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第三章 世界を巡る
第60話 魔導協会
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「マーシャル。ここに来るのは久し振りだろう?」
前を歩く父さんが歩きながら少し振り返りそう言って来た。
僕はその言葉に「うん」と答える。
父さんが言う通り僕がここに来るのはもうずいぶん久し振りの事だ。
確かまだ魔法学校に通う前の頃たから8年くらい前になるのかな?
今僕は魔導協会ガイウース支部の廊下を歩いている。
ここは父さんの職場だ。
朝食の後、父さんから一緒に行こうと誘われたんでライアと共に来る事になった。
ホフキンスさんから貰った認識疎外のフードを被っているライアは初めての場所で緊張しているみたいで、顔をキョロキョロとさせながらも大人しく付いて来てくれている。
妹も来たがってたけど、魔法学校を卒業後家を出て冒険者となった僕と違ってアカデミーに進学してた妹は、今日どうしても外せない用事が有るとかで泣く泣く登校していった。
正直妹が付いて来なくて助かったよ。
メアリが居たら喋れない事がまだまだ多いしね。
父さん先導で廊下を歩いている僕達だけど、すれ違う職員の人達は皆父さんに頭を下げ挨拶をしてくる。
それもそのはず父さんはここ魔導協会の幹部で、肩書きを詳しく説明するとこの支部を統括する理事の一人であり魔道具開発局の局長でもあるんだ。
なぜテイマーである筈の父さんが、従魔の登録管理を行う従魔管理局ではなく魔道具開発を管理する魔道具開発局に在籍し更に局長まで務めているかと言うと、母さんの所為と言うかお陰と言うかそんな感じ。
そして、それこそが父さんが伝説の再来と呼ばれている理由。
父さんと母さんの出会いは僕も通っていた魔法学校。
元々父さんはこの街から少し東に行った山奥にある小さな村の出身なんだけど、魔術師の家系じゃないのにとても高い魔力を持って生まれた為、幼い頃から神童扱いされていたんだって。
その噂を聞き付けた魔法学校の先生が父さんを特待生として入学させたんだけど、当時の事を『あの頃の僕は周りにちやほやされて調子に乗ったバカな子供だったよ』と苦笑しながら話してくれた。
その理由は母さんとの出会いが原因だった。
故郷の村では神童と持て囃された父さんだったけど、母さんを一目見た瞬間に自分なんて一般人の中で頭一つ飛び出していただけだったってのを悟ったらしい。
本当の神童とは母さんみたいな人の事を言うんだって笑ってた。
けれど父さんはそこでへこたれなかった。
母さんに負けじと日夜努力した父さんは、学年成績の一二を争う自他共認めるライバル関係にまで登り詰めたらしい。
らしいと言うか、当時の逸話の数々は今でも学校で語り継がれていたりするから本当の事なんだけどね。
まぁ、これも僕が捻くれた理由だったりする。
本当に凄い肉親を持つと色々苦労するよ。
そんな努力家な父さんだったけど、母さんと言う天才の壁はとても高く時が経つのにつれて二人の差は努力だけではどうもならない程に開いてしまった。
しかし、父さんはそこでも諦めなかったんだ。
母さんに勝つ為には同じ土俵で競い合うのではダメだと、別の方向からのアプローチをする事を考えた。
その方法は複数の紋章をその身に宿すと言う茨の道。
現代魔法学においてその身に紋章を開く事が出来るのは一人に一つだけと言うのが不文律だ。
二つ以上の紋章を開通させるには、紋章の数だけ頭と言うか精神が必要だとされている。
