大江戸の朝、君と駆ける

藤本 サクヤ

文字の大きさ
上 下
50 / 63
第三章 当世合戦絵巻

1.江戸のおまわりさん(三)

しおりを挟む
 閑散とした真夏の柳原土手。
 秋司は屋敷から冬儀を呼び出すと息せき切って告げた。

「冬儀。俺たちはとうとう、真相の糸口を掴んだ」

 諒から聞いた話の全てを余すところなく冬儀に伝える。驚きに目を見張った冬儀は、じっと考え込むように腕を組んだ。

「いかさま賭博…。私が誠之助様に御注意申し上げたあの夜は…その帰りだったのか。賭博にはまり通われるうちに、負けるように仕向けられ借財ができたのだろうか。それを返済するために、書画を…?」

「いや。誠之助様の目的は賭博そのものじゃなく、きっと最初から…金だ。毎回勝つような賭博に、嵌るほどの面白味を感じるとは思えない」

「…なるほど、それも確かに一理ある」

「小遣い以上の金が必要な理由が先にあって、それを稼ぎ出せる方法が賭博だったんだと俺は思う。だから奴らは毎回勝たせて誠之助様の目的を果たさせ、賭博を稼ぎの手段として認識させるよう仕向けたんだ」

「継続的に、小遣いでは足りぬ額の金が必要なこと…それは一体何なのか…」

 誠之助の遺品を改めた際の衝撃を冬儀は思い出す。

「誠之助様の刀身は竹光に代わっていた。賭博の利益をもってしても足りない金が、最終的には必要だったということだ。刀身を売るか、質に入れてもなお足りないほどの金…そんな大金が最後に必要になるのは…」

 秋司と冬儀は、はっと視線を合わせた。

「まさか、遊郭…? いやそんな、まさか誠之助様に限って…」

「…いや、秋司。朝陽は美人局に手を染めていたのだろう? ならば男の心理というものに長けていたはずだ。お優しい誠之助様の御性質を利用したのだろう。女への憐憫れんびんの情をあおり…最終的に身請けを決意させたんだ、きっと」

 ばらばらだった事実の欠片かけらが一本の糸のように繋がって行く。二人は確実にその糸を紡いでいった。

「身請け金は法外な金額だ。それを稼ぎ出すため賭博に挑み、負けさせられて…手立てを失い、とうとう殿の書画を…」

 秋司の体を突如、ひとつの記憶が貫く。

「遊郭の、女…! 誠之助様は俺に…思い人は遊女だと…そう、おっしゃっていた…!」

 秋司の脳裏にあの日の誠之助の言葉が蘇る。嫌な汗がじっとりと背中を伝った。

『…私の思い人は、遊女なんだよ、秋司』

 強い衝撃に秋司の目は大きく見開かれた。
 
「そう、か…! 誠之助様はあの日俺に、遊女への思いを…打ち明けようと…なのに、なのに俺は、誠之助様の御冗談だと思い込み…おふざけをと…笑った…」

 ――誠之助様の身を切られるような思いを…俺は笑い飛ばした。救いを求めた誠之助様を俺は、俺は突き放してしまった…。

「ああ…そうだ冬儀…だから誠之助様は…俺に打ち明けられなかった。だから俺は誠之助様を支えられなかったんだ…くそうっ! 俺は何故…何故っ、あんなことを!」

 頭を抱え、激しく自らを責める秋司。後悔の沼に再び沈みかけた秋司の心に向かい、冬儀はそっと語りかけた。

「秋司。過去は、変えられない。起きてしまったことは、どんなに悔やもうと、悲しもうと、決して…消すことができないんだ」

 秋司の両手を力強く握りしめる冬儀。

「でも人は、今ここからならば始められる。今ここからならば、変えられるんだ。それをあの日、あの居酒屋で、私に教えてくれたのは…」

 冬儀の熱い眼差しが、秋司の体を貫いた。

「秋司…お前だ。お前だったじゃないか…!」

 言葉をその身に注ぎ込むように、冬儀は秋司に向かい、懸命に語り掛けて行く。

「後悔も、総括そうかつも、全ての謎を解いてからだ。ここで悲しみに暮れ、足を止めては駄目だ秋司! そうだとも、私たちには何も見えていなかった。でもだからこそ、そんな状況を今ここで、今ここから…秋司、私たちが、私たち自身の手で変えるんだ!」

