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第二章 幼女モンスターな娘達
第46話 妹
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「あらあらあら。もうお兄様ったら私に会いたいから帰って来ただなんて……、いい加減妹離れしてはいかがかしら?」
そこまでは言ってないよ!
逆だよ! 妹離れは全力でしてるって! してないのは!
と、声を出して突っ込みたかったけど言葉には出さなかった。
いや、出せなかったが正しいかな?
だって、妹の顔が怖かったから……。
「パパ……このひとこわい……」
ライアがそう言って僕の後ろに隠れながら震えている。
うん怖いよね。
屋敷ゴーレムの目といい、あの目をトロンと愉悦させた満面の笑みといいなんだかライアを怖がらせてばかり……ん?
ライアの頭をぽんぽんとあやし、もう一度その恐ろしい笑顔に目線を戻すとそこには別の顔が浮かんでいた。
妹なんだけどさっきまでの表情じゃない。
「いま……のは……?」
妹はこの世の終わりでも見る様な驚愕の表情で目を見開いてある一点を凝視している。
その視線の先を追うと、それはどうやら僕の後ろに隠れているライアに向けられているようだ。
あぁ、ライアを見てびっくりしたのか。
多分僕が従魔を連れて来た事に驚いているんだろうな。
家を出る前から僕は一度も魔物と契約する事が出来なかった。
妹が僕を家から出したくなかったのは、弱い僕が心配だったと言うだけじゃなく、従魔術の名門であるクロウリー家の長男が魔物と契約も出来ない落ち零れだって言う事を皆に知られたくなかったと言うのも理由の一つではあると思う。
だからと言う訳じゃないけど、メイノースではクロウリー家の長男だと言う事は極力伏せていたんだ。
ホフキンスさんが知らなかった様に叔母さんも黙っていたようだし、なんだかんだ言って僕も叔母さんも自分達がクロウリー家の恥だと言う事を理解していたんだよ。
それだけじゃなく僕の場合は、叔母さんと違って弱いから下手にこの国で有名なクロウリー家の名前出しちゃうと身代金目的で誘拐されそうだしね。
仲間だったグロウ達には打ち明けようかと悩んだんだけど結局話せなかった。
仲間達に『金持ちの息子』と言う色眼鏡で見られたくなかったんだ。
それが仇となったのか結局追放されたのは皮肉だな。
妹と違って母さんや父さんは冒険者になって実戦で修行すれば、すぐに契約出来る様になると言ってくれてた。
そして半年掛かったけど実際にライアと契約出来たんだ。
けれど、その時は魔物の中でも最底辺であるコボルトの子供としか思ってなかった。
しかしライアの正体は伝説のカイザーファング。
しかもその真名は始祖の従魔と同じ名前。
叔母さんが言うには最強の魔物らしい。
と言っても、相変わらず今も弱いままなんだよね。
力もドジさもモコの姿の時と変らず、僕のブーストも念話も受け付けない。
これから僕達が強くなるには、母さんに事情を話し相談する必要がある。
だから帰りたくなかった実家に帰って来たんだからね。
そうだ! 妹に従魔が出来たよって紹介しよう。
今は弱いけど種族的には最強の魔物と言う事なんだし将来有望な筈。
これなら僕がこれからも冒険者を続ける事に反対しなくなるんじゃないかな。
「メアリ、紹介するよ。この子は僕の……」
「お、お、おおおおおおお兄様の事をパパですって? もしかして、もしかしてお兄様の娘ですの?」
「へ?」
僕がライアを紹介しようとしたのを遮って妹が大声を上げた。
『僕の娘か?』だって?
従魔だけど娘って言うのも間違ってないと言えるかな。
叔母さんの作戦通りホフキンスさんに養女と紹介したんだけど、それは何も嘘を付いた訳じゃない。
洞窟で初めて出会ってまだヨチヨチだった頃から世話しているし、この半年間一緒に暮らしてまるで本当の弟か、それこそ息子みたいに思っていたんだもん。
……女の子だったとは知らなかったしね。
なにより喋れるようになったライアも僕を『パパ』と呼んでくれているだから、作戦とか関係無しで『僕の娘だ』って言えるよ。
「そうだけど。今は……」
ただ、今はそんな感情の話をしている場合じゃない。
従魔が出来たって事を早く報告しないとね。
「あああああ相手は誰なの? お兄様を誑かせた相手は何処? もももももしかしてティナ叔母様!? なんてこと! キーーーー! 年増だからと安心していたら……やっぱり連れ戻せば良かったのですわ!!」
「ちょっ! ちょっと落ち着いて! 違うから! そうじゃないって!!」
何を勘違いしたのかライアの事を本当の娘だと思って訳の分らない事を地団駄踏みながら喚き出した。
言うに事欠いて僕と叔母さんの娘とか、叔母さんの事を年増とか、そんな恐ろしい事を言わないで!
