52 / 103
第二章 幼女モンスターな娘達
第52話 魔力の器
しおりを挟む
「実験場に着いたんだけど、母さんが聞きたい事って一体何なの?」
屋敷の地下にある研究室まで降りて来た僕達は、そのまま併設されてある実験場に入った。
ここは母さんが開発した魔道具の性能実験や従魔の訓練を行う為の場所で、広さはギルドの訓練場より少し狭い位。
と言っても、地上に建ってる屋敷の敷地面積程は有るし天井も高いので、二人しかいない今はかなり広く感じる。
地下と言っても天井には幾つもの魔道灯が煌々と輝き、普通なら淀む空気も送風の魔道具によって外気を循環させているので、地下だと感じさせないくらい快適だったりする。
小さい頃はここで母さんに基礎を徹底的に叩き込まれたっけ。
それなのにいつまで経っても満足に魔物と契約出来ないのはやっぱり僕には才能が無いからだろうな。
ここでも何度キャッチの魔法を失敗した事か……。
そう言えば母さんって訓練の時に基礎魔法はちゃんと出来ないと怒られたのに、テイマーの基本となるキャッチの魔法だけは何回失敗しても『契約紋は刻まれたのだから、いずれ出来るようになるわ』と言われて笑ってたっけ。
それは母さんだけでなく、父さんもそれに昔は厳しかったと言う死んだお爺さんでさえ同じ様な感じだった。
……多分そんな風に甘やかされた所為で、キャッチが出来ないのにテイマーとして冒険者になろうなんて思っちゃったんだな。
なんて一年前の情けない自分の事を振り返りながら、母さんがここに連れて来た理由を考える。
ライアを妹に預けて僕だけをここに連れて来たって事は、多分も何も確実に始祖の力に関する事だろう。
母さんも妹にはまだ始祖の力の事は秘密にしたいと思っているようだ。
けど、話だけなら隣の研究室でも問題無い筈なのに、なんで実験場なんだろうか?
「マーシャル。一つ確認したいんだけど、ライアちゃん以外に契約に成功した魔物は居ないのよね?」
母さんはそう僕に尋ねて来た。
これに関しては先程始祖の封印を解いた日から今日まであった事を話した際にも伝えている。
なぜ改めて確認をして来たのかの意図は分からないけど、事実なのでコクリと僕は頷いた。
「ただの一度も? 掠るくらいの感触も今まで無かったの?」
母さんは念を入れるかのように言った。
いや、そんなに問い詰められても冒険者になって以降ライア以外は一度も成功した事は無いし、掠った感触も……。
感触も……?
「いや、一回だけ有ったよ。掠ったと言うか魔石をガシっと掴んだ感触が」
僕は最近体験したある出来事を思い出した。
本当に今思い出しても恐ろしい山脈越えの出来事だ。
寸前に解体の腕を褒められて僕は浮かれて油断してしまった。
生死確認もそこそこに横たわっていたロックベアを解体しようと安易に近付いてしまった所為で襲われちゃったんだよね。
その際に死を覚悟した僕は魔力マシマシマシのキャッチを唱えたんだ。
岩石ウサギが逃げ出したくらいなんだから、契約出来なくても時間稼ぎくらいにはなるだろうって思ってね。
幸運な事に僕の作戦は成功して何とか逃げる事が出来たんだ。
だけど、一瞬の間だけどその時ロックベアの魔石をがっちりと掴んだのを感じた。
あの感触は忘れないさ。
僕が初めてテイマーと名乗れた日の事だからね。
確かにあれはライアと契約した時に感じた物だった。
「まぁ! そうなの? じゃあ、その従魔は今どこに居るの?」
「えぇ~っと、ちょっと色々有ってね。それを説明するにはまず馬車での旅の事を説明しないと……」
◇◆◇
「なるほど~。死んだと思っていたロックベアをねぇ……。多分それ本当に死んでたんだと思うわ」
「え? ど、どう言う事?」
僕が山脈の峠道で遭った一連の出来事を話す間、ただじっと黙って聞いていた母さんだけど、既に話した死神と遭遇した町に着いた所で口を開いた。
そして、あっさりと信じられない事を言う。
「その後も色々と襲われたんでしょ? しかもあなたを狙う様にって話よね?」
