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第二章 幼女モンスターな娘達
第40話 魔力マシマシマシ
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「うわ~袈裟斬りで一撃。凄いなぁ~」
さっきのロックベアはアンドリューさんの電撃の矢で倒されていたけど、今度の奴はホルツさんの戦斧でバックリと肩口から心臓辺りまで切り裂かれている。
解体と違って斧の傷口はグロいなぁ~。
倒れたロックベアの周囲はまさに血の海!
こりゃ一発昇天だね。
ダンテさんが喋ってた通り、このロックベアも結構硬いのに……。
本当にAランク冒険者の人達って凄いや。
「さて、採取採取っと」
僕はロックベアの横にしゃがんでマジマジと観察してみた。
どうやら外皮の岩にはあまり形状の個体差が無いようだ。
無秩序に硬くなっている訳じゃなく鎧みたいに稼動部毎にパーツが分かれているみたいだね。
ペタペタと触ってみたけどさっきの奴と同じ硬さがある。
ちょっと強めに叩いてみよう。
ガンガンと『覇王の手套』が音を立てた。
「んん?」
う~ん本当に不思議だなこの手袋。
改めて両手に装備している手袋を眺める。
一見表面は皮製品みたいなのに、なんで金属音みたいな音がするの?
しかも衝撃を吸収するみたいで、そんな音がするくらい強く叩いても手が痛くならない。
装備している側としてはグーパーしてもこんなに柔らかいのに……。
何故か血の汚れもパッと払えばすぐ落ちるし、本当にアーティファクトって凄いや。
いやいや、今そんな事で感心している場合じゃないよ。
僕はもう一度ロックベアの喉に目を向けた。
母さんに習った通りロックベアの喉には、さっき解体した奴と同じ綺麗な菱形の岩が有る。
まるで喉奥にある魔石をしまっておく為の蓋の様だ。
実際に外皮の硬い部分の下に魔石が存在するタイプの魔物は多い。
岩石ウサギがおでこの奥に有ったりとかね。
さて、さっきみたいにナイフで蓋を……ザクッ。
……あれ? 何処からか視線を感じる。
誰か僕の採取作業を見に来たのかな?
……グルルル
おや? 今度はなんだか獣が喉を鳴らした時の様な音が聞こえる。
なんて事を考えてると目が合った。
何って?
それは……今僕が魔石採取をしようとしているロックベアとさ。
「うわぁぁっ! い、生きてるぅ!!」
僕は大声を上げてその場から飛びのいた。
だけど恐怖のあまり腰を抜かしてしまい上手く逃げられない。
だって死んだと思っていたロックベアが生きてるんだよ?
Dランクの僕なんかその手の一撫でで死んじゃうよ!!
なななな、なんで? 死んでたよね? こいつ。
もしかして、ガンガンって叩いたショックで蘇生しちゃったの?
でも、コレだけ血を流して生きてるなんて有り得なくない?
だ、ダメだ、一旦落ち着こう。
えっと、た、確か熊って目を逸らしたらダメなんだよね?
ロックベアでも同じか分からないけど……。
その場でへたり込んでいる僕は、肩口から血を吹き出しながらも立ち上がろうとしているロックベアの目を見ながら這うように後退った。
斬られた肩口がダラッと垂れ下がってるのが余計怖い!
「グルァァァァ!! ガボガボッブフォッ!」
ロックベアは後退る僕を見て獲物と判断したんだろう。
口から血を吹き出しながらも唸り声を上げている。
ひぃぃぃぃ殺されちゃう!!