更にその形相にライアが怖がって泣き出すと言うカオスな状況になっている。
なんてこった! 妹の質の悪い病気が治った所か悪化してるじゃないか。
やっぱりちゃんと説得してから家を出るべきだったか……。
「違うですって? なら相手は誰ですの? 誰と子作りをしやがったと言うんですか!」
「子作りしやがったって言葉が下品だよ!」
僕の事となるといつもこれだ。
小さい頃から僕が女の子と話しているだけで妹は『あの人とはどう言う関係なんですか』って追及してくる。
初恋だった女の子に嫌われたのも妹が原因。
これが妹を避けている理由だし、妹が僕を外に出したくなかった理由だと思う。
もう一度言うよ、僕は家族に愛されている。
母さんにも、父さんにも、死んだお爺さんや、それに叔母さん、……そして、妹にも。
けれど、その愛の形には大きな違いがあるんだ。
そして、妹のソレは……。
「私と言う者が有りながら、外に女を作ったなんてあんまりですわ!! やっぱり家から出すんじゃなかった!」
「だから違うって! 僕が出て行ってからたった一年で、子供がここまで大きくなる訳無いじゃないか!」
本当は『私と言う者が有りながら』に突っ込みを入れたかったけど、言うと別の追求が発生しそうだから飲み込んだ。
今の言葉から分かる通り、妹は将来僕と結婚すると本気で思っている。
それもただの親愛の例えじゃなくガチで。
小さい頃からそんな事を言っていたけど、それはよくある世界がまだ家族の中しかない様な幼い頃の親愛の情だと思っていた。
けれど、なぜか日に日にその思いは歪に強まっていったようで、僕の実力を抜き周囲から天才と誉めそやされる頃には、完全に僕を自分の物として監理したがる様になっていたんだ。
この街には僕よりカッコイイ男や魔術の才能が優れた男は沢山居るし、妹に交際を申し込んでくる奴も沢山居るってのに。
そして、とうとうベッドに忍び込んで既成事実を企むなんて実力行使に出るようになったから慌てて家から飛び出したんだ。
これが僕が家を出て冒険者となった真相。
この一年追って来ないから母さんが説得したか、諦めたんだと思っていたのに更に拗らせているなんて。
「……そ、それは確かに……」
とは言え、妹は僕の事となると暴走するけど馬鹿じゃない。
街の小等学校だって学年首席の成績だったしね。
『一年で大きくなる訳が無い』と言う正論に対して少し冷静になったようだ。
これで分かってくれるかな。
「けど既に数年前から仕込んでいたとかなら……」
全然冷静じゃ無かったよ!
「そんな事しないって! それにメアリの監視網を突破してそんな事する勇気なんて無いって! この子を良く見て、メアリなら分かるだろ?」
そう言って僕に張り付いているライアを抱き上げて妹に見せ付けた。
僕の後ろに隠れていたから分からなかったと思うけど、本来テイマーなら一目見たらその魔物が従魔かそうでないか分かるもの。
ライアを見たら僕の従魔だって分かる筈だ。
「この子をよく見る……? むむむ……?」
妹は顔を突き出してジロジロと値踏みするようにライアを見ている。
ライアは「ヒェッ!」と言って固まってしまった。
ごめんねライア。
こうして誤解を晴らさないと妹の暴走で命の危険があるからもう少し我慢して。
しかし妹ってば、ライアの事をやけにじっくり見てるな。
強さを測っているんだろうか?
それとも、妹レベルの才能なら見るだけでカイザーファングと分かるのかな?
「目元がお兄様に似てるわね。輪郭はちょっと違うかしら……? そして髪の毛は茶色……。もしかしてこの子は私とお兄様の娘?」
なに言ってんのこの子?
今気付いた! とでも言うように目をキラキラさせてそんな世迷言を言っている妹に僕は絶句した。
「言われて見れば、私とお兄様の特徴を兼ね備えていますわね。私ったらいつの間にお兄様との子を産んだのかしら。あぁ可愛いわ。抱っこしてもいい?」
「正気に戻って!! そんな事ある訳無いだろ!」
妄想が暴走している妹が涎を垂らすかのように目を血走らせてハァハァとライアに近付こうとするのを必死に庇いながら、妹の説得を試みる。
母さん! この一年何やってたんだよ!
さすがに一年前はここまでじゃ無かったよ!
「落ち着きなさいメアリ。取りあえず眠らせて安眠羊」
迫り来る妹からライアを守る為に逃げていると玄関から声が聞こえて来た。
その声と共に妹がその場に倒れる。
これは安眠羊と言う魔物の能力によるもの。
安眠羊は奥深い森に生息する身体も小さく毛玉に顔が付いている様な可愛らしい魔物なんだ。
羊と言うけど羊じゃない、地面を移動せずにふわふわと空中を漂う妖精の一種で、魔物なのに人間を滅多に襲うことは無い穏やかな性格の持ち主。
けれど魔物の危険度としてはBランク上位に位置している。
なぜかと言うとその能力が理由。
身の危険を感じると周囲の生物を強制的に睡眠状態にさせると言うもので、魔法耐性がかなり高くないと抗えないらしい。
現に天才である妹がイチコロだったしね。
そして危険な森の中で寝てしまった者は他の魔物の犠牲者に……。
とまぁ、こんな怖い魔物なんだよ。
安眠羊をその可愛らしさとその超優秀な能力から従魔にしたいと言うテイマーは数多く居るけど、実際に契約出来たテイマーは多くない。
キャッチを掛けると漏れなく安眠攻撃を受けるらしいからね。
その安眠羊を使役した今の声の持ち主は勿論――。
「母さん!」
僕はいつの間にか玄関に立っていた母さんに声を掛けた。
母さんは腕を組んで笑いながら立っていたけど、僕が声を掛けると右手を解いてたかと思うと、ピッっと指を立てウィンクをして来る。
破天荒な母さんらしい挨拶だ。
「久し振りじゃない、マーシャル。いきなり帰って来るからビックリしたわ。お帰りなさい」
「お帰りなさいじゃないよ母さん。メアリってばどうしたの? 以前より悪化してるよ」
何事も無かったかのようにお帰りと言ってきた母さんに僕は文句を言った。
確か一年前は『お母さんが何とかするから、マーシャルはしっかり修行しておいで』と言っていたのに、全然何とかなってないよ。
「いや~母さんもビックリよ。『あんたに相応しい男になる為に旅立ったんだから大人しく待ってなさい』って言い聞かせてたんだけどね」
「それが原因だよ!! 確実にそれが原因だ!!」
「まぁまぁ、そうでも言わなきゃこの子はすぐにでもティナんちに殴り込んでたわよ。お母さんの機転に感謝して欲しいわ」
確かにそうかもしれないけど、もっとこう上手い言いくるめ方は無かったものなの?
さっき妹が暴走してたのも、この一年ずっと我慢していたからこんな酷い事になったんじゃないのか?
「ふぅ、助かったからもういいや。ただいま母さん」
「はい、お帰りなさい」
これ以上文句を言うのを諦めた僕が大人しく母さんに『ただいま』と言うと、母さんは満面の笑みでそう返してきた。
「帰って来た理由は、ずっとあなたとメアリのやり取り見てたから大体把握したわ」
「見てたんなら早く止めてよ! で、把握したってどこまで分かったの?」
僕がそう尋ねると母さんは立てた指を左右に振りながら目を瞑ってニヤッと笑う。
その勿体振った態度に少しばかりイラッときた。
普段なら笑えるけどこんな危険な状態を眺めていたってのにはさすがにね。
母さんって昔からこうなんだ。
なんだか浮世離れしてるんだよ。
一々大袈裟と言うか、芝居掛ると言うか何事にもそんな感じ。
「その話は後よ後。取りあえず屋敷に入りましょ。さっきからずっと見ている子も居るしね」
「見ている子?」
母さんは急に僕から目線を離しガイウースの城壁の方を見詰めた。
それに釣られて母さんの目線の先を追ってみたけど、そこにはやはり屋敷の城壁の向こうに聳え立つガイウースの城壁しか見えない。
見た感じ誰も居ないようだけど、巡回している兵士でも居たのかな?
「何でもないわよ。疲れたでしょマーシャル。積もる話は後にして、まずは旅の汚れを落とす為にお風呂でさっぱりしてきなさい」
母さんはそう言うと玄関の扉を開けて僕を屋敷の中へ招き入れる。
僕はそれに促され久し振りの我が家へと足を踏み入れた。
あのまま妹を放って置いていいのかな? と思いながら。
そこまでは言ってないよ!