「う、うん。その後もマウンテンウルフやオークの集団と遭遇したけど、全て馬車の荷台と言うより僕を狙ってた感じがするんだ。リーダーのダンテさんも『逆に狙いが分かり易くて戦いやすい』って言ってたくらいだよ」
バーディーさんなんて『テイマーには魔物を興奮させる匂いでも出したりするのか?』なんて言われたっけ。
それを聞いたレイミーさんに身体中の匂いを嗅がれたりしたもんだから恥ずかしかったよ。
「やっぱり……。あぁそうそう、マーシャルがお世話になったんだし、そのダンテさんって方達パーティーにはお礼をしなくちゃならないわねぇ~。まだ街に居るんでしょ? 後で使いを寄越すから連絡先を聞いていたら教えて」
「分かった。……え、え~とそれだけじゃなく馬車で一緒だったホフキンスさんにも色々とお世話になったんだけど……」
ダンテさん達は冒険者として護衛任務を受けたので、ちゃんとギルドを通して報酬を貰ってるんだからそんな追加のお礼は本来必要無い。
母さんもそれは分かっていると思うんだけど、自分の息子の面倒を色々見てくれたのだから個人的にお礼が言いたいのだろう。
これは僕も大賛成だ。
それと同じくホフキンスさんにも色々とお世話になったんだし、同じ様にお礼をしたいなぁと思う。
しかし、母さんはホフキンスさんの名前を出すと少し眉をひそめた。
「……そのホフキンスって、あのバートン商会の当主のホフキンス=バートンでしょ?」
「うん。……えっと、バートン商会の事はまだ言ってなかったと思うんだけど……。あれ? 言ったっけ?」
説明の中でホフキンスさんの名前は出したけど、目的はロックベアとの契約の事なんで、ただ単にダンテさん達の雇い主って説明しかしてなかった様な……?
それとも無意識に言っちゃたのかな?
「Aランクパーティーを雇えて、しかもライアちゃんに高価な魔道具をプレゼントした。 それでホフキンスって名前なら嫌でも想像が付くわよ」
「あぁなるほど。バートン商会のホフキンスさんって言えば、この国じゃ有名だもんね」
と言いながら、僕は名前を聞いても家名を聞くまで分からなかったんだけどね。
けど、それ以上に何処かうんざりとした顔をしてるのは何でだろう?
「いや、それだけじゃないんだけどねぇ……。ホフキンスか~。……まぁ考えておくわ。………しかし、あいつ……最初から……」
母さんはそう言いながら腕を組んでブツブツとボヤいている。
『あいつ』って言葉が聞こえて来たけど、もしかして母さんとホフキンスさんって個人的な知り合いだったんだろうか?
ホフキンスさんはそんな事一言も言わなかったんだけど……。
「ったく……。え~と、話が逸れたわね。死んだと思っていたロックベアが突然襲って来たのも、その後の魔物達がマーシャルを狙ったのも死神の仕業よ。伝承では死神はその魔力によって死体を意のままに操ると言われているわ。恐らくマウンテンウルフもオークの群れも既に死体だったんでしょう。野生の魔物が馬車の中に隠れている人間だけを狙う事なんてしないもの。普通ならまず馬を狙うわ」
「確かに……。最初ダンテさん達もそう考えて馬を守ってたけど、それを避けて馬車の後ろでホフキンスさんを守っていた僕目掛けて襲って来たからね。幌の中に入って来た時は生きた心地しなかったよ。噛み付かれたのが『覇者の手套』で本当に良かった。お陰で無傷だったからね。これが普通の手套だったと思うと……」
考えただけで恐ろしいよ。
腕を食い千切られて今頃生死をさ迷っていたかもしれない。
けど、なるほど……、あれは全部死神の所為だったのか。
そう言えば、なんだか薄汚れて少し匂ってたもんね。
僕は怖くて解体はしなかったけど、バーディーさんは『くせぇくせぇ』って文句言ってたっけ。
ダンテさんも『ここら辺の魔物は腐った肉しか食わないのか?』とか言ってたけど、その魔物自体が腐ってたんだろうな。
と言う事は、あのロックベアもゾンビだったって事なの?