「なっ! あ、あの傷でまだ生きてるだと? 馬鹿な……。 おい! マーシャル逃げろ!!」
運が悪い事に警戒している皆は少し離れた所に居た。
この異変に気付いたダンテさんが僕に逃げろと言うのだけれど、腰を抜かした僕は素早く逃げる事が出来ない。
「今行くぞ! クソッ! 油断した」
「奴め! マーシャルの射軸線上に居やがる。ここからじゃ魔法が使えない」
「精霊魔法もロックベアとの位置が近過ぎるからマーシャルまで巻き込んじゃうわ」
僕の後ろからそんな声が聞こえて来た。
レイミーさんが言う通りロックベアと僕の位置はすぐ近く。
魔法が無理ならダンテさんかホルツさんの出番だけど、不運な事に少し離れている所為で今まさに振り下ろされようとしているロックベアの腕が僕を切り裂くまでに到着するのは無理みたい。
あれ? これ死んじゃうんじゃない?
なんだか他人事の様にそんな事を考えた。
走馬灯って奴だろうか? 過去の思い出が次々浮かんでくるし、なんだか時間がゆっくり感じちゃう。
本当に命の危険が迫ってるってのを僕の本能が察知してるのかな?
あぁ、ライアを連れて来なくて良かった。
一緒に殺されちゃうところだったよ。
いや、魔物の解体なんてライアに見せられないんだけどね。
ライア……。
そっか、ライアが馬車で待っている……。
ダメだ……一人残して死ねないや。
ライアの事を考えた途端、僕の心に『生きたい』と言う火が灯った。
そうだ! 大切な娘を残して死ぬ訳にはいかない!
けど、どうやったら助かる?
テイマーの魔法には殺傷能力の有る術は無い。
幾ら相手が瀕死の重傷だからと言って、目の前のロックベアは最後の力を振り絞って僕を道連れにしようとしているんだろう。
そんな捨て身の化け物相手じゃ、僕の持つ唯一の攻撃手段である初歩魔術の火矢程度じゃ、この迫り来る巨体を止められそうにない。
手に持っていた採取用のナイフも逃げる時に放り出してきちゃったし、そもそもそんな物で僕なんかが戦える訳ないよね。
そんな事が出来たら戦士に転向してるよ。
何か手は? 何でも良い。
それこそ一瞬の隙が作れるだけでもだ。
……ん? いや待てよ? 瀕死で重症? ……ロックベアは弱ってる……弱っている……?
あっ! そうだ!
今なら効くかもしれない!
この際だ、魔力をマシマシマシにして!
「キャッチ!! 僕と契約して従魔になって!!」
僕は気力を振り絞って目の前のロックベアに岩石ウサギの時以上の魔力を込めたキャッチの魔法を唱えた。
さすがのロックベアと言えども、こんな瀕死状態なら雑魚テイマーの僕にだって契約出来る筈だ。
それに今の僕の中には始祖の力が宿ってる。
これで契約出来なきゃテイマー廃業するしかないよ……。
それにこの作戦の目的は契約する事だけじゃない。
「グッ? グゥグルルル?」
良かった! このロックベアは初めてキャッチの魔法を掛けられたみたいだ。
突如体の周りに浮かび迫ってくる光の輪に驚いてキョロキョロと首を動かしている。
この隙に逃げ……って無理か。
腰が抜けたままじゃ速く動けないし、何より今動いたらそれに気付いて逆上するかもしれない。
そのまま飛び掛かって来られると、いくら光の輪に触れると動きが止まるって言っても空中で静止する訳じゃないんだ。
その勢いのまま飛んでくる巨体に僕の身体は押し潰されちゃう。
今は大人しくして奴が光の輪に触れるのを待つしかない。
早く!! 早く光の輪よ閉じて!!
心の中で強く念じてるけど、まだ走馬灯状態が続いているのか、キャッチの光の輪が閉じるのがとても遅く感じた。
けど、確実にロックベアの魔石には近付いている。
俊敏な岩石ウサギにはジャンプで逃げられたけど、この巨体なら逃げられないだろう。
あと少し、あと少し!
