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第二章 幼女モンスターな娘達
第48話 僕の中に宿る力
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「じゃあ、その封印が解かれた時の経緯をマーシャルの口から語って貰えるかしら?」
母さんが僕の困惑を無視したまま、ひとしきり笑った後目に浮かぶ笑い涙を指で拭いながらそう言って来た。
泣くほど笑うって酷くない?
命狙われてるんだよ?
母さんは大丈夫って言うけど、理由聞いても『マーシャルにはまだ早い』とか『暫く眺めて楽しみたいわ』とか言って話してくれないだよ。
まぁ、母さんが大丈夫と言うんだから大丈夫って根拠は有るんだろうけど。
「それは良いけど、母さんの推理はさっきので終わりなの?」
「あら? まだ必要? ライアちゃんはカイザーファングで、 マーシャルは封印を解いてティナから覇者の武具を受け継ぎ、そして恐ろしい者……死神に目を付けられている。そうよね? 取りあえず実家に帰って来た理由はこれで正しいんだと思うけど?」
「え? う、うん。まぁ状況だけ言うとそう言う訳なんだけど……」
もっと突っ込んで禁書に載っている始祖の話を聞かせてくれると思ったのに、少し拍子抜けと言うかがっかりしてしまった。
いや、実際そこまで分かるだけ凄いんだろうけど。
そんな少し釈然としない気持ちを抱きながらも、僕はあの日起こった事全てを母さんに話す事にした。
◇◆◇
「ふ~ん、マーシャルを追放ね……」
まずは僕がパーティーから追放された話だ。
罵られた言葉とかの思い出したくない部分の説明は省いているし、ちゃんと僕が弱いからと言うのを強調して説明した。
そうしないと怒った母さんが報復しようとするかもしれないからだ。
元々僕がクロウリー家の血を引く者と言う事をグロウ達に伝えていなかったのは、才能の無い僕が家名を穢す事を恐れた以上に、クロウリー家のお坊ちゃんとしてではなくマーシャルと言う人間で見られたいって言う小さなプライドの所為だった。
今までクロウリー家の子息と言う事で様々な色眼鏡で見られてきた僕。
魔力だけは高い癖にそれを上手く使いこなせなかった所為で、魔法学校での成績はあまり振るわず『クロウリー家の長男なのに情けない』って陰口を叩かれて来たんだ。
妹の出来が良過ぎたのも大きな原因の一つだけどね。
「そうなんだよ。って母さん思ったよりあっさりとしてるね。ちょっと安心した」
母さんの反応が想像以上に薄い反応だったんで、安心したと言ったけど内心驚いた。
前提で僕が弱いから仕方無いと言うのを強調したからと言って、ここまで無反応なのは想像してなかったよ。
実は怒る母さんを宥める準備をしていたのに。
「う~ん、そりゃ息子を追放されて怒らない親は居ないわよ。それに追放って言葉は悪いけど、ただ彼らの中でこれ以上今のマーシャルを連れて行くとマーシャルの命に関わると言う判断を下したって事よね? なにより今日まで大きな怪我も無く無事だったんだし、お母さん的には今まで守ってくれてありがとうって言いたいわ」
「う、うん。言われるとそう言う事なの……かな?」
母さんの言う通り、確かにそう言う見方も有るのか。
言葉は悪かったけどグロウ達も心の中では僕の事をそう思ってくれて…………ないよなぁ~。
だってあの時の皆の態度、今まで溜まっていた僕に対する不満を吐き出したって感じだったからね。
思い出すのは止めておこう……黒い感情が湧いてきちゃうし。
「とは言え、メアリの前で話すのは止めておきなさい。どんな理由だろうと報復しようとするわ」
「……そうだね。今この場に居なくて本当に良かったよ」
僕は母さんの言葉に心から頷いた。
妹が居たら暴走して話どころじゃなくなっていたと思う。
そう言えば、まだ玄関前で寝てるんだろうか?