どう言う事かと言うと、刻まれた紋章は自身の魔力の発露によるものなので、常時その概念を認識しつつ魔力を供給し続ける必要が有るからなんだ。
一つの精神で複数の概念を寝ても覚めても認識し続ける事は想像を絶する至難の業で、母さんでさえ複数の紋章を開通する事はいまだ実現していない。
そんな事が出来るのは御伽噺の中だけの存在。
そして父さんはそんな御伽噺の中に片足以上踏み入れている存在だったようだ。
従魔術を使う為の契約紋を身に宿しながら、他の魔術系統の継承紋その身に宿す。
実現出来たのは二つだけだとは言え、父さんは母さんに並び立ちたいと言う思いを糧に研鑽を積みそれを可能にした。
だから父さんは人々から伝説の再来と呼ばれている。
元々テイマーだった父さんが新たに宿した紋章は継承紋。
継承紋とは魔道具製造に必要な高等付与魔術を使う為の紋章だ。
何故父さんが五系統ある高等魔術の中で付与魔術を選んだかと言うと、それは母さんへの嫉妬が原因なんだって。
天才だった母さんは自身が使えないまでも他の魔術への造詣が深く、特に魔道具の開発に関して学生時代から複数の特許を取得していたみたい。
どんどん魔道具開発にのめり込んでいった母さんは、次第に父さんと成績を競い合う事に興味を失ったのか付与魔術学科の工房に籠る事が多くなっていったんだ。
天才と言う競争相手が居なくなった父さんは、一人学年首位と言う名誉を欲しいままにしたんだけど虚しさだけが残った。
そこで父さんはそんな母さんを振り向かせるべく付与魔術を極める為に継承紋を身に宿す事を決意したらしい。
そう、当時の父さんの中では既に母さんの事はライバルではなく一人の女性として好きになっていたんだって。
天才だった母さんに相応しい相手となるには、ただ単に付与魔術師に転向するだけではダメだと考えた父さん。
悩みに悩んだ末に出した答えが、御伽噺にしか出て来ない複数の紋章所持者と言う伝説の存在だったんだ。
全ては偏に母さんの為。
母さんが魔道具開発にのめり込むのなら自分は魔道具職人となって一緒に歩んでいこうと思ったんだって。
まぁ、実際に宿す事に成功したのは二人が結婚して僕が生まれた後の話なんだけどね。
ここだけの話なんだかんだ言って母さんも学生時代から父さんの事が好だったみたいだ。
そんな事を思い出しながら父さんの後をついて歩いていたら父さんが廊下の奥、突き当りの壁の前で立ち止まった。
考え事しながらだったんで周りをよく見てなかったんだけど、こんなに奥まで入った事は無かったもんだから、辺りをキョロキョロと見回してみる。
正面は壁、そして左右にも扉は無く本当に行き止まりの廊下。
こんな壁の前で立ち止まるって父さん一体どうしたの?
父さんが僕を魔導協会に連れて来たのは僕の話を聞く為だけじゃなく、僕に見せたい物があるからって話だったけど、この壁がその見せたい物なの?
僕とライアは父さんの背中を見ながら首を傾げる。
「さぁ、ここだよ」
父さんはそう言って僕の方を振り返って来た。
やっぱり目的の場所とはこの壁みたい。
けど、ここと言われても特に何かある訳じゃないし、壁に何かが書かれている訳でもない。
「父さん、ここって言われてもただの壁だよ? もしかして、ここで立ち話しようって事なの?」
人通りの無い廊下の突き当り。
周辺に扉も無いんだから人が来よう筈も無い。
ここが目的地って事ならそれしか考えられないよね。
けど、父さんの顔を見ると笑顔を浮かべて首を振っているのでどうやら違うみたい。
立ち話じゃないなら何なんだろう?