なんたってキャッチの魔法の良い所は光の輪が身体が触れさえすれば、僕の魔力が魔物の魔石に干渉して契約の成否が出るまで魔物はまともに動けない。
以前そんな戦法を取ってる冒険者の話を聞いた事が有るんだよね。
まぁ、弾かれたりとか魔石に契約紋を刻む力が足りなかったなんて言う否の場合なら一瞬程度の猶予しか無いけど、魔力マシマシマシならニ瞬、いや三瞬くらい持つ筈だ。
失敗してもそれだけ時間があれば逃げられると言う希望的観測だけど、今の僕にはこの作戦に掛けるしかない。
さぁ! 魔力マシマシマシキャッチ作戦よ! 成功してくれ!
しかし、神様ってとっても意地悪なんだろうか?
キャッチの魔法に気を取られたロックベアだったけど、不幸な事にその光の輪が身体に触れるより早く我に返ってしまった。
奴の眼には道連れにしてやると言う憎悪の炎が宿っているようだ。
そして、その振り上げられたロックベアの腕は無情にも僕に向かって裁きの鉄槌の如く振り下ろされ……。
「あっ……そうか」
僕は目の前の出来事に思わず言葉を漏らした。
神様は別に意地悪じゃなかったよ。
振り上げた手を下ろすんだから必然的に近付いて来ている光の輪に触れちゃうじゃないか。
逃げなくとも挑発したら今の様にその手を振り下ろそうとしたんじゃないかな?
神様!! 悪口言ってごめんなさい!!
触れた魔物は契約の成否が出るまで動けない。
そして僕の希望的観測に基づく作戦は成功したみたいだ。
目の前のロックベアは一瞬どころかプルプルと震えて止まってる。
やったね! 大成功!
って、今はそんな事考えてる場合じゃないや。
「た、助けてーーー!」
ロックベアがキャッチの魔法によってプルプル震えながら止まった隙をついて僕はゴロゴロと地面を転がりながらその場を離れた。
格好悪いから本当は走って逃げたかったけど、まだ腰は抜かしてるみたいで立てなかったから苦肉の策だよ。
恰好なんかより命の方が大切なんだから。
それに少しでも離れたら皆が助けてくれる!
「マーシャル! 大丈夫か?」
期待していた通り地面を転がる僕をホルツさんが抱き上げてくれた。
ダンテさんはそのまま走り必殺の一撃をロックベアに叩き込もうとしているのが横目に映る。
「た、助かったーーー!」
僕は助かったのを確信して安堵の溜息を吐いた。
どうやら魔力マシマシマシのキャッチはすぐに失敗する事は無かったようだ。
ダンテさんの大剣がその脳天かち割るその瞬間までロックベアは少し呆けた様な顔をしていた。
それにキャッチの魔力がロックベアの魔石を掴んだ様な感触があったしね。
あの感触はライアと契約した時に感じた物と一緒だ。
もしかして成功したのかな?
ライアに続いて二体目の従魔だったかもしれないのに惜しい事したかも。
……いやいや、やっぱりダメだ。
弱ってるから成功しただけで、元気になったら契約切れちゃうだろうしね。
悲しいけどこれで良かっ……。
パリンッ!
「え? い、今の音……」
僕の耳に何かが割れる音が響いた。
ダンテさんがロックベアの頭を叩き割った音?
いや違う。
今のはキャッチで繋がった魔力が感じた音。
多分僕にしか聞こえない音だ。
あれは魔石が砕けた音だと思う。
初めての感覚だけど何故かそう確信した。
だけどなんで? なんで魔石が砕けたの?
