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第一章 雑魚テイマーの嘆き

第24話 資格

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「始祖の遺産? それに資格だって……?」

 僕は叔母さんの言葉の意味が分からずにそのまま問い返した。
 そりゃそうだよ、従魔術の始祖の遺産に触れる資格なんて物を僕が持っている筈が無いじゃないか。
 そんなのは母さんみたいな天才が持つべきものだ。
 スライムにも無視されるような雑魚テイマーの僕なんかじゃ、どれだけ願っても手に入らないに決まってる。

「えぇ、さっきも言った通りまだ仮説も仮説だけどね」

「ど、どう言う事なの?」

「まず仮説の前提の一つ。『200年前に従魔術の多くは封印されて現在は弱体化している』と言う所まではいいわね?」

 僕は叔母さんの質問に頷く。
 これは僕の家の様な従魔術の名門の家系じゃなくてもテイマーなら誰でも知っている事だ。
 従魔術の基礎教本の冒頭に載っている当たり前の事。
 こんな当たり前の事を今更確認するなんて一体どうしたんだろう?

「実はね。それより昔に一度従魔術の力は封印されているのよ」

「なんだって!!」

 叔母さんの言葉に僕は驚きの声を上げた。
 その所為で腕の中で眠っていたライアがビクンと身体を震わせる。
 どうやら起こしちゃったみたいだ。
 目をパチパチしながら辺りをキョロキョロと見回している。

「あぁ、ごめんライア。驚かせちゃったね。まだ寝てていいからね」

「ちょと待って。ライアちゃんにも聞きたい事が有るから、もう少しだけ起きててもらえる?」

「う~にぇむい……」

 寝させようとする僕を叔母さんは止めて来た。
 ライアに聞きたい事ってなんだろう?

「え~と、話を戻すわね。さっき言った通り200年前より更に昔に従魔術の力は封印され弱体化しているのよ」

「そんな話聞いた事ないよ。一体誰が封印したの?」

 どんな教本にもそんな事載っていない。
 母さんもそんな事は言わなかった。
 一体誰が何の目的で従魔術を弱体化させたんだ?

「それはね、始祖自身の手によってよ」

「始祖自身が……? どうして?」

 始祖が封印しただって? 
 一体何の為に?

「ごめんなさい。始祖が何を思って封印したか詳しい事は分からないわ。禁書にそう載っていたの。それによると始祖は封印する際にこう言ったそうよ。『我が力は平和の為に。新たなる災厄に立ち向かうべく未来に託す』ってね」

「新たなる災厄……。もしかして……」

 始祖の残した言葉。
 さっき叔母さんが言っていた予言って事なんだろう。
 『新たな災厄』って言うのは『新たな魔王』の出現の事を言っているのかもしれない。

「その他にも似た様な記述が有ったわ。それら全て未来に起こる災厄についての説明よ」

「けど、なんで力を封印したの? 魔王を封印した力だよ? 皆で使える様になればどんな魔物だってイチコロじゃないか」

「そうね。始祖の意図について私にも分からない。けどなんとなく思うのよ。今のテイマーにも言える事だけど、契約した従魔をまるで奴隷の様に扱っている者達がいる。抵抗出来ないのを良い事に憂さ晴らしやただの加虐欲を満たす為だけに暴力を振るう者だっているわ」

「うっ……」

 それについては、僕も何度か目の当たりにした事が有る。
 さすがに公衆の面前でやる人は居ないけど、明らかに戦闘で負ったとは異なる怪我をした従魔を連れているテイマーを色々な街で見掛けたんだ。
 それに定期的に違う従魔を従えている人もいる。
 僕はそんなテイマー達を見る度に言い知れぬ苛立ちを覚えた。
 勿論これは持たざる僕の嫉妬だったのかもしれない。
 なんで契約出来たのに大切に扱わないんだ! 大切に扱わないのなら僕にくれよ! ってね。
 そして、その人達を見た後はいつも『自分も契約する力を持ったらあんな風になっちゃうんだろうか?』と、とても怖くなって震えるんだ。
 その気持ちを思い出して、また怖くなった僕は腕の中のライアを優しく抱き締めた。

「うん、本当に二人は仲が良いわね。……そう、平和になった今でさえ従魔を虐げる者達が居るの。よく考えてみて? 『人魔大戦』により人と魔物達の争いが激しかった頃の事を。魔物を憎む気持ちは今より強かった筈よ。当時の文献によると従魔として契約した魔物の処刑ショーなんて物も定期的に開催されていたみたい。それだけを生業としていた従魔術師も沢山居たそうよ」

「そ、そんな……」

 僕は叔母さんが語るかつて行われた凄惨な従魔術の歴史に言葉を失った。
 だけど、それを責められるのか?
 自分の大切な人が魔物に殺されて、そしてその魔物が無抵抗な状態で晒されている。
 僕はその魔物に石を投げないでいられるのか?
 
 けど、だけど……。
 『従魔術はそんな事の為に造られたんじゃない』
 心の中でそう叫ぶ自分がいた。

「そんなの間違ってる。従魔術は魔物と心を通わせる為の術だよ。分かり合えず争っていた人と魔物を繋ぐ為に始祖は従魔術を造ったんだ!」

 僕は心の中の自分に従い叔母さんにそう叫んだ。
 叔母さんは僕の言葉に優しく微笑みながら頷いていた。

「そうね。そう思うわ。多分始祖もそう思っていたはずよ。だから魔王すら封印した真の従魔術を封印したんだと私は思うの」

「だから封印したの?」

「えぇ、自分の力を受け継ぐに値する者が現れるまでね」

 叔母さんは優しく僕を見詰めている。
 まるで僕がその後継者とでも言っているみたいだ。
 けど、そんな、なんで僕なんだよ。

「僕が後継者? そんな馬鹿な。だって僕は落ちこぼれだよ? 僕より力が有る人なんていっぱい居るし、それこそ天才って言われてる母さんの方が相応しいじゃないか」

「それは正直分からない。けどあたしはマー坊の方が相応しいと思ってるわよ。さっきの言葉は心が震えたわ。その言葉を言える事こそ資格なのだと思うの」

 さっきの言葉が資格だって?
 あれはただの嫉妬だよ。
 僕だって従魔術で皆に仕返しをしようなんて思ったんだから……。
 力が有ったら僕だって従魔に酷い仕打ちをしたかもしれないんだ。
 資格なんて……。

「それにマー坊は色々と規格外だしね」

「規格外? 僕が?」

 それは多分いい意味じゃないよね。
 契約紋を開通で来たのにコボルトの子供以外契約出来ないへっぽこな僕。
 僕より魔力量が少ない初心者だって最低でもゴブリン、中にはいきなりオークと契約出来る人も居るんだ。
 そうさ確かに僕は規格外だよ。
 雑魚界ではNo.1と言う意味のね。

「ライアちゃん。ちょっといいかしら?」

 叔母さんは急にライアに話し掛けた。
 ライアは話し掛けられると思ってなかったようで少しびっくりして慌てて目を擦ってる。

「うん、ねみゅいけどがんばる」

「偉いわね。ねぇ、ライアちゃん。あなたの種族名を言えるかしら?」

「え? 何言ってるのお姉さん。ライアはコボルトじゃないか」

 叔母さんが分かり切った質問をライアにしたから思わず僕が答えた。
 というか、魔物達って自分の種族をちゃんと認識してるのかな?
 コボルトって名前だって人間が勝手に付けた物じゃないの?

「いいから、ライアちゃん言ってみて」

 叔母さんは僕の言葉を遮るようにそう言って続けてライアに種族名を言うように促した。
 なんで改めてそんな事を聞くんだろうか?
 それともこれも、200年前の封印の話の様に、これから説明する為の再確認って事なのかな?

「う~わかりゃないでち」

 ライアは難しい顔をしてそう言った。
 うん、そうだよね、分からないよね。
 コボルトってのは人間が勝手に決めた呼び方だもんね。

「う~んダメか~」

「そりゃそうだよ。コボルトとかって本人達が言ってる訳じゃないし」

 少し困った顔をした叔母さんを僕はそう笑った。
 すると叔母さんは少し含み笑いをしたような顔で僕を見て来る。

「ふふふっ。マー坊は知らないのね。魔物達の名前は別に人間が決めた訳じゃないのよ」

「え? どう言う事? 人間が決めた訳じゃないだって?」

「えぇ。今から言う呪文を復唱して貰える? 私には元々魔法は使えないし、それに従魔のマスターが契約している魔物に唱える物だからね」

「呪文を復唱って……。僕従魔術の基礎なら大体分かるよ。なんて魔法なの?」

 従魔の基本の魔法なら一通りは母さんから習ったから知ってるんだけど、どれもライアに対して使えなかった。
 ブーストもそうだし、視覚を共有するビジョンも聴覚を共有するアコースティックも念話だって出来なかったんだ。
 手が赤く光ってからはまだ試してないけど、岩石ウサギと契約出来なかったんだから他の呪文も無理じゃないかな?
 結局僕は落ちこぼれのままだ。

「マー坊は知らない呪文よ」

「僕が知らない呪文? 高等教本に載ってる内容? 僕まだそれ読んだ事ないや。使えるかなぁ?」

「違う違う。これは禁書に載っていた呪文よ。一般には知られてないわ。知ってるのは姉さんと……義兄さんも使えるのかしら? まぁ我が家系に伝わる奥義って奴よ」

「き、禁書に載っている奥義だって? そ、そんな無理だって! 使えないよ」

「大丈夫よ。呪文自体は大した物じゃないわ。契約した魔物の魔石に働き掛ける魔法だから多分マー坊でも使えるわよ」

 魔石に働き掛ける魔法?
 ブーストも似た様な物だと思うけど何が違うんだろう?

「じゃあ行くわよ? 『神の造りし器成る物、我の求めに応じその真名を唱えよ』」

「え? え? か……『神の造りし器成る物、我の求めに応じその真名を唱えよ』? え? これで良いの?」

 呪文と言うかまるで詩の朗読の様な感じだ。
 本当にこれが魔法なの? ………え?

 僕が疑問の言葉を叔母さんに言うや否や、突然ライアから光が溢れ出した。
 なにこれ? 眩しい!

「お姉さん! なにこれライアが光ってる!!」

「や、やっぱり……この強い魔石の光……」

 叔母さんはライアから放たれる光を見て何かを確信したかの様にそう呟いた。
 それよりライアは大丈夫なの? 突然爆発したりしないよね?
 光は眩しいだけで熱は持ってないみたいだけど……。

『マスターの命により真名を詠唱します』

 突然僕の腕の中からそんな声が聞こえて来た。
 その声はまだあどけなさが残っているけどとてもしっかりとした口調だ。
 僕は慌ててその声の主に目を向ける。
 だって、その声の主ってまだ赤ちゃん言葉が抜けきらないライアなんだもん。
 こんなしっかり喋るなんて有り得ない。
 目を向けた先のライアは光を放ちながらも僕の目をしっかりと見ていた。
 眩しくて薄目で確認するとその表情は見た事も無い真剣……と言うか無表情に近い。

「ラ、ライア? 一体……」

『我が名はライア。真なる名はライアスフィア。種族名はカイザーファング……』

「え……?」

 へ? 今なんて言ったの? 
 ライアスフィア? それにカイザー……ファング?
 それって……?
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