52 / 63
第三章 当世合戦絵巻
1.江戸のおまわりさん(五)
しおりを挟む
「よいしょっ!」
珠希は重い背負子を背負い直した。
「ああ、今日も一日良く働いた! 御褒美に何か甘い物でも買って帰ろうかな」
――ひとりで回るのにもずいぶん慣れてきたみたい。
にっこり微笑む珠希の耳に、変わった節の口上が飛び込んだ。
「きたまだエェ さてもないない つまらないヘイヘイ 絵入りの一枚が、たったの四文」
白黒刷りの瓦版を道行く人々に示しながら、読売は大声で喧伝する。
「泣く子も黙るおまわりさんが、またも夜盗と激突したよ! いの一番に飛び出して、悪党どもを一刀両断に斬り捨てたのは、御存知、高梨凛太朗様! その凛々しいお姿を描いた挿絵付き! さあさあ皆々様方、お代をご準備いただき、買った買った買ったぁ!」
妖怪などの眉唾噺から天変地異、巷に起こる事件まで、ありとあらゆる情報を掲載している瓦版。内容を読んで売るから、商う者を「読売」と言う。菅笠で顔を隠して売るのがお決まりだったが、それは人々を扇動するとされ、たびたび公儀の取り締まりを受けたからである。
情報統制をかいくぐり、なおも真実を拡散しようとするその姿勢には、伝え拡げようとする者の矜持があった。
最近では読み物的な要素を高めた「新聞」と称する冊子も出始めている。動乱の世の中、瓦版や新聞は民衆らにとって貴重な情報源になっていた。
新徴組の高梨凛太朗は、その美男子ぶりで巷に絶大な人気を博している。市中の見回りに加われば、凛太朗目当ての人だかりは隊列の人数を軽く超えた。
我も我もと読売に群がる人々に混じり、珠希も早速その一部を買い求める。
――ふむふむ、この挿絵は…ううん…まあまあ、だね。
僕だったら、もっと美人画風の艶っぽい絵を持ってくるけどなあ。できれば彩色付きで。文調も…ちょっと荒々しすぎる。もっと…気持ちがきゅん、となるような感じがいいよ。
題して浮世絵新聞、なあんてね。あはは、それじゃあ値段が高くなっちゃうのかな。
ふと浮かんだ思い付きに目を輝かせる珠希。
――そうだ、版元さんにお願いして、摺師さんの仕事場を見学させてもらおう。一体どんな風に刷っているのか、見てみたいよ!
あれこれ夢想しつつ長屋に戻った珠希は、共同の厠から出てくる秋司と出くわした。
「おう、珠希。丁度良かった。ちょっと今、諒を借りてるぞ」
「え! 諒さんが、来てるんですか?」
嬉しそうに頬を染める珠希を、秋司は指でつつき揶揄った。
「はは、にやけすぎだろ珠希。ちょっと珍しい客が来てるから、お前も顔出して行け」
狭い秋司の部屋は超満員だった。珠希は秋司が開けた戸の外から部屋を覗き込む。
入ってすぐの上り框には、腰を下ろした諒がいた。諒は少し照れくさそうに、よお、と片手を挙げる。
畳の上には、御苦労だったねと微笑む冬儀。その隣に秋司がどっかり陣取った。
最後にあとひとり。
部屋の奥に立て膝で座る若侍の溌剌とした麗しさに、珠希は思わずぽかんと口を開ける。
――あ…まさか、まさかこのお方は…!
「珠希。こちらは新徴組の高梨凛太朗殿だ」
秋司の言葉に珠希は目を白黒させて、手元の瓦版とその姿を交互に見た。
「ああっ、やっぱり! た、高梨凛太朗様! この、瓦版の…」
「ふふ。またそんな瓦版が出ていたか。ちょっと見せてくれ」
珠希は震える手で、凛太朗に瓦版を渡す。
――ほ、本物の凛太朗様が、うちの…長屋に!
「ううん…まあこの挿絵なら少しはましか。だがあと一息…何とかならぬものだろうか」
挿絵に目を落とし、おどけてぼやく凛太朗。
「そ、そうなんです、僕も常日頃そう思っていて! こういう武者絵風じゃなくて、例えば美人画の得意な絵師に描かせたら、もっと凛太朗様の御美しさが映えるのに…」
頬を赤く染め熱弁をふるう珠希。凛太朗は爽やかに笑いかけた。
「ならばお前、今度読売に会ったら言っておいてくれ。豪快に描いてくれるのは嬉しいが、無骨な弁慶みたいに描かれるとさすがに少々落ち込むぞ、と」
「そう、そうですよ! それじゃあまるで、秋司さんですものね!」
「おい珠希! それは俺を褒めてるのか、けなしてるのか、どっちなんだよ!」
「ふふ。秋司、ならば珠希に瓦版を作ってもらおう。きっと珠希なら…秋司のことも美しく描いてくれる」
――僕が、瓦版を…? わあっ…! 何だか面白そう!
冬儀の言葉に珠希は目を輝かせる。
――そうだ、瓦版の真似ごとを作ってみよう。貸本屋で回るついでに…おまけ程度に売ったらいいかもしれない。どれくらいの元手がいるのか、版元さんに相談してみよう!
「じゃあ…僕はそろそろ家に戻りますね。凛太朗様、お会いできてとっても…とっても嬉しかったです! それからその、諒さん…また、あとで、ね!」
照れながら諒に小さく手を振ると、珠希はぺこりと皆に頭を下げて静かに戸を閉めた。
部屋に差し込んだ明るい光。その余韻のあとで、一同は表情を引き締めなおす。
「で…武崎様。俺みてぇなただの町人がここに呼ばれたのは…どうしてなんです?」
諒は改めて冬儀に向き直った。
「凛太朗様の前で言うのも何だけど、俺ぁ、元博打打ちです。刀は使えねぇが度胸だけはある。鉄のためなら何だってやりますよ。で、俺は一体ぇ…何をすりゃあいいんです?」
冬儀はおもむろに諒を見返した。その目はいつになく楽しげに輝き、頬はほんのり桜色に染まっている。
「元、ではなく…。ぜひここで現役の博打打ちに戻ってくれ、諒。無論資金は用意する。新徴組の御一行を引き連れて、皆様に丁半博打を指南してほしいんだ」
「ば、博打? 現役の?」
諒は一気に青ざめた。
「御接待だか何だか知りませんが、そ、そりゃ困りますよ武崎様! 俺ぁ根津の権現様に固ぁく誓ったんで、もう二度とさいころには関わりません、ってさ。その禁を破ったら、権現様に祟られて珠希に嫌われて…またあいつが逃げちまうかも…」
うろたえる諒に冬儀は声を改め、すっと姿勢を正す。
「安心してくれ、諒。博打を打つのは無論方便だ。一見では入れぬあの賭場に、堂々と入れるのはお前しかいない。新徴組の皆様とて、本気で博打を打ちに行かれるわけではなく、敵陣の御偵察がその目的。その密偵部隊をお前が現場に導くんだ。そして諒、お前にはもうひとつ大仕事がある。鉄二郎に会い、この…紙と筆とを渡してほしい」
「紙…? ってことは、俺が鉄に何か書かせるってことですね…?」
忙しく頭の中を動かす諒。冬儀は諒の利発な様子に内心胸をなでおろした。
「ああ。根城の全容を図面にするんだ。加えて頭領の居場所や外への出入り口、各所に置かれた見張りの状況なども詳しく聞き出してくれ。それより何より重要なのは…お前が鉄二郎の信頼を得て、こちら側に協力すると固く誓わせること。どうだろうか、諒。私はお前ならこの仕事ができると、確信しているのだが…」
――鉄の、信頼を…。
諒は勢いよく鼻の下をこすってみせる。
「…できるのできねぇのって、武崎様、そりゃあできるに決まってまさあ! 俺と鉄ってのは、小っちぇえ頃から阿吽の呼吸で通じてきたんです。俺がびしっと鉄んとこに顔みせりゃ、あいつだってびびり倒した肝っ玉に気合い入れ直して…てめぇが何をしなけりゃいけねぇか、すぐに分かるはずですよ」
微笑みうなずく冬儀に向かい、諒は言葉を続けた。