ホルツさんに抱きかかえられた僕はただ茫然と、ダンテさんの横をすり抜けて倒れて行くロックベアを見ていた。
「マーシャル! 大丈夫か? 怪我は無いか? すまん俺が仕留めそこなった所為でお前を危険な目に遭わせてしまった」
魔力を通して伝わって来た魔石が砕けた音とその感触に頭が真っ白になった僕にホルツさんが謝って来た。
その声で僕は我に返る。
「え? あ……大丈夫です。こちらこそ心配掛けてしまってごめんなさい。まさかあの傷で生きてるなんて思わずに近付いた僕も軽率でした」
ホルツさんは仕留めそこなったって言うけど、心臓まで達した傷で生きてる方がおかしいんだ。
誰でもあの状態を見て生きてるなんて思わないよ。
これじゃまるで御伽噺に出てくるゾンビじゃないか。
「あちゃ~こりゃ魔石は無理だな。リーダーの一撃が脳天から秘中まで叩き切ってる」
「まぁまぁ、マーシャルが無事だっただけで儲けものだろ? それに素材は他にも取れるからよ」
今起こった不可思議な恐怖体験の事を考えていると、そんなバーディーさんとダンテさんの会話が耳に届いた。
……あっ! なるほど。
魔石が割れたのが分かったのは、契約成功でロックベアの魔石と繋がったからか。
ダンテさんの一撃で魔石が砕けたのを感じ取ったのか。
それによく考えたらゾンビとか言う架空の化け物なんて居る訳無いよ。
ただ単にロックベアってのがとんでもない生命力を持ってただけさ。
死に掛けている所を僕がガンガン叩いたのに怒って最後の力を振り絞ったんだろう。
うん、そうだ。
そうだよ。
だって、死んだ魔物が動く訳ないもん。
……けど、暫く採取は止めとこうかな。
なんだかトラウマになっちゃったかも。
ホルツさんが半泣きになって謝ってるのを聞きながら、僕は自分の天職となったかもしれないSランクパーティーの採取係への就職を諦める事にした。
もう強い魔物はコリゴリだよ……トホホ。
少し離れた岩陰から赤い双眸がマーシャル一行の危機一髪な顛末を見詰めていた。
それは岩陰の闇と同化しており、全体の姿形を伺い知る事は出来ない。
「失敗…………」
その存在はそう呟いた。
感情の一切感じない棒読みの言葉。
そして、その双眸は岩陰に溶ける様にその姿を消した。
最後に一つだけ言葉を残して……。
「……けど、良かった…」
さっきのロックベアはアンドリューさんの電撃の矢で倒されていたけど、今度の奴はホルツさんの戦斧でバックリと肩口から心臓辺りまで切り裂かれている。
解体と違って斧の傷口はグロいなぁ~。
倒れたロックベアの周囲はまさに血の海!
こりゃ一発昇天だね。
ダンテさんが喋ってた通り、このロックベアも結構硬いのに……。
本当にAランク冒険者の人達って凄いや。
「さて、採取採取っと」
僕はロックベアの横にしゃがんでマジマジと観察してみた。
どうやら外皮の岩にはあまり形状の個体差が無いようだ。
無秩序に硬くなっている訳じゃなく鎧みたいに稼動部毎にパーツが分かれているみたいだね。
ペタペタと触ってみたけどさっきの奴と同じ硬さがある。
ちょっと強めに叩いてみよう。
ガンガンと『覇王の手套』が音を立てた。
「んん?」
う~ん本当に不思議だなこの手袋。
改めて両手に装備している手袋を眺める。
一見表面は皮製品みたいなのに、なんで金属音みたいな音がするの?
しかも衝撃を吸収するみたいで、そんな音がするくらい強く叩いても手が痛くならない。
装備している側としてはグーパーしてもこんなに柔らかいのに……。
何故か血の汚れもパッと払えばすぐ落ちるし、本当にアーティファクトって凄いや。
いやいや、今そんな事で感心している場合じゃないよ。
僕はもう一度ロックベアの喉に目を向けた。
母さんに習った通りロックベアの喉には、さっき解体した奴と同じ綺麗な菱形の岩が有る。
まるで喉奥にある魔石をしまっておく為の蓋の様だ。
実際に外皮の硬い部分の下に魔石が存在するタイプの魔物は多い。
岩石ウサギがおでこの奥に有ったりとかね。
さて、さっきみたいにナイフで蓋を……ザクッ。
……あれ? 何処からか視線を感じる。
誰か僕の採取作業を見に来たのかな?
