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第二章 寺小姓立志譚
3.奥山詣(三)
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「諒さん、いよいよだね…」
「ああ、大イタチ…。あの看板の絵、期待通りのおどろおどろしさだな」
様々な食べ物を売る屋台や、手品、居合切りなどの芸の数々を冷やかしながら、二人はいよいよ見世物小屋が立ち並ぶ一角へとやってきた。
入り口に設けられた番台に座り、身を乗り出して、さあさ寄っていかなきゃ損だよ、こいつぁ見なきゃいけないよ、とさかんに客を呼び込む男たち。
見世物小屋には様々な物が掛かっていた。生身の人間としか思えないほど精巧に作られた不気味な木彫りの人形細工「生き人形」や、「河童の木乃伊」などという眉唾物の小屋もある。
その並びに待ちに待った「大イタチ」の小屋があった。小屋の看板には鋭い目をぎらりと光らせた、恐ろしげな大イタチの絵が描いてある。
「ね、お兄さん、大イタチは人を食べる?」
珠希は心配そうに呼び込みの男に尋ねた。
「ははっ、そうだな、食うよ。だから気ぃ付けな、油断してたらやられるぜ?」
顔を見合わせごくりと生唾を飲み込んだ二人。木戸銭を払いそろそろと小屋の中に入ると、仕切りの垂れ幕に震える手をかける。
「もし襲いかかってきたら…逃げような」
「うん…走って逃げよう」
いち、にの、さん…!
ばっ! と思い切って上げた垂れ幕の向こうには、山のように大きなイタチ…はおらず、何やら大きな板が一枚立てかけられている。
「やだ、イタチ、逃げたのかな…?」
「そのへんに隠れてねぇよな…?」
恐る恐る近づくと、大きな板にはべったり血糊が付いている。
「え? な、なに、この血…!」
「誰か、食われちまったとか…!」
「…近づいて、見てみよう」
珠希はまたも諒の袂をしっかり握りながら、まじまじと板を観察した。
と。
「はは、そいつあ謎かけだよ。どうだ、解けるかい?」
先ほどの番台の男がいたずらっぽく笑いながら、垂れ幕の中に入ってきた。
「な、謎かけ? うんと…大きな板に、血糊が…」
珠希と諒は神妙な顔で考え込む。
「大きな、板の、血…」
珠希は大きな目をひんむいた。
「やだ、まさかそれで『大イタチ』?」
「はは! 御名答っ!」
男は手をたたいて大笑いしている。
「ちょ、ちょっと、インチキじゃない! さっきお兄さん『人を食う』って…」
抗議する珠希に、男は賢そうな目をくるりと回して答えた。
「兄ちゃん、俺ぁ嘘なんかついてねぇよ。これがほんとの『人を食ったような見世物だ』ってな! あはは、おあとがよろしいようで!」
うっ、と一瞬の間をおいて、珠希と諒は何だか無性に可笑しくてたまらなくなった。
「やだ! ははは、もうお兄さんたら! すっかりだまされた。僕こんなへっぴり腰で入って来ちゃったもの」
「俺も、何かあったらすぐ逃げ出そうって散々びびって身構えてさ。はは、やられたぜ!」
二人の思い出し笑いは止まらない。
「ふふふ、大イタチ…すごかったね!」
「あはは、俺たちすっかり食われちまったな!」
散々笑いあい、じゃれあいながら二人が小屋から出ると、もう日が暮れ始めていた。
「日暮れか…。そろそろ珠希を帰さないとならねぇかな…」
ぽつりと言う諒に、珠希は心底寂しくなる。まだ帰りたくないと、懸命に奥山の先を指差した。
「諒さん、あれ! 最後にあそこだけ連れて行って、お願い!」
「うえっ、揚弓場じゃねぇか…」
「矢場って書いてあるよ。景品があるんだって。僕やってみたい!」
「景品ねぇ…ううん…まぁ、いっか…」
張り切って先を行く珠希のあとを、微妙な表情を浮かべた諒が付いて行く。数えきれないほどに、この一角には矢場がひしめいている。諒はその中でもなるべく空いた一軒を選んだ。
狭い畳の座敷に姿勢を正して座り、小さな弓矢で真剣に的を狙う珠希。ひと矢を射るたびに、やけに色っぽい「矢取り女」が着物をはだけさせしなを作り、太ももを大胆に晒しながら次の矢を渡してくれる。
――うふふ、まさか寺小姓のお兄さんが来てくれるなんてね…。
矢取り女らが送る熱視線には全く気付かず、珠希はただ一心に矢を射つづけていた。
――ねぇちょいと。あんたのお連れさん、一体どうなってるのさ。
そう言いたげに、ちらちら諒を睨み始めた女たち。
諒は珠希の背後で申しわけなさそうな顔をしながら、軽く顔の前で手を合わせた。
「やったあ! やっと真ん中に当たったよ! ね、景品はなあに? 可愛い物はある?」
苦い顔の女が奥から出してきたのは、楊枝と歯磨き粉。このどちらかだ、と言う。
「え、何か変な景品…なあんだ、ちょっと残念…」
「ああ、大イタチ…。あの看板の絵、期待通りのおどろおどろしさだな」
様々な食べ物を売る屋台や、手品、居合切りなどの芸の数々を冷やかしながら、二人はいよいよ見世物小屋が立ち並ぶ一角へとやってきた。
入り口に設けられた番台に座り、身を乗り出して、さあさ寄っていかなきゃ損だよ、こいつぁ見なきゃいけないよ、とさかんに客を呼び込む男たち。
見世物小屋には様々な物が掛かっていた。生身の人間としか思えないほど精巧に作られた不気味な木彫りの人形細工「生き人形」や、「河童の木乃伊」などという眉唾物の小屋もある。
その並びに待ちに待った「大イタチ」の小屋があった。小屋の看板には鋭い目をぎらりと光らせた、恐ろしげな大イタチの絵が描いてある。
「ね、お兄さん、大イタチは人を食べる?」
珠希は心配そうに呼び込みの男に尋ねた。
「ははっ、そうだな、食うよ。だから気ぃ付けな、油断してたらやられるぜ?」
顔を見合わせごくりと生唾を飲み込んだ二人。木戸銭を払いそろそろと小屋の中に入ると、仕切りの垂れ幕に震える手をかける。
「もし襲いかかってきたら…逃げような」
「うん…走って逃げよう」
いち、にの、さん…!
ばっ! と思い切って上げた垂れ幕の向こうには、山のように大きなイタチ…はおらず、何やら大きな板が一枚立てかけられている。
「やだ、イタチ、逃げたのかな…?」
「そのへんに隠れてねぇよな…?」
恐る恐る近づくと、大きな板にはべったり血糊が付いている。
「え? な、なに、この血…!」
「誰か、食われちまったとか…!」
「…近づいて、見てみよう」
珠希はまたも諒の袂をしっかり握りながら、まじまじと板を観察した。
と。
「はは、そいつあ謎かけだよ。どうだ、解けるかい?」
先ほどの番台の男がいたずらっぽく笑いながら、垂れ幕の中に入ってきた。
「な、謎かけ? うんと…大きな板に、血糊が…」
珠希と諒は神妙な顔で考え込む。
「大きな、板の、血…」
珠希は大きな目をひんむいた。
「やだ、まさかそれで『大イタチ』?」
「はは! 御名答っ!」
男は手をたたいて大笑いしている。
「ちょ、ちょっと、インチキじゃない! さっきお兄さん『人を食う』って…」
抗議する珠希に、男は賢そうな目をくるりと回して答えた。
「兄ちゃん、俺ぁ嘘なんかついてねぇよ。これがほんとの『人を食ったような見世物だ』ってな! あはは、おあとがよろしいようで!」
うっ、と一瞬の間をおいて、珠希と諒は何だか無性に可笑しくてたまらなくなった。
「やだ! ははは、もうお兄さんたら! すっかりだまされた。僕こんなへっぴり腰で入って来ちゃったもの」
「俺も、何かあったらすぐ逃げ出そうって散々びびって身構えてさ。はは、やられたぜ!」
二人の思い出し笑いは止まらない。
「ふふふ、大イタチ…すごかったね!」
「あはは、俺たちすっかり食われちまったな!」
散々笑いあい、じゃれあいながら二人が小屋から出ると、もう日が暮れ始めていた。
「日暮れか…。そろそろ珠希を帰さないとならねぇかな…」
ぽつりと言う諒に、珠希は心底寂しくなる。まだ帰りたくないと、懸命に奥山の先を指差した。
「諒さん、あれ! 最後にあそこだけ連れて行って、お願い!」
「うえっ、揚弓場じゃねぇか…」
「矢場って書いてあるよ。景品があるんだって。僕やってみたい!」
「景品ねぇ…ううん…まぁ、いっか…」
張り切って先を行く珠希のあとを、微妙な表情を浮かべた諒が付いて行く。数えきれないほどに、この一角には矢場がひしめいている。諒はその中でもなるべく空いた一軒を選んだ。
狭い畳の座敷に姿勢を正して座り、小さな弓矢で真剣に的を狙う珠希。ひと矢を射るたびに、やけに色っぽい「矢取り女」が着物をはだけさせしなを作り、太ももを大胆に晒しながら次の矢を渡してくれる。
――うふふ、まさか寺小姓のお兄さんが来てくれるなんてね…。
矢取り女らが送る熱視線には全く気付かず、珠希はただ一心に矢を射つづけていた。
――ねぇちょいと。あんたのお連れさん、一体どうなってるのさ。
そう言いたげに、ちらちら諒を睨み始めた女たち。
諒は珠希の背後で申しわけなさそうな顔をしながら、軽く顔の前で手を合わせた。
「やったあ! やっと真ん中に当たったよ! ね、景品はなあに? 可愛い物はある?」
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