「……母さん。もしかしたら勘違いかも。だって成功したと思ったのはそのロックベアだったんだよ。いくら魔力マシマシマシだったからと言って死体となんて契約出来ないだろうしね」
「そう、それよ。さっきも言ってたわね。魔力マシマシって何の事なの?」
僕がロックベアと契約出来たと勘違いした事にがっかりしていると、母さんが待っていたかのように魔力マシマシについて聞いて来た。
何の事と言われても、魔力マシマシなキャッチとしか言えないよ。
それとも僕の造語が通じないって事なのかな?
魔力を増したって感じで分かりやすいと思ったんだけど……。
「何ってどう言う事? 普通にいつも以上にキャッチに魔力を込めただけだよ。結局岩石ウサギには逃げられるし、契約出来たと思ったロックベアも死体だったみたいだからね。効果は無かったんだと思うよ」
「普通に……か。 ……ねぇ、マーシャル? キャッチの魔法について習った事を今から言ってみて」
母さんは少し難しい顔をしてそう言って来た。
キャッチの魔法についてだって?
何を今更言っているんだろう。
まぁ何か理由が有るんだろうから母さんに教わった事を言ってみるか。
「え、え~と、『キャッチの魔法はテイマーの基礎中の基礎であり……』」
「あぁそこら辺の説明は良いわ。効果と特性だけを言って貰えるかしら」
「え? う、うん……。『キャッチの魔法は魔物の体内にある魔石に作用して、その表面部に自らが主人であると言う情報を刻み込む事により契約が成立し、従魔とする事が出来る』でいいんだよね?」
「ん~それだけじゃ不十分ね。その際自らの魔力を光輪と化して魔物の魔石を捉えるの。そしてここからが重要よ。『キャッチは現在の魔力量ではなく自身が持つ魔力の器の大きさを呪文の強度とする』」
母さんが僕の説明を補足する様にそう言った。
これも分かり切った事だ。
封印される前の従魔術はどうだったのかは分からないけど、少なくとも現在の従魔術が自身の力を超える魔物とは契約出来ない。
この自身の力と言うのは、今母さんが言った通り現在使える魔力の量じゃなくて、魔力の器……言うなれば自身が持ち得る魔力総量の大きさの事を現している。
現在の魔力の量で決まるとしたら、魔法を使って現在の魔力が減っちゃう度に契約が切れちゃう事になるからね。
ついでに言うと合計が魔力の器以下の魔物なら何体でも仲間に出来るんだけど、あまり多いと従魔達の世話が大変だし、ブーストとかの補助魔法や念話や位置把握等の常駐魔法の維持コストに関しては魔力量がダイレクトに影響するんで、普通は多くても二~三体くらいが望ましいとされている。
お風呂をイメージすると分かりやすいかも。
お湯が魔力で浴槽が魔力の器だ。
大きい浴槽には沢山の人が入る事が出来るけど、その体積分溜まるお湯は当然少なくなる。
だから自分の器に合った数にするのが重要なんだ。
恐ろしい事に老化等の影響で魔力の器が小さくなると強い魔物から契約が解除されていく特性が有るから、皆多くの従魔を持とうとしないんだけどね。
ちなみに母さんはさすがと言うか全部で七体の魔物を従えているんだけど、それが出来る程の魔力の器の持ち主と言う意味も含めて珍しい存在だ。
「う~ん、母さんの言っている意味がよく分からないよ」
「あらまだ分からないの? キャッチの魔法はね、自身が持っている力以上の事は出来ないのよ」
「? ……? う、うんそうだね……?」