……グルルル
おや? 今度はなんだか獣が喉を鳴らした時の様な音が聞こえる。
なんて事を考えてると目が合った。
何って?
それは……今僕が魔石採取をしようとしているロックベアとさ。
「うわぁぁっ! い、生きてるぅ!!」
僕は大声を上げてその場から飛びのいた。
だけど恐怖のあまり腰を抜かしてしまい上手く逃げられない。
だって死んだと思っていたロックベアが生きてるんだよ?
Dランクの僕なんかその手の一撫でで死んじゃうよ!!
なななな、なんで? 死んでたよね? こいつ。
もしかして、ガンガンって叩いたショックで蘇生しちゃったの?
でも、コレだけ血を流して生きてるなんて有り得なくない?
だ、ダメだ、一旦落ち着こう。
えっと、た、確か熊って目を逸らしたらダメなんだよね?
ロックベアでも同じか分からないけど……。
その場でへたり込んでいる僕は、肩口から血を吹き出しながらも立ち上がろうとしているロックベアの目を見ながら這うように後退った。
斬られた肩口がダラッと垂れ下がってるのが余計怖い!
「グルァァァァ!! ガボガボッブフォッ!」
ロックベアは後退る僕を見て獲物と判断したんだろう。
口から血を吹き出しながらも唸り声を上げている。
ひぃぃぃぃ殺されちゃう!!
「なっ! あ、あの傷でまだ生きてるだと? 馬鹿な……。 おい! マーシャル逃げろ!!」
運が悪い事に警戒している皆は少し離れた所に居た。
この異変に気付いたダンテさんが僕に逃げろと言うのだけれど、腰を抜かした僕は素早く逃げる事が出来ない。
「今行くぞ! クソッ! 油断した」
「奴め! マーシャルの射軸線上に居やがる。ここからじゃ魔法が使えない」
「精霊魔法もロックベアとの位置が近過ぎるからマーシャルまで巻き込んじゃうわ」
僕の後ろからそんな声が聞こえて来た。
レイミーさんが言う通りロックベアと僕の位置はすぐ近く。
魔法が無理ならダンテさんかホルツさんの出番だけど、不運な事に少し離れている所為で今まさに振り下ろされようとしているロックベアの腕が僕を切り裂くまでに到着するのは無理みたい。
あれ? これ死んじゃうんじゃない?
なんだか他人事の様にそんな事を考えた。
走馬灯って奴だろうか? 過去の思い出が次々浮かんでくるし、なんだか時間がゆっくり感じちゃう。
本当に命の危険が迫ってるってのを僕の本能が察知してるのかな?
あぁ、ライアを連れて来なくて良かった。
一緒に殺されちゃうところだったよ。
いや、魔物の解体なんてライアに見せられないんだけどね。
ライア……。
そっか、ライアが馬車で待っている……。
ダメだ……一人残して死ねないや。
ライアの事を考えた途端、僕の心に『生きたい』と言う火が灯った。
そうだ! 大切な娘を残して死ぬ訳にはいかない!
けど、どうやったら助かる?
テイマーの魔法には殺傷能力の有る術は無い。
幾ら相手が瀕死の重傷だからと言って、目の前のロックベアは最後の力を振り絞って僕を道連れにしようとしているんだろう。
そんな捨て身の化け物相手じゃ、僕の持つ唯一の攻撃手段である初歩魔術の火矢程度じゃ、この迫り来る巨体を止められそうにない。
手に持っていた採取用のナイフも逃げる時に放り出してきちゃったし、そもそもそんな物で僕なんかが戦える訳ないよね。
そんな事が出来たら戦士に転向してるよ。
何か手は? 何でも良い。
それこそ一瞬の隙が作れるだけでもだ。
……ん? いや待てよ? 瀕死で重症? ……ロックベアは弱ってる……弱っている……?