「マーシャル。壁に右手を当ててごらん。あぁ手套を取って素手でね」
「素手で壁に? う、うん分かった」
父さんは何もない壁を指差しながらそう言って来たので取りあえず言われた通り右手の覇王の手套を脱ぎ素手の状態で何も無い壁に手を当ててみた。
……やっぱりただの壁だ。
父さんが当ててごらんって言うもんだから何か起こるのかと思ったのに特に何も変わらない。
ライアも僕の真似をしているつもりなのか壁をぺちぺちと叩いている。
「父さん。何も起こらないんだけど?」
「うん、そのままじゃね。当てた手に魔力を込めてごらん」
「魔力を……?」
僕は意味も分からず右手に魔力を込めた。
やっぱり何も起こらない。
そう思って父さんの方に顔を向けようと思った途端……。
「え? ……あれ? 目の前が……うわっ!」
「ひゃぁ、ぱぱぁ!」
目の前が急に暗転したかと思うと突如何もない空間に放り出された感覚に陥った。
さっきまで廊下に立っていた筈の足は何も踏みしめてはいない。
それどころか音も光も重力さえも感じない状態だ。
暗転する前に一瞬ライアの声が聞こえたんだけど、この真っ暗な空間を見渡しても声も姿も見えない。
突然の出来事にパニックになった僕は手足をバタバタさせて重力の無い空間を移動しようと必死にもがいた所で、つい最近似た様な体験をした事を思い出した。
「あっ! これってもしかして……テレ……ってうわぁっ! いたっ」
僕が最後まで言う前に突如重力が戻って来たと思ったら、そのまま地面に激突した。
下手にもがいた所為で空中に泳ぐ形で浮かんだ状態になっていたみたい。
地面に張り付きながら顔を上げた僕は、周囲の状況を確かめる為に辺りを見渡した。
部屋の中は魔道灯による明かりで照らされている。
今僕が居るのは廊下じゃなく部屋の中のようだ。
それも真ん中に机がポツンと置かれているだけの小さい小部屋。
ただ右も左も正面も見える範囲の壁全てにガラス窓付きの本棚が並んでおり、そしてガラスの向こうにはもの凄い量の書物がびっしりと詰まっているのが見えた。
その殆どが装丁の状態からするとかなり古い物のようだ。
「ここは何処?」
パッと見た感想は書斎って感じ。
空気の流れを感じないしどうも密室の中だと思う。
やっぱりあの浮遊感はテレポーターだったみたい。
しかも父さんの口振りからすると、あの洞窟の様に強制発動型じゃなくて魔力による任意発動型って奴なんだろう。
ここら辺は学校の先史文明についての授業で習ったから知っている。
体験するのは初めてだけどね。
それならそうと初めから言って欲しかったよ。
「……ひやぁぁ」
「ん?」
本が並んでいるだけの誰も居ない小さな書斎。
いつまでも寝転がっていても仕方無いので、部屋の中を探索しようと思って立ち上がろうとした時、突如虚空から叫び声が聞こえて来た。
思わずその声がする方を見上げる。
何も見えないけど声だけは聞こえてくる……?
そう思った瞬間、僕のすぐ上の何も無い空間が歪み出した。
そしてその中から……。
「え? ライア? うわ! 危ない!」
ドシィーーン!
「ぐはっ」
突如空中に現れたライアを受け止めようと身体を捻り落下地点に飛び込んだ。
何とかライアが床に激突する前に下に入り受け止める事が出来たんだけど、ライアの体重全てが僕のお腹に集中したもんだから、貧弱な僕にはまるでボディブローを叩き込まれた衝撃を受ける。
あまりの痛さに声も出ない。
口から朝食が吹き出しそうになったけど、それだけは何とか飲み込んだ。
「びっくりしたーー。ここどこ? なんだかおしりのしたがぷにぷにする……?」
僕の上に落ちてきたライアは自分が落ちてきた所が柔らかい事を不思議に思ったのか、小さいその手で弄りだした。
上に乗っているライアは丁度背を向けた形になってるし、フードを目深に被って自分の足下ばかりを見ているのでそこが人の上だと言う事に気付いていないようだ。
これ以上ズボンの上を弄られても色々と困るので、いまだお腹の痛みから回復し切れていないんだけどプニプニのままでいられる内に何とか力を振り絞りライアに声を掛けることにした。
「ラ…ライア」
「えっ! ぱぱ? ここぱぱのうえ? ひやぁぁごめんなさい!」
僕の声に慌てて振り向いたライアは、僕の顔を見た途端状況を把握したようでぴょんぴょんと飛び跳ねる様な仕草で必死に謝って来る。
勿論僕の上で……。
「ぐふっ! ラ……ライア。ごめん。兎に角僕の上から降りて貰えないかな?」
「ふわわ! ごめんなさ~い。いたいのいたいのとんでけーー」
そう言って僕の上から飛び退いたライアは、悪かったと思っているようで自分が座っていたお腹を摩ってくれた。
本当にライアは純真無垢で素直でいい子だ。
僕はライアの頭を撫でながらなんとか起き上がった。
「もう大丈夫だよライア。それよりライアこそ怪我はない?」
「うん! だいじょぶ!」
「そうか、良かった。けどライアはどうやってここに来たの?」
怪我が無いようで安心した僕は、ライアはどうやってここに来たのか尋ねてみた。
父さんの言葉からするとテレポーターは魔力供給しないと発動しないらしい。
コボルトだと思ってた時のモコは、魔法を使うどころか魔力を扱う事さえ出来なかった。
それどころか魔物の多くは魔石が持つ魔力を通常生命維持や種族特性にだけ使用されており、魔法の使用や魔力操作を任意で行える種族の方が少ないくらいだ。
テレポーターが発動したと言う事はライアが発動させたのだろうか?
