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第一章 雑魚テイマーの嘆き

第5話 絶体絶命

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「モコ……。モコ……」

 僕は街道を走った。
 そりゃ街道なんで馬車以外にも行きかう人達はいる。
 近隣の町村の行商人や馬車代を惜しんだ冒険者などと何度もすれ違った。
 もしモコがその人達に見付かっていたとすると、街道に現れた魔物として退治されてしまうかもしれない。
 そう思うと僕は息が上がろうと足が攣ろうと必死で走った。

 幸いな事にまだモコは生きている。
 もし街道に魔物が出たら、それが弱い魔物だろうと旅人達は周囲を警戒しているだろう。
 しかし、すれ違う人達は楽しそうに仲間達と喋っている者や長旅で疲れきった顔をしている者って感じで緊張感を感じられない。
 それに、僕の手に浮かんでいる契約紋にはモコの反応をまだ感じるんだもん。
 そりゃ、モコが初めての従魔だからもし死んでいたとしても反応するのか知らないんだけど……。
 いやそんな事はない! モコは絶対生きている!

 ただそう自分に言い聞かせて……。


        ◇◆◇


「はぁはぁ……あ……れ?」

 街を出てから数時間、もう走ってるんだか歩いてるんだか分からない。
 やっと街道の分かれ道を示す看板が見えて来た。
 僕はその看板が見えた途端、異変に気付きその場で立ち止まる。
 そして立ち止まった途端、一気に今までの疲れが出てその場でへたり込んでしまった。

 西を示す矢印の下にはバルト。
 東を示す矢印の下にはグレイス。
 それぞれの行き先が書かれていた。
 バルト行きの馬車に張り付いていたとしたらモコの反応は西の方角、すなわち僕の左手の方から感じるはずだ。
 だけど違った。
 モコの反応は僕の真正面。
 少し歪なY字に分かれた街道の分岐道、そこに建てられている看板のさらに向こうから感じる。

「どういう事? なんでモコの反応が街道から外れているの?」

 僕は暫し考えたが、すぐにその先に何が有ったのか思い出した。
 看板を越えてその先に見える森、そしてその奥中央にこんもり聳え立つ山。
 あまり高くはないけど木々に覆われて緑に染まっている。

 そうだ、街道からから外れてこのまま北をまっすぐ行った先。
 あそこはモコと初めて会った場所。
 打ち捨てられたコボルトの巣が有った山じゃないか。
 モコはその巣の奥の崩れた土壁の中で出会ったんだ。
 おそらくモコの両親は他の冒険者に倒されたか、他の魔物に追われて巣から去ったんだろう。
 僕らのパーティーは突然降り出した土砂降りの雨から逃れる様に、その主の居ない巣で雨宿りをした。
 その時たまたま僕がもたれ掛かった壁が崩れ、その奥でモコが藁で作られた寝床の上に寝ていたんだ。
 半年前の事なのに出会った日の事がとても懐かしく感じる。
 なんでモコは一人でそこに行こうとしてるんだ? ……まさか。

「もしかして、モコは自分の巣に戻る為に馬車にしがみ付いたのか? それも自分の意思で……?」

 それはあえて考えなかった可能性だった。
 考えたくなかったと言っても良いだろう。
 だって、少し拗ねて家から飛び出したところを誰かに捕まったと言う事なら、それは不可抗力と言えるじゃないか。
 けど、自分の意思で馬車に張り付いて巣に帰ろうとしたのなら話は別だ。
 完全に僕の事を嫌いになって逃げ出したって事。

「そ、そんな……モコ……」

 僕はもうモコとの関係は戻らないのかと目の前が真っ暗になった。
 その場で僕は両手をついてうなだれる。
 そう言えば何度かこの森に薬草を取りに来た事があったっけ。
 その時、二人が出会った巣の場所を教えたんだったな。

「くそ、教えなきゃ良かった」

 だって、それならモコが巣に帰ろうなんて思い付かなかったはずだ。
 後悔先に立たずって言葉が有るけれど、それは本当の事だと深く後悔した。


 カンカンカン!!

 突然僕の背後からけたたましく鳴り響く銅鑼の音が聞こえて来た。
 これは馬車の警鐘だ。
 街道を歩く人に接近を知らせる為のもの。
 僕は今Y字路に差し掛かる街道の真ん中でがへたり込んでいるんだから、その警鐘の相手は僕なんだろう。
 まだフラフラする足を引き摺りながら這うようになんとか街道の外まで身体を動かした。

「坊主! 危ないだろ! なに街道で座り込んでんだ!!」

 馬車の御者が僕を睨み付けながら怒鳴っている。
 荷台は白い幌で覆われているのでどうやら乗合馬車の様だ。
 まだ疲れが取れず立ち上がれないまま街道の外に広がっている草原にしゃがみ込んで目の前を通り過ぎる馬車を見送った。
 Y字路を東の方向に曲がったのでグレイスの街に向かう馬車だろう。
 その時、馬車の後ろの幕が開き誰かが顔を覗かせた。

「おっ? 何事かと思ったらマーシャルじゃねぇか。今日は色んな所で会うな。仲間だった時より会ってんじゃねぇか?」

「うっ……」

 顔を覗かせたのはグロウだった。
 まだ立ち上がれない僕を愉しそうな目で見ながらそう言った。
 他の仲間達も顔を覗かせて笑っている。
 おそらく道具を揃えてグレイスの街へと向かうところだったんだろう。
 馬車なら僕がここまで来るよりも何倍も速いんだもの。
 追い越されても仕方がない。

「もしかしてコボルトなんかを追ってここまで走って来たの? わぁ~純愛ね~。アハハハハ」
「女々しい奴だぜ」

 口々に僕の悪口を言っている。
 ギルティは何も言わないでただ笑っていた。
 僕は悔しくて悲しくて、ただ走り去っていく彼らを乗せた馬車を睨むだけだった。

 彼らに対する怒りが、皮肉だけど少しだけ僕に力をくれたみたいだ。
 まだ棒のような足だけど、何とか立てる。
 僕は一人足を引き摺りながら歩き出した。
 モコと初めて出会った森の奥を目指して。


        ◇◆◇


「なんだろう? 何か森の奥が騒がしいな?」

 重い足を必死に動かしながらやっと森に着いた僕の耳に、何か獣の鳴き声のようなものが聞こえて来た。
 一匹じゃない、一つ二つ……少なくとも複数の異なる獣の声だ。
 魔物同士が縄張り争いでもしているんだろうか?
 僕は武器も持たずにここまでやって来た事を後悔した。
 いや、武器を持っていたとしても一人で相手出来る魔物なんてたかが知れてるんだけどね。
 ましてやこんなくたくたな身体じゃ複数なんて絶対無理だよ。

「ゴクリ……」

 僕は緊張して唾を飲んだ。
 逃げ出したいけど、僕はモコを見付けて謝らないといけない。
 そして一緒に街に帰るんだ。
 ただその事を思って森の奥を目指してまた歩き出した。

 モコの反応は聞こえて来る獣の鳴き声の更に奥だ。
 このままだと縄張り争いに巻き込まれてしまう。

「迂回しないと……。え? 今の鳴き声?」

 迂回しようとした時に、獣の鳴き声の中に聞き慣れた声が聞こえた気がした。
 もう一度耳を澄ます……。

「キュッキュ!」
「キシャー!」
「コボッ!」
「ギャギャー!」
「キーーー!」

 今、確かに聞こえた。
 おそらく多くは岩石ウサギの威嚇声だろう。
 その中に紛れていた声は……。

「モコの声だ!」

 幼いコボルトの声。
 僕にはモコの声に聞こえた。
 僕は血が溯るかのような感覚と共に疲れなど忘れて鳴き声のする方に向けて走り出す。
 多分モコが岩石ウサギの群れに襲われているんだろう。
 岩石ウサギは文字通り頭が石の様に硬いウサギだ。
 集団で行動して縄張りに入ってくる者をその硬い頭で頭突きをしてくると言う厄介な魔物だ。
 コボルトが居なくなってロックウサギ達がこの森を自分の縄張りにしたんだと思う。
 前に来た時は見なかったから居付いたのは最近かもしれない。

「そんな事は関係無い! おーーい! モコーーー!」

 僕は森の中、道なき道を走りながらモコの名前を呼ぶ。
 人間の声に反応したのか一瞬モコ達の声が止んだ。
 その時、左手の甲に反応が有った。
 それと共に前方すぐそこにモコの存在を感じた。
 僕の捜査範囲に入ったんだろう。
 方向だけじゃない、ある程度の感情や動きだって把握出来る。
 モコはちゃんと生きていたんだ!

「コボーーーー!!」

 少し間をおいてコボルトの声が聞こえて来た。
 間違いない! あれは絶対にモコの声だ!
 僕は目の前の草木をかき分けてその声のする場所に躍り出る。
 そこは少し開けた場所で、岩石ウサギが数匹毛を逆立たせているのが見えた。
 そしてその真ん中には……。

「モコーーーー!」
「コボーーーー!」

 モコを見付けた僕はモコの名を呼ぶ。
 僕を見付けたモコも嬉しそうな声を上げる。

 良かった……。

 僕を見てあんなに嬉しそうにしてくれるのなら嫌われた訳じゃないみたい。
 けど、ならどうしてもモコはこんな所に?

「あっ、危ない! モコ、避けて!」

 出会った喜びも束の間、突然現れた人間に驚いて呆気にとられていた岩石ウサギ達が正気に戻ったようで、その中の一匹がモコ目掛けて飛び掛かる。
 モコは僕の声に反応して慌てて避けようとしたけど足がもつれて転んでしまった。
 そのお陰で岩石ウサギはモコの上を通り過ぎる。
 しかし、このままじゃ危ないのは変わらない。
 転んでいるモコに逃げ場は無いんだから!

「うおぉぉぉぉ! モコから離れろーーーー!!」

 僕は大声を出しながらまだ置き上がれていないモコを目指して走り出す。
 声に驚いた岩石ウサギは今まさにモコ目掛けて飛び掛かろうとしていたのを止めて、僕の方に目を向けた。
 よし! これで標的はモコから僕に移った筈だ。
 その証拠に岩石ウサギ達は倒れているモコに目もくれず、威嚇する声を出しながら皆僕の方を見ている。

「モコは絶対僕が守るんだ!!」

 大声を上げながら手をバタバタを振り回して岩石ウサギの間を走り抜ける。
 さすがに僕のその様に驚いたようで、幸運な事にその間飛び掛かって来る事は無かった。
 モコの元に辿り着いた僕は、そのまま立ち止まらずに倒れているモコを抱き上げて全速力で走る。
 目指すはモコに向けて飛び掛かった奴が元居た場所だ。
 そこだけ大きく開けている。
 僕の意図に気付いた岩石ウサギが慌てて僕の後を追って来るが、なんとかその包囲網を突破して森の中に入る事に成功した。
 さっきまでの開けた場所と違い、草木が生い茂る藪の中。
 そうそう飛び掛かられたりしない筈だ。
 それに縄張り意識が強い岩石ウサギ。
 その縄張りに入って来た者を群れで襲って追い払う。
 なら縄張りから出てしまえば襲って来ないかもしれない。
 そう思い付いた僕は森の奥に向かって必死で走った。

 本当は来た道を戻りたかったんだけど、追われている今はちょっと無理そう。
 身体はへとへとだし、モコがいくら小さくて軽いと言っても抱きかかえて走るのは結構きつい。
 けど、モコは僕の身体に必死で抱き付いている。
 その感触が僕に力をくれていた。

「モコ! 会いたかった。ごめんよ。本当にごめんよ」

 僕は腕の中のモコに謝った。
 するとモコはきゅっと抱き付く手に力を込めた。

 『ぱぱ、あいがと』

 その時また声が聞こえた気がした。
 それはまるでとても小さい子供の様な可愛い声。
 しかも腕の中から確かに聞こえた。

「え? モコ? お前が喋ったのか?」

「コボ?」

 僕の問い掛けにモコはいつもの声で答えた。
 あれ? やっぱり気の所為?
 気が動転していたいたからだうか?
 相変わらず後ろから岩石ウサギ達が威嚇の声を上げながら追って来ている。

「あっ! しまった! くそっ!」

 目の前に広がる景色に僕はそう吐き捨てた。
 何故なら開けた場所に出てしまったからだ。
 もしかしたら岩石ウサギに誘導されたのかもしれない。
 いくら飛び掛かられない藪の中とは言え、疲れ切っている僕が魔物の追撃からそうそう逃げられる訳が無かったんだ。
 その証拠にショックで立ち止まった僕の周りを取り囲むように藪から岩石ウサギが飛び出してきた。
 絶体絶命の状況で僕はモコを強く抱き締める。

「モコ! 絶対守ってやるからな」

 僕は腕の中で震えているモコにもう一度そう宣言した。
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