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くまの子ももちゃん
しおりを挟むももちゃんには、お母さんがいました。
そして、お父さんもいました。
ももちゃんはくまのぬいぐるみなので話せませんが、お母さんとお父さんのことが大好きでした。
晴れの日は、河原へピクニックへ連れてっいってもらい、綺麗な川の横で、お母さんの作ったフルーツサンドを食べました。
ももちゃんは甘い甘いフルーツサンドが大好きでした。
雨の日には、家でお父さんに将棋を教えてもらった後にお母さんとお菓子作りをしました。
ももちゃんの腕がほつれてしまったら、お母さんはすぐに針と糸で縫い直してくれます。
けれど、針で縫っている時のお母さんの顔は、どこか寂しげで、苦しそうでした。
「ももちゃん、ごめんね」
と、ぽつりと言い、ももちゃんのふわふわの頭をなでました。
ももちゃんはとても大切にされていたのです。
ある冬の晴れた日。
この日は、ももちゃんの10歳の誕生日でした。
お母さんは朝早くから張り切って、ももちゃんのためにケーキとご馳走を用意しました。
お父さんは飾り付けを頑張ります。
明るい色の風船やステッカーで、リビングはキラキラになりました。
お父さんとお母さんが向かい合って座り、間にお父さんがももちゃんを抱きかかえて座らせました。
お母さんが手作りのティアラをももちゃんの頭に乗せ、
「ももちゃん、お姫様みたいね」
と、嬉しそうに、幸せそうに笑いました。
それから3人で、おいしいご馳走を食べました。
「もも、おいしいか?」
お父さんさんが、穏やかに細めた目で、ももちゃんを見ます。
「ほら、ももちゃん、ケーキもあるわよ」
お母さんが、ケーキをキッチンから運んできました。
ももちゃん、あなたの好きな、いちごのケーキよ。
もも、ろうそくの火を消すんだぞ。ふーってしてごらん。
ももちゃん、誕生日プレゼントよ。お父さんが買ってきてくれたのよ。
ももに似合うと思って、買ってきたんだよ。
あら、かわいいワンピースだこと。ももちゃん、ほんとうにお姫様みたいね。
ももは世界一のお姫様だよ。
その夜はずっと、お母さんとお父さんの嬉しそうな声が、家中に溢れていました。
その夜遅く、お母さんとお父さんはももちゃんを連れて出掛けました。
場所は、大きな病院です。
病室のドアを開け、ももちゃんを抱えたお父さんが、小さなベットに話しかけました。
「桃香、会いに来たよ」
ベッドに眠るももちゃんは、お母さんとお父さんがいることに気がついていません。
お母さんは、黙ってももちゃんの手を握ります。
ももちゃんは、ずっと眠っています。
小学校の帰り道、ダンプカーとぶつかってから、目を覚まさないのです。
お父さんも黙って、腕に抱いていたももちゃんを、ベッドに寝かせました。
あのクリスマスの日、ももちゃんの誕生日プレゼントになるはずだったくまのぬいぐるみは、いつしかお母さんとお父さんにとって、もう1人の娘となってしまったのでした。
お母さんとお父さんは、何度もぬいぐるみのももちゃんと誕生日を過ごしました。
誕生日を迎えるたびに、悲しさと悔しさが込み上げ、眠り続ける娘を思ったのでした。
お母さんが、急に思いついたように鞄の中から1枚のカードを取り出しました。
にっこり笑った女の子と、
どこか女の子に似たくまのぬいぐるみの絵が書かれた、可愛らしいポストカードです。
お母さんとお父さんは、眠るももちゃんを見つめました。
目は覚まさないけれど、ももちゃんは幸せそうでした。
病院を出ると、白く細かい雪が降ってきました。
まるでももちゃんの肌のようにふわふわと柔らかく、優しい雪でした。
お父さんの腕には、ももちゃんの姿はありません。
眠り続けるももちゃんが寂しくないように、1人ぼっちで怖くないように、もう1人のももちゃんがそばにいてあげることになったのでした。
今ではふたりのももちゃんが、寄り添いあって眠っています。
お誕生日おめでとう。
お母さんとお父さんは空を見上げながら、お祝いをしました。
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