母さんが念を押す様にそう言ったんだけど、やっぱり言葉の意味が分からない僕は首を傾げる。
すると母さんは呆れたように溜息を吐いた。
「鈍いわね~。要するにキャッチと言う魔法は自身の力を超える……そう、魔力を込めて威力を上げる事なんて出来ない魔法なのよ。それがテイマーと呼ばれた以降の従魔術の決まり事よ」
「え? ……え? でも僕出来た……よ? あ、あれ? ……あはははは。と言う事は魔力マシマシと思っていたのは僕の勘違いだったってわけ? うわぁ恥ずかしい」
内心僕の必殺技とか思ってた。
勝手に力んでその気になっていただけなのか。
母さんにドヤ顔で話してたよ、マジで恥ずかしい。
そう言えば、駆け出しのテイマーも天才の母さんもキャッチの魔法については見た目は変わらないんだった。
違うのは魔力の器の大きさによる契約の強制力だけ。
魔力を込めるなんて無駄な事だったんだ。
と言うか、力む分だけ発動が遅いと言うデメリットしかないじゃないか。
「そうね。普通はそう。お母さんだってキャッチの魔法に魔力を込めるだなんて芸当出来やしない。けどマーシャルは言っていたわよね? ライアちゃんを守ったと言う、魔力マシマシの時だけ起こった現象の事を」
僕が勘違いの恥かしさで顔を真っ赤にしていると、母さんは少し笑いながら応接間で僕が語った岩石ウサギを追い払いライアを守った時の武勇伝の事を言って来た。
「ちょっとやめてよ。あれも勘違いだったんだって。たまたま岩石ウサギ逃げ出しただけなんだって」
「あのね、マーシャル? キャッチの魔法を岩石ウサギ如きのジャンプ力で避けれると思う? それに獰猛な岩石ウサギが目の前の御馳走を前にしてキャッチを掛けられたから逃げるなんて事も有り得ないのよ。普通なら怒るか、それとも弱い奴だと馬鹿にして襲ってくるわ」
「確かに……。実際に普通のキャッチを岩石ウサギに掛けた時は襲って来ようとしてた」
「でしょう?」
母さんはやっと気付いたかと言う顔をして頷いている。
魔力マシマシは普通のテイマーには出来ない芸当だと母さんは言っていた。
それは母さんでも無理らしい。
そして僕の掛けた魔力マシマシのキャッチは勘違いなんかじゃなく、明らかに違いが有ったんだ。
「あっ! もしかしてこれが始祖の力……いや岩石ウサギを追い返した時はまだ封印を解いていなかった……」
そうだ。
初めて使ったのはまだ封印を解く前の事。
あの時ライアを守りたくて、どうしようか必死で考えて、出来もしないと言う事を忘れて……そしてキャッチの魔法に魔力を込めたんだ。
そして、岩石ウサギ達は逃げ出していった。
あの時はそんなに僕と契約がしたくないのかと落ち込んだけど、よく考えればそんな特殊な効果が有るのならば、従魔術の教本に載っていない訳が無いじゃないか。
だったら魔力マシマシのキャッチは……。
「始祖の力とは関係無い……。じゃあ一体僕は何をしたって言うの……?」
僕は自分が無意識でした事の異常さに気付き母さんに顔を向け尋ねた。
すると母さんは笑顔を浮かべながら目を閉じて口を開く。
「ずっとね、お母さん達あなたが魔物と契約出来ない理由を調べていたの」
それだけ言うと母さんは目を開く。
その表情はどことなく力が込められている様に感じた。
「僕が契約出来ない理由が分かったの?」
「えぇ、マーシャルの話で仮説が確信に変わったわ」
母さんはそう言って頷いた。
僕が落ちこぼれテイマーな理由が判明したって言うの?