「冬…儀」

「歯を食いしばれ、自分を動かせ秋司! 鉄二郎を賊の元から奪還する。私たちがすべきことは…それだけ。今はただ、それだけだ…!」 

 ――そうだ。俺は前に進むためにここへ来た。その力を得るために、俺の片割れである冬儀と共に戦うために…ここへ来たんだ。

「…ああ、そうだ。ああ、そうだよな」

 秋司は決意を固めるように、強く強く拳を握りしめた。

「行こう冬儀、二人で。このまま夜盗の根城に殴り込みだ…!」

 駆けだそうとする秋司の腕を、冬儀は軽く押さえる。その目は秋司の心をたたえるように熱く輝いていた。

「さすがは秋司。その気概きがいや良し。だが凶悪な集団に立ち向かうには…少々策が必要だ」

 冬儀はまるで軍師のように、あごに手を添える。

「秋司。ここは…新徴組に、協力を仰ごう。今回の件…彼らと利害が一致するはずだ」

「新徴組…? そう、か…冬儀、そうだな…! 日々夜盗どもと戦う彼らなら、きっと…!」

「ああ。大きな力になってくれるはずだ」

 冬儀は力強く遠くの空を見上げた。

「行こう、本所の屯所とんしょへ。秋司、私たち二人で彼らを動かすんだ」

 柳並木をざあっと吹き抜ける、夏の暑い風。
 進む道を指し示すかのように、柳の葉は前へ前へと大きくたなびいた。


 ***
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

浮雲の譜

神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。 峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……

北宮純 ~祖国無き戦士~

水城洋臣
歴史・時代
 三国時代を統一によって終わらせた晋(西晋)は、八王の乱と呼ばれる内紛で内部から腐り、異民族である匈奴によって滅ぼされた。  そんな匈奴が漢王朝の正統後継を名乗って建国した漢(匈奴漢)もまた、僅か十年で崩壊の時を迎える。  そんな時代に、ただ戦場を駆けて死ぬ事を望みながらも、二つの王朝の滅亡を見届けた数奇な運命の将がいた。  その名は北宮純。  漢民族消滅の危機とまで言われた五胡十六国時代の始まりを告げる戦いを、そんな彼の視点から描く。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

蛇神様 ――藤本サクヤ創作フォークロア #1

藤本 サクヤ
歴史・時代
むかし、むかし――。あの山にも、この川にも、歴史に埋もれた物語(フォークロア)が息づいている。 創作フォークロアシリーズ(予定…!)第一弾は、とある村に伝わる一途な恋の物語。 先日、山形県の出羽三山を旅しながら心に浮かんだお話を、昔話仕立てにしてみました。 まだまだ未熟者ですが、楽しんでいただけたら幸いです! もしも気に入っていただけたなら、超短編「黒羽織」、長編「大江戸の朝、君と駆ける」もぜひ一度、ご賞味くださいませ^^

開国横浜・弁天堂奇譚

山田あとり
歴史・時代
村の鎮守の弁天ちゃん meets 黒船! 幕末の神奈川・横濵。 黒船ペリー艦隊により鎖国が終わり、西洋の文化に右往左往する人々の喧騒をよそに楽しげなのは、横濵村の総鎮守である弁天ちゃんだ。 港が開かれ異人さんがやって来る。 商機を求めて日本全国から人が押し寄せる。町ができていく。 弁天ちゃんの暮らしていた寺が黒船に関わることになったり、外国人墓地になったりも。 物珍しさに興味津々の弁天ちゃんと渋々お供する宇賀くんが、開港場となった横濵を歩きます。 日の本の神仏が、持ち込まれた異国の文物にはしゃぐ! 変わりゆく町をながめる! そして人々は暮らしてゆく! そんな感じのお話です。 ※史実をベースにしておりますが、弁財天さま、宇賀神さま、薬師如来さまなど神仏がメインキャラクターです。 ※歴史上の人物も登場しますが、性格や人間性については創作上のものであり、ご本人とは無関係です。 ※当時の神道・仏教・政治に関してはあやふやな描写に終始します。制度的なことを主役が気にしていないからです。 ※資料の少なさ・散逸・矛盾により史実が不明な事柄などは創作させていただきました。 ※神仏の皆さま、関係者の皆さまには伏してお詫びを申し上げます。 ※この作品は〈カクヨム〉にも掲載していますが、カクヨム版には一章ごとに解説エッセイが挟まっています。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...