「丁度いいや。俺が賭場から遠ざかったもんだから、かっかしてるお方がいるんですよ。銀次兄さんっていう、いけ好かない野郎なんですが…お詫びがてらに上客を連れて来ました! なんて頭を下げりゃ…はは、上機嫌でほいほい場に上げてくれるでしょうよ」
秋司は冬儀と見交わした目を、ゆっくり諒に移す。
「頼んだぞ、諒。まああれだ、珠希のことなら心配するな。俺からもちゃんと話をする。だが、これを機会にまたぞろお前が博打に入れ込んだりしたら…その先は権現様にお任せだけどな」
「いや、ほんと珠希のことは…頼みますよ秋司さん。これぁ俺から言い出したことじゃねぇんだって、皆様からお願いされて、ほんとに仕方なく、嫌々行くんだって…ね?」
そう言いながらも、人任せではいけないと諒は思った。
気になることは先送りにしない。珠希の逃げ出したあの夜の失敗を、もう二度と繰り返すつもりはない。
――あとですぐ、珠希に説明しなけりゃな。そんで、そうだ、珠希の願いを十でも二十でも聞いてやろう。鉄のためとはいえ、ここであいつに嫌われちまったら…。
冬儀は柏手でも叩くように、ぱんっ、とひとつ手を叩いた。
「よし。では早速細かい話を詰めて行こうか」
黙って成り行きを見守っていた凛太朗もその口を開く。
「…ああ、そうだな。今夜の話は私がしっかり持ち帰り、兄上にお伝えしよう」
秋司は座を盛り上げるように、明るい笑顔を諒に向けた。
「ほら、諒もこっちに上がってこい。はは、何て顔してる。まさにお前らの言う、『なんでぇこのうらなり、いつまでもしけた面しやがって』だぞ?」
「おいおい、ひでぇな秋司さん! くそっ、こうなりゃ…ええい、ままよ! 鉄のためだ、四の五の言わずにきっちり務めてやろうじゃねぇか!」
草履をぽん、ぽん、と脱ぎ棄てた諒は、ぐっと勢いをつけて上り框をあがった。
珠希は重い背負子を背負い直した。
「ああ、今日も一日良く働いた! 御褒美に何か甘い物でも買って帰ろうかな」
――ひとりで回るのにもずいぶん慣れてきたみたい。
にっこり微笑む珠希の耳に、変わった節の口上が飛び込んだ。
「きたまだエェ さてもないない つまらないヘイヘイ 絵入りの一枚が、たったの四文」
白黒刷りの瓦版を道行く人々に示しながら、読売は大声で喧伝する。
「泣く子も黙るおまわりさんが、またも夜盗と激突したよ! いの一番に飛び出して、悪党どもを一刀両断に斬り捨てたのは、御存知、高梨凛太朗様! その凛々しいお姿を描いた挿絵付き! さあさあ皆々様方、お代をご準備いただき、買った買った買ったぁ!」
妖怪などの眉唾噺から天変地異、巷に起こる事件まで、ありとあらゆる情報を掲載している瓦版。内容を読んで売るから、商う者を「読売」と言う。菅笠で顔を隠して売るのがお決まりだったが、それは人々を扇動するとされ、たびたび公儀の取り締まりを受けたからである。
情報統制をかいくぐり、なおも真実を拡散しようとするその姿勢には、伝え拡げようとする者の矜持があった。
最近では読み物的な要素を高めた「新聞」と称する冊子も出始めている。動乱の世の中、瓦版や新聞は民衆らにとって貴重な情報源になっていた。
新徴組の高梨凛太朗は、その美男子ぶりで巷に絶大な人気を博している。市中の見回りに加われば、凛太朗目当ての人だかりは隊列の人数を軽く超えた。
我も我もと読売に群がる人々に混じり、珠希も早速その一部を買い求める。
――ふむふむ、この挿絵は…ううん…まあまあ、だね。
僕だったら、もっと美人画風の艶っぽい絵を持ってくるけどなあ。できれば彩色付きで。文調も…ちょっと荒々しすぎる。もっと…気持ちがきゅん、となるような感じがいいよ。
題して浮世絵新聞、なあんてね。あはは、それじゃあ値段が高くなっちゃうのかな。
ふと浮かんだ思い付きに目を輝かせる珠希。
――そうだ、版元さんにお願いして、摺師さんの仕事場を見学させてもらおう。一体どんな風に刷っているのか、見てみたいよ!
あれこれ夢想しつつ長屋に戻った珠希は、共同の厠から出てくる秋司と出くわした。
「おう、珠希。丁度良かった。ちょっと今、諒を借りてるぞ」
「え! 諒さんが、来てるんですか?」
嬉しそうに頬を染める珠希を、秋司は指でつつき揶揄った。
「はは、にやけすぎだろ珠希。ちょっと珍しい客が来てるから、お前も顔出して行け」
狭い秋司の部屋は超満員だった。珠希は秋司が開けた戸の外から部屋を覗き込む。
入ってすぐの上り框には、腰を下ろした諒がいた。諒は少し照れくさそうに、よお、と片手を挙げる。
畳の上には、御苦労だったねと微笑む冬儀。その隣に秋司がどっかり陣取った。
最後にあとひとり。
部屋の奥に立て膝で座る若侍の溌剌とした麗しさに、珠希は思わずぽかんと口を開ける。
――あ…まさか、まさかこのお方は…!
「珠希。こちらは新徴組の高梨凛太朗殿だ」
秋司の言葉に珠希は目を白黒させて、手元の瓦版とその姿を交互に見た。
「ああっ、やっぱり! た、高梨凛太朗様! この、瓦版の…」
「ふふ。またそんな瓦版が出ていたか。ちょっと見せてくれ」
珠希は震える手で、凛太朗に瓦版を渡す。
――ほ、本物の凛太朗様が、うちの…長屋に!
「ううん…まあこの挿絵なら少しはましか。だがあと一息…何とかならぬものだろうか」
挿絵に目を落とし、おどけてぼやく凛太朗。
「そ、そうなんです、僕も常日頃そう思っていて! こういう武者絵風じゃなくて、例えば美人画の得意な絵師に描かせたら、もっと凛太朗様の御美しさが映えるのに…」
頬を赤く染め熱弁をふるう珠希。凛太朗は爽やかに笑いかけた。
「ならばお前、今度読売に会ったら言っておいてくれ。豪快に描いてくれるのは嬉しいが、無骨な弁慶みたいに描かれるとさすがに少々落ち込むぞ、と」
「そう、そうですよ! それじゃあまるで、秋司さんですものね!」
「おい珠希! それは俺を褒めてるのか、けなしてるのか、どっちなんだよ!」
「ふふ。秋司、ならば珠希に瓦版を作ってもらおう。きっと珠希なら…秋司のことも美しく描いてくれる」
――僕が、瓦版を…? わあっ…! 何だか面白そう!
冬儀の言葉に珠希は目を輝かせる。
――そうだ、瓦版の真似ごとを作ってみよう。貸本屋で回るついでに…おまけ程度に売ったらいいかもしれない。どれくらいの元手がいるのか、版元さんに相談してみよう!
「じゃあ…僕はそろそろ家に戻りますね。凛太朗様、お会いできてとっても…とっても嬉しかったです! それからその、諒さん…また、あとで、ね!」
照れながら諒に小さく手を振ると、珠希はぺこりと皆に頭を下げて静かに戸を閉めた。
部屋に差し込んだ明るい光。その余韻のあとで、一同は表情を引き締めなおす。
「で…武崎様。俺みてぇなただの町人がここに呼ばれたのは…どうしてなんです?」
諒は改めて冬儀に向き直った。
「凛太朗様の前で言うのも何だけど、俺ぁ、元博打打ちです。刀は使えねぇが度胸だけはある。鉄のためなら何だってやりますよ。で、俺は一体ぇ…何をすりゃあいいんです?」
冬儀はおもむろに諒を見返した。その目はいつになく楽しげに輝き、頬はほんのり桜色に染まっている。
「元、ではなく…。ぜひここで現役の博打打ちに戻ってくれ、諒。無論資金は用意する。新徴組の御一行を引き連れて、皆様に丁半博打を指南してほしいんだ」
「ば、博打? 現役の?」
諒は一気に青ざめた。
「御接待だか何だか知りませんが、そ、そりゃ困りますよ武崎様! 俺ぁ根津の権現様に固ぁく誓ったんで、もう二度とさいころには関わりません、ってさ。その禁を破ったら、権現様に祟られて珠希に嫌われて…またあいつが逃げちまうかも…」
うろたえる諒に冬儀は声を改め、すっと姿勢を正す。
「安心してくれ、諒。博打を打つのは無論方便だ。一見では入れぬあの賭場に、堂々と入れるのはお前しかいない。新徴組の皆様とて、本気で博打を打ちに行かれるわけではなく、敵陣の御偵察がその目的。その密偵部隊をお前が現場に導くんだ。そして諒、お前にはもうひとつ大仕事がある。鉄二郎に会い、この…紙と筆とを渡してほしい」
「紙…? ってことは、俺が鉄に何か書かせるってことですね…?」
忙しく頭の中を動かす諒。冬儀は諒の利発な様子に内心胸をなでおろした。
「ああ。根城の全容を図面にするんだ。加えて頭領の居場所や外への出入り口、各所に置かれた見張りの状況なども詳しく聞き出してくれ。それより何より重要なのは…お前が鉄二郎の信頼を得て、こちら側に協力すると固く誓わせること。どうだろうか、諒。私はお前ならこの仕事ができると、確信しているのだが…」
――鉄の、信頼を…。
諒は勢いよく鼻の下をこすってみせる。
「…できるのできねぇのって、武崎様、そりゃあできるに決まってまさあ! 俺と鉄ってのは、小っちぇえ頃から阿吽の呼吸で通じてきたんです。俺がびしっと鉄んとこに顔みせりゃ、あいつだってびびり倒した肝っ玉に気合い入れ直して…てめぇが何をしなけりゃいけねぇか、すぐに分かるはずですよ」
微笑みうなずく冬儀に向かい、諒は言葉を続けた。
「丁度いいや。俺が賭場から遠ざかったもんだから、かっかしてるお方がいるんですよ。銀次兄さんっていう、いけ好かない野郎なんですが…お詫びがてらに上客を連れて来ました! なんて頭を下げりゃ…はは、上機嫌でほいほい場に上げてくれるでしょうよ」
秋司は冬儀と見交わした目を、ゆっくり諒に移す。
「頼んだぞ、諒。まああれだ、珠希のことなら心配するな。俺からもちゃんと話をする。だが、これを機会にまたぞろお前が博打に入れ込んだりしたら…その先は権現様にお任せだけどな」
「いや、ほんと珠希のことは…頼みますよ秋司さん。これぁ俺から言い出したことじゃねぇんだって、皆様からお願いされて、ほんとに仕方なく、嫌々行くんだって…ね?」
そう言いながらも、人任せではいけないと諒は思った。
気になることは先送りにしない。珠希の逃げ出したあの夜の失敗を、もう二度と繰り返すつもりはない。
――あとですぐ、珠希に説明しなけりゃな。そんで、そうだ、珠希の願いを十でも二十でも聞いてやろう。鉄のためとはいえ、ここであいつに嫌われちまったら…。
冬儀は柏手でも叩くように、ぱんっ、とひとつ手を叩いた。
「よし。では早速細かい話を詰めて行こうか」
黙って成り行きを見守っていた凛太朗もその口を開く。
「…ああ、そうだな。今夜の話は私がしっかり持ち帰り、兄上にお伝えしよう」
秋司は座を盛り上げるように、明るい笑顔を諒に向けた。
「ほら、諒もこっちに上がってこい。はは、何て顔してる。まさにお前らの言う、『なんでぇこのうらなり、いつまでもしけた面しやがって』だぞ?」
「おいおい、ひでぇな秋司さん! くそっ、こうなりゃ…ええい、ままよ! 鉄のためだ、四の五の言わずにきっちり務めてやろうじゃねぇか!」
草履をぽん、ぽん、と脱ぎ棄てた諒は、ぐっと勢いをつけて上り框をあがった。
2
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―
馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。
新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。
武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。
ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。
否、ここで滅ぶわけにはいかない。
士魂は花と咲き、決して散らない。
冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。
あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】
しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】
※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。
※重複投稿しています。
カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
【完結】女神は推考する
仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。
直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。
強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。
まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。
今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。
これは、大王となる私の守る為の物語。
額田部姫(ヌカタベヒメ)
主人公。母が蘇我一族。皇女。
穴穂部皇子(アナホベノミコ)
主人公の従弟。
他田皇子(オサダノオオジ)
皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。
広姫(ヒロヒメ)
他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。
彦人皇子(ヒコヒトノミコ)
他田大王と広姫の嫡子。
大兄皇子(オオエノミコ)
主人公の同母兄。
厩戸皇子(ウマヤドノミコ)
大兄皇子の嫡子。主人公の甥。
※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。
※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。
※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。)
※史実や事実と異なる表現があります。
※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる