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第二章 幼女モンスターな娘達

第37話 死神

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「アハハハハ……。ウフフフフ……」

 何処かから笑い声が聞こえる。
 いや、笑い声と言えるのかな? なんだか『ア』と言う言葉の後に『ハ』を並べている。
 そして『ウ』の後に『フ』を並べている。
 なんだかそんな感じ。
 およそ感情と言うものを感じない言葉の並びだけの笑い声。
 そんな声が聞こえて来た。

「だ、誰?」

 僕はその声の主を探す為に辺りの様子を見回したんだけど、その姿は何処にも無い。
 それどころか、さっきまで一緒に居た筈のライアやホフキンスさん。それに冒険者の皆に御者さん。
 景色だってそうだ。
 僕達は山の麓で野営をしていた筈なのに焚火も消えて辺りは真っ暗。
 その表現も間違いだ。
 周囲は一切の闇に包まれている。
 僕の呼ぶ声に反応したのか笑い声も止まってしまった。
 何も見えない、何も聞こえない。
 そして誰も居ない。
 それより、肌に纏わりつく様な瘴気を帯びたこの空気。
 少なくともここは先程まで居た野営地じゃなく別の場所……そんな予感がした。

「み、皆? ライア? ホフキンスさん? ダンテさん? どこ行ったの!」

 突然の状況に僕は皆の名前を呼んだ。
 しかし、誰もその声に応えてくれない。
 気配さえ全く感じない。
 なにこれ? 幻術なの? 魔物の襲撃?
 さっきの笑い声の奴の仕業なの?

 そう思った瞬間、背筋に悪寒が走り怖くなった。

「皆ぁぁーーーーー!! どこに居るのーーーー!!」

 恐怖のあまり大声を上げて皆を呼んだ。
 何度叫ぼうが結果は同じく、辺りに広がるのは闇と静寂。
 僕は恐怖に駆られ、訳の分からない言葉を叫びながら走り出した。
 ここから逃げないと!
 皆を探さないと!

 どれくらい走っただろうか。
 もう僕の体力も、そして叫び続けた喉も限界を超えてしまい、僕はその場で倒れてしまった。
 起き上がれない、こんな訳の分からない所で僕は死んじゃうのか?
 闇の世界で一人横たわり絶望が僕の頭を支配した。


「アハハハハ……。ウフフフフ……」

 また何処からともなく笑い声が聞こえて来た。
 今度も同じ感情なんて一切感じない棒読みの笑い声。
 体力も気力も限界に達した僕は、既に恐怖など感じる力さえも消えてしまったようで、その声をただじっと聞いていた。
 ずっと僕を追って来たのかな?
 何の目的で? 何をしに?
 やっぱり僕を殺そうとしてるの?
 なんで? ……あはは、そんなの分かり切ってるじゃないか。
 それは僕の中に宿る始祖の力の所為だってね。
 何故だか悔しいとか死にたくないとか、そんな気持ちが湧いて来ない。
 身体も心も疲れちゃった所為なのかな?


「アハハハハ……。ウフフフフ……」

「え?」

 全てを諦めた途端、今までどこからしているのか分からなかった笑い声がすぐ近くで聞こえた。
 声の主は僕の心が折れたのを見計らってトドメをさそうと出て来たんだろうか?
 僕はその存在を一目見てやろうと動かない身体に無理矢理力を込めて起き上がる。
 だって、どうせ殺されるんなら相手がどんな奴なのか見ておきたいじゃないか。

「ぐっ……っと。はぁはぁ」

 何とか身体を起こした僕は笑い声がした方に顔を向けた。
 そして、そこに居たのは……。

「綺麗な……女の人……?」

 僕の口から目の前に立っている人物への素直な感想が零れた。
 そう、そこに立っていたのはとても綺麗な女性だった。
 ただ綺麗なんだけどその顔には声と同じく感情と言うものが一切感じられない。
 無表情のままこちらを見下ろしていた。
 その眼は血の様に真っ赤に輝いている。
 しかし、そんな恐ろしい目をしている筈なのにそのとても整った顔の所為で怖いと言う感情は浮かばなかった。
 なんだかまるで神殿に祭られている女神像の様だ。
 その印象を裏付けるかのように透き通る白い肌、髪もそれに合わせたかの様に純白。
 髪型はよく分からないな。
 何故かと言うとその女の人は何かを振りかぶるように両手を上げていたから女性の顔と前髪しか見えなかったんだ。
 恐らくその何かとは武器なんだろうと思う。
 そして、それが振り下ろされたら僕は死ぬ。
 なぜだか分からないけど、そうだと確信した。
 服装は胸元が大きく開いた周囲の闇と同化したような漆黒のドレスを身に纏っている。
 その姿に僕は昔読んだ絵本に出て来た恐ろしい死神をイメージした。
 いや、その死神の顔はこんな綺麗な女の人じゃなくて骸骨だったんだけどね。
 今すぐ逃げなけりゃ殺されてしまう……分かっているのに僕はその姿に見惚れてしまったんだ。

 …………。
 …………。

 見惚れたまま殺されようとしている事も忘れた僕は、ただその死神が僕の命を刈り取る時をじっと待っていた。
 けれど、僕を無表情のまま見下ろしている死神は、まるでその印象の通り彫刻像みたいにピクリとも動かない。
 どれだけ時間が経ったのだろう?
 身体の疲れが回復してくると共に、徐々に殺されると言う恐怖が胸に宿り出した。
 逃げ出したい! だけど動いた途端その振り上げた手を僕目掛けて振り下ろす事は目に見えている。
 このまま見詰め合ったままでいても仕方が無い。
 意を決した僕は死神に話し掛ける事にした。

「あ、あの……あなたは誰……ですか?」

 答えが返って来るとは思っていない。
 ただこの膠着状態から逃れたいその一心でやっと出た言葉がこれだった。
 けど、死神は僕の言葉にもまるで反応を示さず微動だにせずに立ち続けている。
 僕は次の言葉を絞り出した。

「な、ぜ……、僕を殺そうとするの?」

 理由は始祖の力だろうと分かってはいるけど、ちゃんと本人の口から聞きたいじゃないか。
 けれど、やはり死神は何も反応しないのかなと諦めていると、今までピクリとも動かなかった死神の眉が微かに動いた……様に見えた……かな?
 驚いてその綺麗な顔をまじまじと観察していると、急にその口が動き出した。

「私が……綺麗……?」

 確かに僕の耳にはそう聞こえた……と思う。
 笑い声と同じで全く抑揚の無い棒読みの言葉。
 それは僕の質問の回答にかすりもしないし、この状況で出る言葉とも思えない。
 そんな死神の問い掛けに僕の頭は真っ白になる。
 だけど、意味が分からないけど、聞き間違いかもしれないけど、僕は死神に対して正直に答える事にした。

「うん、とても綺麗……だと思うよ」

 その言葉にまた死神の眉がピクリと動いた。
 そして彼女の口が再び開いたかと思うと、そこから「そう……」と言う言葉が零れ落ちた。

 …………………………。
 ……………………。
 ………………。
 …………。
 ………。

「ハッ! ……え?」

 目を開けた僕の目に映った景色は相変わらず闇だった。
 いや、目だけ動かして様子を窺うと右側にうっすらと布越しに光が見える。
 それで気付いたけど、今の僕は仰向けの状態で横になっているようだ。
 耳をすませばパチパチと言う焚火の音も聞こえて来た。
 その音でやっと自分の置かれた状況も思い出した。
 ここは馬車の荷台の中だ。
 夕べは皆との自己紹介の後に叔母さん達の現役時代の話で盛り上がったんだけど、明日も早いからって事で僕とライア、そしてホフキンスさんは馬車の荷台の中で寝る事になったんだ。
 護衛である冒険者の皆は、外にテントを張って交代で見張りをしてくれている。
 この焚火も誰かが今も見張りをしてくれているからなのだろう。

「え……っと、と言う事は今のは夢……なのかな?」

 そう言葉にしたけれど、それは現実逃避の様に自分を落ち着けたいだけ。
 心臓がバクバクと跳ね上がり、寝汗も滝の様に衣服を濡らしている。
 今のは本当に夢だったの?
 夢にしては意識もはっきりしていたし、いまだに全力で走った様な倦怠感が身体に残ってる。
 僕は横になったまま目だけをキョロキョロと動かして荷台の中に死神の姿を探した。
 しかし、その姿も抑揚の無い笑い声も聞こえない。
 耳に入るのは、僕のすぐ横から聞こえてくる「スピスピ」と言う可愛い寝息だけ。
 僕は顔を横に向ける。
 するとそこに居たのは幸せそうな顔で寝ているライアの姿。
 そんな可愛い娘の寝姿に、やっとさっきのは夢だったんだと安堵の溜息を吐いた。

「嫌な夢を見たなぁ~。寝汗でびっしょりだよ」

 そう言って起き上がった僕は荷台の中を見回した。
 やはり死神の姿は無く、少し離れた所にはホフキンスさんが寝ている姿が見えた。
 ホフキンスさんが寝ている場所は荷台の中央付近。
 その向こうには貨物置場となっていて、もし御者側の入口から賊が侵入したとしてもそれが邪魔で時間稼ぎが出来る比較的安全な場所だ。
 そして僕は一応現役冒険者だし、商人であるホフキンスさんを守る為と言う事で、今は天幕を下ろしてい塞がってるけど荷台の後方入口側で寝ていたんだよ。
 だから着替えを取るにはホフキンスさんの前を通らないといけない。
 うっすら焚火の光が入る程度の荷台の中じゃ、荷物を取りに行くのにも着替えをするにもホフキンスさんを起こしちゃうよ。
 嫌な夢で目が醒めちゃって寝れそうもないし、外の焚火に当たって服を乾かそうかな?
 それに焚火の側なら見張りの人が起きている筈。
 人恋しさから誰かと話したい。
 そう思った僕は天幕を開き荷台の外に出る事にしたんだ。
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