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第一章 雑魚テイマーの嘆き

第11話 全ての始まり

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「ご苦労。それについて何か問題は無いか?」

 宝珠に向かって話しかけた。
 魔王軍迎撃作戦中と言うことなのだから、それ自体問題のはずなのだが今のご時世それは日常会話みたいなものだ。
 それに彼女にしたらそんな事は問題にもならない。

 『大丈夫よ~。もし兵士さん達が死んじゃっても私の力で生き返らせるもん』

 相変わらず物騒なことをのんびりとした口調で喋る彼女に口元が緩む。
 そう、彼女ならそんな事は造作もない。

 『こらーー!! プラナ!! あんた自分がフェニックスだからってまた兵士達に無茶させてるんでしょう!!』

 別の宝珠が光りそこから違う女性の怒声が響いた。
 確かに彼女……プラナは不死鳥フェニックスだ。
 彼女自身の力もさることながら、その特殊能力が凄まじい。
 不死鳥の名が示す通り、以前物量で勝る魔王軍に対してゾンビアタックとでも言おうか、兵士達に無茶な突撃をさせて死んだら生き返らすと言う力技で撃退させた事が有る。
 酷い話ではあるが、不思議な事にそんな過酷な使われ方をした兵士達は、恨み言どころかそれ以降自ら進んでプラナの軍に志願するようになるから世の中分からない。
 どうも生き返らせてもらう瞬間は天にも昇るほどの快楽との事だ。
 天にも昇ると言うか、実際に天に昇りかけているんだがな。

「ファフもご苦労。東方はどんな感じだ?」

 プラナを怒鳴った女性……ファフに話しかけた。
 ファフも人間じゃない。
 彼女は太古より邪竜として恐れられていた暗黒竜の忘れ形見。
 それに関してはプラナも似たようなものか。

 『あるじ、あるじ! こっちも順調よ! 弱っちい魔王軍なんてあたしの炎でイチコロだもん』

 ファフはさっきの怒声はどこへやら、急に猫なで声になって戦況を報告した。
 なるほど東方軍も大丈夫みたいだな。

 『おぬしら、先程から黙って聞いておれば、魔王軍魔王軍と好き勝手言っておるの。妾は不愉快じゃぞ。あやつらは魔王軍なんかではなくただの烏合の衆じゃ。っとに、妾が寝ている間にどこぞの馬の骨が勝手に魔王なんぞ名乗りよってからに、ほとほと業腹じゃわい』

 更に別の宝珠が光り尊大な口調の声が響いて来た。
 口調は尊大で老人の様な言葉遣いだが、声色はと言うと打って変わってとても可愛らしい子供の様な声だ。
 彼女もまたその言葉通り人間ではない。
 更に言えば元魔王。
 300年前の戦いで偉大なるテイマーによって封印されたと言う魔王その人だ。
 魔王なのに人と言うのはおかしいけどな。

「アシュ。君は契約を解除して元の魔王に戻りたいと言うのかい?」

 現在世界を脅かしている魔王に対してどこぞの馬の骨と豪語する元魔王……アシュタロトに意地悪く尋ねた。
 彼女の答えは聞かなくても分かるんだけどな。

 『なななな何を言っておるのじゃ。ご主人よ。そんな事有る訳無いじゃろう。今の妾は心も体もご主人の物じゃ』

 慌てて弁明するアシュタロトの言葉に笑みが溢れる。
 身も心もと言うのは置いておいても、今の彼女は人類の味方だ。
 少なくとも俺が人類の味方でいる限りは。

 『元魔王様。 そうやってすぐ主様に媚びを売ろうとしないで下さい。本当に油断も隙も有ったもんじゃないですね』

 最後に残った遠話の宝珠が輝きおよそ意思を感じられないような棒読みの女性の声が流れてきた。

 『バ、バカモノ! 媚びなど売っておらぬ。紛うことなき本心じゃわい!』

 今の声にアシュタロトが慌てながら反論している。

 『おぬし! 妾が復活してから冷たくないか? 昔はもっとこう妾に甲斐甲斐しく仕えておったじゃろう』

 『今の元魔王様のお姿を見て尊敬する気持ちなど微塵も起きる訳も有りません。なにより復活された時のあのちんちくりんな姿……ぷぷぷぷ』

 棒読みの彼女は『ぷぷぷ』と笑っているような言葉を発してはいるが、それも全て棒読みだ。
 冷静沈着で抑揚の無い言葉は不気味で、本心からの発言なのか読み取れず時折辛辣な言葉遣いによく周りを引かせている。
 彼女の本心は誰にも分からない。
 ただし彼女の感情が感じ取れる俺を除いて。
 そして、今の彼女は大爆笑と言った塩梅だ。