ちょっと心配だよ。
「それよりティナは大丈夫なの? メアリ程じゃないにしてもマーシャルの事を溺愛してたでしょ? ギルドの後輩に対して思う所が有るんじゃない?」
「溺愛かはともかく、叔母さんもあっさりしてたよ。多分そこは冒険者だったシビアな経験から来るものじゃないかな? 足手纏いはパーティー全員の命に関わるし、僕の存在は皆を危険に晒していたって言う事は理解していたんだと思う」
あの日パーティーを追放されて自暴自棄になっていた僕を叔母さんは優しく諭してくれた。
『これから三人一緒に強くなっていこう』って。
僕はあの言葉で前を向こうと思う事が出来たんだ。
もし一緒にグロウ達に恨み言を言っていたなら、僕は黒い感情に支配されていたかもしれない。
「なるほどねぇ。冒険者だからこそ……か。お母さんとしてはその子達の今後に少しばかり同情する気持ちも有るんだけどね」
「今後に同情って? 僕は誰にも報復してなんて言っていないよ? ギルドの皆もしっかり鍛えるって言っていたし」
母さんが『グロウ達の今後に同情する』と言う意味有り気な事を言ったので、僕はそれを否定する言葉を母さんに告げる。
実際ギルドではそんな空気になり掛けたけど、僕は格好付けて止めたんだ。
「そう言う事じゃないのよ。マーシャルが居ない冒険の事よ。もう思い知っていたりしてね。フフフ」
母さんはそう言って悪戯っ子みたいに笑った。
その言葉に少しドキリとする。
だって、冒険から帰って来たパーティーの皆はボロボロだったから。
けど、その理由は僕と言う訳じゃなく新たな魔王の影響だろうってのが僕と叔母さん達三人の結論だった。
少なくともサンドさんが冗談で言っていた僕がお姫様だったってのは違うと思いたい。
「あっ、そうか。母さん仕込みのサバイバル術は皆の役に立ってたと思う。料理に解体、それに結界張りまでこの一年僕がやっていたしね。確かにこれには皆後悔してると思うよ」
戦闘には役に立たなかった僕だけど、これだけは自身が有るよ。
解体の腕はバーディーさんにも褒められたしね。
一瞬Sランクパーティーの雑用係の面接を受けようかと思ったもん。
「う~ん、そう言う事じゃないんだけど……まぁ、良いか。確かにそれも後悔してると思うわ。クロウリー家相伝のサバイバル術は人魔大戦の頃から伝わる筋金入りの実戦仕込みよ」
母さんは少し気になる事を言ったけど、僕の言葉に頷いて嬉しそうに笑っている。
なるほど、母さん仕込みのサバイバル術は人魔大戦の頃に培われた物だったのか。
うちの家って思ったより結構武闘派だったのかな?
「んじゃ、その後の事を教えて貰えるかしら? 追放されてからどうしてこうなったのかってのは、さすがの私でも結びつかないしね」
「うん分かった。えーと、僕がライア……あぁ、当時はまだモコか。そうモコに対して当たっちゃったんだ……」
◇◆◇
「あら、それはちょっとしたドラマじゃない! モコちゃんが岩石ウサギに襲われている所を助けただなんて、かっこいいじゃない。そりゃ絆も深まるわね」
岩石ウサギの群れに襲われているモコを見付けた時の事を話したら母さんは目をキラキラさせて喜んでいた。
『ドラマ』って言うのは母さんが良く使う言葉だ。
多分母さんの造語。
演劇で起こるような展開が実際に起こった時なんかに『まるでドラマみたい!』って喜ぶんだよね。
他にも母さんはよく造語を使う事が多くて周りの人が首を捻る事が多い。
家族はもう慣れちゃったけど、たまに他の人と話している時に母さんの造語がポロっと口から出ちゃう事が有るのが悩みの種かな。
「それで何とかモコを抱っこして逃げ出したんだけど、途中で追いつかれちゃったんだ。周りには十匹にも及ぶ岩石ウサギの群れ。逃げ道は無い。そこで僕はどうせやられるのならってキャッチを掛けようと思ったんだよ。今までモコにしか成功しなかったキャッチだけど、死ぬ気でやれば一匹や二匹は成功すると思ったんだよね」
「ふむふむ。それでどうなったの?」
母さんはゴクリと唾を飲んだ。
ここまで話して少し恥ずかしくなってきた。
そんなに目を輝かせてる所悪いけど、全部失敗しちゃったんだよね。
魔力マシマシで掛けたのにピョンって飛び跳ねて避けちゃったんだ。
あんなの有りなの?
