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第三章 世界を巡る

第61話 力を継し者

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「さぁ、これだよ」

 本棚に向けて何度か開封魔法を発動させた父さんは、沢山並んでる本の中から押し出されるような形でせり出して来た一冊の本を手に取り僕の元まで帰って来た。
 そしてそれを僕の前の机の上にゆっくりと置く。

「これが……クロウリー家に伝わる禁書……」

 ご先祖様の手記と言う事だけど、一見綺麗な装丁をされた上製本ハードカバーと見間違える程しっかりした造りだった。
 革張りの表紙に所々金細工で装飾されている。
 けど読もうと思ってもこのままじゃ読めそうにない。
 表紙の中央にメダル状の金属飾り取り付けられており、そこから伸びる細い鎖が本を縛り上げる様に伸びているからだ。
 魔法による封印だと思うんだけど、まずはこの鎖をどうにかしなきゃね。

「これは……? う~ん? ねぇ父さん? このままじゃ読めないよ。どうすりゃいいの?」

 試しにメダルに指を当ててみたけど何の反応も無かった。
 ついでに魔力も流してみたけど、これまたなんの反応も無い。
 どうやら城壁ゴーレムやテレポーターの様に登録式と言う訳でもないみたいだ。
 恐らくこの封印を解くには呪文、若しくは鍵となる何かが必要なんだと思う。
 何も言わずに僕に渡したと言う事は自分で考えろって事なのかもしれないけど、この手の封印って下手に弄ると安全装置が働いて燃えたりするからね。
 そう考えると魔力流した行為自体ギリギリだったよ。
 代々伝わって来た禁書を僕の不注意で焼失させちゃいました! なんて事になったら目も当てられない。
 臆病者と言われるかもしれないけど、わざわざ危ない橋を渡る必要なんてないからね。
 まずはこうやって素直に聞いてみるのが一番だ。

「あぁ、良かった。無理矢理開けようとするのかとヒヤヒヤしたよ。鎖を切ろうとすると燃え上がる仕掛けだからね」

「ちょっと父さん! 怖い事言わないで! なんで教えてくれなかったんだよ」

 我が親ながらなんて人だ!
 心臓が止まるかと思った。
 僕が慎重派じゃなかったら今頃禁書が燃えてたからね!
 元々父さんてば基本的にこちらから聞かないと重要な事は教えてくれないところが有るんだよな。
 その癖、自分の好きな事はずっと語りたがるところが有るし、面白い事を見付けた時には人の話の途中でも勝手に中断して夢中になっちゃう。
 よく母さんに比べ自分は凡人だって言ってるけど、なんだかんだ言って父さんも十分天才変人の部類に入るんだろうな。
 でなきゃ、二つも紋章を所持するなんて芸当出来る訳ないもん。

「いやいや、ちょっとした冗談だよ。さすがにそうなる前に止めたさ」

「冗談って……。もう、それ全然笑えないよ。まだ心臓バクバク言ってるんだからね」

 う~ん、僕の家族って母さんも父さんも妹も変人多くない?
 一見まともな叔母さんも数年前まで狂暴龍とか呼ばれてたみたいだし、一般人の僕には肩身が狭いよ。
 こうやって考えると偏屈だの横暴だの言われていたお爺さんが一番まともな人だったんじゃないかな?
 本当に困ったもんだ。

 と、その時……父さんの方に向けていた僕の視界の隅がぐにゃりと歪んだ。
 突然の事に驚いた僕は父さんから視線を外し歪んだ空間の方に顔を向ける。
 すると次の瞬間パッと人が現れた。
 そこに居るのは予想してなかったけど予想通りの人。

「あら、良かったわ。まだ禁書に手を付けていないのね」

「母さん! どうしてここへ? 家で待ってるんじゃなかったの?」

 そう、姿を現したのは母さんだった。
 今朝父さんが魔導協会で話そうって言ってきた時、着いて来たがる妹を余所に母さんは家で留守番すると言っていたのに何でここに居るの?
 いや、母さんはクロウリー家の現当主でも有るし、禁書の閲覧資格を持つ者としてこの場に居ない方がおかしいんだけどもさ。
 それに母さんの性格からしたら大人しく留守番するタマじゃないだろうしね。
 だから突然空間が歪んだ時、もしかしてって思ったんだ。

「決まってるじゃない。あの時私まで行くってなったらメアリが納得しなかったでしょ?」

「あっ……確かに」

 なるほど、これ以上無い説明に納得した。
 そりゃそうだ。
 仲間外れみたいで可哀想だけど仕方が無いよ。
 僕自身、いまだに自分に降りかかって来た運命の重さを理解してないんだ。
 始祖の後継者だとか世界最強だとか新たな魔王だとか……五人の娘とか、そんな訳の分からない事に巻き込ませる訳にはいかない。
 ……特にあと四人の娘を探す旅をするなんて事を知られちゃうと、メアリが何をしてくるか分からないからね。

「納得したかしら? それにね、今日は元々ここにマーシャルを連れて来るつもりだったのよ。それなのにクリスったらマーシャルが夜に話したいって言ったのに、今から魔導協会に行こうって言うもんだから」

「そうだったんだ」

「ははははごめんごめん。ついうっかりね」

 父さんは頭を掻きながら笑顔で謝っている。
 凄い人なんだけどやっぱり何処か抜けてるなぁ。

「さぁ私も来た事だし、早速話を進めましょうか。まずその封印だけどそれを解くにはクロウリー家の血が必要なのよ」

「えぇ! 血をっ!?」

「そんなに驚かないの。そのメダルにたった一滴垂らせばいいだけなんだから」

「あっそうなの? よ、良かったぁ。生贄でも必要なのかと思ったよ」

 よく考えたらそうだよね。
 封印解く度にそんなに大量の血が必要ならヤバいもん。
 それにもう一つ納得。
 父さんが封印をそのままで渡して来たのは、解かなかったんじゃなくて解けなかったからなのか。

「ううぅ、痛いのは嫌だけど仕方無いか……」

 ガリッ!

「イテッ! うぅぅ」

 僕は自分の親指の先を少し噛み切った。
 少しとは言え血が出るくらいなんだからとっても痛い。

「自分の指を自分で噛み切るなんて凄いなぁマーシャルは。さすが一年間冒険者をやっていただけの事は有るよ。言ってくれればこのピンを貸してあげたのに」

 そう言って父さんは胸に付いている協会員バッジを指差す。

「遅いよ父さん!!」

 ったくもう父さんったら、マジで天然なんだから。
 噛み切ってしまったのだから勿体無いし、僕は親指に滲む血を絞りメダルへと垂らす。

「う、うわ……眩しっ!」

「ひやぁぁ! めがぁ! めがぁ!」

 垂らした瞬間メダルは激しく光り出した。
 僕とライアはまともにその光を見ちゃった所為で目がチカチカして慌てて手で覆う。
 目を瞑ってるから分からないけど、本の方からチャリチャリと金属が擦れ合う音が聞こえるので封印の鎖が解けようとしているのだろう。
 また教えてくれなかったな。
 封印が解ける際にこんなに眩しく光るのなら最初から言っといてよ。

「母さん達、また黙ってたでしょ。眩しくて目が潰れるかと思ったよ……って、あれ?」

 僕を騙そうとした母さん達に抗議を声を上げようとしたら、僕達を見て笑ってるだろうと思っていた母さん達は僕達と同じく両手で目を覆いながら苦しんでいた。
 あれ? 僕を騙そうとしたんじゃないの?

「二人共どうしたんだよ? 僕達に悪戯しようと思ってたのに自分で掛かっちゃったの?」

「ち、違うわよ。今までこんなに光る事は無かったの! 普段はポワって光る程度なのよ」

 母さんはそう言って涙目になりながら僕にそう説明した。
 二人の辛そうな顔を見る限り嘘は吐いてない無いみたいだ。
 今度は騙すつもりは無かったのか……。

「そ、そんな、なんで僕の血でこんなに光るの? ……もしかして始祖の力を受け継いだから?」

「うぅぅまだ目がチカチカする。……けど、そうね。おそらく今マーシャルが言った通りだと思うわ」

 母さんが僕の言葉に同意した。
 僕と比べて全ての能力が上の母さんではこんな変化はないとの事だ。
 と言う事は、何が関係してるのかなんて明白だろう。
 それは始祖の力の有無と言う事。
 うん、それしか考えられないよ。

 しかし、契約紋が赤く光って目立つ事や、死ぬまで従魔契約が切れなくて死に掛けた事、それに魔王と戦う運命を与えるなんて事に飽き足らず目潰しまでしてくるなんて、本当に始祖の力って僕に対して厳し過ぎない?
 僕は少しばかり不貞腐れながら我が家に伝わる禁書に目を向けた。

 …………?

 あれれ? 目がまだおかしいのかな?
 なんか様子が変わってない?
 これも封印を解いた効果なの?

「ねぇ、母さん。禁書が新品みたいに綺麗になってるんだけど、この封印って状態復元の効果でも有るの?」

 僕は封印が解かれた禁書を見ながら母さんに尋ねた。
 その言葉通り、さっきまで悠久の時を重ねたと思わせる様相を呈していた禁書なんだけど、今目の前にあるは、まるで今買って来た新品の様にピカピカで同じ本だったとは思えなかった。
 こんな効果の有る封印魔法は見た事も聞いた事も無い。
 先史文明の遺産が使用されてるのかな?
 やっぱりうちの先祖って凄いや。

「は? 何言ってるのマーシャル?」

 てっきり「そうよ、凄いでしょ!」と返って来るとばかり思っていた母さんの言葉に僕は顔を上げた。
 視線の先には怪訝な顔をして僕を見ている母さんの顔。

「何って、ホラ。禁書だよ。ピカピカになってるじゃないか」

 禁書を指差しながら説明するけど、母さんだけじゃなく父さんまで首を捻っている。
 本当に僕の言葉が分かっていないようだ。

「ねぇ、マーシャル。あなたの目には……え~と、禁書がまるで新品になってる様に……見えてるのよね?」

 母さんが言葉を選んでいるかのように質問して来た。
 僕はその質問に頷く。
 すると母さんは父さんと目で会話するかのように小さく頷きながら見詰め合っている。

「ど、どうしたの?」

「いや、私達にはいつも通りの何の変哲もない古書にしか見えないんだよ」

「えぇーーー!! ちょっと待ってよ! こんなにピカピカだよ? 装丁の牛革だって張ったばかりの様に綺麗じゃないか」

「落ち着いてマーシャル。さっきの光といい、あなたが見ている禁書の姿といい。恐らくは全て始祖の力によるものだと思うわ」

 そ、そんな……。
 僕と母さん達とじゃ見えている物が違うって言うの?

「そうだ、ライアちゃん。君にはどう見えてるんだい? その本はピカピカ? それともボロボロ?」

 父さんが何かを思い付いたと言う顔をしてそうライアに質問した。
 その言葉を受けてライアは禁書に目を向けた。

「うにゅ? ……ぴかぴか。……それになんだかいいにおいがするよ」

 僕の従魔と言う事なのだろうか?
 どうやらテレポーターの時と同じく、僕の魔力と呼応しているとでも言うのだろうか、どうやら同じ物が見えているらしい。
 しかし、良い匂い? もしかして本当に新しくなっているのかな?
 新しい牛革っていい匂いだしね。
 ライアはいまだに本に顔を近付けてスンスンと匂いを嗅いでいる。
 僕達も同じ様に匂いを嗅いでみたけど、人間と魔物の嗅覚の違いなんだろうか?
 見た目通りの様な新しい牛革の匂いは感じなかった。

「う~ん、私達には古ボケた本の匂いしかしないわねぇ」

「そうだね。じゃあ、マーシャル。見た目の新しさ以外に何か違いが無いか確認しようか。まず表題はなんて書かれているんだい?」

 こういう時の父さんは本当に研究者って感じだ。
 すぐに質問を切り替えて一つ一つ検証していきたいみたい。
 え~と、表題か~。
 そう言えば禁書の題名は聞いていなかったよ。
 僕のご先祖様が書いた手記らしいけど……、え~となになに?

「『我が力を継し者へ』かな? ははは『我が力を継し』だなんて、ご先祖様ったらなんだか凄く仰々しい言い回しだなぁ」

「え?」
「え?」

 僕が読み上げた表題に母さんと父さんが同じタイミングで素っ頓狂な声を上げる。

「どうしたの?」

「あのね、マーシャル。私達の目では『我が子孫に遺す』としか書かれてないのよ……」

「え?」
「うにゅ?」

 ちょっと待って? 母さん達の目には『我が子孫に遺す』って見えてるの?
 けど、僕の目にはどう見ても『我が力を継し者へ』としか読めないんだけど。

 ………?
 ん? いやいや本当にちょっと待ってよ?
 『我が力を継し者へ』?
 それって……もしかして……?

 え? え?

「えぇぇーーーー!!」
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