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第三章 世界を巡る

第72話 友達

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「ねぇ、母さん。そう言えばさ、姿を消した僕を大森林で見つけた時にその場に居た魔物を仲間にしたって言っていたよね? その魔物達って今も居るの?」

 情報入手の為だけの契約で、事情を聴いた後に解除した可能性も有るんだけど念の為に確認しておかなきゃ。
 もし今も居るのなら僕が忘れてしまった当時の話を聞けるかもしれないしね。

 だとしたら誰なんだろう?
 火山地帯が住処のオルトロスのタロジロ以外は誰が大森林に居たとしてもおかしくないんだよな。
 とは言え、母さん達が結婚する前からの従魔だったって聞いているぶーちんとマツカゼ、それにラムリンは違うと思うだろうし、他の従魔達も僕が思い出せる限りでは小さい頃から既に居たんだから正直見当もつかないや。

「あらやだ。今頃その事に気付いたの? 鈍いわね~。全然話題にしないから聞き流して忘れちゃったのかと思って安心していたのに」

「……鈍いって酷いじゃないか。いや、確かに今の今まで忘れていたけどさ。それより安心していたってどう言う意味?」

「そりゃ決まってるじゃない。あの場面では仕方無かったとは言え当時の事を喋っちゃったんだから。あたし達も軽率だったわ。当時の事は何も言わずにあなた自身の手で記憶を取り戻して欲しかったのよね」

「どうして? もしかして僕自身の力で記憶を取り戻さないといけない……とか、そんな感じのやつなの?」

 もしそうだとしたら、いったい僕の失われた記憶ってなんなんだ?
 頭を打ったとか、熱病に罹ったとか、そんな理由かと思っていたけど、母さんの口振りからするとそんな生易しい物じゃなさそうだ。
 魔王の手の者に封印されたとか、魔力が暴走した結果とか、そんな物語的な理由だったとしたらなんか格好良いな。

「そう言う訳じゃないんだけどね~。いやほら、あなたってば頭でっかちな所が有るでしょ? そもそも『疎通』が使えなくなったのだって直接の原因は記憶喪失じゃないってのは今朝も言った通りよ。『人語を話せない魔物は従魔にして念話でしか意思疎通が出来ない』って言う固定観念を父さんから植え付けられた所為だと睨んでるわ。あのバカ親父っってば、知識をなんでも詰め込んだら良いと思ってるんだから、本当に困ったものね」

「あっ……そう」

 違うんだ……。
 なんだか物語の主人公になった気分になっていたよ。
 まぁ、始祖の後継者とか生まれつき変なキャッチや創魔術である『起動』や『疎通』を使えてた事自体が既に特別な訳なんだけど……。
 ただ、今のところそれらは全て僕を雑魚テイマーたらしめているマイナス方向に極振りな要素な訳だし、正直言うとなんだか誰かに呪いを掛けられた感で溢れてるんだよな。
 もし想像したような物語的理由だったら大事件だろう。
 それなら街の噂になっていてもおかしくないと思う。
 それに記憶の封印が魔王の手の者だったり、最盛期の従魔術の復活を恐れる時の権力者とかが原因だったら、母さん達が僕を冒険者なんかにしないだろうしね。

「そ、そうなんだ……。まぁ、いいや。でもその言い方だと、まだここに居るって事だよね?」

 うん、母さんなら居ない場合はすぐに居ないと言うと思う。
 それなのにわざわざそんな言い方したって事は、その時に契約した魔物は今も母さんの従魔に居るって事だ。
 それを肯定する様に僕の言葉に母さんは片手を額に当てて溜息を吐いた。

「仕方無いわね。えぇ、居るわ。あの時話を聞く為にあたしが契約した魔物は現在リビングでメアリを監視しているドリーよ。ドライアドは人語を話せるからね。ここに居たらその時の事を喋っちゃう可能性も有ったんで待機させていたのよ」

「ドリーが居ないのはそう言う事だったのか。まぁ長命な種族であるドライアドのドリーが僕の事を語るまで『起動』を解かないって事は無かったと思うけどね」

 ドライアドと言う種族は、普通の魔物とはちょっと違う。
 何の変哲もない植物の芽が澱みに侵され体内に魔石を宿し、それが長い年月を経て自我を持ちやがて自立行動するまで成長した樹木がドライアドと呼ばれているんだ。
 そしてドライアドは頭部にまるで樹木の枝の様な角が数本生えている以外は殆ど人間と区別が付かない姿をしている。
 なぜか全て若い女性の姿をしていて、男性態は確認されていない。
 どうして若い女性の姿なのか? 更になぜ人語を話すのか?
 その謎は長年の魔物研究でも、やれ魔王が人間を騙す為に樹木に呪いを掛けたんだ~とか、やれ無念を残して森で死んだ怨念が宿ったんだ~とか、色々言われてきたんだけど今朝読んだ始祖の手記で長年の謎が解けちゃった。
 要するに先史魔法文明の人達がってだけみたい。
 女性ばかりなのも多分そう言う趣味の人がそうなる様に設定したんだろうな。
 そんな訳だから、ドリーもとても綺麗で若いお姉さんな姿をしているんだけど外見通りの年齢じゃない。
 少なくとも百年……もしかしたら従魔戦争、いや下手すると人魔大戦以前から存在している可能性もある。
 数百年の行動記録を喋るなんて、色々端折られたとしてもどれくらいの時間が掛かるものなんだろうか?
 ドリーにしたら僕との出会いなんて今までの人生で十分の一にも満たないつい最近の事だろうしね。

「と思うでしょ? そうでもないのよね~。それに契約した魔物はドリーだけじゃないのよ」

「え?」

 なんだか気になる事を続け様に言われた気がする。
 僕の話が出るのはそうでもないだって? もしドリーが若いドライアドだって言っても自立行動してるんだから数十年分の記録が有ると思うんだけど、ドライアドって繁殖仕方が違うから魔石に記録が残り難いんだろうか?
 それよりも今朝の話では一体の魔物と契約したって言っていなかったっけ?
 他にも契約してた事を何で教えてくれなかったんだろうか。
 もしかして契約解除したから言わなかったのかな?

 僕が母さんの言葉に悩んでいると、頭の上で何かが飛び回っている音が聞こえて来た。
 見上げるとうっすらと光り輝くクリスタルの様に透き通る羽をひらひらと羽搏かせたピクシーが僕の頭の周りを回っている。

 突然現れた魔物ではなく父さんの従魔のプラウだ。
 恥かしがり屋なのか、いつもは種族特性の『隠形』って能力で姿を隠している所為で、息子の僕でさえ滅多にプラウの姿を見る事は無い。
 と言うか、こんな至近距離でマジマジとプラウの姿……いやピクシー自体を見た事無かったよ。

 図鑑に載ってる通り、身体がとても小さくてトンボの様な羽が生えている以外は人間の子供そのままだ。
 風に舞う様に流れる長めの髪はピンク色、そしてそれに合わせたかの様に丈の短いドレスもピンクに染められている。
 至ってオーソドックスなピクシーの姿をしていた。

 ふ~む、なるほど~。
 プラウって近くで見るとこんな姿してるのか~。
 図鑑の挿絵のピクシーは写実的に書かれてたもんだから、可愛いというよりちょっとだけ不気味だったんだよ。
 遠目でも可愛いと思っていたけど、近くで見るとこんなに可愛いかったのか。
 それともプラウが特別可愛いって可能性も有るのかな?
 いつもは僕と目を合わせた途端パッと消えてたから分からなかったよ。
 しかし、なんで今日はこんなに姿を見せてくれるんだろう……?
 なんか飛び回りながらずっと僕に何かを喋ってるみたいだ。

「……!! ……///」

 なに言ってるのかよく聞こえないや。
 図鑑によるとピクシーも人語を話すらしいけど、プラウの声は今まで聞いた事が無かった。
 これだけ声が小さいかったら仕方無いけど、なんて言ってるんだろう?

「ごめんプラウ。声が小さくて聞こえないよ。耳のそばで喋ってくれる?」

 僕がそう言うと、プラウは飛び回るのを止めてその場でホバリングしながら母さんの様子を伺っているようだ。
 何をしているんだろうと二人を交互に見ていると母さんは口元を綻ばせて頷いた。
 その途端プラウはまたくるくると飛び回りだした。
 なんだか嬉しそう。

「ど、どうしたの? って、わぁっ!」

 とてもいい笑顔で僕の周りを回っていたかと思うと、急に僕の顔目掛けて突進して来た。
 そしてそのまま僕の頬に体当たりを……違う! これ抱き付いてきたんだ。
 タックルじゃなくて手を広げてギュって感じだもん。
 あれ~? 僕とプラウって今まで接点無かったんだけど?
 どちらかと言うと避けられてた感じだった。
 目が合ったらすぐに『穏形』で僕の前から姿を消してたくらいだから嫌われているのかとさえ思っていたよ。
 それなのになんでこんなにフレンドリーなんだろう?
 どんな心変わりがあったんだ?

