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第三章 世界を巡る

第74話 新たなる一歩

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「ぱぱぁ、なんかざわざわしたのがくるよう」

 僕の横で音のする方の様子を窺っていたライアが、僕の上着の裾を引っ張りながらそう呟いた。
 ざわざわ……? どう言う事だろう。
 まだ姿が見えないなのにそんな感想が出るなんて、野生の感って奴なんだろうか?
 ドリーの言葉によると、その相手は何故か分からないけど明確な敵意を持っているみたいだし、異物と言うからにはこの森出身って言うアドバンテージでの説得による戦闘回避は難しいかもしれないな。

「大丈夫、ライア? 怖かったら僕の後ろに隠れていて良いよ」

 まぁ、僕が出来る事なんて大した事無いんだけどね。
 しかし今は母さんがいるし、余程の相手じゃない限り何とかなるって言う安心感が有るからちょっとカッコつけてみたくなっちゃった。

「ううん、だいじょぶ! らいあもたたかうお!」

「ラ、ライア……」

 今までのライア……モコだったら僕の言葉に従って後ろに隠れて震えていたと思う。
 それなのに、大丈夫だと言って僕より一歩前に出て手に持った武器を構え直した。
 まるで僕を護ろうとでもするかのように……。

 そりゃ、やっぱりざわざわするって相手がおっかないのか少しだけへっぴり腰になっていけどさ。
 だけど逃げずに勇気を出して前に進もうとする勇気。
 強くなると旅に出てからまだ短い期間ながらもライアは成長しようと頑張っているようだ。

 なんだか母さんの威を借りて虚勢を張ったのが恥かしいよ。
 僕も強くならないと……。
 母さんが禁じた『魔力マシマシキャッチ』と『起動』なんかに逃げないように強く!

「分かったライア! 一緒に戦おう!」

「あい!」 

 僕の言葉に力強く答えるライア。
 ライアは武器を持つ手に力を込め鋭く音のする方を睨みつけた。
 もうへっぴり腰じゃなくなって堂々としたものに変わっている。
 今ライアが持っているのはあの日森で失くしちゃった片手持ちのこん棒じゃなく、ここに来る前に母さんから手渡たされた両手持ちの棍と言う武器。
 扱い方やリーチが今までと大きく異なる初めての武器でいきなり実戦になる訳なんだけど、なんとこの武器の素材は軽くて硬いミスリル銀製なんだって。
 だからちっちゃいライアでも軽々振り回せるしリーチも今まで以上に広くなった。
 それに母さんが言うには僕のブーストは問題無いらしい。
 そしてライアに施されていた始祖の封印が解けた今、ブーストの効果は発揮される筈。
 今までみたいに無様な事にはならないだろう。

 そう、今この時が僕とライアの本当の第一歩なんだ。

 僕はありったけの魔力を左手の契約紋に込めて、従魔であるライアに向けてブーストを掛けた。
 いつもならどれだけ唱えようが全く手応えが無かった僕のブースト。
 だけど、母さんの言葉通りカチッと歯車が噛み合った感触が有った。

「はわわぁ~。からだがぽっぽしてきたお」

 ライアは初めて感じる僕のブーストによって湧き上がる力に驚きの声を上げる。
 だけど、不快な様子はなくどことなく嬉しそうだ。

「いける……いけるよ、母さん! 本当に僕ブーストが使えてる!」

「フフフ、言った通りでしょ? それに『使』と言う事を意識した事によって、も上がっているようね。ねっ? ドリーにプラウ?」

「はい、さすがはマーシャちゃんですわ」

「……!!!」

 なぜか母さんは関係無いドリーとプラウに僕のブーストの効果を確認している。
 やっぱり従魔は他の従魔に掛かっている術の効果が分かるのかな?
 けど、一つ気になる事が有るんだけど……。

「ねぇ、無意識の力って何?」

「それは……お喋りはここまでね。森の異物ってのがお出ましのようよ」

 母さんの言葉を肯定する様に僕達の正面、森の奥から聞こえて来ていた音がすぐ側まで近付いて来た。
 確かに茂みの奥に動く影が幾つか見える。
 それに向こうは警戒して速度を緩める様子も無く、一直線に僕達を目指しているみたいだ。
 僕に助けを求めた声を探していると言う相手だし、探し物の関係者と気付かれたのかもしれないな。
 いや、まぁ考え過ぎかもしれないんだけど……。


「さてマーシャル。もしこのまま戦闘になったらの話だけど、あんた達二人で戦いなさい」

「えぇ!! 母さん達は一緒に戦ってくれないの?」

 母さんの言葉に僕は驚きの声を上げた。
 そりゃブーストも使えるようになったから戦う気なのは満々だけど、僕とライアの二人だけだなんて……。

「さっき休憩終わったら模擬戦しようって言っていたじゃない。いきなりの実戦では有るんだけど、あなた達が強くなるいい練習台になると思うわ。それに安心しなさい。危なくなったらちゃんと私達が助けてあげる。こんな絶好の機会滅多にないわよ」