 『こらデスサイス!! 姿なら今のおぬしも同じじゃろうて! 元側近ならもっと妾を敬わぬか!』

 『これは異なことを。私は主様のご趣味に合わせて姿を変えているだけです。それに現在の私の忠誠は主様だけの物』

 決して趣味じゃないから!!
 俺は棒読みの彼女……強大なる悪魔にして魔王の元側近である死神デスサイスに心の中でツッコんだ。
 口に出すと辛辣な言葉による反撃を喰らうからな。
 さすが死神、その言葉でさえ人を殺せるらしい。
 殺せると言っても心の方だが……。
 かわいそうな事に過去に数人その辛辣極まる言葉によって再起不能にしてしまった。
 俺でさえたまに心を折られそうになってしまう事が有る。
 わざわざ藪を突っついて蛇を出す必要もない。

 『ぬぬぬぬ!』
 『私の忠誠も~御主人様だけの物なんだから~』
 『ちょっ! アタシだってそうだからね!』

 他の宝珠もけたたましく俺への忠誠を口々に称えだす。
 正直恥ずかしいが皆の気持ちは嬉しくもある。
 しかし、女三人……いや四人? 寄らば姦しいとは言うが、それは別に人間だけじゃなく魔物でも同じようだな。

「お前達! いつまでマスターを前にケンカしている! それにアシュとデスサイス。早く報告をしろ!」

 『ヒッ!!』

 皆のやかましい言い合いに焦れたのか、俺以外にこの部屋で控えていた住人が遠話の宝珠に向かって怒鳴った。
 その怒りに怯えたように小さい悲鳴の後、皆押し黙る。
 そう彼女を怒らせると怖いからな。
 なんせその拳で物理だけに留まらず魔法さえをも打ち砕く、あまつさえ台風のような自然現象でも彼女の拳の前ではそよ風に等しい。
 彼女は一癖も二癖もある皆を取り纏めるリーダーである。
 一人一人が一騎当千の如く強大な力を持つ俺の仲間達も彼女には一目を置いていた。

 『わ、分かったのじゃ。ご主人よ。中央軍は暇じゃぞ。正面切って妾に戦いを仕掛けて来る者はおるまいよ』

 『元魔王様、付け上がらないで下さい。それは私の遊撃軍が各個撃破しているからです。主様、私の部隊の損耗率に問題は有りません。このまま作戦を継続いたします』

「ありがとう。アシュ、それにサイス。それに他の皆ももう少し頑張ってくれ」

 俺は遠話の宝珠の向こうに居る大切な達にエールを送った。

 『頑張りますわ~』
 『まっかせて!』
 『早く魔王なぞとほざいているバカを倒して主様とのんびり暮らしたいものじゃ』
 『元魔王様を縛って目立つ所に餌としてぶら下げていれば、おびき寄せられるんじゃありませんか?』
 『な、なんじゃと~!』
 『それはいいアイデアですわ~』
 『ははは今度やってみよう』

「お前達!! 早く仕事に戻れ!!」

 またもやもう一人の住人が騒ぎ出した皆に対して大声で怒鳴った。
 その声に皆が静かになる。

 『は、は~い! じゃあマスター。ごきげんよう~』プツン
 『早く敵をぶちのめしてあるじの所に帰るから待っててね』プツン
 『では遊撃任務に戻りますゆえ、戦果の報を心待ちになさっていて下さい』プツン
 『ライア!! 主様と二人っきりだからと言って抜け駆けは許さぬからな!』プツン

