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第三章 当世合戦絵巻
2.激突(四)
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固く縛られた悪党どもが荒々しく引っ立てられていく。
「鉄っ! どこだよ鉄二郎!」
恭一朗に連れられ前庭に入った諒は、必死に友の姿を探した。
「諒…諒っ!」
駆け寄った鉄二郎は目に涙を浮かべながら、諒の体をぎゅうっと抱いた。
「良かったな、鉄…! ってお前ぇ、はは、ちょっと…臭うな、やっぱり」
台所に近い厠の中。打ち合わせたとおりにその場所で息を潜めながら、鉄二郎は戦いのあいだ、ただひたすらにこの瞬間だけを待っていた。
「俺のために体張ってくれて…ありがとな、ほんとありがとな、諒…」
男泣きに泣く鉄二郎。諒は少し照れくさそうに、鼻の下をぐいっとこすった。
「何でもねぇよ、鉄。お前ぇには俺だって散々、手ぇ貸してもらってきたんだからさ」
『ほら、しっかり歩け!』
『離せぇっ、畜生、縛り首なんざなってたまるかぁっ!』
隊士に厳しく連行される賊が通り過ぎ、鉄二郎の目が不安げに泳ぐ。
「だけどやっぱ俺も…ただじゃ済まねぇよな…。仕方ねぇよな、御禁制の賭場、やっちまってたんだし…」
黙って見ていた恭一朗は二人に近寄り、おもむろに口を開いた。
「…鉄二郎。こたびのお前の働きには目覚ましいものがあった。無論取り調べは受けてもらうが、正直に包み隠さず全てを述べるなら…諒との約束通り、お前の処遇については私が手を尽くそう」
「お、お侍様…! 俺の、俺みてぇなもんの名を、御存知で…?」
鉄二郎は驚愕し、目を白黒させる。
「諒っ、ってことはほんとに、ほんとに俺のために、お侍様が…!」
諒は姿勢を正し、改めて恭一朗に深々と頭を下げた。
「高梨様、鉄のこと、どうかお願いします。このとおりです…!」
鉄二郎の目に再び溢れる涙。信じた友の言葉は、飾られた嘘ではなかった。これまで鉄の周囲に溢れていた、まがい物の虚勢とは違う。真っ直ぐで、真っ正直な本物だった。
――生きて出て来れたら、俺ぁ…。
鉄二郎は諒を見つめながら、固く固く己の心に誓う。
――生涯諒に、付いていこう。
***
「冬儀。高梨殿のお言葉に甘えて、俺も新徴組にしばらく合流させてもらうよ。俺たちと新徴組はどうやら共闘したほうが良さそうだ。こちらの持つ情報も、これからは新徴組と包み隠さず共有したい。だから俺はこれを機に…正式に遠邊家を離れようと思う」
秋司の言葉に冬儀はうなずいた。
「私たちは別の場所から同じ戦いを続けるんだ。離れても心はひとつ。それでいい。私たちは何も変わらない」
肩を叩き合う二人に向かい、恭一朗は手短にいくつかの報告をした。
「鉄二郎は我々と共に、本所の屯所へ同行させる。一定の調べが終わったら武崎殿に使いを遣ろう。松波殿と共に、思う存分目的を果たすといい。それから薩摩藩邸の件は今後赤羽橋の屯所を中心に調べを進めて行く。赤羽橋と薩摩藩邸がある三田とはすぐ目と鼻の先だからな。まずは猪ノ吉の話の裏を取る」