「……うぅ~。ドリー? さっき相手は僕達に敵意を持ってるって言っていたけど、やっぱりこのまま戦闘になりそう?」

「はい、間違いなく。何故かは不明ですが特にマーシャちゃんを目指していると言う意思を感じます。恐らく探し物の関係者と認識しているのかもしれません」

 う~ん、考え過ぎじゃなかったみたい。
 そこまで言うんだから近付いてくる目的は僕に間違いないんだろう。
 もしかしたら、昨日森を通った時から目を付けられていたのかもしれないな。
 自分達が探している相手の声を聞く事が出来る人物って事なんだしね。

「ふぅ分かったよ。けど、危なくなったら絶対助けてね」

「えぇ、任せておいて」

「マーシャちゃんに傷一つ付けさせませんわ」

「……!!!」

 僕目当てと言う事が分かっても、母さん達が戦わせようとするって事は、今の僕達で何とかなると確信しているからなんだろう。
 だって本当に危ない相手なら逆に止めると思うしね。
 でも一つ確認。

「ねぇ、ドリー。異物って言ったけど、そいつらは森の仲間じゃないんだね?」

「えぇ、あいつ等は森を荒らす敵です。バスバスやっつけてくださいな」

「バスバスって……。あのさ、魔物のキミ達には悪いんだけど、僕は従魔術の始祖みたいに敵だろうと全ての魔物と友達になろうって言う高尚な考えは無いんだ。敵対してくる奴や僕の大切な人達を傷付けようとする奴とは戦うよ。それでもいい?」

 これだけは確認しておきたかった。
 従魔術なんて関係なく友達となったドリーとプラウ。
 いくら母さんと父さんの従魔だと言っても、いまだに僕達自身は契約で繋がっている訳じゃない人と魔物の関係だ。
 魔王が封印されて以降は結束する事はなくなったとは言え、魔物同士はかつて人類を敵として一緒に戦っていた仲間と言えるだろう。
 だから二人の前で僕が魔物と戦う事をどう思うのか知りたかった。

「ふふふ。えぇ、構いませんわ。マーシャちゃんの敵は私の敵と同意ですもの。私達は友達……ですわよね? だからマーシャちゃんに危険が迫っているなら相手が誰であろうとマスターの制止を振り切ってでも駆けつけますわ」

 ドリー……ありがとう。

「……がんばれーー!!」

 普段声が小さくて何言っているのか聞こえないプラウも、精一杯声を張り上げて僕を応援してくれた。

「まっ、そう言う事よ。勿論私がマーシャルの危機に制止させる事なんてしないけどね。思いっきり戦いなさい」

 皆が僕を温かい目で見詰めている。
 うん、僕頑張るよ。

「じゃあライア! 二人で戦うよ」

「やぁるおーーー!!」

 さぁ気合が入った。
 僕達は相手を迎え撃つ為に皆より更に一歩前に出る。
 戦いを有利にする為には状況の把握が必要だ。
 今僕らが立っているこの場所は、大森林のほぼ中央とは言えドリーが『接木』による転移に選んだだけあって、ある程度開けている場所だ。
 とは言っても、大人数で乱戦する程広くないので周囲の木を上手く使えば多対一になる事も無いだろう。
 それに万が一囲まれたとしても母さんが助けてくれる筈だ。
 敵はもう目の前の藪の向こう、すぐそこにいる。
 覚悟を決めて唾を飲み込んだ。


「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……」

 僕のこの言葉が合図となったかのように、まず一人が藪から姿を現した。
 僕はその姿に思わず目を疑い言葉を零す。


「え? 人間?」

 この言葉通り姿を現したのはどこからどう見ても人間だった。
 足音の感じから二足歩行のモンスターなのは分かっていたんだけど、てっきりゴブリンかオークみたいな亜人系の魔物だと思っていた。
 しかしそいつはスラッとしてピンと伸びた背筋。
 亜人系魔物には無い特徴だ。

 だけど素直に人間と言っていいのだろうか?
 だってそいつは闇の様な黒装束に身を包んでるだけじゃなく、顔にはツルンとした素材で目の位置に穴が開いているだけの白い仮面を被っていたのだから。
 それに服の隙間から地肌が見えるんだけど、日焼けしたかのような褐色をしている。
 被っている帽子から少し零れる髪はどうやら白髪……いや銀髪って感じかな。
 要するに白い仮面と髪の毛以外は全て真っ黒。
 なんか凄く既視感が有るけどそれには気付かない事にしよう。
 今が昼で良かったよ。
 もし夜道で遭遇したのなら確実に悲鳴を上げて逃げ出してる所だった。

 そして、その格好をしているのはそいつ一人だけじゃなかった。
 遅れてもう一人藪から出てきたんだけど、やっぱり同じ格好をしている。
 と言う事は、まだ姿を見せていない後ろの連中も同じだろう。

 なになに?何なのこいつ等?
 怪しいってもんじゃないぞ?
 なにより魔物と戦うって皆の前でわざわざ宣言したのに相手が人間だなんて赤っ恥だよ。
 そりゃ確かにドリーは異物って言っただけで魔物とは言っていなかったけどさ、絶対相手がどんな奴か気付いていたよね?
 相手が人間だって分かっていたなら言ってくれたら良かったのに!