「ねぇ急にプラウどうしたの? 僕嫌われてるのかと思ってたんだけど」

 プラウにそう尋ねたら急に僕から離れて顔の前まで飛んで来た。
 なにやら顔をプルプルと振っている。
 何かを否定しているの……?

「えっと、嫌われると思っていたのは僕の勘違いだった?」

「……!! ///!!」

 プラウは満面の笑みを浮かべて顔を縦に振った。
 と言う事は嫌われてなかったのか。

「良かった~。僕てっきり嫌われたかと思ってたよ。こんな可愛い子に嫌われてるなんて魔物だったとしてもちょっと悲しかったんだよね」

「//////!!!!!!」

 プシュ~! ヒラヒラヒラ~。

「うわっ!! プラウ!! 大丈夫!?」

 僕が可愛い子って言った途端プラウはビクンと硬直したかと思うと、まるで沸騰したヤカンが湯気を噴出すかの様に顔を真っ赤にしてひらひら落下し出した。
 僕は慌てて手を出し落下するプラウを受け止めた。
 何が起こったのか分からないけど、なによりピクシーの落下がゆっくりで良かったよ。
 『浮遊』が種族特性なお陰なのかな?
 まともに地面に落ちてたら大怪我する所だった。

 ホッと溜息をついてプラウの様子を伺うと、いまだ手の平の上のプラウはいまだに顔を真っ赤にして固まっている。
 一体どうしたんだろうか? まさか病気?

「マーシャル……。あんたドストレートで容赦無くぶっこむわねぇ」

 母さんに助けを求めようと顔を向けると、呆れた顔えおしながらそんな事を言ってきた。

「母さん、ぶっこむってなんだよ。それよりプラウどうしちゃったの?
病気なの?」

「……しかも、天然と来た。本当に末恐ろしいわね……そりゃ死神ちゃんもイチコロだわ」

「死神……ちゃん?」

「いえ、こっちの話よ。それよりプラウは大丈夫よ。まぁある意味大丈夫じゃないけど。そうなったのは嬉しかっただけ。だってに可愛いって言われたんだもの。しかもずっと正体を明かせなかったんだから特にね」

「友達……? 正体? あっ! もしかしてプラウがもう一人の友達って事? 」

「えぇ、そうよ。本当は一体以上契約するつもりなんて無かった。けどドリーと契約して一旦に家に帰ったんだけど、気付いたら彼女も付いてきてたの。なんでもマーシャルと離れたくないからこの家に居させてくれってね。かと言って街で魔物を飼うには従魔にしないと面倒だわ。だけどマーシャルはまだ従魔術は習っても居なかったし、仕方無いからクリスが契約する事にしたのよ」

「そうか、母さんさえ気付かないうちに僕を家から連れ出したのが『穏形』を使うプラウ。大森林まで一瞬で転移したのがドライアドの種族特性の一つ『接木』によるもの。そしてそのドライアドがドリーだったんだね」

 ドライアドの『接木』は頭に生えている角を別の樹木に寄生させる事によって、その樹木を支配し自身の一部とする。
 そして自分の一部となった樹木間を自由に転移する事が出来るんだ。
 人間にとってとても恐ろしい能力の持ち主なんだけど、ドライアド自体の危険度ランクは低い。
 それは明確に人類と敵対していない為だ。
 互いに不干渉、こちらが棲家の森に手を出しさえしなければ安全な存在とされている。
 だから従魔限界ギリギリの魔物だけど、誰も契約しようなんて本来は思わない。
 変わり者の母さんだから契約したんだと思っていたけど、ドリーが従魔なのはそう言う理由が有ったからなのか。
 多分庭の樹木が『接木』されていたんだろうな。

「ご名答。偶然にもあたしが事情を聞く為に契約した魔物がマーシャルを連れ出したドリーだったの。まぁ後から聞いたけど、あたしの事を知っていたドリーがマーシャルの近くに居たいからってわざと契約されたんだって」

「今まで知らなかった……いや覚えていなかったが正しいのかな? けれどなんで僕に冷たかったの? ドリーにしてもそうだ。なんだか僕に余所余所しいんだよね」

「彼女らには制限をかけたのよ。マーシャルに近付かないようにってね」

「制限? 僕に近付けさせない様にって……そんなにプラウやドリーを信用していなかったの? そりゃあ僕を家から連れ出して張本人って事のようだけど……」

「違うわよ。逆よ逆。契約したての頃のあの子達ってずっとマーシャルから離れなくって大変だったんだから。プラウはさっきみたいにマーシャルの顔に張り付いていたし、ドリーなんてまだ幼いマーシャルをスキンシップと称して自分の胸に埋めさせてたんだから。おっぱい星人な趣味に育つとアレなんで仕方無くそうしたの」

 なん……だって……?
 幼い頃の僕ってそんな羨ましい事をされていたのか!
 くそっ! 記憶喪失の所為で、全く記憶に無いよ。
 しかし、おっぱい星人ってのはどう言う意味だろう?

