大江戸の朝、君と駆ける

藤本 サクヤ

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第三章 当世合戦絵巻

1.江戸のおまわりさん(三)

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 閑散とした真夏の柳原土手。
 秋司は屋敷から冬儀を呼び出すと息せき切って告げた。

「冬儀。俺たちはとうとう、真相の糸口を掴んだ」

 諒から聞いた話の全てを余すところなく冬儀に伝える。驚きに目を見張った冬儀は、じっと考え込むように腕を組んだ。

「いかさま賭博…。私が誠之助様に御注意申し上げたあの夜は…その帰りだったのか。賭博にはまり通われるうちに、負けるように仕向けられ借財ができたのだろうか。それを返済するために、書画を…?」

「いや。誠之助様の目的は賭博そのものじゃなく、きっと最初から…金だ。毎回勝つような賭博に、嵌るほどの面白味を感じるとは思えない」

「…なるほど、それも確かに一理ある」

「小遣い以上の金が必要な理由が先にあって、それを稼ぎ出せる方法が賭博だったんだと俺は思う。だから奴らは毎回勝たせて誠之助様の目的を果たさせ、賭博を稼ぎの手段として認識させるよう仕向けたんだ」

「継続的に、小遣いでは足りぬ額の金が必要なこと…それは一体何なのか…」

 誠之助の遺品を改めた際の衝撃を冬儀は思い出す。

「誠之助様の刀身は竹光に代わっていた。賭博の利益をもってしても足りない金が、最終的には必要だったということだ。刀身を売るか、質に入れてもなお足りないほどの金…そんな大金が最後に必要になるのは…」

 秋司と冬儀は、はっと視線を合わせた。

「まさか、遊郭…? いやそんな、まさか誠之助様に限って…」

「…いや、秋司。朝陽は美人局に手を染めていたのだろう? ならば男の心理というものに長けていたはずだ。お優しい誠之助様の御性質を利用したのだろう。女への憐憫れんびんの情をあおり…最終的に身請けを決意させたんだ、きっと」

 ばらばらだった事実の欠片かけらが一本の糸のように繋がって行く。二人は確実にその糸を紡いでいった。

「身請け金は法外な金額だ。それを稼ぎ出すため賭博に挑み、負けさせられて…手立てを失い、とうとう殿の書画を…」

 秋司の体を突如、ひとつの記憶が貫く。

「遊郭の、女…! 誠之助様は俺に…思い人は遊女だと…そう、おっしゃっていた…!」

 秋司の脳裏にあの日の誠之助の言葉が蘇る。嫌な汗がじっとりと背中を伝った。

『…私の思い人は、遊女なんだよ、秋司』

 強い衝撃に秋司の目は大きく見開かれた。
 
「そう、か…! 誠之助様はあの日俺に、遊女への思いを…打ち明けようと…なのに、なのに俺は、誠之助様の御冗談だと思い込み…おふざけをと…笑った…」

 ――誠之助様の身を切られるような思いを…俺は笑い飛ばした。救いを求めた誠之助様を俺は、俺は突き放してしまった…。

「ああ…そうだ冬儀…だから誠之助様は…俺に打ち明けられなかった。だから俺は誠之助様を支えられなかったんだ…くそうっ! 俺は何故…何故っ、あんなことを!」

 頭を抱え、激しく自らを責める秋司。後悔の沼に再び沈みかけた秋司の心に向かい、冬儀はそっと語りかけた。

「秋司。過去は、変えられない。起きてしまったことは、どんなに悔やもうと、悲しもうと、決して…消すことができないんだ」

 秋司の両手を力強く握りしめる冬儀。

「でも人は、今ここからならば始められる。今ここからならば、変えられるんだ。それをあの日、あの居酒屋で、私に教えてくれたのは…」

 冬儀の熱い眼差しが、秋司の体を貫いた。

「秋司…お前だ。お前だったじゃないか…!」

 言葉をその身に注ぎ込むように、冬儀は秋司に向かい、懸命に語り掛けて行く。

「後悔も、総括そうかつも、全ての謎を解いてからだ。ここで悲しみに暮れ、足を止めては駄目だ秋司! そうだとも、私たちには何も見えていなかった。でもだからこそ、そんな状況を今ここで、今ここから…秋司、私たちが、私たち自身の手で変えるんだ!」

「冬…儀」

「歯を食いしばれ、自分を動かせ秋司! 鉄二郎を賊の元から奪還する。私たちがすべきことは…それだけ。今はただ、それだけだ…!」 

 ――そうだ。俺は前に進むためにここへ来た。その力を得るために、俺の片割れである冬儀と共に戦うために…ここへ来たんだ。

「…ああ、そうだ。ああ、そうだよな」

 秋司は決意を固めるように、強く強く拳を握りしめた。

「行こう冬儀、二人で。このまま夜盗の根城に殴り込みだ…!」

 駆けだそうとする秋司の腕を、冬儀は軽く押さえる。その目は秋司の心をたたえるように熱く輝いていた。

「さすがは秋司。その気概きがいや良し。だが凶悪な集団に立ち向かうには…少々策が必要だ」

 冬儀はまるで軍師のように、あごに手を添える。

「秋司。ここは…新徴組に、協力を仰ごう。今回の件…彼らと利害が一致するはずだ」

「新徴組…? そう、か…冬儀、そうだな…! 日々夜盗どもと戦う彼らなら、きっと…!」

「ああ。大きな力になってくれるはずだ」

 冬儀は力強く遠くの空を見上げた。

「行こう、本所の屯所とんしょへ。秋司、私たち二人で彼らを動かすんだ」

 柳並木をざあっと吹き抜ける、夏の暑い風。
 進む道を指し示すかのように、柳の葉は前へ前へと大きくたなびいた。


 ***
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