逆だよ! 妹離れは全力でしてるって! してないのは!
と、声を出して突っ込みたかったけど言葉には出さなかった。
いや、出せなかったが正しいかな?
だって、妹の顔が怖かったから……。
「パパ……このひとこわい……」
ライアがそう言って僕の後ろに隠れながら震えている。
うん怖いよね。
屋敷ゴーレムの目といい、あの目をトロンと愉悦させた満面の笑みといいなんだかライアを怖がらせてばかり……ん?
ライアの頭をぽんぽんとあやし、もう一度その恐ろしい笑顔に目線を戻すとそこには別の顔が浮かんでいた。
妹なんだけどさっきまでの表情じゃない。
「いま……のは……?」
妹はこの世の終わりでも見る様な驚愕の表情で目を見開いてある一点を凝視している。
その視線の先を追うと、それはどうやら僕の後ろに隠れているライアに向けられているようだ。
あぁ、ライアを見てびっくりしたのか。
多分僕が従魔を連れて来た事に驚いているんだろうな。
家を出る前から僕は一度も魔物と契約する事が出来なかった。
妹が僕を家から出したくなかったのは、弱い僕が心配だったと言うだけじゃなく、従魔術の名門であるクロウリー家の長男が魔物と契約も出来ない落ち零れだって言う事を皆に知られたくなかったと言うのも理由の一つではあると思う。
だからと言う訳じゃないけど、メイノースではクロウリー家の長男だと言う事は極力伏せていたんだ。
ホフキンスさんが知らなかった様に叔母さんも黙っていたようだし、なんだかんだ言って僕も叔母さんも自分達がクロウリー家の恥だと言う事を理解していたんだよ。
それだけじゃなく僕の場合は、叔母さんと違って弱いから下手にこの国で有名なクロウリー家の名前出しちゃうと身代金目的で誘拐されそうだしね。
仲間だったグロウ達には打ち明けようかと悩んだんだけど結局話せなかった。
仲間達に『金持ちの息子』と言う色眼鏡で見られたくなかったんだ。
それが仇となったのか結局追放されたのは皮肉だな。
妹と違って母さんや父さんは冒険者になって実戦で修行すれば、すぐに契約出来る様になると言ってくれてた。
そして半年掛かったけど実際にライアと契約出来たんだ。
けれど、その時は魔物の中でも最底辺であるコボルトの子供としか思ってなかった。
しかしライアの正体は伝説のカイザーファング。
しかもその真名は始祖の従魔と同じ名前。
叔母さんが言うには最強の魔物らしい。
と言っても、相変わらず今も弱いままなんだよね。
力もドジさもモコの姿の時と変らず、僕のブーストも念話も受け付けない。
これから僕達が強くなるには、母さんに事情を話し相談する必要がある。
だから帰りたくなかった実家に帰って来たんだからね。
そうだ! 妹に従魔が出来たよって紹介しよう。
今は弱いけど種族的には最強の魔物と言う事なんだし将来有望な筈。
これなら僕がこれからも冒険者を続ける事に反対しなくなるんじゃないかな。
「メアリ、紹介するよ。この子は僕の……」
「お、お、おおおおおおお兄様の事をパパですって? もしかして、もしかしてお兄様の娘ですの?」
「へ?」
僕がライアを紹介しようとしたのを遮って妹が大声を上げた。
『僕の娘か?』だって?
従魔だけど娘って言うのも間違ってないと言えるかな。
叔母さんの作戦通りホフキンスさんに養女と紹介したんだけど、それは何も嘘を付いた訳じゃない。
洞窟で初めて出会ってまだヨチヨチだった頃から世話しているし、この半年間一緒に暮らしてまるで本当の弟か、それこそ息子みたいに思っていたんだもん。
……女の子だったとは知らなかったしね。
なにより喋れるようになったライアも僕を『パパ』と呼んでくれているだから、作戦とか関係無しで『僕の娘だ』って言えるよ。
「そうだけど。今は……」
ただ、今はそんな感情の話をしている場合じゃない。
従魔が出来たって事を早く報告しないとね。
「あああああ相手は誰なの? お兄様を誑かせた相手は何処? もももももしかしてティナ叔母様!? なんてこと! キーーーー! 年増だからと安心していたら……やっぱり連れ戻せば良かったのですわ!!」
「ちょっ! ちょっと落ち着いて! 違うから! そうじゃないって!!」
何を勘違いしたのかライアの事を本当の娘だと思って訳の分らない事を地団駄踏みながら喚き出した。
言うに事欠いて僕と叔母さんの娘とか、叔母さんの事を年増とか、そんな恐ろしい事を言わないで!
更にその形相にライアが怖がって泣き出すと言うカオスな状況になっている。
なんてこった! 妹の質の悪い病気が治った所か悪化してるじゃないか。
やっぱりちゃんと説得してから家を出るべきだったか……。
「違うですって? なら相手は誰ですの? 誰と子作りをしやがったと言うんですか!」
「子作りしやがったって言葉が下品だよ!」
僕の事となるといつもこれだ。
小さい頃から僕が女の子と話しているだけで妹は『あの人とはどう言う関係なんですか』って追及してくる。
初恋だった女の子に嫌われたのも妹が原因。
これが妹を避けている理由だし、妹が僕を外に出したくなかった理由だと思う。
もう一度言うよ、僕は家族に愛されている。
母さんにも、父さんにも、死んだお爺さんや、それに叔母さん、……そして、妹にも。
けれど、その愛の形には大きな違いがあるんだ。
そして、妹のソレは……。
「私と言う者が有りながら、外に女を作ったなんてあんまりですわ!! やっぱり家から出すんじゃなかった!」
「だから違うって! 僕が出て行ってからたった一年で、子供がここまで大きくなる訳無いじゃないか!」
本当は『私と言う者が有りながら』に突っ込みを入れたかったけど、言うと別の追求が発生しそうだから飲み込んだ。
今の言葉から分かる通り、妹は将来僕と結婚すると本気で思っている。
それもただの親愛の例えじゃなくガチで。
小さい頃からそんな事を言っていたけど、それはよくある世界がまだ家族の中しかない様な幼い頃の親愛の情だと思っていた。
けれど、なぜか日に日にその思いは歪に強まっていったようで、僕の実力を抜き周囲から天才と誉めそやされる頃には、完全に僕を自分の物として監理したがる様になっていたんだ。
この街には僕よりカッコイイ男や魔術の才能が優れた男は沢山居るし、妹に交際を申し込んでくる奴も沢山居るってのに。
そして、とうとうベッドに忍び込んで既成事実を企むなんて実力行使に出るようになったから慌てて家から飛び出したんだ。
これが僕が家を出て冒険者となった真相。
この一年追って来ないから母さんが説得したか、諦めたんだと思っていたのに更に拗らせているなんて。
「……そ、それは確かに……」
とは言え、妹は僕の事となると暴走するけど馬鹿じゃない。
街の小等学校だって学年首席の成績だったしね。
『一年で大きくなる訳が無い』と言う正論に対して少し冷静になったようだ。
これで分かってくれるかな。
「けど既に数年前から仕込んでいたとかなら……」
全然冷静じゃ無かったよ!
「そんな事しないって! それにメアリの監視網を突破してそんな事する勇気なんて無いって! この子を良く見て、メアリなら分かるだろ?」
そう言って僕に張り付いているライアを抱き上げて妹に見せ付けた。
僕の後ろに隠れていたから分からなかったと思うけど、本来テイマーなら一目見たらその魔物が従魔かそうでないか分かるもの。
ライアを見たら僕の従魔だって分かる筈だ。
「この子をよく見る……? むむむ……?」
妹は顔を突き出してジロジロと値踏みするようにライアを見ている。
ライアは「ヒェッ!」と言って固まってしまった。
ごめんねライア。
こうして誤解を晴らさないと妹の暴走で命の危険があるからもう少し我慢して。
しかし妹ってば、ライアの事をやけにじっくり見てるな。
強さを測っているんだろうか?
それとも、妹レベルの才能なら見るだけでカイザーファングと分かるのかな?
「目元がお兄様に似てるわね。輪郭はちょっと違うかしら……? そして髪の毛は茶色……。もしかしてこの子は私とお兄様の娘?」
なに言ってんのこの子?
今気付いた! とでも言うように目をキラキラさせてそんな世迷言を言っている妹に僕は絶句した。
「言われて見れば、私とお兄様の特徴を兼ね備えていますわね。私ったらいつの間にお兄様との子を産んだのかしら。あぁ可愛いわ。抱っこしてもいい?」
「正気に戻って!! そんな事ある訳無いだろ!」
妄想が暴走している妹が涎を垂らすかのように目を血走らせてハァハァとライアに近付こうとするのを必死に庇いながら、妹の説得を試みる。
母さん! この一年何やってたんだよ!
さすがに一年前はここまでじゃ無かったよ!
「落ち着きなさいメアリ。取りあえず眠らせて安眠羊」
迫り来る妹からライアを守る為に逃げていると玄関から声が聞こえて来た。
その声と共に妹がその場に倒れる。
これは安眠羊と言う魔物の能力によるもの。
安眠羊は奥深い森に生息する身体も小さく毛玉に顔が付いている様な可愛らしい魔物なんだ。
羊と言うけど羊じゃない、地面を移動せずにふわふわと空中を漂う妖精の一種で、魔物なのに人間を滅多に襲うことは無い穏やかな性格の持ち主。
けれど魔物の危険度としてはBランク上位に位置している。
なぜかと言うとその能力が理由。
身の危険を感じると周囲の生物を強制的に睡眠状態にさせると言うもので、魔法耐性がかなり高くないと抗えないらしい。
現に天才である妹がイチコロだったしね。
そして危険な森の中で寝てしまった者は他の魔物の犠牲者に……。
とまぁ、こんな怖い魔物なんだよ。
安眠羊をその可愛らしさとその超優秀な能力から従魔にしたいと言うテイマーは数多く居るけど、実際に契約出来たテイマーは多くない。
キャッチを掛けると漏れなく安眠攻撃を受けるらしいからね。
その安眠羊を使役した今の声の持ち主は勿論――。
「母さん!」
僕はいつの間にか玄関に立っていた母さんに声を掛けた。
母さんは腕を組んで笑いながら立っていたけど、僕が声を掛けると右手を解いてたかと思うと、ピッっと指を立てウィンクをして来る。
破天荒な母さんらしい挨拶だ。
「久し振りじゃない、マーシャル。いきなり帰って来るからビックリしたわ。お帰りなさい」
「お帰りなさいじゃないよ母さん。メアリってばどうしたの? 以前より悪化してるよ」
何事も無かったかのようにお帰りと言ってきた母さんに僕は文句を言った。
確か一年前は『お母さんが何とかするから、マーシャルはしっかり修行しておいで』と言っていたのに、全然何とかなってないよ。
「いや~母さんもビックリよ。『あんたに相応しい男になる為に旅立ったんだから大人しく待ってなさい』って言い聞かせてたんだけどね」
「それが原因だよ!! 確実にそれが原因だ!!」
「まぁまぁ、そうでも言わなきゃこの子はすぐにでもティナんちに殴り込んでたわよ。お母さんの機転に感謝して欲しいわ」
確かにそうかもしれないけど、もっとこう上手い言いくるめ方は無かったものなの?
さっき妹が暴走してたのも、この一年ずっと我慢していたからこんな酷い事になったんじゃないのか?
「ふぅ、助かったからもういいや。ただいま母さん」
「はい、お帰りなさい」
これ以上文句を言うのを諦めた僕が大人しく母さんに『ただいま』と言うと、母さんは満面の笑みでそう返してきた。
「帰って来た理由は、ずっとあなたとメアリのやり取り見てたから大体把握したわ」
「見てたんなら早く止めてよ! で、把握したってどこまで分かったの?」
僕がそう尋ねると母さんは立てた指を左右に振りながら目を瞑ってニヤッと笑う。
その勿体振った態度に少しばかりイラッときた。
普段なら笑えるけどこんな危険な状態を眺めていたってのにはさすがにね。
母さんって昔からこうなんだ。
なんだか浮世離れしてるんだよ。
一々大袈裟と言うか、芝居掛ると言うか何事にもそんな感じ。
「その話は後よ後。取りあえず屋敷に入りましょ。さっきからずっと見ている子も居るしね」
「見ている子?」
母さんは急に僕から目線を離しガイウースの城壁の方を見詰めた。
それに釣られて母さんの目線の先を追ってみたけど、そこにはやはり屋敷の城壁の向こうに聳え立つガイウースの城壁しか見えない。
見た感じ誰も居ないようだけど、巡回している兵士でも居たのかな?
「何でもないわよ。疲れたでしょマーシャル。積もる話は後にして、まずは旅の汚れを落とす為にお風呂でさっぱりしてきなさい」
母さんはそう言うと玄関の扉を開けて僕を屋敷の中へ招き入れる。
僕はそれに促され久し振りの我が家へと足を踏み入れた。
あのまま妹を放って置いていいのかな? と思いながら。
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