 と言うか、これってまずくない?
 いや、別相手が人間だから戦いたくないとか言いたいんじゃなくて、黒くて白い怪しい連中とか明らかに手を出しちゃうとこれから先ずっと後引きそうなヤバい匂いがプンプンするんだけど?
 暗黒教団とか暗殺者ギルドとかそんな闇の世界の人達的なアレとかじゃないよね?
 ただでさえ死神とか新たなる魔王とか言うおっかない魔物に命狙われてるのに、人間達からも狙われるのは出来る限り避けたいなぁ。
 う~ん、どうしようか。

「……こらまた中二病臭い連中ね~」

「か、母さん! あれ見た感想がそれ?」

 後ろから母さんの呑気な声が聞こえて来る。
 それに対して僕はついいつもの癖で思わずツッコミを入れてしまった。
 もう母さんてばいっつもこうなんだから。
 なんだか気が抜けて色々悩むのがバカらしくなっちゃったよ。
 
 一応だけど念の為に相手の意思表示を確認しておこうかな?
 ダメだと思うけど話し合いで戦闘を回避出来る可能性があるかもしれない。

「ねぇ? 僕達に何か用が有るの?」

 ……僕の問い掛けに黒装束の奴等は誰も答えない。
 もしかしたらこの国の人間じゃなくて言葉が通じないのかな?
 そんな事を考えている間にも、茂みの中から残りの奴らが姿を現して戦闘準備を始めだした。
 藪の向こうにはもう人の気配は無い。
 これで全員のようだ。
 一人二人……全部で五人か、結構多いな。

 相手は何も喋らないけど、ドリーが言った様に明らかに僕に対して敵意を抱いているのは間違いないようだ。
 相手が醸し出す雰囲気から一触即発の様相を呈している。
 こりゃ戦闘は避けられないっぽいや。
 嫌だな~、アサシンの連中とかに狙われると町中でも安心出来なくなるよ。


「ん? ……あれ? なんだかおかしい? あれれ?」

 これからの事を思い少し涙目になりながら連中の動きに注意を払っていると、ある違和感に気付いた。
 黒い服を着て仮面を被っただけの人間だと思ってたけど、なんか違うっぽいぞ?
 その違和感の正体は奴等の顔の両側にニョキっと生えてる尖った二つの物体の存在だ。
 最初は仮面の飾りか何かと思っていたんだけど、見えている地肌と同じ色だし時折ピコピコと動いている。
 どうやらそれは耳だったようだ。
 あんな長い耳を持った人間は居ないと思う。
 そしてその形は亜人系の魔物にはよく見られる特徴だ。

「ねぇ、あの尖った耳。多分人間じゃないよね?」

「え? 耳? あっ……本当だわ。あれ耳ね」

 連中の格好が余程ツボに入ったのか必死に笑いを噛み殺していた母さんだけど、その耳の存在を僕に言われるまで気が付かなかったようだ。
 何か怪訝な声を上げたまま黙っちゃった。

「マーシャちゃん。間違いなく魔物です。あの者達の周囲には魔石から発せられる魔力を感じます」

 何も喋らない母さんに代わり、ドリーが僕の質問に答えてくれた。
 良かった、やっぱり魔物だったのか。
 人間と知っていたのに魔物と戦うと言った僕の宣言をにやにやほくそ笑んでいたのかと勘繰っちゃったよ。
 ごめんねドリー。

 しかし、人間そっくりで褐色の肌に銀髪で耳の長い魔物……う~ん考えないようにしていたけど、耳長い以外はまるで死神じゃないか。
 関係者なのかな?
 母さんは『もう死神は大丈夫』って言っていたのに。
 マジで死神の関係者なら最初から母さんの助けが必要だぞ。

「母さんはあの魔物に心当たりある?」

 いきなり死神の関係者だって認められると怖いから少し遠回り気味に聞いてみた。
 しかし、遭遇当初は暢気な声を上げていた筈の母さんが、尖った耳の存在に気付いてから何故か黙ったままで僕の質問に答えない。

「ねぇ、母さん。どうして黙ってるの? そろそろ本格的にヤバいんだけど」

「あ……あれは……そ、そんな」

 僕の催促に母さんはやっと反応してくれた。
 何か心当たりが有るのか、激しく動揺しているみたい。
 母さんがこれ程驚くなんてそんなヤバイ連中なの?
 
「あれは……あれは間違いなくダークエルフよ!」

 母さんは叫ぶようにそう言った。
 ダーク……エルフ?
 え? なにそれ?
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