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第一章 雑魚テイマーの嘆き

第19話 油断

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「それよりお姉さん一体全体どうしたの? さっきからおかしいよ?」

 少し場が和んだので、この際お姉さんの意図を聞き出そうと突っ込んでみた。
 何とか『僕達のことをある程度知っている存在』としてライアを認知させることに成功したからね。
 これなら『モコ=ライアか?』なんて直接問い質されても、『何言ってるの、そんな訳ないでしょ』と笑って逃げ切れるはず。

「あぁごめんごめん。いえね、魔物学者のあたしでもこの子が何なのか分からないのよ」

 お姉さんは僕からの問い掛けにテレながら頭を掻いている。
 ん? あれ? なんか思っていたのと違う反応だぞ?

「いや~ライアちゃんって、本当に今まで見たことが無い種族だわ。外見が人と似ている獣人は居ない訳ではないんだけど、この子はそのどれとも違うのよね~。何しろ人語を理解する種族となると数が絞られるのよ。これは未発見の新種なのかしら?」

「え? ライアの周りをぐるぐる回っていたのは……?」

「えぇ、じっくり観察していたの。昆虫や両生類とはいかないまでも、幼体と成体で毛が生え変わったり、角が生えたりして姿が大きく変わる生き物っているじゃない? もしかしたらこの子も今まで幼体の存在が知られていなかった既知の魔物の可能性もあるのかなって、その成体……親の情報を聞こうと思ったのよ」

 叔母さんの言っている言葉の意味が一瞬分からなかった。
 え~と、その言葉的からするとライアをモコと疑っている訳じゃなかったってこと?
 ずっと真剣な眼差しでライアを見ていたのは、純粋な学術的興味からその生態を観察していたってこと?

 な、な~んだ!

 そう言うことか! いやいや僕勘違いしちゃってたよ。
 てっきりモコがライアだって疑っているのかと思ってた。
 あ~安心した。

「まぁ、似ている種族が無い訳ではないのよ。ウェアタイガーやウェアウルフなら比較的この子に近い容姿をしている。けどこの耳と尻尾はウェア族の中では見たことの無い形状なのよね。ここだけ見ると……、そうね。まるでコボルトみたい……な?」

「ぶふぅっ!! げほっげほっ」

 疑っているのは勘違いだったと思ったら、推測で正解に辿り着きそうになってる!
 左手の甲の契約紋を見られると一発でバレそうだ。
 けど、いつまでも左手だけを後ろに回してたら不審がられるか……。

「それとも、まさか……あのカイ……。って、マー坊ったら、さっきからむせてるけどどうしたの?」

「え? あ、あはははは。なんか風邪引いちゃったかのかも。さっきまで寝ぼけて泥濘に寝転がってたみたいなんだ。ほらここなんて泥だらけ」

 叔母さんの心配する言葉にいい考えが浮かんだ僕は、そう返してからサッと素早く左手をショルダーバックに入れた。
 勿論二人に甲の契約紋は見えないようにね。
 そして、ガサゴソとショルダーバックの中をかき混ぜると左手を抜いた。
 その手には手拭いが巻いている。
 僕はそれで泥に汚れた顔や頭を拭いた。

 汚れた個所を拭く目的で取り出した手拭いだ。
 これなら暫く手に巻いたままでも大丈夫だろう。
 時々身体を拭く演技をしていたら怪しまれることもないはず。
 問題はライアが気分悪くて吐いちゃった時に口を拭いてあげたんで、少し酸っぱい匂いがする事かな。
 頑張って耐えろ僕!!

「あら、大丈夫? ほら手拭い貸しなさい。お姉さんが拭いてあげるわ」

「い、いや大丈夫。自分で拭けるから。そ、それより早く帰ろうよ」

 お姉さんってばなんでピンポイントで危ない所を突いてくるの?
 早くライアと二人っきりで今後の作戦を練らないとすぐにバレちゃうよ。

「それもそうね。何よりここじゃこれ以上答えが出ないわ。家に帰って図鑑を調べてみましょう。な~に、これから家族になるんだから時間はタップリ有るしね」

「う、うん。そうだね、帰ろうよ。なんか僕疲れちゃったよ」

 身も心もどっとね。
 叔母さんの追及に寿命が縮むかと思ったよ。
 何とか無事に乗り切った……とはまだ言えないけど、取りあえず難しいことは忘れて、早く家に帰ってベッドでぐっすり寝たいや。

「あっ、そう言えばモコのことだけど……」

 さっきサンドさんにはモコの契約を解除したって納得して貰ったんだけど、叔母さんライアに夢中だったから聞いてなかったかもしれないし、念の為もう一度説明しておこう。

「えぇ、契約解除したんでしょ? ちゃんと聞いていたわよ」

「なんだ、さっきの聞こえていたの? そうなんだよ……って、結構あっさりしているね」

 しっかり聞いていたのはびっくりしたけど、それ以上に契約解除したことを、ことも無げに言う叔母さんにも驚いた。
 死んだって聞いた時に泣き出しそうだから、もっと残念そうにするかと思っていたのに。

「あら? そんなこと無いわよ。半年も暮らしていた家族なんですもの。さよならするのは悲しいとは思うのよ? けれど、私はテイマーじゃないと言っても、テイマーの家系に生まれて幼い頃からあの堅物親父にテイマーとしての家訓を叩き込まれているとね、従魔と魔物の間には明確な意識の線引きが出来るようになるのよ」

「そう言うものなの?」

「えぇ、そうよ。それにあたしは魔物学者でもあるし、冒険者だった時もコボルトなんて数えきれないくらい狩ったわ。けどモコは可愛いと思った。だってマー坊の従魔だったんだもの。だから死んだと思った時も悲しかったのよ」

「う、うん」

 う~ん、テイマーと従魔の関係って結構ドライなんだな。
 そう言えば母さんも感情移入し過ぎたら駄目だって言ってたっけ。
 なんでも感情移入によって自分の従魔としてじゃなく、その種族全体に親近感を持ってしまうことがあるからってことらしい。
 そりゃ、従魔と同じ種族の魔物と戦う機会も有るんだろうし、似ているから可哀そうで戦えないなんて言ってられないのは分かる。
 けど、僕にはそう言うの割り切りは無理出来そうにないと思った。
 だから、ライアが従魔になってからコボルト退治は皆にお願いして回避して貰っていたんだ。
 ライアと同じ姿の魔物に手を出せるのか?
 それ以上にライアに同族殺しをさせていいのか? って。

「それになんと言っても、今回あの子は自分の意志で旅立ったのよ。もうマー坊の従魔じゃない。あの子は人類の敵側の存在に戻ったの。そうなった以上、あたしに出来るのは今後モコが悪さをして冒険者達に退治されないようにって祈ることだけだわ」

「そ、そうだね」

 僕はまた嘘をついた罪悪感で胸がチクリと痛んだ。
 そして、テイマーとしての自覚が足りていない自分に反省した。


「よしっ、じゃあ、帰ろうぜ。マーシャルとライアちゃんは馬に乗りな。えーーと……」

「あぁ、あたしは歩くから気にしないで。全員で乗るのは馬が可哀そうだもん」

「なら俺が……」

「ばーか。あたしに気遣いは不要だって。サンドは足が悪いんだから馬に乗ってなさい」

「ふぅ、仕方ねぇ。じゃあお言葉に甘えさせて貰うか。ほら、マーシャル先に乗りな」

 こうして何とか無事に身バレの危機を乗り越えた僕とライアは、家に帰る仕度をする叔母さん達に促されるように馬の鞍に手を掛けて乗った。
 そして、鞍の上からライアを引っ張り上げて僕の前に座らせた。
 下で僕達が乗るのを待っていたサンドさんも、僕達が無事に乗ったことを確認すると、鐙に足を掛ける。

「マー坊。本当にお疲れ様。帰ったら腕に選りを掛けてご馳走を作ってあげるわ。もちろんライアちゃんの歓迎会も兼ねてね。サンドも来る? 手伝って貰ったご褒美としてね」

 馬に乗ろうとしているサンドさんの背後からお姉さんがそう声を掛けてきた。
 その言葉に一旦馬に乗るのを止めたサンドさんも振り返って嬉しそうに頷いている。
 僕も勿論嬉しい。
 だって叔母さんの料理はとっても美味しいんだから。
 そして、ライアも……。

「やったぁ~。あたちティナおねぇちゃんのごはんだいちゅき~」

「え?」
「え?」
「え?」

 ライアの言葉に一同驚きの声を上げて一斉にライアに顔を向ける。

「ぶふぅぅぅーーー!! な、なにを言ってるの食べるのは初めてでしょモコ……しまった、い、いやライア」

 一瞬皆より早く回復した僕は何とか誤魔化そうとしたけど、慌て過ぎた所為で痛恨のミスをしてしまった。
 よりにもよって、この状況で『モコ』って言ってしまうなんて……。
 二人の顔を見ると完全に僕の事を不審人物を見るような目で見ている。

「え? 今モコって言った……? それにその子もあたしの料理が好きって……?」

「ど、どう言う事だ、マーシャル?」

 すぐに言い直したけど、時既に遅しってやつみたい。
 け、けど今ならまだ間に合う。
 『モコって言い慣れてたから間違っちゃった~』作戦で乗り切るしかない。
 叔母さんの事を何回か『母さん』って呼んで恥をかいた過去の経験が生きるはず!

「ち、ちちち違うんだよ。モ、モコって言い慣れていたから、そ、それで……」

 いざ作戦を実行しようとしても、焦っている気持ちが大きすぎる所為で呂律がうまく回らない。
 それを誤魔化す為にと身振り手振りも大きくなってしまう。
 冷静に思えば完全に怪しい動きだけど、焦っている僕にはそんな事分かっちゃいるが止められないってやつだよ。
 両手を前に出してブンブンと振って誤解だとアピールをする僕。
 冷静さを欠いてる僕にはそれが何を意味するのか思いもよらなかった。

 ハラリ――。

 そんな擬音が聞こえてくるかのように僕の左手に巻かれていた手拭いが解けて落ちてしまった。
 慌てて落ちていく手拭いを掴もうと左手を伸ばしたところで更なるミスに気が付いた。
 
「そ、その契約紋は何? なんで赤いの?」

 そりゃ落ちていく手拭いを取ろうと左手を伸ばせば、下に居る二人にはバッチリ左手の甲が見えちゃうよね。
 そして、そこに浮かぶ契約紋は赤く輝いている。
 従魔術に詳しくない人相手だったら、『こう言う事も呪文で出来るんだよ~』とか言って誤魔化せたんだろうけど、幼い頃からテイマーの英才教育を施された叔母さんの前では通用しないよね。
 ははははは。

「マー坊! それはどう言う事なの? ちゃんと説明しなさい!」

「う、は、はい……」

 これ以上の言い訳は通用しないだろうと諦めた僕は素直に謝って事情を説明することにした。
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