 一斉に遠話の宝珠の輝きが消えうせ、この部屋にも静寂が訪れた。
 そして「ふぅ」ともう一人のこの部屋の住人である彼女……ライアは呆れたようなため息を吐いた。

「まぁまぁ、ライア。皆も寂しがっているだけなんだからそんなに怒らないで上げてほしいな」

 ライアにそう声を掛けると、眉を顰めて唇をキュッと結んだ。
 その姿は落ち着いた大人の女性と言う凛とした佇まい。
 俺が信頼する一番大切……、これは違うな、皆大切だ。
 言い換えよう一番付き合いが長い俺の可愛い娘。

「マスター。マスターは皆に甘過ぎる。あたい達は従魔なんだ。もっとテイマーらしく毅然とした態度で接しなくてはならない」

 そんな事を考えていた俺に、ライアはそう言ってお小言を言って来た。
 俺はそんなライアを優しく見詰める。
 するとライアは口をとがらせて目を背け頬を赤くしだした。
 俺が見詰めたので照れているのだろう。
 獣人であるライアはくりんくりんとした茶色いくせ毛だが、顔立ちはスッとした鼻立ちの美女で、パッと見人間にしか見えない。
 しかしながら、頭の上に丸い二つのケモノ耳があり、肘から先は髪と同じ色の体毛に覆われているので、一見付け耳や長手の手袋のようにも見えるものの、それらが辛うじて獣人とたらしめていた。
 いや、戦う彼女の姿を見た者は否が応にも、彼女を人間と思わなくなるのだが。

「ふふ、ライア。君は立派になったね」

「そ、そりゃあたいはマスターの最初の従魔だし? 付き合いは長いから……ごにょごにょ」

 先程の凛とした態度は何処へやら、顔を真っ赤にしてもじもじと照れだしたライア。
 彼女は皆の前では威厳を保つためにしかめっ面をしているが、二人の時はこんな感じだ。

「ほら、他には誰もいないよ。昔のように呼んでくれないか」

「え? え? そ、そんな今更恥ずかしいし……」

 更に照れているライア。
 しかし、意を決したのか顔を真っ赤にしたまま上目遣いで俺を見て来た。

「パ……パパ。あ、あの……」

 ライアがやっと昔のように呼んでくれた。
 いつぐらい振りだろうか?
 それとどうやら俺に何かをおねだりしたいようだ。

「どうしたんだライア?」

「む、昔みたいに頭撫でて……欲しいなって」

 顔のすぐ下で両手の人差し指をちょんちょんとつつくように合わせながらそう言ってきた。

「あぁ、いいよ。皆に内緒でやってあげよう」

「ありがとう! パパ大好き!」

 俺の言葉にパァっと笑顔になったライアが飛び付くようにやって来て頭を差し出してきた。
 その笑顔は昔から変わらない。
 とっても愛くるしい無垢な笑顔。
 俺は昔のようにその頭を優しく撫でる。
 その感触に懐かしい日々が脳裏に浮かんできた。
 ライアを撫でている左手の甲に浮かぶ赤い契約紋。
 これがすべての始まりだった。
 あぁ、違うな。
 ライアとの出会いがすべての始まりだったんだ。

「パパ? もう一つお願いが有るんだけど」

「なんだい?」

 愛しい娘にはまだ願い事が有るらしい。
 懐かしい日々に思いを馳せていた俺は優しく尋ねる。

「あたいの事も、む、昔の名前で呼んで……欲しいな」

 上目遣いでそう言ってきたライアの黒い水晶のような綺麗な瞳に過去の姿が重なった。
 そうだった、ライアは仮の名前。
 彼女の本当の名前は……。

「ああ、いいよ。モ……」


 …………………………。
 ……………………。
 ………………。
 …………。
 ………。


「……コボ、コボ」

 ……何処かから声が聞こえる。

「コボ! コボ!!」

 これはモコの声?
 なんでそんなに必死な声を出しているんだ?
 ちゃんと頭を撫でているじゃないか。
 あれ? 手に感触が無いな。
 どうやら手を下ろしてしまったようだ。
 今さっきまで撫でていたのに。

「コボーー!!」

 うるさいって、まだ何かお願いが有るのかい?
 いや……ちょと待って?
 モコから流れて来るこの感情は……?
 心配……している?
 あぁそうだ、これは僕の事をとても心配しているって感情だ。