「……マーシャル? なんかやらしい事考えてない?」

「ちっ違うよ!! 嫌われていなかったって事に安心しただけだって」

「本当かしら? まぁいいわ。制限掛けたって言っても契約による強制じゃないわ。口頭での約束よ。まぁ従魔に対してはそれも十分効力を持つんだけど」

「あぁ、だからかプラウが母さんの様子を伺っていたんだね」

「マーシャルの記憶の話をしたもんだから制限は解禁だと思ったんでしょうね。あんな嬉しそうな姿を見せられて禁止するほどあたしも鬼じゃないわよ」

「そっか~今まで我慢して来たんだね。しかし、二人共そんな事情があるなんてビックリだよ」

 今まで大森林は危険な所だって聞いていたから、馬車で街道を通る時しか近付いた事さえなかったと思い込んでいた。
 幼い頃の僕はドリーとプラウに連れられて遊びに行っていただなんて、本当に思いも寄らなかったよ。
 だからあの大森林に『アルラウネの呼び声』なんて噂が有る事すら知らなかった。
 母さんは知っていたのかな?

「あっそうだ。そう言えば大森林に『アルラウネの呼び声』って噂があるの知ってた?」

「急にどうしたの? えぇ一応知ってるけど、あれは本当にただの噂よ? だって昔直接調べに行ったもの。森中くまなく探して人々を惑わすアルラウネは居ない事を確認したわ。その時もあたしに変な声も聞こえなかったしね。多分旅の人達が昼間でも暗い鬱蒼とした危険な大森林を通る恐怖から幻聴を聞いたのでしょうね」

「…………」

 母さんの言葉は何かを隠そうって意思は感じられない。
 何か知っていたら全力で勿体ぶって結局何も話さないスタイルを貫くはず。
 それなのに今の母さんは自信を持って持論を展開する時の顔してる。
 と言う事は母さんは『アルラウネの呼び声』は噂だと信じてるって事だ。
 だとしたら僕の聞いたこえってなんなんだ?
 誰かが助けを求めていた……。
 幼い頃の僕が遊んでいた大森林から……。

「どうしたのマーシャル? 難しい顔して黙っちゃって。もしかして噂を信じて怖がってたの?」

「……違うんだ母さん。僕ね、ここに来る時聞いたんだよ。『アルラウネの呼び声』を」

「あはははは、いやだマーシャル。あんたも幻聴を聞いたの? もうビビリなんだから」

 旅人の幻聴だと言う持論に自信を持っていた母さんは、声を聞いたと言う僕の言葉を森を怖がった所為だと思って笑っている。
 だけどあれは幻聴なんかじゃない。
 今朝エルと『疎通』で会話した僕には分かる。
 あの声はと同じ、僕の心に直接届いた声だったんだ。

「違う! 確かに最初はビビッたけど、そんなんじゃないんだよ。誰かが……誰かが僕の心に直接助けを求めてきたんだよ!」

「なんですって……」

 僕の必死の形相から何かを感じ取ったのか、最初は笑っていた母さんも真剣な顔をして考え込んだ。
 やがて何かに思い至ったのか顔を上げ僕を見詰めてきた。

「……行きましょう」

「え? どこに?」

「勿論森によ」

「えっと……今から?」

「そうよ、ドリーの能力なら一瞬だしね」

 こんなにあっさり僕の言葉を信じてくれるとは思わなかった。
 それにエルとの『疎通』、それにドリーとプラウとの昔話を聞かなかったら『アルラウネの呼び声』の事を母さんの言葉通り、恐怖から来るただの幻聴だと思っていたと思う。
 あの声はもしかしたらドリーとプラウとは別の僕の昔の友達が助けを求めてきたんじゃないだろうか?

「分かった、母さん。今すぐ行こう」

 まだ間に合うだろうか?
 僕は焦る気持ちを抑えて、ドリーが待つリビングに向かって走り出した。
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