その事実に僕の胸は高揚した。
理由が分かれば対処法が有るかもしれない。
僕は固唾を飲んで母さんの言葉を待った。
屋敷の地下にある研究室まで降りて来た僕達は、そのまま併設されてある実験場に入った。
ここは母さんが開発した魔道具の性能実験や従魔の訓練を行う為の場所で、広さはギルドの訓練場より少し狭い位。
と言っても、地上に建ってる屋敷の敷地面積程は有るし天井も高いので、二人しかいない今はかなり広く感じる。
地下と言っても天井には幾つもの魔道灯が煌々と輝き、普通なら淀む空気も送風の魔道具によって外気を循環させているので、地下だと感じさせないくらい快適だったりする。
小さい頃はここで母さんに基礎を徹底的に叩き込まれたっけ。
それなのにいつまで経っても満足に魔物と契約出来ないのはやっぱり僕には才能が無いからだろうな。
ここでも何度キャッチの魔法を失敗した事か……。
そう言えば母さんって訓練の時に基礎魔法はちゃんと出来ないと怒られたのに、テイマーの基本となるキャッチの魔法だけは何回失敗しても『契約紋は刻まれたのだから、いずれ出来るようになるわ』と言われて笑ってたっけ。
それは母さんだけでなく、父さんもそれに昔は厳しかったと言う死んだお爺さんでさえ同じ様な感じだった。
……多分そんな風に甘やかされた所為で、キャッチが出来ないのにテイマーとして冒険者になろうなんて思っちゃったんだな。
なんて一年前の情けない自分の事を振り返りながら、母さんがここに連れて来た理由を考える。
ライアを妹に預けて僕だけをここに連れて来たって事は、多分も何も確実に始祖の力に関する事だろう。
母さんも妹にはまだ始祖の力の事は秘密にしたいと思っているようだ。
けど、話だけなら隣の研究室でも問題無い筈なのに、なんで実験場なんだろうか?
「マーシャル。一つ確認したいんだけど、ライアちゃん以外に契約に成功した魔物は居ないのよね?」
母さんはそう僕に尋ねて来た。
これに関しては先程始祖の封印を解いた日から今日まであった事を話した際にも伝えている。
なぜ改めて確認をして来たのかの意図は分からないけど、事実なのでコクリと僕は頷いた。
「ただの一度も? 掠るくらいの感触も今まで無かったの?」
母さんは念を入れるかのように言った。
いや、そんなに問い詰められても冒険者になって以降ライア以外は一度も成功した事は無いし、掠った感触も……。
感触も……?
「いや、一回だけ有ったよ。掠ったと言うか魔石をガシっと掴んだ感触が」
僕は最近体験したある出来事を思い出した。
本当に今思い出しても恐ろしい山脈越えの出来事だ。
寸前に解体の腕を褒められて僕は浮かれて油断してしまった。
生死確認もそこそこに横たわっていたロックベアを解体しようと安易に近付いてしまった所為で襲われちゃったんだよね。
その際に死を覚悟した僕は魔力マシマシマシのキャッチを唱えたんだ。
岩石ウサギが逃げ出したくらいなんだから、契約出来なくても時間稼ぎくらいにはなるだろうって思ってね。
幸運な事に僕の作戦は成功して何とか逃げる事が出来たんだ。
だけど、一瞬の間だけどその時ロックベアの魔石をがっちりと掴んだのを感じた。
あの感触は忘れないさ。
僕が初めてテイマーと名乗れた日の事だからね。
確かにあれはライアと契約した時に感じた物だった。
「まぁ! そうなの? じゃあ、その従魔は今どこに居るの?」
「えぇ~っと、ちょっと色々有ってね。それを説明するにはまず馬車での旅の事を説明しないと……」
◇◆◇
「なるほど~。死んだと思っていたロックベアをねぇ……。多分それ本当に死んでたんだと思うわ」
「え? ど、どう言う事?」
僕が山脈の峠道で遭った一連の出来事を話す間、ただじっと黙って聞いていた母さんだけど、既に話した死神と遭遇した町に着いた所で口を開いた。
そして、あっさりと信じられない事を言う。
「その後も色々と襲われたんでしょ? しかもあなたを狙う様にって話よね?」