あっ! そうだ!
今なら効くかもしれない!
この際だ、魔力をマシマシマシにして!
「キャッチ!! 僕と契約して従魔になって!!」
僕は気力を振り絞って目の前のロックベアに岩石ウサギの時以上の魔力を込めたキャッチの魔法を唱えた。
さすがのロックベアと言えども、こんな瀕死状態なら雑魚テイマーの僕にだって契約出来る筈だ。
それに今の僕の中には始祖の力が宿ってる。
これで契約出来なきゃテイマー廃業するしかないよ……。
それにこの作戦の目的は契約する事だけじゃない。
「グッ? グゥグルルル?」
良かった! このロックベアは初めてキャッチの魔法を掛けられたみたいだ。
突如体の周りに浮かび迫ってくる光の輪に驚いてキョロキョロと首を動かしている。
この隙に逃げ……って無理か。
腰が抜けたままじゃ速く動けないし、何より今動いたらそれに気付いて逆上するかもしれない。
そのまま飛び掛かって来られると、いくら光の輪に触れると動きが止まるって言っても空中で静止する訳じゃないんだ。
その勢いのまま飛んでくる巨体に僕の身体は押し潰されちゃう。
今は大人しくして奴が光の輪に触れるのを待つしかない。
早く!! 早く光の輪よ閉じて!!
心の中で強く念じてるけど、まだ走馬灯状態が続いているのか、キャッチの光の輪が閉じるのがとても遅く感じた。
けど、確実にロックベアの魔石には近付いている。
俊敏な岩石ウサギにはジャンプで逃げられたけど、この巨体なら逃げられないだろう。
あと少し、あと少し!
なんたってキャッチの魔法の良い所は光の輪が身体が触れさえすれば、僕の魔力が魔物の魔石に干渉して契約の成否が出るまで魔物はまともに動けない。
以前そんな戦法を取ってる冒険者の話を聞いた事が有るんだよね。
まぁ、弾かれたりとか魔石に契約紋を刻む力が足りなかったなんて言う否の場合なら一瞬程度の猶予しか無いけど、魔力マシマシマシならニ瞬、いや三瞬くらい持つ筈だ。
失敗してもそれだけ時間があれば逃げられると言う希望的観測だけど、今の僕にはこの作戦に掛けるしかない。
さぁ! 魔力マシマシマシキャッチ作戦よ! 成功してくれ!
しかし、神様ってとっても意地悪なんだろうか?
キャッチの魔法に気を取られたロックベアだったけど、不幸な事にその光の輪が身体に触れるより早く我に返ってしまった。
奴の眼には道連れにしてやると言う憎悪の炎が宿っているようだ。
そして、その振り上げられたロックベアの腕は無情にも僕に向かって裁きの鉄槌の如く振り下ろされ……。
「あっ……そうか」
僕は目の前の出来事に思わず言葉を漏らした。
神様は別に意地悪じゃなかったよ。
振り上げた手を下ろすんだから必然的に近付いて来ている光の輪に触れちゃうじゃないか。
逃げなくとも挑発したら今の様にその手を振り下ろそうとしたんじゃないかな?
神様!! 悪口言ってごめんなさい!!
触れた魔物は契約の成否が出るまで動けない。
そして僕の希望的観測に基づく作戦は成功したみたいだ。
目の前のロックベアは一瞬どころかプルプルと震えて止まってる。
やったね! 大成功!
って、今はそんな事考えてる場合じゃないや。
「た、助けてーーー!」
ロックベアがキャッチの魔法によってプルプル震えながら止まった隙をついて僕はゴロゴロと地面を転がりながらその場を離れた。
格好悪いから本当は走って逃げたかったけど、まだ腰は抜かしてるみたいで立てなかったから苦肉の策だよ。
恰好なんかより命の方が大切なんだから。
それに少しでも離れたら皆が助けてくれる!
