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第二章 幼女モンスターな娘達

第38話 噂話

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「まだまだ空気は冷たいな」

 外はまだ真っ暗だった。
 目上げる空には満天の星。
 吐く息は白く煙ってる。
 寝汗でビショビショの僕はヒューっと頬を撫でた風に身体を震わした。
 うぅ~ブルブル、早く焚火に当たらなくちゃ!

「おぉ、マーシャル。トイレか?」

 焚火に向かう僕にそう声を掛けて来たのは、護衛の冒険者パーティーの一人である戦斧使いのホルツさん。
 とても大きくて僕の二人分くらい身長が有る筋骨隆々の巨漢の戦士なんだけど、とても優しい顔をしている所為でギャップが凄いんだ。
 しかも、叔母さんより年上らしいけどパッと見僕とそう変らない程の童顔なんだ。
 髪型がおかっぱなのがその印象を冗長しているんだと思うけど、この髪形がお気に入りなんだって。
 今は彼が見張りの番なのか。

「ううん、変な夢を見ちゃって目が覚めたんですよ。寝汗も酷いので焚火で乾かそうと思って」

「おおう、そうか。そりゃ寒いだろう。早くこっち来い」

 こんな感じに顔だけじゃなくて性格も穏やかなんで、厳つい戦斧を使って戦う所が想像……いやその巨体を見ると容易に想像出来るかな。
 ハッ! も、もしかして、そのギャップも武器なのかもしれない。
 優しい顔した巨漢が厳つい戦斧を振り回す……うん、とっても怖いよ……。

「う~暖かくなってきたと言っても夜はまだまだ寒いですね。熱いとそれはそれで眠れないんですけど、はははは」

 僕は焚火に当たりながらそんな愚痴を言った。
 人間って本当にわがままだなぁっと自分でも思う。

「はははは、そうだな。まっ、服が乾いたらまた一寝してゆっくりと休めよ。まだまだ夜は長いからな」

 笑いながらホルツさんはそう言った。
 そうなのか~、夢の中じゃ何時間も経ってた様に感じてたんで、もうすぐ夜明けかと思ってた。
 ホルツさんの言う通り服が乾いたら寝直した方が良さそうだ。
 じゃあ服が乾くまでホルツさんとお喋りでもしようかな。
 丁度聞きたいと思ってたことが有るんだよね。

「分かりました。……あの、少し聞きたい事があるんですが良いですか?」

「おういいぞ。何でも聞いてくれ」

 ホルツさんはそう言って胸をドンと片手で叩く。

「それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね。あの……さっき叔母さん達の現役話で、サンドさんの怪我の話になると皆さん急に黙っていましたが、何か知ってるんですか?」

 そうなんだ。
 今までサンドさんは凄腕の冒険者だって事を知らなかったから、ずっと足の怪我もお金が無いから治してないんだと思ってた。
 普通の治癒師で治らなくても教会本部に行けば欠損部分も元通りって話だし、門番で稼いでいつか足を治して現役復帰を目指しているんだろうってね。
 けど、二つ名のある凄腕冒険者だったら話が違う。
 教会本部に払うくらいのお金は持っているだろうし、そもそもそんな優秀な人間をギルドが放っておく訳がない。
 それにあんなに自分が不在時でのサンドさんの怪我を悔やんでいた叔母さんが、治療費の肩代わりしてでも治そうとしない訳が無い。
 それなのにサンドさんはいまだに足の怪我に苦しんでいる。

 昨日は自分の事でテンパってたからサンドさん本人から聞きそびれてしまったんだけど、現役当時の叔母さん達を知っているこの人達なら知ってるかなって思ったんだよ。
 だけど、皆急に押し黙って話をはぐらかすんだ。
 知らないならただ首を傾げるだけな筈なんだけど、目を逸らしたり話題を変えようとする。
 そしてその内明日が早いからとお開きになった。
 これ絶対何か有るよね。

「……う~ん。その事か~」

「ホルツさん、お願いします。内緒にしますんで」

 腕を組んで悩むホルツさんに僕は懇願する。
 ここまで渋る理由。
 もしかしたら、これは冒険者の流儀の一つである『冒険者同士の秘密は守る』と言う奴なんだろうか?

