黒羽織

２．

　煙草盆を引き寄せた雪政は梅之丞の脇わきに腹ばいになると、煙管きせるの先を陶器製の火入れに近づけた。
　太い眉根をぐっと寄せ、藁灰わらばいに載った小さな炭から火を移す雪政。
　その目の中に憂うれいを探してしまうのは――未練みれんだろうか、と梅之丞は思う。

「私にも、くださいな」

　体を向けた雪政から煙管を受け取りながら、ふふ、と梅之丞は小さく笑った。

「ほんとうに……相あいも変わらず余韻よいんの無い御方おかた。雪政様、あちらに行かれたら……奥方おくがた様にはくれぐれも、このような御お振る舞いをなさいませぬように」

「……お前が案ずる必要はない」

　不機嫌な声を返す雪政。おどけた顔を作る梅之丞。ふうっと吐き出した煙草の煙が、ゆるゆると夜の中に溶けていく。

「雪政様ったら、怖いお顔。今宵こよいが御目おめにかかれる最後なのですから……」

　煙管を返しつつ、梅之丞は細い指先をそっと雪政の頬に触れた。

「私の好きな……笑ったお顔が、見たいのに」

「梅之、丞――」

　重なる視線。見開かれた雪政の目に一瞬過よぎった何か。
　けれどもそれは伏せた眼差しと共に、畳の目に吸い込まれ、消えた。