「う、うん。その後もマウンテンウルフやオークの集団と遭遇したけど、全て馬車の荷台と言うより僕を狙ってた感じがするんだ。リーダーのダンテさんも『逆に狙いが分かり易くて戦いやすい』って言ってたくらいだよ」
バーディーさんなんて『テイマーには魔物を興奮させる匂いでも出したりするのか?』なんて言われたっけ。
それを聞いたレイミーさんに身体中の匂いを嗅がれたりしたもんだから恥ずかしかったよ。
「やっぱり……。あぁそうそう、マーシャルがお世話になったんだし、そのダンテさんって方達パーティーにはお礼をしなくちゃならないわねぇ~。まだ街に居るんでしょ? 後で使いを寄越すから連絡先を聞いていたら教えて」
「分かった。……え、え~とそれだけじゃなく馬車で一緒だったホフキンスさんにも色々とお世話になったんだけど……」
ダンテさん達は冒険者として護衛任務を受けたので、ちゃんとギルドを通して報酬を貰ってるんだからそんな追加のお礼は本来必要無い。
母さんもそれは分かっていると思うんだけど、自分の息子の面倒を色々見てくれたのだから個人的にお礼が言いたいのだろう。
これは僕も大賛成だ。
それと同じくホフキンスさんにも色々とお世話になったんだし、同じ様にお礼をしたいなぁと思う。
しかし、母さんはホフキンスさんの名前を出すと少し眉をひそめた。
「……そのホフキンスって、あのバートン商会の当主のホフキンス=バートンでしょ?」
「うん。……えっと、バートン商会の事はまだ言ってなかったと思うんだけど……。あれ? 言ったっけ?」
説明の中でホフキンスさんの名前は出したけど、目的はロックベアとの契約の事なんで、ただ単にダンテさん達の雇い主って説明しかしてなかった様な……?
それとも無意識に言っちゃたのかな?
「Aランクパーティーを雇えて、しかもライアちゃんに高価な魔道具をプレゼントした。 それでホフキンスって名前なら嫌でも想像が付くわよ」
「あぁなるほど。バートン商会のホフキンスさんって言えば、この国じゃ有名だもんね」
と言いながら、僕は名前を聞いても家名を聞くまで分からなかったんだけどね。
けど、それ以上に何処かうんざりとした顔をしてるのは何でだろう?
「いや、それだけじゃないんだけどねぇ……。ホフキンスか~。……まぁ考えておくわ。………しかし、あいつ……最初から……」
母さんはそう言いながら腕を組んでブツブツとボヤいている。
『あいつ』って言葉が聞こえて来たけど、もしかして母さんとホフキンスさんって個人的な知り合いだったんだろうか?
ホフキンスさんはそんな事一言も言わなかったんだけど……。
「ったく……。え~と、話が逸れたわね。死んだと思っていたロックベアが突然襲って来たのも、その後の魔物達がマーシャルを狙ったのも死神の仕業よ。伝承では死神はその魔力によって死体を意のままに操ると言われているわ。恐らくマウンテンウルフもオークの群れも既に死体だったんでしょう。野生の魔物が馬車の中に隠れている人間だけを狙う事なんてしないもの。普通ならまず馬を狙うわ」
「確かに……。最初ダンテさん達もそう考えて馬を守ってたけど、それを避けて馬車の後ろでホフキンスさんを守っていた僕目掛けて襲って来たからね。幌の中に入って来た時は生きた心地しなかったよ。噛み付かれたのが『覇者の手套』で本当に良かった。お陰で無傷だったからね。これが普通の手套だったと思うと……」
考えただけで恐ろしいよ。
腕を食い千切られて今頃生死をさ迷っていたかもしれない。
けど、なるほど……、あれは全部死神の所為だったのか。
そう言えば、なんだか薄汚れて少し匂ってたもんね。
僕は怖くて解体はしなかったけど、バーディーさんは『くせぇくせぇ』って文句言ってたっけ。
ダンテさんも『ここら辺の魔物は腐った肉しか食わないのか?』とか言ってたけど、その魔物自体が腐ってたんだろうな。
と言う事は、あのロックベアもゾンビだったって事なの?
