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第二章 幼女モンスターな娘達

第29話 冒険者の流儀

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「まぁ、なんにせよ、お前が無事に帰って来てくれてホッとしたぜ」

 あれから僕が無事に帰って来たお祝いと、この後修行の為に実家に帰る僕と逃がした事になっているモコの送別会を兼ねたちょっとした打ち上げパーティーをしようって事になって、皆朝っぱらから酒を飲み始めたんだ。
 僕はまだ成人じゃないからジュースだけどね。
 そんな感じで盛り上がっていると、急にギルドマスターがそう言って僕の肩をバンっと力いっぱい叩いて来た。
 とっても痛かったけど、文句を言う気にはなれない。
 だって顔を見たら心から喜んでくれてることが分かったから。

「はははは、マスターってばこの三日間『マーシャルに何かあったらティナに殺される~』とか言って涙目で焦ってたもんな」
「あんな慌てたマスターを見たのなんて『疾風の暴龍』解散宣言の時以来だもの」
「あっはっはっ! 違いねぇ。あの時だって『お、お前ら、か、考え直さねぇか?』って涙目だったもんな」
「うっうるさい! お前らだってずっとソワソワしてたじゃねぇか!」
「俺達は純粋にマーシャルを心配していたさ」
「なっ! おっ俺だってそうだってぇの! それに俺はティナから直接『甥の事を頼む』って言われてたからな。その責任ってのが有ったんだよ」

 周りの先輩冒険者達が僕が居ない間のギルドマスターの様子の真似をして笑いだした。
 それを聞いたギルドマスターは顔を真っ赤にして怒っている。
 なんか叔母さんの話が出て来たけど、こんな厳ついギルドマスターが叔母さんに殺されるって涙目になるってどう言う事?
 もしかするとギルドマスターは『俺は女には手を出さねぇ』なんて主義とかで、叔母さんから一方的に殴られる事を怖がってるのかな?

「お姉さんに殺されるって、そんな大袈裟な」

 確かに叔母さんは力が強いけど見た目は華奢な女性だし、現役を引退して今じゃ大学の教授だよ?
 それに比べギルドマスターは、その肩書を持ちながら現役Aランク冒険者でもあるんだ。
 聞いた話では十年前先代のギルドマスターが病で引退する際に名指しで指名された所為で渋々ギルドマスターになったみたい。
 もしそんな肩書が無く自由に冒険をしていたなら今頃Sランクだって夢じゃなかったって言われている実力者なんだって。
 そんなギルドマスターなんだから、多少力が強くても叔母さんの攻撃なんてかが刺した程度じゃないのかな?
 森の中で僕を岩石ウサギから助けてくれた時の様に、叔母さんってばアーチャーみたいだしね。
 あれはすごかったなぁ~。
 平地でもあの距離から僕と接敵している距離の岩石ウサギだけを射る事が出来るだけでとんでもないのに、鬱蒼とした森の中だったんだから。
 引退して数年経ってるのに本当凄い腕前だよ。


「い、いやだから、俺は純粋にお前の事を心配してだな……」

 明らかに焦って弁解みたいな事を言っているギルドマスターの態度に首を捻っていると、先輩冒険者の一人がポンポンと肩を叩いて来た。

「マーシャルにも内緒にしてたんだから知らないだろうけど、ティナさんが現役の頃マスターってば模擬戦で一回もティナさんに勝った事が無かったんだよ」

「えぇっ!?」 

「ばっ! 馬鹿野郎! それを言うんじゃねぇ!」

 一瞬冗談かと思ったらギルドマスターは額から汗をダラダラ垂らしてその先輩冒険者に注意していた。
 あれ? もしかして冗談じゃなく本当なの?

「『疾風の暴龍』のサンドとティナ。この名はこの街だけじゃなく周辺地域にまで轟いていたのさ」

 別の先輩冒険者がそう耳打ちしてくれた。
 へぇ~、全く知らなかったよ。
 『疾風の暴龍』かぁ~。
 疾風って所はかっこいいんだけど、暴龍ってのは結構物騒な感じだよね。
 どうしてそんな名前が付いたんだろう?
 もしかして前と後ろの言葉が二人を表してるのかな?

 だったら疾風って言うのはアーチャーである叔母さんにピッタリかも。
 こっちに向かって走って来る時もすごく早かったしね。
 素早い動きでギルドマスターを翻弄したってところかな?

 なら暴龍ってのがサンドさん?
 とても人当たりが良くていつもにこにこしているサンドさんだけど、それは怪我で現役引退して今は門番してるからかもしれないな。
 誰に対しても厳つい顔の門番ってのも居る事は居るんだけど、ある意味街の顔みたいなものだから、普通の旅人に対しては快く街に来てもらう為に笑顔の門番ってのは結構普通だしね。
 もしかしたら現役当時は手の付けられない暴れ者だったのかも……想像出来ないけど。

「お姉さんたら何も教えてくれなかったから全然知らなかったよ。そんなに凄かったの?」

「あぁ凄いってもんじゃなかったぞ。あと数年もしない内に二人組パーティーでは珍しい揃ってSランク冒険者なんて事だって有り得たくれぇだしな」

 そ、それ程なの?
 と言う事は引退時には二人共Aランク冒険者だったって事?
 しかも二人ともあの若さでSランクになれる程の実力者だったなんて。
 Sランク冒険者なんて王都の大ギルドでも珍しい存在だ。
 しかも所属しているパーティーは騎士団で言う所の分隊規模の大所帯ばかり。
 その中のリーダーとかエースって呼ばれる人達が長年掛けてやっとSランク冒険者に成れるらしい。
 地方都市のこの街のギルドなんて創設以来Sランク冒険者が居たってのは聞いた事ないや。
 それこそ手が届きそうだったって言うギルドマスターくらいじゃないの? って思ってたよ。
 それなのに二人パーティーで揃ってSランク?
 そりゃあ、ギルドマスターとしては二人が引退するのを涙目で止める筈だよ。
 たった二人で岩石ウサギ20匹の群れを軽々全滅出来きたのも納得だ。

「凄かったんだね。今回直接戦ったところを見てないんで二人がそんなに強かったって知らなかった」

「そうか~それは残念だな。二度と見られないと思っていた伝説の復活だったのによ。細剣と魔法を巧みに操り、敵がその姿に気付いた時には既にその命の炎は消えている。疾風の稲妻こと魔法剣士サンドライト……」

 ん……? 今なんて?

 先輩冒険者が僕が二人の戦う所を見ていないと言ったら、残念そうに当時の事を語り出したんだけど、今『疾風』についての説明だったよね?
 細剣と魔法を巧みに操る魔法剣士?
 なにそのレア職業。
 あれれ? 叔母さんは魔法を使えないし、それにアーチャーじゃないの?
 あと名前はティナだよ?
 サンドライトって……もしかしてサンドさんの事?
 マジでサンドさんって魔法剣士だったの?
 火矢くらいしか使えないって言っていたから、少し魔法が使えるだけの戦士だと思っていた。

「そして、可憐な姿とは裏腹に武芸百般何でもござれ、狂喜にも似た嬌声を上げながら身の丈以上の大剣をまるで小枝の様に軽々と振るう。暴れ出したら止まらないその姿はまさに猛き龍が如し。人呼んで狂暴龍のティナ!」

「ぶぅぅぅーーー!!」

 なななななな! なにそれ!
 僕はその恥ずかしい名乗り説明に思わず飲んでいたジュースを吹き出してしまった。
 ちょっと待って? 叔母さんが暴龍担当だったの?
 って言うか本当にそれぞれの呼び名を合わせたパーティー名だったのか。

「おいおい、マーシャル。ジュース吹き出すなんて汚いな」

「ご、ごめんなさい。けどお姉さんがなんだって? 狂暴龍? 嘘だよね?」

 確かに怒ると怖いけど、とっても優しいし綺麗だし何より元冒険者ってのを知るまで戦いなんて無縁な存在だと思ってた。
 オフの日でも身嗜みをキチッと整えて清楚で知的で料理だって上手いし、今聞いた叔母さんの説明はそれの真逆なんだけど……。
 それに武芸百般って事はアーチャーな訳じゃなく、特殊職のバトルマスターって奴じゃないの?
 サンドさんの魔法剣士もかなりレアだけど、バトルマスターなんてこの国にも右手で数えられるくらいしかいない超レアな職業だ。
 まさかうちみたいなテイマーの家系からそんな脳筋職の極致な才能を持った人が出て来るなんて思いもよらなかったよ。
 そう言えば僕を助けてくれた時に外套の下に何か大きくて長い物を背負っていたみたいだけど、あれって大剣だったのか。
 家に着いてからすぐ部屋に着替えに行ったから結局分からずじまいだった。

「がはははは。びっくりするのは当然だわな。普段の姿は今と変わらねぇんだ。けど戦いってなるとスイッチが入ってな。あいつと模擬戦でまともに戦える奴なんざ俺かサンドライトぐれぇだったのさ」

「何言ってんだよマスター! 互角だったサンドさんと違って一勝も出来なかったくせに!」

 ギルドマスターの言葉に周りからツッコミが入った。
 やっぱりサンドライトって言うのは、サンドさんの事で正しいみたいだ。
 今までサンドさんとしか呼んでなかったけど、本当はサンドライトってかっこいい名前だったのか。
 と言うか、サンドさんってギルドマスターが勝てなかった叔母さんと互角だなって、現役時代はどれだけ強かったって言うの?

「うっうるせぇ! 強さもだがあんな際どい鎧を着てなまめかしい声を上げながらウロチョロされてみろ! 気が散って実力が出せねぇっての!」

「マスターやらしーー」
「往生際が悪いっすよ」

 ギルドマスターの言い訳に周りが笑いながらチャチャを入れていた。
 けど、確かにギルドマスターの言う事も一理有るかも。
 僕も初めて叔母さんのビキニアーマー姿見た時はドキドキしたもん。
 それに現役当時って言うとまだ叔母さんが二十歳そこそこの頃だろうし、今より若かったんだから血の繋がってる僕でも目が離せなかったかも。
 そりゃ気が散ると思う。
 う~ん、叔母さんが冒険者の過去を封印したかった理由が分かったよ。
 若気の至りで破廉恥な格好をしながらエッチな声を上げて暴れまわってた過去はそりゃ封印したいよね。

「まぁなんだ。こうやって皆と気兼ねなく昔話出来るのは良い事だ。あいつらが現役復帰って訳にはいかねぇだろうが、ティナとサンドが昔の様に仲直り出来たのは本当に良かったぜ。あの一件以来二人のギクシャク振りは目も当てられなかったからなぁ」

「くっ! 俺は仲直りして欲しくなかった。あのままなら俺にだってティナさんと仲良くなれる機会が有ったかも知れないのに!」
「俺もーーー!」
「俺二人が馬に相乗りして街から出て行く所を見ちまった……。ティナさんに抱き付かれやがってサンドさん羨ましいぜ」

 ギルドマスターが二人の仲直りを喜んだところ、周囲の先輩冒険者達からそんな悲痛な声が聞こえて来た。
 なにやらサンドさんに嫉妬しているみたいだ。
 狂暴龍とか呼ばれていた割には皆からかなり好かれていたみたい。
 そりゃ美人で強くてエッチな女性ならそりゃ男は皆気になってもおかしくないよね。

「本当男ってやーねー」
「ティナさんがあんたらに靡く訳ないでしょ。あの人はあんな格好だったけど身持ちは固いんだから」
「そーそー。二人はお似合いのカップルだったからねぇ~」

 嘆いている男性冒険者達に女性冒険者が軽蔑の目を浮かべながらそんな事を言っている。
 どうやらその言葉からするとやっぱり二人は恋人同士だったのか。
 ちょっとショックかも……。

「まぁ雨降って地固まるって奴だな。モコの事は残念だが、まだ死んだ訳じゃねぇしあれだけマーシャルに懐いていたんだ。人間を襲ったりせず人里離れた何処かでひっそりと暮らすようになるかもしれねぇさ」

 ギルドマスターがそう言って笑った。
 他の冒険者達も笑いながら頷いている。
 モコの事で皆を騙している僕としては罪悪感で胸が痛い。
 いつかは皆に本当の事を言える日が来るだろうか?


「しかし、すまんなマーシャル」

 本当の事を言えないジレンマに苛まれていると急に先輩冒険者の一人が謝って来た。
 何故謝られたのか分からない僕は首を捻る。

「あぁ、そうだ。本当にすまない」
「ごめんなさいね」

 他の冒険者達も次々と謝って来る。
 僕は訳が分からず戸惑ってしまった。

「皆が謝る必要は無い。俺が一番悪いんだ。すまないマーシャル」

 戸惑っている僕を余所に一人僕の近くに歩いて来て深く頭を下げて来た。
 その人は新人研修を担当してくれた教官だ。
 そこで何となく皆が謝って来た理由が分かった気がする。
 多分僕の追放された時の事を言っているんだろう。。

「ちょっと教官! 頭を上げて下さい」

「いや、俺の教育が足りなかった所為で今回の事件を引き起こしてしまったんだ。研修でちゃんとグロウ達に冒険者の流儀さえ教えていれば、あんな屈辱的な追放はされなかっただろうに。本当にすまない」

 冒険者の流儀……。
 僕を追放した時のグロウ達のあの態度は、冒険者として最低な事だったって言うのはサンドさんから聞いた。
 今まで苦楽を共にして来た仲間対して、どんな理由が有ろうとも人前で笑い者にして良い訳が無いって、サンドさんは怒ってくれたんだ。
 それはあの場に居た皆も同じ想いだったって言っていた。

「彼奴等あれからも、暫くお前の悪口言ってやがった。本当に腹が立つ」
「俺なんて怒りを誤魔化す為に唇噛んでたら血が出ちまったんだぜ。ほら見てくれよ。ここ」
「俺達の怒りすら気付かずにへらへら笑いながら冒険に行きやがって。あんな奴等依頼失敗すれば良いんだ」
「おいおい、同感だがギルドマスターとしては失敗されると困る」
「けどよ、弟みてぇなマーシャルを笑いやがったんだぜ?」
「弟ってお前……それお前がティナに惚れてるだけだろ」

 皆が口々に愚弄たちに対しての怒りを露わにして憤りの言葉を吐いている。
 最後の方は少し怪しかったりするけどね。
 多分僕が人前では叔母さんの事を『お姉さん』って呼ぶから弟だと勘違いしてるみたい。
 しかし、本当に皆怒ってくれていたんだ。
 けど、やっぱり誰も口にしないよね。
 グロウ達の態度が悪いけど、その判断が間違っているとは言わないんだ。

「帰ったら〆てやらねぇとな」

 誰かがそう言った。

「あぁきっちりと冒険者の流儀を教えてやらねぇとな」

 その言葉に誰かが同意した。

「そうよ、モコちゃんを愛でる事が出来なくなった落とし前を付けてやるわ」

 そんな感じにグロウ達への憎悪にも似た言葉がギルドの中に木霊すように聞こえてくる。
 僕はその言葉達に少しだけ胸がスッとするのを感じる。
 そうだ、皆が味方をしてくれる。
 これでグロウ等にギャフンと言わせられる。
 僕が今お願いをするとグロウたちに復讐出来るんじゃないだろうか?
 そんな考えがいっぱい頭に浮かんで来たんだ。

 だけど、僕の口から出た言葉は違うものだった。


「ダメだって皆! そんな事絶対にしないで!」

 僕は大きい声で皆に対してそう言った。
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