあなただけじゃないの。ほら自分の横を見てみなさい。あなたのはやる気十分みたいよ」

「え?」

 母さんの言葉に僕は自分の横に視線を移した。
 いま正面の敵から意識を外すのは危険だけどとても重要な気がしたんだ。
 どちらを向けばいいのか分かっている。
 だって僕等は左手の絆で繋がっているから。
 うん、僕の娘は戦う気満々の様だ。
 僕の視線に気付いたのか僕を見上げにっこり笑った。

「ライア……。準備は良い?」

「あい!」

 僕達は頷き合い前を向き敵を見据える。
 すると、場の空気がさっきまでの雰囲気とは違っている事に気付いた。
 目の前の敵は明らかに僕達を馬鹿にしている……そんな嘲りの感情が動作の節々から読み取れる。
 自分達に絶対の自信があるんだろう。
 子供と幼獣など取るに足らぬと侮っているようだ。

 うん、その解釈で間違いないよ。
 だって僕もライアも今まで落ち零れの雑魚テイマーとその従魔だったんだから。
 僕達への評価は真っ当なものだ。

 こいつ等はその自信通り凄く強いとは思うんだけど、母さんより強いかと言うと恐らく違うと思う。
 これだけ敵意を向けられてるのに、母さんは元よりぶーちんやみやこと言った母さんの武闘従魔達の方が、味方だって言うのに絶対に敵に回したくないと思うもん。
 もちろんここに居るドリーもね。
 それなのに、こいつ等は僕だけじゃなく母さん達も同じ様に侮っている。
 と言う事は、遠くから僕を見付ける手段は持っているのに、目の前の相手の実力を読み取る事は出来ないって事だろう。
 魔物は本能で弱者を見分けると言うのに、普通の魔物らしくない何処かチグハグするこの感じ、それが攻略の鍵となる筈だ。
 相手が僕を侮ってくれてる今がチャンス。

 なんたって僕達は昨日までの僕達じゃないんだから。
 
「ふん、小僧に獣人のガキの相手など我等全員が相手するまでも無い。おいヒルド、それにヒヨルスリムル! お前達が相手してやれ。後の奴等も倒して構わんぞ」

「ハッ!」

 リーダーがそう言うとそれに呼応して両端の二人が一歩前に出てきた。
 その二人がヒルドとヒヨルスリムルと言う奴なんだろう。
 なんだか勿体振った動きで武器を構える。

「ヒヨルスリムル。私が小僧を抑えるから、お前は命令待ちで立ち竦む獣人のガキを殺してそのまま残りに向かえ。小僧をダルマにしたらすぐに私も合流する」

「はははっ! ヒルドが来る頃には終わってるさ」

 敵の二人は無茶苦茶な事を言いながら笑ってる。
 なんか少し腹が立ってきたよ。
 いくらなんでも物事を都合のいいように考えすぎてない?
 まるで何も分からずに調子に乗っている子供みたいだ。
 あまりにも自信過剰過ぎる敵の態度に、いい加減腹が立ってきた僕の耳に相手に聞こえないくらい小声の母さんの言葉が聞こえて来た。

「……マーシャル、それにライアちゃん。何も言わずに聞いて。私の見立てではあの二人は敵の中でもかなり弱い。今のあなた達なら十分勝てるわ。今からテイマーのを教えてあげる」

 テイマーの本当の戦い方? テイマーの戦い方なら授業だけじゃなくお爺さんや母さんにも習っている。
 マスターは従魔を信頼して指示を出す。
 従魔はマスターを信頼してその指示通りに動く。
 そう教わって来たんだ。
 冒険者になってモコ……ライアを仲間にしてからもその戦い方を添ってやって来た。
 他のテイマーだってそれは同じ、それがテイマーの戦いだ。
 母さんの言葉に僕は思わず振り返りかける。
 しかし、母さんは小さい声でそれを遮った。

「こら、前を向いてて。テイマーの戦いはね、ポ〇モンバトルじゃないの。マスターはその場で動かず信頼する従魔に戦いの指示を出す、教本にはそんな事書いてるけど、そんなんじゃ実戦では命が幾つ有っても足りないわ。昨今テイマーが弱いとされている原因ね」

「ポ、ポ〇モン? それはちょっと意味が分からないんだけど。互いに信頼してるから従魔は指示通りに動いてくれるんじゃないの? その戦い方が間違ってるとは思えないんだけど」

「えぇ、間違っていない。でもそれは普通のテイマーレベルの話よ。命令にただ従う相互関係なんて、信頼でも何もないただの共依存でしかない。本当の信頼とは互いの力を信じる事よ。マーシャル、ライアちゃんの力を信じてあげて自分の敵に集中しなさい。ライアちゃん、マーシャルの事を信じて自分の思う様に戦いなさい。今のあなた達ならそれが出来るわ。それが絆って奴よ」

「それが、絆……? でも、ライアは戦いなんて今までまともにした事がないよ」

 もこもこふわふわのモコだった時の僕等の戦いを思い出しながらそう言った。
 僕の命令にトテトテ動くモコ。
 ライアの姿になってブーストも使えるようになったとは言え、思うように戦う事なんて出来るんだろうか?

「もう、ライアちゃんは獣皇カイザーファングライアスフィアよ。記憶は忘れているけど、その気高き戦いの記憶は身体に染み付いてる筈だわ。ライアちゃん、出来そう?」

「あい!」

 ライアが母さんの言葉に大きく返事した。
 分かったよ、ライアがそう言うなら全部任す。

 そして、これが戦闘開始の合図となった。
 
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