黒羽織

藤本 サクヤ

文字の大きさ
上 下
1 / 7

1.

しおりを挟む
 宵闇よいやみに混じり合う二人の吐息。
 徐々じょじょに冷めてゆく熱を惜しむように、梅之丞うめのじょう虚空こくうへ向かい白い指先をそっと伸ばした。

 麹町平河町こうじまちひらかわちょうの夜を冷たい雨音が濡らしている。
 二人が枕を並べる陰間茶屋かげまぢゃやの隣り合う部屋々々へやべやからは、陰間かげまたちのくぐもった嬌声きょうせいが漏れ聞こえていた。

 まだ熱の残る身体からだを離し、つと身を起こす雪政ゆきまさ。若く張り詰めた肌は行灯あんどんの淡い光に照らされている。
 見慣れた雪政の広い背中。その背中が何かを探して揺れるのを、梅之丞はぼんやりと目で追った。

 肩のあたりに薄赤く走る梅之丞の爪跡は、雪政が遠い地で新妻にいづまいだく頃にはきっと――きっと跡形あとかたもなく消えてしまうのだろう。

 汗ばんだ柔肌やわはだに冷えた空気を感じつつ、梅之丞は静かにささやいた。

「……煙草盆たばこぼんでしたら、その衝立ついたてわきに」

「……」

「私が、お取りしましょうか」

「……いや、いい。お前は……休んでいろ」
しおりを挟む

処理中です...