もしかして本来のカイザーファングは魔力を扱う事が出来るのかな?
「あぁ驚いたよ。私が抱っこして連れていくつもりだったのに、マーシャルの見よう見真似でテレポーターを発動させたんだからね」
「え? 父さん?」
僕の問い掛けに答えるようにいつのまにか部屋にやって来ていた父さんがそう言った。
父さんは僕達みたいに尻餅や空中に現れるみたいな事は無く普通にその場に立っている。
多分異空間を移動中に暴れなければそのままの姿勢でテレポート出来るみたいだ。
最初から教えといてよ、まったく。
「しかし不思議な話だ。本来あのテレポーターは登録者以外の魔力では発動しない筈なんだよ。マーシャルの従魔だからなのかな? だが私やマリアの従魔達はそんな事出来なかったし……。う~んさすがカイザーファングと言う事か。とても興味深い存在だ」
突然現れた父さんに驚いておろおろしているライアを興味深そうに見ながらそう言った。
なるほど、あのテレポーターはうちの城壁ゴーレムみたいな仕組みになってるんだな。
けど、いつの間に登録してたんだろう?
「もうっ! そんな考察は後にしてよ。それよりここは何なの? なんだか古い書物がいっぱいだけど」
「はははっ、ごめんごめん。つい面白い研究対象が居ると夢中になってしまうよ。ここは魔導協会ガイウース支部の最奥。数多くの禁書を保管している場所さ」
「き、禁書だって? この本全て……?」
「あぁ。一概に禁書と言っても思想的に禁じられた物から存在自体が危険だとされている物まで色々だけどね」
父さんの言葉に驚愕した。
本棚全てにびっしりと詰まっている大量の本が全て禁書だなんて……。
その事にも驚いたんだけど、僕なんかをここに連れて来て良かったの? って思いの方が強いよ。
幾ら魔導協会支部の幹部とは言え、部外者である息子を連れてくるのは越権行為じゃないの?
本当に大丈夫?
責任取って辞めさせられたりしない?
「ねぇ、僕が入って良かったの?」
「あぁ、その事かい? 大丈夫だよ。ちゃんと申請して支部長の許可は貰ってる」
父さんは笑顔を浮かべながらそう言っているけど、禁書を保管している部屋だよ?
う~ん、管理が緩いなぁ~。
「ここに来て貰ったのは他でも無い。クロウリー家に伝わる禁書なんだけど実は現在屋敷には無くこの場所で保管されているからなんだ」
「そうなの? そう言えば昨日母さんに見せてって言ったらまた今度って言ってたけど、そう言う事だったんだ」
「あぁ、街の外に引っ越す際にどうせならってね。一応本棚には封印が施されているから誰でも閲覧出来る訳じゃないし、それにこの部屋からは禁本達を持ち出す事が出来ない仕様になっているから安心なんだよ」
色々安全策が取られているのか。
だから入室申請が緩いのかな?
父さんはそう説明した後、後を付いて来る様に僕を促して部屋の中央にポツンと置いてある机に向かって歩き出した。
「マーシャル。禁書を取って来るからそこに座ってて」
「うん分かった。ほらライア、僕の膝の上においで」
「わぁーーい」
一見何の変哲もない事務机には、これまた何の変哲もない事務椅子が一脚しかなかったのでライアを僕の膝の上に乗せる事にした。
父さんはそんな僕達を微笑ましそうに見た後、本棚に向かって歩き出した。
叔母さんから教えて貰って初めて知った僕の家に伝わる当主だけが閲覧出来ると言う禁書。
その現物をやっとこの眼で見る事が出来る。
僕はその事を思うと胸の高鳴るのを止められなかった。
前を歩く父さんが歩きながら少し振り返りそう言って来た。
僕はその言葉に「うん」と答える。
父さんが言う通り僕がここに来るのはもうずいぶん久し振りの事だ。
確かまだ魔法学校に通う前の頃たから8年くらい前になるのかな?