「近い将来叔父になるかもしれない人なんです。本人に聞こうにも僕は暫くメイノースに帰れなくて……」

「うっ……」

 見掛けと違い心優しいホルツさんは、僕の懇願にたじろいでいる。
 そしてとうとう深い溜息を吐いた。

「しょうがない語ってやるか。けど俺が言ったと言う事は内緒にしてくれよ。サンドライトさんの身内ってんだから話すんだからよ」

「はい! 誰にも言いません」

 僕はホルツさんの目を見ながら頷いた。
 するとホルツさんはまた溜息を吐く。

「最初に言っとくが、実は俺も詳しい話までは知らないんだ。あくまで当時一部の冒険者の間で流れた噂話って事なんで簡便な。何より上からの命令ですぐに緘口令が引かれちまってな、それ以上の事を今では知る事が出来ないんだよ」

「か、緘口令……? ゴクリ……うん分かった」

 どうやらサンドさんの怪我って思っていた以上に大事みたい。
 僕はホルツさんの前置きにゴクリと唾を飲んだ。
 そしてホルツさんは何故かキョロキョロと辺りを見回したかと思うと顔を近付けて来た。
 突然の仕草に驚いたけど、よく考えたら内緒話なんだしこっそりと僕だけに伝えようとしたのか。
 キスされるのかと思ってビビったよ。

「そして、この話に関しては口に出す前に少し儀式が必要だ」

「ぎ、儀式? なにそれ?」

「良いから俺の真似をして言葉も後に続けよ。……母なる神ファーラムよ。今この場に居る我らを守り給え……」

 突然地面に指で魔法陣を描いたかと思うとホルツさんはこの世界の主神である女神ファーラムに祈り出した。
 なにこれ怖いと思いながらも、それをしないと喋って貰えなさそうなので僕もそれに倣う。
 書いている魔法陣だけど、僕の記憶だとこれは確か退魔の魔法陣だ。
 あらゆる魔を払うとされる高位治癒魔術の魔法陣。
 と言っても本当に魔力を流している訳じゃないので気休めみたいなものだと思う。
 なんでこんな儀式が必要なんだろう?
 僕を怖がらせようとしてるのかな?

「……よし、これで良い。……じゃあ話すが、実はなサンドライトさんの傷は死神によって刻まれたって話なんだ……」

「へっ!! し、死がっふごふごふご」

 ホルツさんの『死神』と言う言葉に思わず大声を出し掛けた僕をホルツさんが慌てて口を塞いできた。
 口と言うかホルツさんの手が大きくて僕の顔の半分が隠れてしまって息が出来ない。
 僕はホルツさんの手を外して貰おうと、ポンポンとその手に合図を送った。

「……マーシャル、す、すまない。けど突然大声出すなんて、こっちがびっくりしたぞ」

「ケホッ、ケホッ。こちらこそごめんなさい。……けど死神ってなんですか?」

 平静を装ってるけど、僕の心臓はバクバクと飛び跳ねている。
 死神だって? そ、そんな……、さっき夢に出て来たじゃないか!
 ぐ、偶然だよね? そ、それに死神と言えば骸骨姿で鎌を持ってるって話だし。
 あんなに綺麗な人な訳が無いよ。
 うんうん、偶然偶然、気の所為気の所為。

「……いや、あくまで噂だ。聞いた所によると伝説の姿と違うらしいしな。それに狙われたのはとある貴族でサンドライトさんはその貴族を庇った所為との事だ」

 止めて! 伝説と違う姿だから気の所為と思おうとしてるのに!
 僕の直感を後押しするような情報は聞きたくないよ!
 ……けど、傷を受けた時の状況が本人に聞いた話とちょっと違うような……?

「あの……事故じゃなかったの? それに仲間を庇ったからって聞いてたけど」

「ん? 本人から聞いたのか? じゃ聞く必要無くないか?」

「違うんです。僕にはそれ以上の事を教えてくれませんでした。それに今朝までそれ程の冒険者だって事を知らなくて、ただお金が無いから怪我を治せなかったんだと勘違いしていたんですよ。だから過去に怪我で引退したって聞いても、ふ~んとしか思ってなかったんです」

「そう言えばさっきそんな事言ってたか。なるほどな……いや事故は事故なんだ。仲間を庇ったってのも間違いない。っで話の続きだが、とある地方貴族の別荘の地下にある日遺跡が見付かったって話で、当時サンドライトさん率いるパーティーに発掘依頼が来た。そして貴族と共に地下その遺跡を探索した。まぁお宝が自分の別荘の地下に眠ってるかもしれないんだ、冒険者にちょろまかされてもかなわんって事で同行したんだろうよ」

 あぁ、貴族って基本冒険者の事を信用していないよね。
 雑魚冒険者の僕には貴族なんてまだ縁遠い世界だけど、先輩達がたまに愚痴零しているのを聞いた事が有る。

 ……あっ! そう言えばクロウリー家も男爵位持ちだったっけ?
 と言っても、国がクロウリー家を国内に縛り付ける為だけの、相続権は有るものの権威も権限も無い実質名誉職みたいな物なんだけどね。
 それにどうせ妹が継ぐだろうし、やっぱり僕には貴族なんて縁遠い世界に変わりないよ。

「……そして、探索の結果、貴族が期待していた宝は見付かった」

「……おぉ~それは凄い」

「……だがそれ以上に見付けてはならないモノまで見付けてしまったんだよ」

 ホルツさんは一段声を落としてそう言って来た。
 見付けてはいけないモノ? なんなんだろう。

「ゴクリ……」

「……欲どしい貴族が更に宝が無いかと壁を壊したんだが、その時崩落事故が起きてしまった。だがそのお陰で更なる遺跡が見つかった。……そう『死神の寝床』と言う遺跡がね……。そこでサンドライトさんは皆を助ける為に一人死神と戦いながらも隙を見てなんとか逃げ延びた。だが、その時膝に受けた呪いの傷は大司祭の魔法でも治らなかった……」

「し、『死神の寝床』……。それに呪いの傷……? そんな……」



「……らしいって話だ」

 急にホルツさんは近付けた顔を離して苦笑交じりにそう言った来た。
 それによって先程までの張りつめる様に緊張していた空気は一気に霧散する。

「へ? あ、あの……らしい? えっと、どう言う事ですか?」

 ホルツさんの変わり様について行けず、僕の頭の中には『?』の文字が飛び回っている。
 僕の焦る様子を見てホルツさんはニマ~と笑顔を浮かべた。

 え……っと、あれ? もしかして今までの話はホラ話?
 あぁ~なるほど、僕は担がれたって事?
 なんだ~儀式だなんて言うからビビッて信用しちゃったよ。

「ははは、最初に言っただろ? 詳しくは知らないって。と言っても、一応今の話は当時の噂話の継ぎ接ぎなんだ。勿論冒頭のあの変な儀式もな。だが緘口令の方は本当だ。まぁ貴族絡みは色々複雑でアンタッチャブルだしトラブル自体は有ったんだろうな。その後サンドライトさんも引退して姿を消したんだからよ。だからこんな突拍子も無い憶測が飛び交っても仕方が無いさ」

「そうですね。ふ~びっくりした。……あれ? そう言えばサンドさんの当時の仲間ってどうなったんです?」

 ふと疑問が過ぎる。
 昔話をした時のサンドさんも『仲間』しか言わなかった。
 その時はただ僕の知らない人だからそう言っただけなのかと思っていたけど、当時サンドさんと組む程の冒険者なら今頃有名になっていても良いんじゃないのかな?

「あ~緘口令の所為でな、誰かまでは知らないんだ。サンドライトさんって元々ティナさんと組まない時は臨時の助っ人として色々な冒険者達と組んでいたと聞いているし、そいつらに聞いても当時同行したのは俺達じゃないって言ってるんだよ。もしかするとそのとある貴族とやらの子飼いの者だったのかもな」

「なるほど、ありそうですね。その人達だけじゃ頼りないからサンドさんを雇った。だからサンドさんもただ単に『仲間』としか言わなかったのかな?」

「はははは、本人から聞いた情報ってのは貴重だぜ。まさか今頃になってこの噂の真相に近付けるとは思わなかった。けど本当に子飼いの者ってんなら話は漏れないだろうし噂は全部嘘かもな。なにより伝説の死神なんてのに襲われたら、さすがのサンドライトさんでも逃げ切れないだろうさ。そんな化け物が出て来た日にゃそれこそ『人魔大戦』の再来になっちまう」

 うっ……。
 笑っているホルツさんだけど、僕はその『人魔大戦』って言う言葉にドキッとした。
 今の話って本当に突拍子も無い憶測なんだろうか?
 ……実は少しおかしいと思ってたんだ。

 

 僕が先に言った東の国でクエスト失敗率が上がってると言う噂に追従する様に話を併せていたけど、そんな噂を根拠とするにはあまりにも魔王前提で話していた様に思える。
 叔母さんだってそうだ。
 まるで僕が始祖の力で魔王と戦う事を知っていたかのような口振りだった。
 今思うとあの時の二人は、僕の話を信用したんじゃなくてをしていたんじゃないのか?
 元Aランク冒険者だった二人だけが知る新たなる魔王に纏わる真実について。

 だとしたら、あの夢に出てきた綺麗な女性。
 あれは本当に死神だったんだろうか?
 魔王にとって脅威となる芽を今の内にその鎌で刈り取る為に接触して来た。

 ……………。

 ……いや、それは無いか。
 だって結局何もせずに消えちゃったんだしね。
 彼女が本当に死神だったとしたら今頃僕は殺されちゃってる筈さ。
 うん、あれは夢だったんだ。
 そうに違いない……と思う事にした。


「なぁマーシャル。サンドライトさんは今メイノースに居るんだろ? マーシャルが事件の真相を聞いてくれないか? 恐らくちゃんと頼めばお前には教えてくれると思うぞ」

 僕が叔母さん達の不可解な行動について考えていると、ホルツさんがそう言ってきた。
 いや、元々メイノースに戻らないからホルツさんに教えてと頼んだんだけど。

 ……しかし、確かにそうかもしれないと僕は思った。
 二人が何も言わず、僕を焚き付ける様にして実家に送り出したのは、まだ今の僕には魔王と対峙するには早いと思ったんだろう。
 僕が力を付けて戻ったら、その時は真実を話してくれるかもしれない。
 まず僕は自分に出来る事をやろう――そう心に誓った。

「分かりました。今度サンドさんに会ったら聞いてみます。足の怪我は今でも治ってないんだから何か事情は有るんだと思うしね」

「あぁ、冒険者の流儀に反しない範囲で良いから教えてくれよ」

 そう言ってホルツさんはニヤリと笑いながらサムズアップをした。
 う~ん、優しくて穏やかだと思ってたけど、こんな悪戯っ子な面も有るのか。
 それにしても冒険者の流儀……か。

「あぁ! そうだ! すみません、もう一つ聞きたい事が有るんですよ」

「ん? なんだ? 冒険者の流儀に反しない範囲なら何でも答えてやるぞ」

「はい、その冒険者の流儀を全部教えてくれませんか?」

「はぁ~なんだそれ? 研修で習ってないのか?」

「そうなんですよ。うちの教官ってば実技はみっちりと教えてくれたんですが、座学は全然で……」

 それが原因で苦いパーティー追放になっちゃったんだしね。
 まぁ全部弱い僕が悪いんだけど……。

「う~ん、仕方無いな。まぁ教えてやるか。しかし一からとなると今夜は寝れねぇぞ」

「はい! お願いします!」




 突如始まった深夜の授業。
 それを闇から覗く血の色が二つ。
 その双眸は一人の少年に向けられていた。
 しかし授業に夢中の二人はその存在に気付かない。

「綺麗……綺麗な……女性……私が……?」

 およそ感情を感じ取れないその声は闇の中に溶けて行った。
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