「承知致しました高梨殿。秋司と鉄二郎を…どうか頼みます。それから凛太朗殿、私からひとつ提案があるのだが…」
冬儀は気遣うように凛太朗を見た。
「実は私の独断で、ここからほど近い日本橋に宿を二部屋とっている。念のための、隊士の救護場所のつもりだった。凛太朗殿、私も同行するから…良ければそこで傷の具合を確認し、体を休めてはどうだろうか」
反発するかに思えた凛太朗は、隠しきれない疲労の色を頬に滲ませ素直にうなずいた。銃口を突き付けられた緊張感も、まだぐつぐつと身の内にくすぶっていた。
「兄上、そうさせていただきます。皆と一緒の屯所では…その、少々傷も…確認しづらい」
「凛…太朗、焦らずともよい。まずはしっかり体を休めよ。いや、周到に救護場所まで準備されていたとは…さすがは武崎殿だ。ここはその御厚意をありがたく受け取ろう」
かくして一夜の激闘は、それぞれの心の中に様々な思いを残しながら終わりを告げた。
「凛太朗殿、本当に…済まなかった。俺のせいで負傷させてしまって…」
「いや、こんなものただの擦り傷だ。それよりも松波殿の、刀を放つ機転は素晴らしかったな。あのおかげで私は撃たれずに済んだんだ。正直なところ本当に…助かった」
秋司の脳裏に、在りし日の遠邊家の中庭が浮かぶ。
『逆手に刀を持って、投擲武器として使うんだって。はは、秋司も覚えておくといい…』
「…あれはずっと昔…大切なお方が俺に教えてくださった、奇策でな…」
遠い目をした秋司の肩を、ぽんと叩く冬儀。秋司は友の温かい手にそっと触れた。
「冬儀…またお前に迷惑をかけた。さっきは叱ってもらって…助かったよ」
「いや、それは違う。あれは秋司が乗り越えたこと。お前は己の力で立ち上がったんだ。今夜は本当に…共に戦えて、嬉しかった」
秋司と冬儀は万感の思いで目を見交わしうなずきあう。
「…じゃあ、俺はそろそろ行くよ。珠希と諒を深川まで送り届けてやらないと。全くあいつらときたら、とんでもない無茶をしたらしいが…はは、ともかく無事で良かった」
共に戦った三人は改めて互いの肩を叩きあい、奮闘を労いあった。
「冬儀、凛太朗殿を頼む。凛太朗殿…今夜はゆっくり休んでくれ」
「ああ、松波殿。また本所の屯所で会おう」
「何か進展があれば随時伝えてくれ。こちらからも深川を訪ねる。では…またな、秋司」
戦いを終えた心地良い疲労感が体全体に漂う。
冬儀は凛太朗の傷を案じながら、ゆっくりと日本橋の宿を目指して行った。
***
「凛太朗殿、失礼する」
一旦互いの部屋に入ったあとで、冬儀は持ち合わせの膏薬を渡そうと凛太朗の部屋を訪ねた。
「ぜひ試してほしい。実は今日、傷に良く効く膏薬を持参していて…」
共闘した心易さと、まだ残る戦いの高揚感。つい気軽に入り口の襖を開いた冬儀は、着物をはだけた凛太朗の姿に唖然とする。
うっすらと傷が横に走る胸元は、明らかに女のそれだった。
――まさか…凛太朗殿は、女の身でありながら、新徴組に…?
慌てて着物を引き上げた凛は、ぐっと冬儀に背を向けた。
「…このことは兄上と、上の方々しか知らないんだ。忘れてくれ、武崎殿」
一瞬逡巡した冬儀は、部屋に入った時そのままに言葉を続ける。
「…傷の具合はどうだ? 凛太朗殿。ここにその膏薬を置いておくから…今夜はゆっくりと休んでくれ」
まるで何事もなかったように、落ち着き払った冬儀の態度。
――憐れまれているのか…。
何故だか凛の心が急速にささくれ立った。
「ふふ、おかしいだろう? 男ならばああだこうだと、これまで武崎殿に散々つっかかっておいて…実は私が女だとはな。だが…女だからと過度に気遣うのはやめてくれ、失礼じゃないか。こんな傷、本当に…私にとっては何でもないんだ」
尖った目で自分を睨む凛を、冬儀は真っ直ぐに見つめ返す。
「…女だから、貴殿を気遣っているわけではない。大切な仲間だから気遣っているんだ。凛太朗殿、男だ女だと過敏になっているのは…むしろ貴殿のほうではないか?」
――分かっている。武崎殿の態度は何も変わっていない。いつだって一番それを気にしているのは、私…。
二人のあいだに沈黙が流れた。
「…武崎殿。何故部屋を出て行かない?」
――私はまたこんな風につっかかって…。
唇を噛む凛に、冬儀は生真面目な顔で言う。
「私が慌てて出て行けば、凛太朗殿を女として扱ったことになる。そうしたら、きっと貴殿を傷つけるのではないかと…そう思ったんだ。仲間が傷つくようなことはしたくない。だから今こうしてここにいる」
「…相変わらず武崎殿は…兄上に似て理屈っぽい男だな」
床に置かれた、血の滲む晒。冬儀はそれをじっと見つめた。
――凛太朗殿は日々、この晒をきつく胸に巻く。もしかするとこれは、女である煩わしさの象徴かもしれない。
けれどもこの晒は今日、凛太朗殿を襲った凶刃を食い止め、傷を浅くもしてくれた。
煩わしいような、愛おしいような、二つの思い。きっとそのあいだを揺れ動きながら、凛太朗殿は女であることを捨て、今、男の姿を選んでいるのだろう。
男の姿でなければ叶わぬ思いを…叶えるために。
「凛太朗殿のその姿は…貴殿の心が貴殿自身として生きるために選んだものなのだろう? ならば私はその心を尊重し、共に守りたい。仲間が守りたいと願うものは、当然私にとっても守るべきもの。凛太朗殿が男だろうと女だろうと…それ以前にあなたは私にとって、大切な仲間なんだ」
――私が男でも、女でも。私自身として生きるために、選んだ生き方ならば…。
冬儀の言葉が、凛の心の中に深く染み通る。
苦しいまでの胸の高鳴りを覚えながら、凛は着物の前を直し改めて冬儀に向き直った。
「武崎殿。私の本当の名は、凛と言うんだ」
冬儀はふっと優しげに表情を緩ませる。
「凛も、凛太朗も…どちらもあなたの真っ直ぐな心を思わせる、良い名だと思う」
冬儀の言葉に凛は微笑んだ。
自然のままに笑うのは、本当に久しぶりのことだった。
「鉄っ! どこだよ鉄二郎!」
恭一朗に連れられ前庭に入った諒は、必死に友の姿を探した。
「諒…諒っ!」
駆け寄った鉄二郎は目に涙を浮かべながら、諒の体をぎゅうっと抱いた。
「良かったな、鉄…! ってお前ぇ、はは、ちょっと…臭うな、やっぱり」
台所に近い厠の中。打ち合わせたとおりにその場所で息を潜めながら、鉄二郎は戦いのあいだ、ただひたすらにこの瞬間だけを待っていた。
「俺のために体張ってくれて…ありがとな、ほんとありがとな、諒…」
男泣きに泣く鉄二郎。諒は少し照れくさそうに、鼻の下をぐいっとこすった。
「何でもねぇよ、鉄。お前ぇには俺だって散々、手ぇ貸してもらってきたんだからさ」
『ほら、しっかり歩け!』
『離せぇっ、畜生、縛り首なんざなってたまるかぁっ!』
隊士に厳しく連行される賊が通り過ぎ、鉄二郎の目が不安げに泳ぐ。
「だけどやっぱ俺も…ただじゃ済まねぇよな…。仕方ねぇよな、御禁制の賭場、やっちまってたんだし…」
黙って見ていた恭一朗は二人に近寄り、おもむろに口を開いた。
「…鉄二郎。こたびのお前の働きには目覚ましいものがあった。無論取り調べは受けてもらうが、正直に包み隠さず全てを述べるなら…諒との約束通り、お前の処遇については私が手を尽くそう」
「お、お侍様…! 俺の、俺みてぇなもんの名を、御存知で…?」
鉄二郎は驚愕し、目を白黒させる。
「諒っ、ってことはほんとに、ほんとに俺のために、お侍様が…!」
諒は姿勢を正し、改めて恭一朗に深々と頭を下げた。
「高梨様、鉄のこと、どうかお願いします。このとおりです…!」
鉄二郎の目に再び溢れる涙。信じた友の言葉は、飾られた嘘ではなかった。これまで鉄の周囲に溢れていた、まがい物の虚勢とは違う。真っ直ぐで、真っ正直な本物だった。
――生きて出て来れたら、俺ぁ…。
鉄二郎は諒を見つめながら、固く固く己の心に誓う。
――生涯諒に、付いていこう。
***
「冬儀。高梨殿のお言葉に甘えて、俺も新徴組にしばらく合流させてもらうよ。俺たちと新徴組はどうやら共闘したほうが良さそうだ。こちらの持つ情報も、これからは新徴組と包み隠さず共有したい。だから俺はこれを機に…正式に遠邊家を離れようと思う」
秋司の言葉に冬儀はうなずいた。
「私たちは別の場所から同じ戦いを続けるんだ。離れても心はひとつ。それでいい。私たちは何も変わらない」
肩を叩き合う二人に向かい、恭一朗は手短にいくつかの報告をした。
「鉄二郎は我々と共に、本所の屯所へ同行させる。一定の調べが終わったら武崎殿に使いを遣ろう。松波殿と共に、思う存分目的を果たすといい。それから薩摩藩邸の件は今後赤羽橋の屯所を中心に調べを進めて行く。赤羽橋と薩摩藩邸がある三田とはすぐ目と鼻の先だからな。まずは猪ノ吉の話の裏を取る」
「承知致しました高梨殿。秋司と鉄二郎を…どうか頼みます。それから凛太朗殿、私からひとつ提案があるのだが…」
冬儀は気遣うように凛太朗を見た。
「実は私の独断で、ここからほど近い日本橋に宿を二部屋とっている。念のための、隊士の救護場所のつもりだった。凛太朗殿、私も同行するから…良ければそこで傷の具合を確認し、体を休めてはどうだろうか」
反発するかに思えた凛太朗は、隠しきれない疲労の色を頬に滲ませ素直にうなずいた。銃口を突き付けられた緊張感も、まだぐつぐつと身の内にくすぶっていた。
「兄上、そうさせていただきます。皆と一緒の屯所では…その、少々傷も…確認しづらい」
「凛…太朗、焦らずともよい。まずはしっかり体を休めよ。いや、周到に救護場所まで準備されていたとは…さすがは武崎殿だ。ここはその御厚意をありがたく受け取ろう」
かくして一夜の激闘は、それぞれの心の中に様々な思いを残しながら終わりを告げた。
「凛太朗殿、本当に…済まなかった。俺のせいで負傷させてしまって…」
「いや、こんなものただの擦り傷だ。それよりも松波殿の、刀を放つ機転は素晴らしかったな。あのおかげで私は撃たれずに済んだんだ。正直なところ本当に…助かった」
秋司の脳裏に、在りし日の遠邊家の中庭が浮かぶ。
『逆手に刀を持って、投擲武器として使うんだって。はは、秋司も覚えておくといい…』
「…あれはずっと昔…大切なお方が俺に教えてくださった、奇策でな…」
遠い目をした秋司の肩を、ぽんと叩く冬儀。秋司は友の温かい手にそっと触れた。
「冬儀…またお前に迷惑をかけた。さっきは叱ってもらって…助かったよ」
「いや、それは違う。あれは秋司が乗り越えたこと。お前は己の力で立ち上がったんだ。今夜は本当に…共に戦えて、嬉しかった」
秋司と冬儀は万感の思いで目を見交わしうなずきあう。
「…じゃあ、俺はそろそろ行くよ。珠希と諒を深川まで送り届けてやらないと。全くあいつらときたら、とんでもない無茶をしたらしいが…はは、ともかく無事で良かった」
共に戦った三人は改めて互いの肩を叩きあい、奮闘を労いあった。
「冬儀、凛太朗殿を頼む。凛太朗殿…今夜はゆっくり休んでくれ」
「ああ、松波殿。また本所の屯所で会おう」
「何か進展があれば随時伝えてくれ。こちらからも深川を訪ねる。では…またな、秋司」
戦いを終えた心地良い疲労感が体全体に漂う。
冬儀は凛太朗の傷を案じながら、ゆっくりと日本橋の宿を目指して行った。
***
「凛太朗殿、失礼する」
一旦互いの部屋に入ったあとで、冬儀は持ち合わせの膏薬を渡そうと凛太朗の部屋を訪ねた。
「ぜひ試してほしい。実は今日、傷に良く効く膏薬を持参していて…」
共闘した心易さと、まだ残る戦いの高揚感。つい気軽に入り口の襖を開いた冬儀は、着物をはだけた凛太朗の姿に唖然とする。
うっすらと傷が横に走る胸元は、明らかに女のそれだった。
――まさか…凛太朗殿は、女の身でありながら、新徴組に…?
慌てて着物を引き上げた凛は、ぐっと冬儀に背を向けた。
「…このことは兄上と、上の方々しか知らないんだ。忘れてくれ、武崎殿」
一瞬逡巡した冬儀は、部屋に入った時そのままに言葉を続ける。
「…傷の具合はどうだ? 凛太朗殿。ここにその膏薬を置いておくから…今夜はゆっくりと休んでくれ」
まるで何事もなかったように、落ち着き払った冬儀の態度。
――憐れまれているのか…。
何故だか凛の心が急速にささくれ立った。
「ふふ、おかしいだろう? 男ならばああだこうだと、これまで武崎殿に散々つっかかっておいて…実は私が女だとはな。だが…女だからと過度に気遣うのはやめてくれ、失礼じゃないか。こんな傷、本当に…私にとっては何でもないんだ」
尖った目で自分を睨む凛を、冬儀は真っ直ぐに見つめ返す。
「…女だから、貴殿を気遣っているわけではない。大切な仲間だから気遣っているんだ。凛太朗殿、男だ女だと過敏になっているのは…むしろ貴殿のほうではないか?」
――分かっている。武崎殿の態度は何も変わっていない。いつだって一番それを気にしているのは、私…。
二人のあいだに沈黙が流れた。
「…武崎殿。何故部屋を出て行かない?」
――私はまたこんな風につっかかって…。
唇を噛む凛に、冬儀は生真面目な顔で言う。
「私が慌てて出て行けば、凛太朗殿を女として扱ったことになる。そうしたら、きっと貴殿を傷つけるのではないかと…そう思ったんだ。仲間が傷つくようなことはしたくない。だから今こうしてここにいる」
「…相変わらず武崎殿は…兄上に似て理屈っぽい男だな」
床に置かれた、血の滲む晒。冬儀はそれをじっと見つめた。
――凛太朗殿は日々、この晒をきつく胸に巻く。もしかするとこれは、女である煩わしさの象徴かもしれない。
けれどもこの晒は今日、凛太朗殿を襲った凶刃を食い止め、傷を浅くもしてくれた。
煩わしいような、愛おしいような、二つの思い。きっとそのあいだを揺れ動きながら、凛太朗殿は女であることを捨て、今、男の姿を選んでいるのだろう。
男の姿でなければ叶わぬ思いを…叶えるために。
「凛太朗殿のその姿は…貴殿の心が貴殿自身として生きるために選んだものなのだろう? ならば私はその心を尊重し、共に守りたい。仲間が守りたいと願うものは、当然私にとっても守るべきもの。凛太朗殿が男だろうと女だろうと…それ以前にあなたは私にとって、大切な仲間なんだ」
――私が男でも、女でも。私自身として生きるために、選んだ生き方ならば…。
冬儀の言葉が、凛の心の中に深く染み通る。
苦しいまでの胸の高鳴りを覚えながら、凛は着物の前を直し改めて冬儀に向き直った。
「武崎殿。私の本当の名は、凛と言うんだ」
冬儀はふっと優しげに表情を緩ませる。
「凛も、凛太朗も…どちらもあなたの真っ直ぐな心を思わせる、良い名だと思う」
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