今僕は魔導協会ガイウース支部の廊下を歩いている。
ここは父さんの職場だ。
朝食の後、父さんから一緒に行こうと誘われたんでライアと共に来る事になった。
ホフキンスさんから貰った認識疎外のフードを被っているライアは初めての場所で緊張しているみたいで、顔をキョロキョロとさせながらも大人しく付いて来てくれている。
妹も来たがってたけど、魔法学校を卒業後家を出て冒険者となった僕と違ってアカデミーに進学してた妹は、今日どうしても外せない用事が有るとかで泣く泣く登校していった。
正直妹が付いて来なくて助かったよ。
メアリが居たら喋れない事がまだまだ多いしね。
父さん先導で廊下を歩いている僕達だけど、すれ違う職員の人達は皆父さんに頭を下げ挨拶をしてくる。
それもそのはず父さんはここ魔導協会の幹部で、肩書きを詳しく説明するとこの支部を統括する理事の一人であり魔道具開発局の局長でもあるんだ。
なぜテイマーである筈の父さんが、従魔の登録管理を行う従魔管理局ではなく魔道具開発を管理する魔道具開発局に在籍し更に局長まで務めているかと言うと、母さんの所為と言うかお陰と言うかそんな感じ。
そして、それこそが父さんが伝説の再来と呼ばれている理由。
父さんと母さんの出会いは僕も通っていた魔法学校。
元々父さんはこの街から少し東に行った山奥にある小さな村の出身なんだけど、魔術師の家系じゃないのにとても高い魔力を持って生まれた為、幼い頃から神童扱いされていたんだって。
その噂を聞き付けた魔法学校の先生が父さんを特待生として入学させたんだけど、当時の事を『あの頃の僕は周りにちやほやされて調子に乗ったバカな子供だったよ』と苦笑しながら話してくれた。
その理由は母さんとの出会いが原因だった。
故郷の村では神童と持て囃された父さんだったけど、母さんを一目見た瞬間に自分なんて一般人の中で頭一つ飛び出していただけだったってのを悟ったらしい。
本当の神童とは母さんみたいな人の事を言うんだって笑ってた。
けれど父さんはそこでへこたれなかった。
母さんに負けじと日夜努力した父さんは、学年成績の一二を争う自他共認めるライバル関係にまで登り詰めたらしい。
らしいと言うか、当時の逸話の数々は今でも学校で語り継がれていたりするから本当の事なんだけどね。
まぁ、これも僕が捻くれた理由だったりする。
本当に凄い肉親を持つと色々苦労するよ。
そんな努力家な父さんだったけど、母さんと言う天才の壁はとても高く時が経つのにつれて二人の差は努力だけではどうもならない程に開いてしまった。
しかし、父さんはそこでも諦めなかったんだ。
母さんに勝つ為には同じ土俵で競い合うのではダメだと、別の方向からのアプローチをする事を考えた。
その方法は複数の紋章をその身に宿すと言う茨の道。
現代魔法学においてその身に紋章を開く事が出来るのは一人に一つだけと言うのが不文律だ。
二つ以上の紋章を開通させるには、紋章の数だけ頭と言うか精神が必要だとされている。
どう言う事かと言うと、刻まれた紋章は自身の魔力の発露によるものなので、常時その概念を認識しつつ魔力を供給し続ける必要が有るからなんだ。
一つの精神で複数の概念を寝ても覚めても認識し続ける事は想像を絶する至難の業で、母さんでさえ複数の紋章を開通する事はいまだ実現していない。
そんな事が出来るのは御伽噺の中だけの存在。
そして父さんはそんな御伽噺の中に片足以上踏み入れている存在だったようだ。
従魔術を使う為の契約紋を身に宿しながら、他の魔術系統の継承紋その身に宿す。
実現出来たのは二つだけだとは言え、父さんは母さんに並び立ちたいと言う思いを糧に研鑽を積みそれを可能にした。
だから父さんは人々から伝説の再来と呼ばれている。
元々テイマーだった父さんが新たに宿した紋章は継承紋。
継承紋とは魔道具製造に必要な高等付与魔術を使う為の紋章だ。
何故父さんが五系統ある高等魔術の中で付与魔術を選んだかと言うと、それは母さんへの嫉妬が原因なんだって。
天才だった母さんは自身が使えないまでも他の魔術への造詣が深く、特に魔道具の開発に関して学生時代から複数の特許を取得していたみたい。
どんどん魔道具開発にのめり込んでいった母さんは、次第に父さんと成績を競い合う事に興味を失ったのか付与魔術学科の工房に籠る事が多くなっていったんだ。
天才と言う競争相手が居なくなった父さんは、一人学年首位と言う名誉を欲しいままにしたんだけど虚しさだけが残った。
そこで父さんはそんな母さんを振り向かせるべく付与魔術を極める為に継承紋を身に宿す事を決意したらしい。
そう、当時の父さんの中では既に母さんの事はライバルではなく一人の女性として好きになっていたんだって。
天才だった母さんに相応しい相手となるには、ただ単に付与魔術師に転向するだけではダメだと考えた父さん。
悩みに悩んだ末に出した答えが、御伽噺にしか出て来ない複数の紋章所持者と言う伝説の存在だったんだ。
全ては偏に母さんの為。
母さんが魔道具開発にのめり込むのなら自分は魔道具職人となって一緒に歩んでいこうと思ったんだって。
まぁ、実際に宿す事に成功したのは二人が結婚して僕が生まれた後の話なんだけどね。
ここだけの話なんだかんだ言って母さんも学生時代から父さんの事が好だったみたいだ。
そんな事を思い出しながら父さんの後をついて歩いていたら父さんが廊下の奥、突き当りの壁の前で立ち止まった。
考え事しながらだったんで周りをよく見てなかったんだけど、こんなに奥まで入った事は無かったもんだから、辺りをキョロキョロと見回してみる。
正面は壁、そして左右にも扉は無く本当に行き止まりの廊下。
こんな壁の前で立ち止まるって父さん一体どうしたの?
父さんが僕を魔導協会に連れて来たのは僕の話を聞く為だけじゃなく、僕に見せたい物があるからって話だったけど、この壁がその見せたい物なの?
僕とライアは父さんの背中を見ながら首を傾げる。
「さぁ、ここだよ」
父さんはそう言って僕の方を振り返って来た。
やっぱり目的の場所とはこの壁みたい。
けど、ここと言われても特に何かある訳じゃないし、壁に何かが書かれている訳でもない。
「父さん、ここって言われてもただの壁だよ? もしかして、ここで立ち話しようって事なの?」
人通りの無い廊下の突き当り。
周辺に扉も無いんだから人が来よう筈も無い。
ここが目的地って事ならそれしか考えられないよね。
けど、父さんの顔を見ると笑顔を浮かべて首を振っているのでどうやら違うみたい。
立ち話じゃないなら何なんだろう?
「マーシャル。壁に右手を当ててごらん。あぁ手套を取って素手でね」
「素手で壁に? う、うん分かった」
父さんは何もない壁を指差しながらそう言って来たので取りあえず言われた通り右手の覇王の手套を脱ぎ素手の状態で何も無い壁に手を当ててみた。
……やっぱりただの壁だ。
父さんが当ててごらんって言うもんだから何か起こるのかと思ったのに特に何も変わらない。
ライアも僕の真似をしているつもりなのか壁をぺちぺちと叩いている。
「父さん。何も起こらないんだけど?」
「うん、そのままじゃね。当てた手に魔力を込めてごらん」
「魔力を……?」
僕は意味も分からず右手に魔力を込めた。
やっぱり何も起こらない。
そう思って父さんの方に顔を向けようと思った途端……。
「え? ……あれ? 目の前が……うわっ!」
「ひゃぁ、ぱぱぁ!」
目の前が急に暗転したかと思うと突如何もない空間に放り出された感覚に陥った。
さっきまで廊下に立っていた筈の足は何も踏みしめてはいない。
それどころか音も光も重力さえも感じない状態だ。
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突然の出来事にパニックになった僕は手足をバタバタさせて重力の無い空間を移動しようと必死にもがいた所で、つい最近似た様な体験をした事を思い出した。
「あっ! これってもしかして……テレ……ってうわぁっ! いたっ」
僕が最後まで言う前に突如重力が戻って来たと思ったら、そのまま地面に激突した。
下手にもがいた所為で空中に泳ぐ形で浮かんだ状態になっていたみたい。
地面に張り付きながら顔を上げた僕は、周囲の状況を確かめる為に辺りを見渡した。
部屋の中は魔道灯による明かりで照らされている。
今僕が居るのは廊下じゃなく部屋の中のようだ。
それも真ん中に机がポツンと置かれているだけの小さい小部屋。
ただ右も左も正面も見える範囲の壁全てにガラス窓付きの本棚が並んでおり、そしてガラスの向こうにはもの凄い量の書物がびっしりと詰まっているのが見えた。
その殆どが装丁の状態からするとかなり古い物のようだ。
「ここは何処?」
パッと見た感想は書斎って感じ。
空気の流れを感じないしどうも密室の中だと思う。
やっぱりあの浮遊感はテレポーターだったみたい。
しかも父さんの口振りからすると、あの洞窟の様に強制発動型じゃなくて魔力による任意発動型って奴なんだろう。
ここら辺は学校の先史文明についての授業で習ったから知っている。
体験するのは初めてだけどね。
それならそうと初めから言って欲しかったよ。
「……ひやぁぁ」
「ん?」
本が並んでいるだけの誰も居ない小さな書斎。
いつまでも寝転がっていても仕方無いので、部屋の中を探索しようと思って立ち上がろうとした時、突如虚空から叫び声が聞こえて来た。
思わずその声がする方を見上げる。
何も見えないけど声だけは聞こえてくる……?
そう思った瞬間、僕のすぐ上の何も無い空間が歪み出した。
そしてその中から……。
「え? ライア? うわ! 危ない!」
ドシィーーン!
「ぐはっ」
突如空中に現れたライアを受け止めようと身体を捻り落下地点に飛び込んだ。
何とかライアが床に激突する前に下に入り受け止める事が出来たんだけど、ライアの体重全てが僕のお腹に集中したもんだから、貧弱な僕にはまるでボディブローを叩き込まれた衝撃を受ける。
あまりの痛さに声も出ない。
口から朝食が吹き出しそうになったけど、それだけは何とか飲み込んだ。
「びっくりしたーー。ここどこ? なんだかおしりのしたがぷにぷにする……?」
僕の上に落ちてきたライアは自分が落ちてきた所が柔らかい事を不思議に思ったのか、小さいその手で弄りだした。
上に乗っているライアは丁度背を向けた形になってるし、フードを目深に被って自分の足下ばかりを見ているのでそこが人の上だと言う事に気付いていないようだ。
これ以上ズボンの上を弄られても色々と困るので、いまだお腹の痛みから回復し切れていないんだけどプニプニのままでいられる内に何とか力を振り絞りライアに声を掛けることにした。
「ラ…ライア」
「えっ! ぱぱ? ここぱぱのうえ? ひやぁぁごめんなさい!」
僕の声に慌てて振り向いたライアは、僕の顔を見た途端状況を把握したようでぴょんぴょんと飛び跳ねる様な仕草で必死に謝って来る。
勿論僕の上で……。
「ぐふっ! ラ……ライア。ごめん。兎に角僕の上から降りて貰えないかな?」
「ふわわ! ごめんなさ~い。いたいのいたいのとんでけーー」
そう言って僕の上から飛び退いたライアは、悪かったと思っているようで自分が座っていたお腹を摩ってくれた。
本当にライアは純真無垢で素直でいい子だ。
僕はライアの頭を撫でながらなんとか起き上がった。
「もう大丈夫だよライア。それよりライアこそ怪我はない?」
「うん! だいじょぶ!」
「そうか、良かった。けどライアはどうやってここに来たの?」
怪我が無いようで安心した僕は、ライアはどうやってここに来たのか尋ねてみた。
父さんの言葉からするとテレポーターは魔力供給しないと発動しないらしい。
コボルトだと思ってた時のモコは、魔法を使うどころか魔力を扱う事さえ出来なかった。
それどころか魔物の多くは魔石が持つ魔力を通常生命維持や種族特性にだけ使用されており、魔法の使用や魔力操作を任意で行える種族の方が少ないくらいだ。
テレポーターが発動したと言う事はライアが発動させたのだろうか?
もしかして本来のカイザーファングは魔力を扱う事が出来るのかな?
「あぁ驚いたよ。私が抱っこして連れていくつもりだったのに、マーシャルの見よう見真似でテレポーターを発動させたんだからね」
「え? 父さん?」
僕の問い掛けに答えるようにいつのまにか部屋にやって来ていた父さんがそう言った。
父さんは僕達みたいに尻餅や空中に現れるみたいな事は無く普通にその場に立っている。
多分異空間を移動中に暴れなければそのままの姿勢でテレポート出来るみたいだ。
最初から教えといてよ、まったく。
「しかし不思議な話だ。本来あのテレポーターは登録者以外の魔力では発動しない筈なんだよ。マーシャルの従魔だからなのかな? だが私やマリアの従魔達はそんな事出来なかったし……。う~んさすがカイザーファングと言う事か。とても興味深い存在だ」
突然現れた父さんに驚いておろおろしているライアを興味深そうに見ながらそう言った。
なるほど、あのテレポーターはうちの城壁ゴーレムみたいな仕組みになってるんだな。
けど、いつの間に登録してたんだろう?
「もうっ! そんな考察は後にしてよ。それよりここは何なの? なんだか古い書物がいっぱいだけど」
「はははっ、ごめんごめん。つい面白い研究対象が居ると夢中になってしまうよ。ここは魔導協会ガイウース支部の最奥。数多くの禁書を保管している場所さ」
「き、禁書だって? この本全て……?」
「あぁ。一概に禁書と言っても思想的に禁じられた物から存在自体が危険だとされている物まで色々だけどね」
父さんの言葉に驚愕した。
本棚全てにびっしりと詰まっている大量の本が全て禁書だなんて……。
その事にも驚いたんだけど、僕なんかをここに連れて来て良かったの? って思いの方が強いよ。
幾ら魔導協会支部の幹部とは言え、部外者である息子を連れてくるのは越権行為じゃないの?
本当に大丈夫?
責任取って辞めさせられたりしない?
「ねぇ、僕が入って良かったの?」
「あぁ、その事かい? 大丈夫だよ。ちゃんと申請して支部長の許可は貰ってる」
父さんは笑顔を浮かべながらそう言っているけど、禁書を保管している部屋だよ?
う~ん、管理が緩いなぁ~。
「ここに来て貰ったのは他でも無い。クロウリー家に伝わる禁書なんだけど実は現在屋敷には無くこの場所で保管されているからなんだ」
「そうなの? そう言えば昨日母さんに見せてって言ったらまた今度って言ってたけど、そう言う事だったんだ」
「あぁ、街の外に引っ越す際にどうせならってね。一応本棚には封印が施されているから誰でも閲覧出来る訳じゃないし、それにこの部屋からは禁本達を持ち出す事が出来ない仕様になっているから安心なんだよ」
色々安全策が取られているのか。
だから入室申請が緩いのかな?
父さんはそう説明した後、後を付いて来る様に僕を促して部屋の中央にポツンと置いてある机に向かって歩き出した。
「マーシャル。禁書を取って来るからそこに座ってて」
「うん分かった。ほらライア、僕の膝の上においで」
「わぁーーい」
一見何の変哲もない事務机には、これまた何の変哲もない事務椅子が一脚しかなかったのでライアを僕の膝の上に乗せる事にした。
父さんはそんな僕達を微笑ましそうに見た後、本棚に向かって歩き出した。
叔母さんから教えて貰って初めて知った僕の家に伝わる当主だけが閲覧出来ると言う禁書。
その現物をやっとこの眼で見る事が出来る。
僕はその事を思うと胸の高鳴るのを止められなかった。
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回復術師ピッケルは、20歳の誕生日、パーティーリーダーの部屋に呼び出されると追放を言い渡された。みぐるみを剥がされ、泣く泣く部屋をあとにするピッケル。しかし、この時点では仲間はもちろん本人さえも知らなかった。ピッケルの回復術師としての能力は、想像を遥かに超えるものだと。
婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ
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「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」
学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。
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僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
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しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
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〈念の為〉
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
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