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第三章 世界を巡る

第66話 最初の魔法

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『って、冗談冗談。なんか自分で書いときながらこれを読んだ後継者くんがサァーって引いて行く気配を感じたわ。それだけが理由じゃないってば』

 続きを読み始めた僕の目にまるで僕の心情を予想していたかの言い訳が飛び込んできた。
 う~ん、『それだけが』って言葉が言い訳になりきれてないよ。
 なんか始祖って自由人だよな。
 僕は自由人と言う存在に慣れてるから良いけど、もし他の人が後継者だったとしたらこの時点で後継者の権利を返上しちゃうかもしれない。

 ……僕が慣れている理由は勿論、自由人と書いて母さんと読むくらいの自由過ぎる母さんと言う存在の所為と言うかお陰と言うか……まぁそんな感じ。
 趣味の方向性が少しばかり違うけど、思考と言うか嗜好と言うか……なんか二人共考え方の根幹が似ている気がするんだよね。
 恐らく趣味の方向性の違いで喧嘩ばかりしそうだけど。

『さてさて、ここからは真面目な話。よっく目を通してキミの正直な気持ちで考えて欲しいの。
死神ちゃんの心に宿っているのは人間への憎しみよ。
それによって彼女の心はまるで氷の様に冷たく、そして固く閉ざされているの。
その分厚い氷を溶かす事は同性であるピチピチJKのあたしにはちょっと荷が重くて……。

あたしにママみが足りないって言うか、かと言って百合百合しいのも恋に恋する乙女的にちょっとね。
簡単に言うとあたしには包容力が足りなかった。
そんな迷いが死神ちゃんとの契約の失敗に繋がったんだと思う。
あれ絶対魔石に傷が付いちゃったと思うわ。本当に悪い事をしちゃった。
あれから姿を現さなくなったんだけど死んでないよね? ちゃんと後継者くんの時代でも存在してる?

存在しているんならお願いが有るの。

人類の内でキミだけでも彼女を理解してあげられるたった一人の人になってあげて。
そして、出来ればスフィアの様に絆を結んでくれたら嬉しいかな。
月並みな言葉だけど彼女を救う事が出来るのは愛の力が必要だと思う。
あ~自分で書いてて恥ずかしい。

どうか彼女の心の氷を溶かしてあげて。
それはとても難しい事だと分かってる、どれだけの美辞麗句を並べようと言葉なんかじゃ絶対無理でしょうね。
だけど大丈夫! スフィアと絆を育んだ後継者くんなら絶対出来る筈だよ』

「ブフォッ」

 突然吹き出すようなそんな音と共に頭上から何か冷たい物が飛んで来た。
 なんだろうと顔を上げると母さんが口を押えて笑っている。
 と言う事は飛んで来た物って唾って事?

「うわっ! ちょっと母さん。急に吹き出さないでよ。思いっ切り唾が飛んで来たじゃないか。汚いなぁ」

「ぷっぷふ、ご、ごめんごめん。ふふふ、つい面白くて。腹筋痛いわ」

「そりゃ始祖のお願いが無茶苦茶なのは確かだけど、そのお願いを頼まれた僕の身になってよ。……しかし死神の心を溶かすんなんて一体どうすりゃいいんだ? 愛の力だとか言われても全く分からない。そもそも子供の僕にそんな事言われても無理だよ」

「プーーー! い、いやもういいから、そんな深刻な顔でそんな事言わないで」

 酷いや母さん!! 深刻な顔にもなるじゃないか。

「こらマリア。マーシャルも必死なんだから笑わない」

 父さんが怒ってくれたけど、顔を見たらその顔は明らかに笑いを堪えているようにしか見えない。
 ちょっ! 父さんも酷いよ! 人の気も知らないで笑わないで!

 そんな能天気な両親に僕は不貞腐れながらも途方に暮れる。
 相手は憎しみの感情しか持っていないって言う死神だよ?
 愛の力だなんだの前に、妹の所為でまともな恋愛を経験した事がない僕にとって荷が重過ぎる話だ。

「う~ん、お願いを無視して死神と会わない様にしたいけど、その死神から現在絶賛命狙われ中な訳だし一体どうしたら良いの?」

「プフッ! くップフフ。はぁはぁ。本当に面白い。無自覚でこれなんだから我が子ながら末恐ろしいわ」

「無自覚ってなんだよ? 僕は死神が恐ろしいよ」

「ふふっ、昨日言ったでしょ? もう死神は大丈夫よ。母さんが話を……ゲフンゲフン。バァって追い払ってやったから」

「えっ!! 本当? いつのまに?」

「えぇ、昨日の夜にちょっとね」

 昨日の夜? 僕が眠った後って事かな?
 確かに何とかするって言っていたけど、こんなに早く解決するなんて凄いや母さん。
 だから呑気に笑ってたのか。
 しかしガチでやっても勝てないって言ってたのにどうやったんだろう?

「母さん、どうやって死神を追い払ったの?」

「へ? え、え~と……聞きたい? これ知っちゃうと秘密を喋れーって拷問されるかもよ」

「ゲッ! また怪しい発明って奴? 分かった! 知りたくない!」

 母さんの発明品の幾つかはヤバすぎてその存在が漏れるだけで僕が人質として拉致られるって話だ。
 そんなヤバい情報なんて知りたくないよ。
 秘密抱えて普通に暮らすとか、そんなの落ち着かなくて普段から挙動不審になりそう。

「それが良いわ。ふふふ」

 母さんはそう言って含み笑いをした。
 世界を混乱に陥れる発明なんてしておきながらなんで自然体でいられるんだろう。
 本当に自由な人だ。

「……まぁ、あんな化け物レベルの魔物なんて、近付きたくもなかったけどね」

 今アレコレ考えても答えが出そうにないるので、諦めて手記に目を戻した僕の耳に母さんの呟き声が聞こえて来た。
 つい漏らした独り言の様だけど不穏な感じなのでとっても気になる。
 一応僕が関係しているみたいだし聞いてみよう。

「僕がなんだって?」

「あら聞こえた? ううん何でもない事よ。そうねぇ簡単に言うとマーシャルのお陰でお母さんは頑張れたって話」

 なんて事だ! 僕を護る為に、あの恐ろしい死神相手に頑張ってくれたって事?
 母さんの言葉に思わず涙が出そうになった。

「ありがとう!! 母さん!」

「え? えぇ、そう言って貰えるとお母さんも嬉しいわ。そ、それより先を読んで貰える?」

 感動した僕は母さんに抱き付きたくなって思わず立ち上がろうとしたんだけど、母さんってば若干引き気味で続きを読むように促してきた。
 あれ? 強大な敵を前に必死で僕を護った事を告白した感動の場面だと思ったのに、なんだか軽くない?
 で、でも、まぁ母さんがそう言うなら続きを読む事にしようかな。

「う……うん。じゃあ読むね」

『っと、一章はこんな物かな? あまり書き過ぎると二章以降のネタが無くなっちゃうからね。
それにそろそろ巻末特典を書き始めないとページが足りなくなりそうだ。
じゃあ、後継者くんお待ちかねの魔法伝授を始めちゃうよ。
次のページからあたしが創魔術を解析して従魔術を創造するに至った最初の魔法。『起動』についてレクチャーするからワクワクしてページを捲ってね!』

「うわぁ~……」

 堪らずそんな声が出てしまった。
 なんだか気まずいなぁ。
 こんなにノリノリなテンション高い始祖の文章を見ると凄く罪悪感が湧いて来るよ。
 母さんでさえ気まずそうな顔してるし、父さんは額に手を当てて俯いちゃった。

 ごめん始祖! 既に知っちゃってるんだその魔法。

 恨むなら暗号って形で手記に残した僕のご先祖様を恨んでね。
 僕は折角魔法を教えてくれようとしている始祖に謝りながらページを捲る事にした。

 と言うか、ページが無くなると書いておきながらあんな短い文章を口にするだけで効果を発揮する魔法にレクチャーもクソもないと思うんだけど……。
 手記にはまだページが大分残ってるし、配分を間違えたのかな?
 すぐに『ページが余っちゃったよ~』とか言って別の話が始まっちゃうかもしれないな。

 ……もしかしてだけど、最初は章を分けるつもりだったのに書く事なさ過ぎてこの手記だけで書きたいこと全部書いちゃったなんて事は無いよね?
 う~ん、この始祖なら普通にありそうで怖いや。

 さて何が書いているのかな……え?

「な、なにこれ!!」

「どうしたの? マーシャル!」

 捲ったページの内容に思わず声を上げた僕を心配して母さんが声を掛けて来た。
 見えてない相手に不用意に声を上げて驚かせてやろうって思った訳じゃないんだけど、これは誰でも声上げちゃうよ。

「いや、驚かせてごめん。『起動』についての解説なんだけど、なんかすっごい書き込みだらけなんだよ。一ページ目は見開きで大きな魔法陣が書いてあるんだけど、線が交わる所や魔法陣の文字全てに渡って番号が振られてて、次のページ以降にそれぞれの番号についての説明がびっしり書き込まれてる。とんでもない情報量だ」

 一つの魔法に対してここまで詳しく書いてるなんて、僕が知る限り高等魔法の教本でも見た事が無い。
 これはアレかな? 書いてる内に興が乗っちゃって残りの魔法を全部書いちゃった的な奴とか?
 ……いや、見開きページの上に『起動について・1』『起動について・2』って書いてる。
 全部で10まであるって事は合計20ページか。
 内容的にも……うん。
 ペラペラと流し読みした感じでも一つの魔法について書かれているのは確かみたいだ。

 え~と、なになに? 魔力経路に魔力を満たしながら天魔の陣を体内に描く? 後はセフィロトの構築を無意識下で並列起動させる? なにこれ意味分かんない。
 あれ? 『起動』の魔法って、てっきり叔母さんから教えて貰った魔法の事だと思ってたけど、もしかして別の魔法なのかな?
 いや、最後のページにはあの時の呪文の言葉が書かれてる。
 と言う事はやっぱり『起動』の魔法はあの時教わったので間違いないのか。

「なんか『起動』の魔法の為だけに20ページも割いてるよ。僕は始祖の事をさっきまで大雑把な人なんだと思ってたけど、やっぱり始祖と呼ばれるだけあって魔法については手を抜かないって事なのかな。ちょっと見直したよ」

 僕が知られざる始祖の一面を垣間見て感心していると、母さんと父さんは顔を見合わせて首を捻っている。
 なんだか変な雰囲気なので二人を見ていると、母さんと目が合った。

「なんでってそりゃ原初の従魔術……『起動』についての内容を一から説明するならそれくらい必要でしょう?」

 母さんはさも当たり前って感じにそんな事を言いながら、何を言っているの? とでも言いたい様な顔をしている。
 あれ? 僕がおかしいの?
 先祖の手記に隠されていた暗号から『起動』の呪文を完成させたの母さんだろうに、なんで母さん自身がこのページ数に納得してるんだよ。

「何言ってるの? 母さんは先祖の手記に隠されてた暗号から呪文を解析したんでしょ? さすがにこんな文字量が隠れてたと思えないんだけど」

「ちょっと、そんな簡単に言うけど、お母さんは手記に隠された少ない手掛かりから必要な情報を補完する為にコツコツと色々な魔導書を漁ってすっごい苦労しながら何とか復活させたのよ? 恐らくそれを纏めたらあなたが言うページなんて超えちゃうんだからね」

 母さんが腰に手を当てながら頬を膨らませて口を尖らせている。
 どうやらこの文字量は解読した母さんの感覚では正しい物らしい。

「そう言う物なのか……。あっ! もしかして安易に使うと暴走して危険だから懇切丁寧に書いてるとか? いや……それにしても……」

「……? 話が見えないわね。一つ聞くけどあなたは『起動』の魔法をティナに教わって言っていたわよね? どんな風に教わったの? ……いや、ちょっと待って? よく考えたら魔法の素養が無いティナがどうやって教えたのかの方が気になるわね。教わった時の事詳しく教えて貰える?」

「どうって、叔母さんは今から言う呪文の後を復唱してって言われただけだよ」

「はぁっ!? それだけ? 他には? 魔力経路に魔力を満たし身体自身を天魔の陣を描いたりとか、頭の中で七つのセフィロトの構築を完成させるとか聞いてないの? 他にも五つの補助魔法を並列励起でリンクさせる必要だってあるわ」

 叔母さんから言われたままの説明をしたら、母さんは慌ててまくし立てて質問して来た。
 言ってる内容は手記に載っている事ばかりなので、どうもその知識が呪文を唱えるのに必要な事っぽいけど、そんな事叔母さんは何一つ言わなかったよ?
 と言うか、使った僕自身そんな事した覚えがないんだけど。

「いや~全然。さっき言った通り叔母さんからは呪文の言葉だけしか聞いてないんだ」

「し、信じられない……。いえ、そ、そうよね。魔法が使えないティナにはあの呪文の凄さが分かる訳ないし、誰かに使い方を教えられる訳もなかったのよ。なんで最初聞いた時にその事に思い至らなかったかしら……」

 母さんは口に手を当ててブツブツと呟いている。
 こんな狼狽えてる母さん始めて見た。

「そんな大袈裟な。呪文を唱えるだけじゃないか。確か『神の造りし器成る物、我の求めに応じその真名を唱えよ』だっけ? ……あっしまった……」

 僕が叔母さんから教えて貰った呪文を言ってみたんだけど、よく考えたら今僕の膝の上にはライアが座っている。
 と言う事は……。

「うわっ!! 眩しい!!」

「こ、これは……ま、まさか…?」

『我が名はライア。真なる名はライアスフィア。種族名はカイザーファング……』

 そうだよ、あの時もただ呪文を口にするだけで発動したんだった。
 そうか~始祖はこんな暴発を防ぐ為にちゃんと制御を出来るようにってこんなにページを割いていたのか~。
 そんな事より――。

「め、目が! 目がぁ~!!」

 膝の上と言う間近でカイザーファングの魔石の光を見た僕はあまりの眩しさにやられて激しく痛む目を押さえる。
 こんな近くじゃ目が潰れちゃうよ。

 早く解呪しないと~。
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