「マーシャル! 大丈夫か?」
期待していた通り地面を転がる僕をホルツさんが抱き上げてくれた。
ダンテさんはそのまま走り必殺の一撃をロックベアに叩き込もうとしているのが横目に映る。
「た、助かったーーー!」
僕は助かったのを確信して安堵の溜息を吐いた。
どうやら魔力マシマシマシのキャッチはすぐに失敗する事は無かったようだ。
ダンテさんの大剣がその脳天かち割るその瞬間までロックベアは少し呆けた様な顔をしていた。
それにキャッチの魔力がロックベアの魔石を掴んだ様な感触があったしね。
あの感触はライアと契約した時に感じた物と一緒だ。
もしかして成功したのかな?
ライアに続いて二体目の従魔だったかもしれないのに惜しい事したかも。
……いやいや、やっぱりダメだ。
弱ってるから成功しただけで、元気になったら契約切れちゃうだろうしね。
悲しいけどこれで良かっ……。
パリンッ!
「え? い、今の音……」
僕の耳に何かが割れる音が響いた。
ダンテさんがロックベアの頭を叩き割った音?
いや違う。
今のはキャッチで繋がった魔力が感じた音。
多分僕にしか聞こえない音だ。
あれは魔石が砕けた音だと思う。
初めての感覚だけど何故かそう確信した。
だけどなんで? なんで魔石が砕けたの?
ホルツさんに抱きかかえられた僕はただ茫然と、ダンテさんの横をすり抜けて倒れて行くロックベアを見ていた。
「マーシャル! 大丈夫か? 怪我は無いか? すまん俺が仕留めそこなった所為でお前を危険な目に遭わせてしまった」
魔力を通して伝わって来た魔石が砕けた音とその感触に頭が真っ白になった僕にホルツさんが謝って来た。
その声で僕は我に返る。
「え? あ……大丈夫です。こちらこそ心配掛けてしまってごめんなさい。まさかあの傷で生きてるなんて思わずに近付いた僕も軽率でした」
ホルツさんは仕留めそこなったって言うけど、心臓まで達した傷で生きてる方がおかしいんだ。
誰でもあの状態を見て生きてるなんて思わないよ。
これじゃまるで御伽噺に出てくるゾンビじゃないか。
「あちゃ~こりゃ魔石は無理だな。リーダーの一撃が脳天から秘中まで叩き切ってる」
「まぁまぁ、マーシャルが無事だっただけで儲けものだろ? それに素材は他にも取れるからよ」
今起こった不可思議な恐怖体験の事を考えていると、そんなバーディーさんとダンテさんの会話が耳に届いた。
……あっ! なるほど。
魔石が割れたのが分かったのは、契約成功でロックベアの魔石と繋がったからか。
ダンテさんの一撃で魔石が砕けたのを感じ取ったのか。
それによく考えたらゾンビとか言う架空の化け物なんて居る訳無いよ。
ただ単にロックベアってのがとんでもない生命力を持ってただけさ。
死に掛けている所を僕がガンガン叩いたのに怒って最後の力を振り絞ったんだろう。
うん、そうだ。
そうだよ。
だって、死んだ魔物が動く訳ないもん。
……けど、暫く採取は止めとこうかな。
なんだかトラウマになっちゃったかも。
ホルツさんが半泣きになって謝ってるのを聞きながら、僕は自分の天職となったかもしれないSランクパーティーの採取係への就職を諦める事にした。
もう強い魔物はコリゴリだよ……トホホ。
少し離れた岩陰から赤い双眸がマーシャル一行の危機一髪な顛末を見詰めていた。
それは岩陰の闇と同化しており、全体の姿形を伺い知る事は出来ない。
「失敗…………」
その存在はそう呟いた。
感情の一切感じない棒読みの言葉。
そして、その双眸は岩陰に溶ける様にその姿を消した。
最後に一つだけ言葉を残して……。
「……けど、良かった…」
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辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
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