聞いた事ないよ。
「え~とね。全部失敗したんだよ。魔力マシマシにしたけどピョンって……キャッチ掛けて発動後に避けられるって……やっぱり僕って才能無いのかな……」
僕は母さんに笑われるだろうと思って、目を伏せながら力無く言ったんだけど、暫く経っても母さんの笑い声は聞こえてこなかった。
相槌も無いので不思議に思って母さんの方に目を向けると首を傾げて怪訝な表情を浮かべている母さんの顔が有った。
口が声を出さずに『マシマシ?』って感じに動いている。
「どうしたの母さん?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事よ。しかし、キャッチ後に避けられるねぇ……? 光輪が出なかったとか契約失敗したとかじゃないのよね?」
「うん。光輪は出たんだけど、それが岩石ウサギに触れる前にピョンって跳ねて避けられたんだ。その後光輪は閉じたから契約失敗っちゃ失敗なんだけど」
「ぴょんぴょんしてたよ」
母さんは僕とライアの説明に考え込んでしまった。
ここまで母さんが首を捻って考えてるところを始めて見た気がする。
母さんでも聞いた事がないのか。
じゃあ、この件に関してはこれ以上突っ込んでも分からないかもしれないな。
ある意味母さんが言っていた様に僕が規格外って事なんだろう。
マイナス方面のね。
「えぇと、これは封印とは関係無いし話を進めるね。避けた岩石ウサギは何故か全員逃げて行ったんだ。そして何とか助かったと思った僕達は森から出ようと思ったんだけど、運悪く大雨が降って来てね。雨宿りの為にってモコと初めて出会った洞窟まで走ったんだ」
「え? ちょっと……そもそもマシマシって……まぁいいか。それってティナが現地調査で見付からなかったとか言う洞窟よね。手紙では高価な機械壊したかもしれないから現地調査に切り替えるって手紙が来た後、結果報告で結局見付からなくて崖崩れでもあったのかもって書いてたわよ?」
叔母さんってばそんな事まで報告してたの?
壊したかも知れないってのは魔石測定器の事だよね?
わざわざそんな強調する様に手紙に書いたって事は、本当に壊れてたら修理費を母さんに強請るつもりだったんだな多分。
それに助手にさせたのに自分が調査した事になってるな。
「いや、そんな事はなくて僕はモコと初めて会った洞窟に行く事が出来たんだ」
「ははぁ~そう言う事か。なるほどねぇ~。そうよね、モコちゃん……もうライアちゃんって言っていいかしら? ライアちゃんはカイザーファングなんだから普通の洞窟のわけなかったのよ。最初からマーシャルだけに開かれていた。そう言う事ね」
「うん、叔母さんが言うには始祖の残した遺産『虚船』だろうって言っていた。後から叔母さん達と一緒に行った時にはもう入り口は無くなってたんだ」
「もう役目は終えたって事ね。そこでマーシャルは封印を解き、そしてライアちゃんはカイザーファングの姿を取り戻す事になった。その匂いに釣られた死神がマーシャルに接触してきたと……なるほど全ての答え合わせが完了したわ」
母さんは良い笑顔で僕にそう言って来た。
確かに大体そんな感じかな?
さすが母さんだ。
封印の間で遭った事は話さなくても理解してくれたみたい。
……ん? いやちょっと違う部分が有るぞ?
「母さん。ライアなんだけど、カイザーファングの姿を取り戻したって言うけど、伝承の姿と違って女の子の姿だよ? どう言う事なの? 心当たりが有るって言っていた事と関係有るの?」
「あら? マーシャルは見ていないの? マーシャルが封印を解いたら恐らく元の姿に戻った筈よ?」
「いや、見ていない……て言うか、封印を解いた途端気を失ってしまって、次気が付いた時には泥の中で横になっていたんだよ。けど目も体も動かなくてモコだった時の『コボコボ』って言う心配する声が聞こえて来て……、だから心配しない様にって必死で手を動かして頭を撫でてあげたんだ」
「パパ~? あのときのパパってライアのおててなでなでしてたよ?」
ライアが変な事を言って来た。
おててをなでなで?
いやそんな馬鹿な。
僕の身体に頭を載せてたし、まんまるお耳を触った覚えが有るんだけど?
「え? どう言う事? 僕頭撫でたよね?」
「ううん、ぱぱちっちゃくなってねちゃってたの。しんじゃやーってぱぱぐりぐりしてたらおててなでなでしてくれたの~」
僕はライアの言葉に首を捻る。
意味が分からない。
僕が小さくなっていただって?
僕をぐりぐりしてた手を撫でた?
「状況を見た訳じゃないけど、こう言う事よ。マーシャルが小さかったんじゃなくてライアちゃんがカイザーファングになっていたのよ。本来の三メートル姿にね。マーシャルが撫でていたのはその指よ」
「ええ? そ、そんな……」
耳が有ると思っていたのは頭と思い込んでいた為の錯覚だったのか
撫で心地が頭と同じ大きさだったんだけど、それが指だったってどんなにデカかったの?
「けど何でこんな姿に?」
「それは恐らく覚醒したカイザーファングの力にマーシャルの身体が耐えられなかった。身体が動かなくなったのはその所為ね。普通のテイマーと従魔なら力の上下関係が変わると契約は解除されちゃうけど、二人の絆はそんな物で引き裂かれるほど軟じゃなかったって事よ。そして封印が解除されたのはライアちゃんだけじゃなかったしね」
「ライアだけじゃなかった? ……あっそう言う事か」
始祖の力の封印を僕が解除した。
そして僕の中に宿った始祖の力がライアの姿を女の子に変えた。
それはカイザーファング本来の力を僕が扱えるレベルまで下げる為の魔法なんだろう。
多分ライアの力に負けて死に掛けていた僕を助ける為に、始祖の力がその魔法を自動発動させたのかもしれない。
忘れちゃったのは本来僕の力で扱える様な代物じゃないんだろうな。
「その顔じゃ、どんな魔法を使ったかは思えていないようね。少し残念だわ。禁書にはその存在だけしか書かれていなかった魔法よ。始祖が開発した従魔術は全ての魔物を従えたと言われているわ。けど、人間一人には限界が有った。現に魔王との契約は失敗に終わり結局封印する事になったし、死神には逃げられたしね。そうなの元々従魔術には限界が有ったのよ」
母さんは口では残念だと言っているけど、少し嬉しそうに目を瞑りながらそう言った。
従魔術の限界。
今では当たり前だけど、かつては自分の力以上の魔物さえ従えていたと言う話は小さい頃から何度も聞いていた。
その力を恐れた時の権力者が従魔術の奥義を封印したと言う話も。
今の母さんの話では封印される前の従魔術にも限界は存在していたのか。
魔王の封印は始祖が望んだのではなく、従魔契約の失敗によるものだったなんて……。
「元々ね、従魔術自体始祖が本当に目指したかった魔法ではなかったの」
「なんだって? 始祖は何を目指していたって言うの?」
「始祖が望んだ事は一つ。それは世界に平穏をもたらす事よ。だから全ての魔物と友になれる魔法を開発しようと思ったのよ。しかし完成したのは魔物を奴隷として従える従魔術だったの。けど皮肉な話ね。そのお陰で人魔大戦は終結する事が出来たんだから」
母さんは悲しそうな顔をして目を伏せた。
人魔大戦で人間が勝利出来たのは、魔物達の壮絶な同士討ちのお陰なんだ。
自分の思いと掛け離れる形で平和が訪れた事に始祖は何を思ったんだろうか?
その事に思いを馳せていると、母さんが真剣な眼差しで僕の事をじっと見つめている事に気付いた。
そして、目が合った途端ふっと笑顔になり口を開く。
「けれど、始祖は諦めなかったの。自らが望まない悲劇を生む従魔術。それの改良に心血を注いだわ。それが『従魔術』を超える新たなる魔法体系『絆魔術』。マーシャルの中に宿る力よ」
『絆魔術』
それが僕の中に宿る力……?
母さんが僕の困惑を無視したまま、ひとしきり笑った後目に浮かぶ笑い涙を指で拭いながらそう言って来た。
泣くほど笑うって酷くない?
命狙われてるんだよ?
母さんは大丈夫って言うけど、理由聞いても『マーシャルにはまだ早い』とか『暫く眺めて楽しみたいわ』とか言って話してくれないだよ。
まぁ、母さんが大丈夫と言うんだから大丈夫って根拠は有るんだろうけど。
「それは良いけど、母さんの推理はさっきので終わりなの?」
「あら? まだ必要? ライアちゃんはカイザーファングで、 マーシャルは封印を解いてティナから覇者の武具を受け継ぎ、そして恐ろしい者……死神に目を付けられている。そうよね? 取りあえず実家に帰って来た理由はこれで正しいんだと思うけど?」
「え? う、うん。まぁ状況だけ言うとそう言う訳なんだけど……」
もっと突っ込んで禁書に載っている始祖の話を聞かせてくれると思ったのに、少し拍子抜けと言うかがっかりしてしまった。
いや、実際そこまで分かるだけ凄いんだろうけど。
そんな少し釈然としない気持ちを抱きながらも、僕はあの日起こった事全てを母さんに話す事にした。
◇◆◇
「ふ~ん、マーシャルを追放ね……」
まずは僕がパーティーから追放された話だ。
罵られた言葉とかの思い出したくない部分の説明は省いているし、ちゃんと僕が弱いからと言うのを強調して説明した。
そうしないと怒った母さんが報復しようとするかもしれないからだ。
元々僕がクロウリー家の血を引く者と言う事をグロウ達に伝えていなかったのは、才能の無い僕が家名を穢す事を恐れた以上に、クロウリー家のお坊ちゃんとしてではなくマーシャルと言う人間で見られたいって言う小さなプライドの所為だった。
今までクロウリー家の子息と言う事で様々な色眼鏡で見られてきた僕。
魔力だけは高い癖にそれを上手く使いこなせなかった所為で、魔法学校での成績はあまり振るわず『クロウリー家の長男なのに情けない』って陰口を叩かれて来たんだ。
妹の出来が良過ぎたのも大きな原因の一つだけどね。
「そうなんだよ。って母さん思ったよりあっさりとしてるね。ちょっと安心した」
母さんの反応が想像以上に薄い反応だったんで、安心したと言ったけど内心驚いた。
前提で僕が弱いから仕方無いと言うのを強調したからと言って、ここまで無反応なのは想像してなかったよ。
実は怒る母さんを宥める準備をしていたのに。
「う~ん、そりゃ息子を追放されて怒らない親は居ないわよ。それに追放って言葉は悪いけど、ただ彼らの中でこれ以上今のマーシャルを連れて行くとマーシャルの命に関わると言う判断を下したって事よね? なにより今日まで大きな怪我も無く無事だったんだし、お母さん的には今まで守ってくれてありがとうって言いたいわ」
「う、うん。言われるとそう言う事なの……かな?」
母さんの言う通り、確かにそう言う見方も有るのか。
言葉は悪かったけどグロウ達も心の中では僕の事をそう思ってくれて…………ないよなぁ~。
だってあの時の皆の態度、今まで溜まっていた僕に対する不満を吐き出したって感じだったからね。
思い出すのは止めておこう……黒い感情が湧いてきちゃうし。
「とは言え、メアリの前で話すのは止めておきなさい。どんな理由だろうと報復しようとするわ」
「……そうだね。今この場に居なくて本当に良かったよ」
僕は母さんの言葉に心から頷いた。
妹が居たら暴走して話どころじゃなくなっていたと思う。
そう言えば、まだ玄関前で寝てるんだろうか?
ちょっと心配だよ。
「それよりティナは大丈夫なの? メアリ程じゃないにしてもマーシャルの事を溺愛してたでしょ? ギルドの後輩に対して思う所が有るんじゃない?」
「溺愛かはともかく、叔母さんもあっさりしてたよ。多分そこは冒険者だったシビアな経験から来るものじゃないかな? 足手纏いはパーティー全員の命に関わるし、僕の存在は皆を危険に晒していたって言う事は理解していたんだと思う」
あの日パーティーを追放されて自暴自棄になっていた僕を叔母さんは優しく諭してくれた。
『これから三人一緒に強くなっていこう』って。
僕はあの言葉で前を向こうと思う事が出来たんだ。
もし一緒にグロウ達に恨み言を言っていたなら、僕は黒い感情に支配されていたかもしれない。
「なるほどねぇ。冒険者だからこそ……か。お母さんとしてはその子達の今後に少しばかり同情する気持ちも有るんだけどね」
「今後に同情って? 僕は誰にも報復してなんて言っていないよ? ギルドの皆もしっかり鍛えるって言っていたし」
母さんが『グロウ達の今後に同情する』と言う意味有り気な事を言ったので、僕はそれを否定する言葉を母さんに告げる。
実際ギルドではそんな空気になり掛けたけど、僕は格好付けて止めたんだ。
「そう言う事じゃないのよ。マーシャルが居ない冒険の事よ。もう思い知っていたりしてね。フフフ」
母さんはそう言って悪戯っ子みたいに笑った。
その言葉に少しドキリとする。
だって、冒険から帰って来たパーティーの皆はボロボロだったから。
けど、その理由は僕と言う訳じゃなく新たな魔王の影響だろうってのが僕と叔母さん達三人の結論だった。
少なくともサンドさんが冗談で言っていた僕がお姫様だったってのは違うと思いたい。
「あっ、そうか。母さん仕込みのサバイバル術は皆の役に立ってたと思う。料理に解体、それに結界張りまでこの一年僕がやっていたしね。確かにこれには皆後悔してると思うよ」
戦闘には役に立たなかった僕だけど、これだけは自身が有るよ。
解体の腕はバーディーさんにも褒められたしね。
一瞬Sランクパーティーの雑用係の面接を受けようかと思ったもん。
「う~ん、そう言う事じゃないんだけど……まぁ、良いか。確かにそれも後悔してると思うわ。クロウリー家相伝のサバイバル術は人魔大戦の頃から伝わる筋金入りの実戦仕込みよ」
母さんは少し気になる事を言ったけど、僕の言葉に頷いて嬉しそうに笑っている。
なるほど、母さん仕込みのサバイバル術は人魔大戦の頃に培われた物だったのか。
うちの家って思ったより結構武闘派だったのかな?
「んじゃ、その後の事を教えて貰えるかしら? 追放されてからどうしてこうなったのかってのは、さすがの私でも結びつかないしね」
「うん分かった。えーと、僕がライア……あぁ、当時はまだモコか。そうモコに対して当たっちゃったんだ……」
◇◆◇
「あら、それはちょっとしたドラマじゃない! モコちゃんが岩石ウサギに襲われている所を助けただなんて、かっこいいじゃない。そりゃ絆も深まるわね」
岩石ウサギの群れに襲われているモコを見付けた時の事を話したら母さんは目をキラキラさせて喜んでいた。
『ドラマ』って言うのは母さんが良く使う言葉だ。
多分母さんの造語。
演劇で起こるような展開が実際に起こった時なんかに『まるでドラマみたい!』って喜ぶんだよね。
他にも母さんはよく造語を使う事が多くて周りの人が首を捻る事が多い。
家族はもう慣れちゃったけど、たまに他の人と話している時に母さんの造語がポロっと口から出ちゃう事が有るのが悩みの種かな。
「それで何とかモコを抱っこして逃げ出したんだけど、途中で追いつかれちゃったんだ。周りには十匹にも及ぶ岩石ウサギの群れ。逃げ道は無い。そこで僕はどうせやられるのならってキャッチを掛けようと思ったんだよ。今までモコにしか成功しなかったキャッチだけど、死ぬ気でやれば一匹や二匹は成功すると思ったんだよね」
「ふむふむ。それでどうなったの?」
母さんはゴクリと唾を飲んだ。
ここまで話して少し恥ずかしくなってきた。
そんなに目を輝かせてる所悪いけど、全部失敗しちゃったんだよね。
魔力マシマシで掛けたのにピョンって飛び跳ねて避けちゃったんだ。
あんなの有りなの?
聞いた事ないよ。
「え~とね。全部失敗したんだよ。魔力マシマシにしたけどピョンって……キャッチ掛けて発動後に避けられるって……やっぱり僕って才能無いのかな……」
僕は母さんに笑われるだろうと思って、目を伏せながら力無く言ったんだけど、暫く経っても母さんの笑い声は聞こえてこなかった。
相槌も無いので不思議に思って母さんの方に目を向けると首を傾げて怪訝な表情を浮かべている母さんの顔が有った。
口が声を出さずに『マシマシ?』って感じに動いている。
「どうしたの母さん?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事よ。しかし、キャッチ後に避けられるねぇ……? 光輪が出なかったとか契約失敗したとかじゃないのよね?」
「うん。光輪は出たんだけど、それが岩石ウサギに触れる前にピョンって跳ねて避けられたんだ。その後光輪は閉じたから契約失敗っちゃ失敗なんだけど」
「ぴょんぴょんしてたよ」
母さんは僕とライアの説明に考え込んでしまった。
ここまで母さんが首を捻って考えてるところを始めて見た気がする。
母さんでも聞いた事がないのか。
じゃあ、この件に関してはこれ以上突っ込んでも分からないかもしれないな。
ある意味母さんが言っていた様に僕が規格外って事なんだろう。
マイナス方面のね。
「えぇと、これは封印とは関係無いし話を進めるね。避けた岩石ウサギは何故か全員逃げて行ったんだ。そして何とか助かったと思った僕達は森から出ようと思ったんだけど、運悪く大雨が降って来てね。雨宿りの為にってモコと初めて出会った洞窟まで走ったんだ」
「え? ちょっと……そもそもマシマシって……まぁいいか。それってティナが現地調査で見付からなかったとか言う洞窟よね。手紙では高価な機械壊したかもしれないから現地調査に切り替えるって手紙が来た後、結果報告で結局見付からなくて崖崩れでもあったのかもって書いてたわよ?」
叔母さんってばそんな事まで報告してたの?
壊したかも知れないってのは魔石測定器の事だよね?
わざわざそんな強調する様に手紙に書いたって事は、本当に壊れてたら修理費を母さんに強請るつもりだったんだな多分。
それに助手にさせたのに自分が調査した事になってるな。
「いや、そんな事はなくて僕はモコと初めて会った洞窟に行く事が出来たんだ」
「ははぁ~そう言う事か。なるほどねぇ~。そうよね、モコちゃん……もうライアちゃんって言っていいかしら? ライアちゃんはカイザーファングなんだから普通の洞窟のわけなかったのよ。最初からマーシャルだけに開かれていた。そう言う事ね」
「うん、叔母さんが言うには始祖の残した遺産『虚船』だろうって言っていた。後から叔母さん達と一緒に行った時にはもう入り口は無くなってたんだ」
「もう役目は終えたって事ね。そこでマーシャルは封印を解き、そしてライアちゃんはカイザーファングの姿を取り戻す事になった。その匂いに釣られた死神がマーシャルに接触してきたと……なるほど全ての答え合わせが完了したわ」
母さんは良い笑顔で僕にそう言って来た。
確かに大体そんな感じかな?
さすが母さんだ。
封印の間で遭った事は話さなくても理解してくれたみたい。
……ん? いやちょっと違う部分が有るぞ?
「母さん。ライアなんだけど、カイザーファングの姿を取り戻したって言うけど、伝承の姿と違って女の子の姿だよ? どう言う事なの? 心当たりが有るって言っていた事と関係有るの?」
「あら? マーシャルは見ていないの? マーシャルが封印を解いたら恐らく元の姿に戻った筈よ?」
「いや、見ていない……て言うか、封印を解いた途端気を失ってしまって、次気が付いた時には泥の中で横になっていたんだよ。けど目も体も動かなくてモコだった時の『コボコボ』って言う心配する声が聞こえて来て……、だから心配しない様にって必死で手を動かして頭を撫でてあげたんだ」
「パパ~? あのときのパパってライアのおててなでなでしてたよ?」
ライアが変な事を言って来た。
おててをなでなで?
いやそんな馬鹿な。
僕の身体に頭を載せてたし、まんまるお耳を触った覚えが有るんだけど?
「え? どう言う事? 僕頭撫でたよね?」
「ううん、ぱぱちっちゃくなってねちゃってたの。しんじゃやーってぱぱぐりぐりしてたらおててなでなでしてくれたの~」
僕はライアの言葉に首を捻る。
意味が分からない。
僕が小さくなっていただって?
僕をぐりぐりしてた手を撫でた?
「状況を見た訳じゃないけど、こう言う事よ。マーシャルが小さかったんじゃなくてライアちゃんがカイザーファングになっていたのよ。本来の三メートル姿にね。マーシャルが撫でていたのはその指よ」
「ええ? そ、そんな……」
耳が有ると思っていたのは頭と思い込んでいた為の錯覚だったのか
撫で心地が頭と同じ大きさだったんだけど、それが指だったってどんなにデカかったの?
「けど何でこんな姿に?」
「それは恐らく覚醒したカイザーファングの力にマーシャルの身体が耐えられなかった。身体が動かなくなったのはその所為ね。普通のテイマーと従魔なら力の上下関係が変わると契約は解除されちゃうけど、二人の絆はそんな物で引き裂かれるほど軟じゃなかったって事よ。そして封印が解除されたのはライアちゃんだけじゃなかったしね」
「ライアだけじゃなかった? ……あっそう言う事か」
始祖の力の封印を僕が解除した。
そして僕の中に宿った始祖の力がライアの姿を女の子に変えた。
それはカイザーファング本来の力を僕が扱えるレベルまで下げる為の魔法なんだろう。
多分ライアの力に負けて死に掛けていた僕を助ける為に、始祖の力がその魔法を自動発動させたのかもしれない。
忘れちゃったのは本来僕の力で扱える様な代物じゃないんだろうな。
「その顔じゃ、どんな魔法を使ったかは思えていないようね。少し残念だわ。禁書にはその存在だけしか書かれていなかった魔法よ。始祖が開発した従魔術は全ての魔物を従えたと言われているわ。けど、人間一人には限界が有った。現に魔王との契約は失敗に終わり結局封印する事になったし、死神には逃げられたしね。そうなの元々従魔術には限界が有ったのよ」
母さんは口では残念だと言っているけど、少し嬉しそうに目を瞑りながらそう言った。
従魔術の限界。
今では当たり前だけど、かつては自分の力以上の魔物さえ従えていたと言う話は小さい頃から何度も聞いていた。
その力を恐れた時の権力者が従魔術の奥義を封印したと言う話も。
今の母さんの話では封印される前の従魔術にも限界は存在していたのか。
魔王の封印は始祖が望んだのではなく、従魔契約の失敗によるものだったなんて……。
「元々ね、従魔術自体始祖が本当に目指したかった魔法ではなかったの」
「なんだって? 始祖は何を目指していたって言うの?」
「始祖が望んだ事は一つ。それは世界に平穏をもたらす事よ。だから全ての魔物と友になれる魔法を開発しようと思ったのよ。しかし完成したのは魔物を奴隷として従える従魔術だったの。けど皮肉な話ね。そのお陰で人魔大戦は終結する事が出来たんだから」
母さんは悲しそうな顔をして目を伏せた。
人魔大戦で人間が勝利出来たのは、魔物達の壮絶な同士討ちのお陰なんだ。
自分の思いと掛け離れる形で平和が訪れた事に始祖は何を思ったんだろうか?
その事に思いを馳せていると、母さんが真剣な眼差しで僕の事をじっと見つめている事に気付いた。
そして、目が合った途端ふっと笑顔になり口を開く。
「けれど、始祖は諦めなかったの。自らが望まない悲劇を生む従魔術。それの改良に心血を注いだわ。それが『従魔術』を超える新たなる魔法体系『絆魔術』。マーシャルの中に宿る力よ」
『絆魔術』
それが僕の中に宿る力……?
応援ありがとうございます!
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