「……母さん。もしかしたら勘違いかも。だって成功したと思ったのはそのロックベアだったんだよ。いくら魔力マシマシマシだったからと言って死体となんて契約出来ないだろうしね」
「そう、それよ。さっきも言ってたわね。魔力マシマシって何の事なの?」
僕がロックベアと契約出来たと勘違いした事にがっかりしていると、母さんが待っていたかのように魔力マシマシについて聞いて来た。
何の事と言われても、魔力マシマシなキャッチとしか言えないよ。
それとも僕の造語が通じないって事なのかな?
魔力を増したって感じで分かりやすいと思ったんだけど……。
「何ってどう言う事? 普通にいつも以上にキャッチに魔力を込めただけだよ。結局岩石ウサギには逃げられるし、契約出来たと思ったロックベアも死体だったみたいだからね。効果は無かったんだと思うよ」
「普通に……か。 ……ねぇ、マーシャル? キャッチの魔法について習った事を今から言ってみて」
母さんは少し難しい顔をしてそう言って来た。
キャッチの魔法についてだって?
何を今更言っているんだろう。
まぁ何か理由が有るんだろうから母さんに教わった事を言ってみるか。
「え、え~と、『キャッチの魔法はテイマーの基礎中の基礎であり……』」
「あぁそこら辺の説明は良いわ。効果と特性だけを言って貰えるかしら」
「え? う、うん……。『キャッチの魔法は魔物の体内にある魔石に作用して、その表面部に自らが主人であると言う情報を刻み込む事により契約が成立し、従魔とする事が出来る』でいいんだよね?」
「ん~それだけじゃ不十分ね。その際自らの魔力を光輪と化して魔物の魔石を捉えるの。そしてここからが重要よ。『キャッチは現在の魔力量ではなく自身が持つ魔力の器の大きさを呪文の強度とする』」
母さんが僕の説明を補足する様にそう言った。
これも分かり切った事だ。
封印される前の従魔術はどうだったのかは分からないけど、少なくとも現在の従魔術が自身の力を超える魔物とは契約出来ない。
この自身の力と言うのは、今母さんが言った通り現在使える魔力の量じゃなくて、魔力の器……言うなれば自身が持ち得る魔力総量の大きさの事を現している。
現在の魔力の量で決まるとしたら、魔法を使って現在の魔力が減っちゃう度に契約が切れちゃう事になるからね。
ついでに言うと合計が魔力の器以下の魔物なら何体でも仲間に出来るんだけど、あまり多いと従魔達の世話が大変だし、ブーストとかの補助魔法や念話や位置把握等の常駐魔法の維持コストに関しては魔力量がダイレクトに影響するんで、普通は多くても二~三体くらいが望ましいとされている。
お風呂をイメージすると分かりやすいかも。
お湯が魔力で浴槽が魔力の器だ。
大きい浴槽には沢山の人が入る事が出来るけど、その体積分溜まるお湯は当然少なくなる。
だから自分の器に合った数にするのが重要なんだ。
恐ろしい事に老化等の影響で魔力の器が小さくなると強い魔物から契約が解除されていく特性が有るから、皆多くの従魔を持とうとしないんだけどね。
ちなみに母さんはさすがと言うか全部で七体の魔物を従えているんだけど、それが出来る程の魔力の器の持ち主と言う意味も含めて珍しい存在だ。
「う~ん、母さんの言っている意味がよく分からないよ」
「あらまだ分からないの? キャッチの魔法はね、自身が持っている力以上の事は出来ないのよ」
「? ……? う、うんそうだね……?」
母さんが念を押す様にそう言ったんだけど、やっぱり言葉の意味が分からない僕は首を傾げる。
すると母さんは呆れたように溜息を吐いた。
「鈍いわね~。要するにキャッチと言う魔法は自身の力を超える……そう、魔力を込めて威力を上げる事なんて出来ない魔法なのよ。それがテイマーと呼ばれた以降の従魔術の決まり事よ」
「え? ……え? でも僕出来た……よ? あ、あれ? ……あはははは。と言う事は魔力マシマシと思っていたのは僕の勘違いだったってわけ? うわぁ恥ずかしい」
内心僕の必殺技とか思ってた。
勝手に力んでその気になっていただけなのか。
母さんにドヤ顔で話してたよ、マジで恥ずかしい。
そう言えば、駆け出しのテイマーも天才の母さんもキャッチの魔法については見た目は変わらないんだった。
違うのは魔力の器の大きさによる契約の強制力だけ。
魔力を込めるなんて無駄な事だったんだ。
と言うか、力む分だけ発動が遅いと言うデメリットしかないじゃないか。
「そうね。普通はそう。お母さんだってキャッチの魔法に魔力を込めるだなんて芸当出来やしない。けどマーシャルは言っていたわよね? ライアちゃんを守ったと言う、魔力マシマシの時だけ起こった現象の事を」
僕が勘違いの恥かしさで顔を真っ赤にしていると、母さんは少し笑いながら応接間で僕が語った岩石ウサギを追い払いライアを守った時の武勇伝の事を言って来た。
「ちょっとやめてよ。あれも勘違いだったんだって。たまたま岩石ウサギ逃げ出しただけなんだって」
「あのね、マーシャル? キャッチの魔法を岩石ウサギ如きのジャンプ力で避けれると思う? それに獰猛な岩石ウサギが目の前の御馳走を前にしてキャッチを掛けられたから逃げるなんて事も有り得ないのよ。普通なら怒るか、それとも弱い奴だと馬鹿にして襲ってくるわ」
「確かに……。実際に普通のキャッチを岩石ウサギに掛けた時は襲って来ようとしてた」
「でしょう?」
母さんはやっと気付いたかと言う顔をして頷いている。
魔力マシマシは普通のテイマーには出来ない芸当だと母さんは言っていた。
それは母さんでも無理らしい。
そして僕の掛けた魔力マシマシのキャッチは勘違いなんかじゃなく、明らかに違いが有ったんだ。
「あっ! もしかしてこれが始祖の力……いや岩石ウサギを追い返した時はまだ封印を解いていなかった……」
そうだ。
初めて使ったのはまだ封印を解く前の事。
あの時ライアを守りたくて、どうしようか必死で考えて、出来もしないと言う事を忘れて……そしてキャッチの魔法に魔力を込めたんだ。
そして、岩石ウサギ達は逃げ出していった。
あの時はそんなに僕と契約がしたくないのかと落ち込んだけど、よく考えればそんな特殊な効果が有るのならば、従魔術の教本に載っていない訳が無いじゃないか。
だったら魔力マシマシのキャッチは……。
「始祖の力とは関係無い……。じゃあ一体僕は何をしたって言うの……?」
僕は自分が無意識でした事の異常さに気付き母さんに顔を向け尋ねた。
すると母さんは笑顔を浮かべながら目を閉じて口を開く。
「ずっとね、お母さん達あなたが魔物と契約出来ない理由を調べていたの」
それだけ言うと母さんは目を開く。
その表情はどことなく力が込められている様に感じた。
「僕が契約出来ない理由が分かったの?」
「えぇ、マーシャルの話で仮説が確信に変わったわ」
母さんはそう言って頷いた。
僕が落ちこぼれテイマーな理由が判明したって言うの?
その事実に僕の胸は高揚した。
理由が分かれば対処法が有るかもしれない。
僕は固唾を飲んで母さんの言葉を待った。
0
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
「お前のような奴はパーティーに必要ない」と追放された錬金術師は自由に生きる~ポーション作ってたらいつの間にか最強になってました~
平山和人
ファンタジー
錬金術師のカイトは役立たずを理由にパーティーから追放されてしまう。自由を手に入れたカイトは世界中を気ままに旅することにした。
しかし、カイトは気づいていなかった。彼の作るポーションはどんな病気をも治す万能薬であることを。
カイトは旅をしていくうちに、薬神として崇められることになるのだが、彼は今日も無自覚に人々を救うのであった。
一方、カイトを追放したパーティーはカイトを失ったことで没落の道を歩むことになるのであった。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~
りーさん
ファンタジー
ある日、異世界に転生したルイ。
前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。
そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。
「家族といたいからほっといてよ!」
※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる