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第三章 世界を巡る

第65話 死神の反乱

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「……本当だ。母さんの言った通り、始祖も同じ事書いてるよ」

 母さんが何処かの本から仕入れたと言う死神に関する情報では、人間に命令されるのが鬱陶しいからライア達原初の四体と呼ばれる強大な魔物の封印を解いたって言っていたけど、始祖の手記にもそれを補完する様な記述が書いてあった。
 それによると、管理ナンバーズ達は人間の命令だけを聞くようにと、最初から感情と言う物を与えられず創られたらしい。
 特に死神……当時はアドミニストレータと呼ばれていた管理ナンバー0は、原初の四体を創造した時の反省を踏まえて感情の消去だけじゃなく強力な思考誘導の呪いが掛けられ酷使されていたとの事だ。
 始祖によるとこの呪いの記述こそが従魔術を思い付く切っ掛けになったって注釈が入っている。
 その後に『従魔術は呪いではなくあくまで魔物とお友達になる為に開発したんだからね』って釈明が書かれていた。
 だけど『その筈だったんだけどね』と言う言葉で終わっているのは、多分契約していた魔物の公開処刑の事を言っているだと思う。

 改めて自ら開発した術によって魔物達が虐げられている様を見て心を痛めていただろう始祖の事を思い心が締め付けられた。
 しかも始祖は永きに渡って繰り広げられた人魔大戦によって培われた魔物への恨みの大きさを分かっていたからこそ、そんな人々の愚行も仕方無い事だと自分に言い聞かせて咎める事もせず見て見ぬ振りをしていたんだ。
 母さんは始祖の事を人間を信用していなかったと言っていたけど、僕は違うと思う。
 人間を信用していたからこそ、いつの日か共存の道を理解してくれる日が来ると信じて、あえて何も言わずに歴史の表舞台から去ったんだと思うんだ。
 それにライアを赤ちゃんの姿に変え後継者にこんなメッセージを残すこと自体がそれを物語っているよね。

「え~と、続きは……」

 僕は死神反乱についての記述の続きを読み上げた。
 それによると、どうやら先史魔法文明の人達は創魔術を使い熟してはいなかったみたいだ。

『先史魔法文明は人類全体の文明圏って訳じゃなく一つの大きな国の事だったようね。他の国がどんなだったかは当時の文献にも名前すらまともに残っていないくらいその国は強く大きかったの。
書くの面倒だから仮に強大国としておくわ。
そんな彼らだけど万能ではなかった。
自分達で魔物を創っておきながら魔物の事を何も分かっていなかったのね。創魔術ってものを完全に把握していた訳じゃなかったのかもしれないわ。
管理ナンバー0の感情を消したから安心と思っていたのは間違いだったのよ。
魔石を核として魔物は創造されたんだけど、魔石はただの魔力が詰まっただけの石じゃなかった。
『起動』の魔法を使うと分かるんだけど、魔石は情報記録装置。言うなれば内部ストレージ……ハードディスクみたいな物ね。

あっ後継者くんには分からないかな? え~と仕様書? 説明書?……じゃない。
う~ん、まぁアレよ。その魔物の情報が書かれた本棚と思ってくれたら良いかな。
勿論魔物にも脳は有るんだけど、普通の生物と同じで死んだらそこでおしまいなのは変わらない。
だけど、魔石に刻まれた記録は本体が死のうと魔石の中にずっと残り続ける。
念の為に聞くけど、死体と共に放置された魔石は周囲の瘴気を吸収する事によって澱みを産み、その澱みが魔物の肉体を再構成してやがて復活するって事は後継者くんの時代にも伝わってるわよね?
あれは魔石に残っている創魔術の力が朽ちた肉体を触媒として自己再生しているからって訳なのよ。
そんな物を自然交配して増殖するように創ったんだから本当に困ったものよね。
その事を強大国の人達はただ単に勝手に増えて死んでも元に戻る便利な道具としか理解していなかった。

そして、そんな安易な理解しか持っていなかった人達は管理ナンバー0に対しても同じ過ちを犯してしまったの。
魔物達を統括する為にと、管理ナンバー0には他の魔物が持つ魔石に対して外部から干渉出来る力を与えてしまった。
とても強い自己保持力を持つ魔石。
そんな魔石に残っていた魔物達の今際の際に感じた恐怖、そして道具として消費される無念の想い。
魔石に対して干渉する力を持った管理ナンバー0はそんな遺された想いに触れる度に、それを記録として自らの魔石の中に積み重ねていったのよ。
その積み重ねはやがて感情が無い筈だった彼女の心に感情と言うモノを芽生えさせた。
人間への憎しみと言う感情をね。

何が切っ掛けだったのかは本人に聞くしかないんだけど、まぁ無理な話よね。
ある日彼女は突然主人である強大国に対して反旗を翻した。
魔石に干渉する力を自らに使い、己に掛けられた思考制御の呪いを解除して、副権限を持つ管理ナンバー達と共に魔物の軍を率いて原初の四体が封印された施設に攻め入り全員の開放に成功したの。
開放された四体は身勝手な人類に対して怒り狂い、まるでそれが神罰とでも言うかの様に一夜の内に周辺の街を焦土に変えた。
と言っても強大国は私の時代よりももっと大きな力を持っていた事には変わりない。
総力を挙げて魔物の軍を迎撃した強大国の軍隊は、何とか魔物達の撃退に成功したの。
けれど、それは人類側だけに伝わっている表の歴史。
実はここだけの話、本当の理由は原初の四体が仲間割れをしたからなのよ。

まず比較的温厚だった不死鳥ブラフマーンダ・プラーナが最初の街を焦土に変えた後、我に返りその場から去って行った。
次に邪龍ファフニール。管理ナンバー0の要請を無視して好き勝手に暴れた邪龍はそのまま魔物の軍から離れて単独行動を取り、その被害は周辺国にまで及んだ。
これが今に伝わる邪龍伝説の始まりね、誰かに倒されるって奇跡でもない限り後継者くんの時代でも伝わってる筈よ。
次に弱者を蹂躙する事に対して抵抗が有った獣皇ライアスフィアは強い相手を探し求め、なんと同じ原初の四体だった魔人アシュタロトに対して喧嘩を吹っ掛けたの。
これは本人から聞いた話なんだけど、アシュタロトと一頻り喧嘩したら気が晴れたんでそのまま辺境界に旅に出たんですって。
まぁ、そんな三体の気紛れの甲斐有って統制を取れなくなった魔物の軍は強大国軍の抵抗に撤退をやむなくされたって訳なのよ。
初戦を勝った強大国軍だけど、迎撃に成功したと言っても被害は甚大だったようね。
結局それが元で強大国は衰退し先史魔法文明と呼ばれた時代は終焉を迎える事になったんだから。
これが永きに渡り人と魔物の間で繰り広げられてきた人魔大戦の始まりの物語よ』

 ここまで読み上げた僕は複雑な思いに捉われ、一旦一息吐く為に読むのを止めた。
 この話が本当なのだとしたら、確かに当時管理ナンバー0と呼ばれていた死神の反乱によって先史魔法文明が滅んだと言えるだろう。
 だけど、死神は……あの子は人類を滅ぼそうとしたなんだと言い切れるんだろうか?
 戦争の道具として創られそして死んでいった魔物達の無念の想いから生まれた彼女の感情。
 それが悪だと僕は断言出来る程割り切れない。

 多分僕がこう思ってしまうのは死神と出会ってしまっているからだと思う。
 そう、僕は街道の町での出来事を思い出していた。
 僕の幼馴染を騙り接触して来た死神。
 一緒にバザーを回っている間の死神は、そんな恐ろしい存在だとはとても思えず普通の女の子としか思えなかった。
 そして別れ際、の嬉しそうな『ありがとう』の言葉……。
 

 ……いやいやいやいや。

 何考えてるんだよ。
 落ち着け僕! あいつは可愛い女の子の姿をしているけど、後継者の僕を殺して封印された魔王を復活させようとしている奴なんだぞ。
 あれは全部僕を騙して油断させる為の演技だって!
 あの時ダンテさんが来てくれなかったら確実に殺されていた筈さ。
 うん、絶対にそう。そうに決まってる。