 あっ、もしかしてさっきまでの出来事は夢……だったの?
 そうか、とても不思議な夢だったけど、とても楽しい夢だった。
 なんせ僕が無敵のテイマーになって人類の敵と戦っているんだ。

 ははは、雑魚な僕にそんな事出来る訳無いのにね。
 それに新たなる魔王が現れただって?
 そんな話聞いた事も無いし有り得ないよ。

「モコ……どうしたの?」

 まだ眠いのか瞼がとても重くて開けるのも億劫だ。
 身体も重い。
 辛うじて動かせるのは左手ぐらいか。
 取りあえず僕は心配しているモコを安心させる為に、横になっている僕の胸に顔を埋めているモコの頭をなんとか動く左手で優しく撫でてやる事にした。
 もこもこふわふわなこの感触。
 まあるいお耳がふにふにと手に当たりとても可愛い。

「コボーーー!! コボッコボッ」

 モコは僕が目を覚ました事に安心したのか嬉しそうな声を上げている。
 けど、なんでそんなに心配していたんだろう?
 ……そう言えば、今僕はどこで寝てるんだ?
 この感触はベッドの上じゃないよね。
 なんか冷たいしムニュッとした感触は泥の上?
 そう言えば鼻をくすぐるこの匂いは雨上がりの森林の匂い。
 と言うことは、僕は今外で寝転んでるの?
 ぬかるみの泥の上で?
 なんでこんなところで寝ているんだ?
 起き上がろうにもまだ左手以外はとても怠くてなかなか動かせない。

 えぇ……と、そうだ僕は家から飛び出したモコを追って、モコの生まれ故郷の森に来たんだ。
 そしてモコと再会して、仲直りして、そして……?

 そうだ……そうだった!
 謎の声によって『封印の間』とか言う所に転送されて、それで……。

 え? なにこれ? 頭の中に……。

 『封印の間』で遭った事を思い出した僕の脳裏に魔法陣が浮かび上がる。
 それと共にあの声と同じような無機質な声で呪文が聞こえて来た。
 僕は無意識の内にその呪文を頭の中でなぞる。

「コッ、コボ? コボボ、コボ」

 突然モコが変な声を出し始めた。
 苦しいのか身体をふるふると震わせたかと思うと、更に声は呻き声のような苦しいものに変わっていった。

「ど、どうしたの? モコ!」

 僕はモコの苦しがっている声に、まだ重い瞼を必死でこじ開けようと頑張った。
 瞼だけじゃない、なぜだか身体もとても重い。
 起き上げろうとしてもなかなか起き上がれず、なんとか首だけを上げる事が精一杯だった。

「コボボ……ぼぼ、な、な、あ、あちゅい」

 は?
 今の声は何?
 いま『あちゅい』って聞こえなかった?

 突然聞こえてきた子供と思しき声に僕の頭は混乱する。
 他に人が居るの? けど、今の声ってモコに似ていたような……?

「からだがあちゅいよ。たちけてパパ」

「はっ!」

 僕に助けを求めるその声に瞼が重い事も忘れてその声の正体を確かめようと目を見開いた。

「こ、これは……!」

 まず僕の目に飛び込んで来たのはモコの頭の上に乗せていた僕の左手の甲。
 そこには夢で見た赤い契約紋が輝いていた。
 そして、その左手の向こう。
 そこには……。

「え? だ、誰?」

 僕の左手はモコの頭を撫でていたはず。
 けど、そこに居たのはモコじゃなかった。
 小さい小さい女の子。
 いつの間に入れ替わったんだ?
 モコはどこ行ったの?
 辺りに目を向けるとそこは封印の間ではなく何故か森の中だった。
 しかし、モコの姿はやはり見えない。
 その女の子ははぁはぁと少し苦しそうに肩で息をして僕を見詰めている。
 その黒くて丸い水晶のような瞳。

「も、もしかして、君はモコなの」

 そんな訳無いとは思うけどその瞳がモコと重なったんだ。
 するとその女の子は目に涙を溜めて抱きついてきた。
 そして僕を抱き締めながら……。

「うん、あたちモコだよ~。 パパァ~」

「え? え? えぇぇぇぇーーー!!」

 突然の事に思考が追い付かない僕の叫び声が森に響き渡った。


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