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第二章 幼女モンスターな娘達

第45話 クロウリー家

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「オカエリナサイマセ。マーシャルサマ」

 僕が屋敷を取り囲んでいる城壁に描かれている魔法陣に手を当てると、その城壁自体からおよそ人とは思えない抑揚の無い声が聞こえてくる。
 死神も感情が無い様な棒読みだったけど、それでも意志は感じられた。
 けれど、今の声はそんなレベルじゃない。
 完全なる言葉の並びだけの声だ。

 それもその筈、これは言葉に似せた音を出しているだけで、誰かが喋っている訳じゃない。
 ……いや、ちょっと語弊が有るかも。
 今喋ったのは母さんが使役しているゴーレムが発した音声なんだ。
 だから、人間って訳じゃないけど一応誰かとは言えるのかな。
 そして母さんのゴーレムと言っても、それはタダのゴーレムじゃない。
 実は屋敷を取り囲むこの城壁全体が一体のゴーレムなんだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 僕の目の前でただの壁でしかなかった城壁の一部が、見る見る内に音を立てて屋敷への道を開いていく。
 このゴーレムは城壁と言う形状なので立って歩く事は出来ないけど、今僕がやった様に魔法陣へ魔力を流す事によって、城壁の何処からでも入る事が出来るんだ。
 勿論誰にでも開かれるんじゃなくて、ゴーレムのコアに登録されている人間だけ。
 それ以外の人の場合は呼び鈴の様に屋敷の住人へと来訪を知らせる仕組みになっている。

 そう言えば叔母さんみたいに魔力の無い人はどうなるのかな?
 叔母さんもクロウリー家の生まれだけど、
 何故かと言うと、実はこの城壁ゴーレムって母さんが七年前に発明した防犯用魔道具で、その際に稼動実験と称してんだ。

 そう、あれは僕が七歳になる半年前の事だった。
 母さんったら急に『お母さん良い事思い付いちゃった! 今から街の外に引っ越すわよ』とか言って有無を言わさず、この場所に引っ越して来る事になったんだ。
 だから七年前は僕んちもちゃんと街の中に建っていた。
 友達の家に行くのにわざわざ東門から街の中に入らないといけなくて大変だったなぁ。
 六歳の子供が、すぐそこだからと言って街の外を一人で歩くのは危険極まりないんだよ。
 スライムくらいならたまに湧いてるんだもん。
 思い返しても、本当僕ってばよく生きていたと思うよ。
 母さんは『クロウリー家の者ならこれくらいで死んでちゃやっていけないわよ』とか言っていたっけ。
 絶対それクロウリー家の格言とかじゃなくて母さん天才基準の言葉だよね。

 と言う訳で、僕が物心付く前にクロウリー家を出て行ってた叔母さんは、この母さんの思い付きの発明で引っ越したこの屋敷には来た事が無いんだ。
 それと僕の出発の日に聞いたんだけど、お爺さんが病に倒れても会いに来なかったのは、丁度大型依頼で長期間王国から離れた所為で街に戻って来た時には既に葬式も終わった後だったのって、少し目に涙を浮かべながら言っていた。
 喧嘩別れ状態で出て行ったまま親の死に目に会えなかったと言う後悔で、なかなかこの街に足を向ける踏ん切りが付かなかったみたい。
 『お父様には小さい頃から無能と罵られてたから嫌いだったけど、やっぱり親は親だからね』って寂しそうに笑ってたっけ。
 いつか墓参りをしたいと言っていた。

「けど、叔母さんもこれ見たらビックリするだろうな」

 屋敷の敷地に足を踏み入れた僕は、見慣れた我が家を見上げながらそう呟いた。
 誰だろうと初めて見たら絶対に驚くと思う。
 一応デザイン的には元の屋敷をベースにしてるんだけど、大きく違うのは屋敷の四隅と中央前後計六か所に怪しげな尖塔が聳え立っている所かな。
 そして、その尖塔には大きく見開かれた『瞳』が備え付けられているんだ。
 それはただの飾りじゃない。
 現にそのは今、玄関へと歩いている僕を見下ろしているんだから。

「ただいま。久し振りだね」

 僕はその瞳達に挨拶をした。
 するとそれに合図する様にパチパチとさせている。
 そう、これも母さんの発明品で、その名も『屋敷ゴーレム』だ。
 城壁ゴーレムと屋敷ゴーレム二つでセットの防犯魔道具なんだって。
 勿論これ程の魔道技術の結晶と言うべき発明に関して、従魔術師である母さんは理論の発案と設計図を作成しただけで、製造自体は付与魔術工房に依頼したんだけどね。
 ……それはさておき、いつも思うけど母さんのネーミングセンスは本当に直球ど真ん中なんだよな。

 この魔道具は王侯貴族用に開発したんだけど、城壁ゴーレムに比べて屋敷ゴーレムはあまり売れなかった。
 その理由なんだけど、これだけ大きいゴーレム二機のマスターとなるにはある程度魔力を持っている必要が有るんで城壁ゴーレムだけでいいやと思うお客さんが多かったのと、なにより一番の理由はやっぱりギョロギョロ動くあの瞳の所為だ。
 いつも見られている気になって落ち着かないし、なにより怖いよ。
 うちに来たお客さんの多くは屋敷に端を踏み入れた途端『カッ!』 と見開く瞳達を見て悲鳴を上げてたもん。
 ライアも怖かったみたいで僕に張り付いちゃってるしね。
 母さんは『可愛いのに』と愚痴を言っていたけど、それは母さんの感性がネーミングセンス同様おかしいんだと思う。

 防犯魔道具だから勿論なんだけど、僕を見ていると言う事は既に屋敷の中には僕が帰って来た事は伝わっている。
 いや、連絡せずに急に帰って来たから、現在家族で旅行中で居ないとかなら別だけど……。
 僕んち男爵家とは言え、お飾り爵位なもんで使用人なんてのは本当の貴族の様に居る訳じゃない。
 留守を預かるのは使用人達じゃなく母さんや父さんの従魔達。
 料理については普段母さんがして、僕もこの家に居た頃はサバイバル術の特訓の延長で料理の腕を磨く為にと週三の割合で作ってた。
 父さんや妹は食べる係だったけどね。
 掃除は母さんの従魔のスライムが屋敷中の汚れを食べて綺麗にしていたし、複数居る従魔達の世話も基本自分達で何とかする。
 家族全員……せめて妹だけでも旅行中とかどっかに留学中とかだったらいいなぁ~。


 ―――……タ…タ…ダッダッダッダッダッダッ!ダッ!

 あぁ、そんな希望的予想は外れていたようだ。
 屋敷の奥からすごい勢いで走ってくる音が聞こえる。
 従魔達はこんなに騒がしく走ったりしないし間違いないだろう。
 この足音の主は……。

 ガチャガチャ! バンッ!

「ハァハァ……お、お兄様……ほ、本当に……ハァハァ……お兄様?」

 予想通り勢い良く開かれた玄関の扉から現れたのは僕の一歳下の妹だった。
 余程急いで来たたのか、額から汗を垂らして肩で息をしている。
 いつもは綺麗なその顔も酷いものだ。
 母さん譲りの金髪の僕と違って、父さん譲りの茶色くて長い髪の毛がかなり乱れている。
 僕が実家に帰って来たのが余程予想外だったようで、僕を見る目その目はカッ! と見開いて口を開けたまま大きく息をしているし、十三歳のレディがしていい形相じゃないよ。

「やぁ、メアリ。ただいま、久し振りだね」

 そんな妹に対して、僕は出来るだけいつも通りの平静を装って声を掛けた。
 あくまで普通の兄妹が久し振りに会って会話したって感じで妹の機嫌を確かめる為にね。
 すると妹は一瞬キッと目を吊り上げて僕の事を睨んできた。
 この様子からすると愛想を尽かして無視する方面で怒っていると言う事は無いみたいだ。
 う~ん、これは不味いぞ、どうしたものか。

 断っておくけど僕達は決して憎み合っている訳じゃない。
 それに幸運な事に僕は家族皆に愛されていると思う。
 母さんや父さん、それに死んでしまったお爺さんにも。
 お婆さんは僕が生まれるずっと前に死んじゃったから分からないけど、多分生きていたら愛してくれたと思う。
 クロウリー家の落ちこぼれな僕だけど、同じ落ちこぼれだった叔母さんがお爺さんに毎日の様に怒鳴られていたみたいな事はなく、皆優しくしてくれていた。
 お爺さんでさえ孫可愛さからだろうけど、僕にはとっても優しかったんだ。
 理由の七割は家督を母さんによって譲らされたからだと思うけどね。
 だから愛されてる……うん愛されてる。
 けど……妹は……う~ん。

「もう修行とやらは終わったのかしらお兄様?」

 僕を睨んだ後、気を取り直したかの様に無理矢理呼吸を整え澄ました姿勢に戻った妹が髪をさっと手櫛で整えると、整え目を細めながら嫌味な口調でそう言って来た。
 一年振りだと言うのに相変わらずなその態度。
 昔はもっと普通だったのになぁ。
 この機嫌がどうやったら治るのか分かっているんだけど、んだから迷う。

「いや、まだだよ」

 取りあえず無難に事を進めよう。
 この言葉の後に『少し用事があって』と続けようとしたんだけど、妹はとても勝ち誇った顔をした。
 
「あら、やっぱりお兄様に冒険者なんて過酷な職業は無理でしたのね。では泣きべそ掻いて逃げ帰っていらしたの? それとも……私が恋しくなったって帰って来たのかしら? そうよね、お兄様は私の後ろで大人しくしてればいいのです」

 あぁ最後のその笑顔がとても怖い。
 どれも見当はずれで違うんだけど、……どれかかと言えば前者なのかな。
 弱過ぎるからパーティーから追放されて、始祖の力を手に入れても相変わらず弱いまま。
 ライアの事も有るし、どうしたら良いか分からないから母さんに泣き付こうとしてるってのが本当の所だ。
 死神にも狙われてるしね。
 
「違う違う。実は今日帰ってきたのは母さんに頼み事が有るからなんだ」

「……なんですって?」

 うわっ! 急に妹の身体から暗黒闘気みたいな魔力が迸ってる!
 いや、実際に迸ってる訳じゃなく、そんな感じがするってだけだけど。
 なんだか妹ってば、一年前より悪い方向にパワーアップしてないか?
 嘘でも『お前に会いに戻って来たよ』って言えば良かったかな……いやいや良くない。
 絶対後で後悔する事になるよ。

「……へぇ~。私よりお母様が良いと仰るのですね」

 その地獄の亡者の如く低い声にまるで『ゴゴゴゴゴゴ……』と妹を中心に空気が唸り声を上げているような圧力を感じる。

「ちょっと待ってよ。そうは言っていないって。僕が知りたい情報を叔母さんが言うには母さんなら知っているって教えられたからだよ。メ、メアリに会いに来たのも……も、勿論……り、理由の一つ……だよ?」

 あまりにも凄まじい妹の圧力に負けて思わず弁明をしてしまった。
 最後の言葉を若干疑問系にするのが僕に出来る精一杯だ。
 そして僕は後悔する。
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