 くそ~女の子に化けるなんてなんて卑怯なんだ。
 そ、それにどんな理由でも先史魔法文明を滅ぼし、人魔大戦では人類の敵として罪の無い人達もその手に掛けて来た事には変わらない。
 え~と、他には……そうだ! サンドさんだよ!
 叔母さんと共に凄腕の冒険者として活躍していたサンドさん。
 そのサンドさんが冒険者を廃業した理由は死神の所為だって話だ。
 僕の義理の叔父になるかもしれないサンドさんをそんな目に合わせた死神を許すわけにはいかないよ。

 そもそも始祖は重度のケモナーって奴らしいし、今の話は残っていた先史魔法文明の資料だけじゃなく、ライア本人から直接聞いたっぽいから恐らくこの話は魔物側の目線寄りで書かれているんだろう。
 読んでる内になんだか先史魔法文明の人達に対して怒りの感情が湧いて来たもん。
 気持ちは分かるんだけど、ちょっと引き摺られてちゃってたよ。

 僕はこの何とも言えないモヤモヤした気持ちを振り払おうと色々な言い訳を考える。
 いや、一体誰に言い訳してるの?
 読むのを再開する前にちらっと母さんを見ると僕の葛藤が分かっているのか、なんだかニヤニヤした目で僕の事を見ていた。
 ったく! 母さんってば絶対この状況を楽しんでるな。
 もういいや! 続きを読む!
 僕は半ばやけくそ気味に読むのを再開した。

『人魔大戦が続くにつれて管理ナンバー0はやがて死神と呼ばれるようになった。自称か他称か知らないけど、それに相応しい力を持っていたからね。魔石とは人間で言う所の魂みたいな物でね、それに干渉出来る力って逆に言うと人間の魂にも干渉出来るって寸法らしいわ。
魔法抵抗が低い人間の魂に干渉して幻覚を見せたり、その呼び名の通り魂を刈り取ったりも出来るのよ。
マジ強大国の人達って何考えてたんだろう? 余程自分達の魔法抵抗の高さに自信が有ったのかしらね。
あたしの勘では『思てたんと違う~』って奴だと思うわ。
まぁ、そんな恐ろしい存在の死神ちゃんだけど、後継者くんはどう思う?
あ~分かってる分かってる。どんな理由が有っても彼女のした事は許される事じゃない。
恨むべき強大国の人達だけじゃなく、周辺の国々ひいては人類全体に対して多大な被害を与えたんだから。

でもね、人類の内一人くらい彼女の気持ちを分かってあげても良いんじゃないかなって思うのよ。
それはあたしがなってあげたかったけど無理だったわ。
もう本当凄い拒絶されたもの。挙句の果てにあたしんちをあたしが居ない間に襲撃する嫌がらせもして来たんだから。
決戦の時もキャッチ掛けたんだけど結局逃げられちゃったしね。
うん、本当はその原因は分かってるんだ。
ほらあたしってケモナーじゃない?』

 うん? 途中までいい話になりそうだったのになんだか方向性が怪しくなって来たぞ?
 あたしってケモナーじゃない? とか言われても困るんだけど。
 ケモナーな事と死神の理解者になるのが無理って事になんか関係が有るのかな?

『あたし、ゴスロリ無口少女ってジャンルについてはちょっと理解し兼ねるのよね~。その所為でなんか死神ちゃんを創った強大国のエンジニア達の歪んだ趣味がちらちら見え隠れしちゃって……』

 さ、最低だ!! 
 思わず大声を上げて突っ込みたくなってしまった。
 いや分かるような気がするけど、それを踏まえてもそんな風に創られたってのは可哀想な話じゃないか!
 
「あら始祖ってば頭が固いわね。可愛いは正義って言葉を知らないのかしら? それにそもそも彼女の服は黒いドレスでは有るけど、あれは所謂ゴスロリと呼ばれる物じゃないのにね。プロの前でそんな事言ったら怒られるわよ?」

「ストップ!! 今は服装の事なんてどうでも良いよ。続きを読むからね」

 全く関係無い事で母さんが始祖に対して文句を言い出したので僕は無理矢理話を終わらせて読み上げる事にした。
 ゴスロリとかそれのプロとか訳が分からないよ。
 いや、それよりもなんで母さんは死神の服装の事を知ってるんだろう?

 ……まぁいいか。
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