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第十章 共食い―最古のサイコパス―

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「外殻パターンが紫だ。ジャンボ・キンベレラに間違いない。三匹だけど、陣形を組んで進行してくる」
 トーゴが鋭く観察しながらつぶやいた。
 ルンバとてディッキンソニアの防衛線が突破されるとは思わないが、ジャンボ・キンベレラからは邪悪な気配を感じるのだ。


 このアヴァロン防衛戦には、ディッキンソニア選りすぐりの戦士が参列している。
 互いにはっきりと認識できる距離になったとき、傷だらけの大きなディッキンソニアがズモモモモ、と駆け出した。2メートルを超えるスコッティと並ぶほどの巨体。特攻隊長のブッコミだ。ブッコミは好戦的で、抗争の先陣を切る役割を担っている。その巨体とパワーで撃退したよそ者は数しれず。彼の武勇伝の多さはアヴァロン中に広まっており、仲間たちは彼に期待していた。
 ブッコミが先頭のジャンボ・キンベレラに特攻するブッこむ。ズンッと、衝突の衝撃が水から伝わって、ルンバは思わず目をつぶった。あの大きさに全力でぶつかられては、ひとたまりもないだろう。

 しかし、ルンバが再び目を開くと想像だにしなかった光景が繰り広げられていた。
 ブッコミの巨体の両側に、ニ匹のジャンボ・キンベレラが食らいついているのだ。ブッコミの体当たりは、ジャンボ・キンベレラの軟質の殻で正面から受け止められている。身動きのできないブッコミの隙をついて、ニ匹ジャンボ・キンベレラの吻が猛攻する。そして「ビッ」と嫌な衝撃が海底に響いた。ディッキンソニアのシュエイが身を切り裂かれたときのように――
「ブッコミが!」
 ルンバは目の前の惨状に驚愕した。ブッコミの体が次々とダメージを受けていく。
 ジャンボ・キンベレラの連携攻撃は強力だった。ブッコミに代表される巨体のディッキンソニアは、小回りがきかない。ジャンボ・キンベレラが振り回す吻のような素早い動きに対処するのは困難なのだ。
 他のディッキンソニアたちが助けに入ろうとするも、ジャンボ・キンベレラが吻を振り回すたびに手出しができなくなってしまう。仲間たちは後退を余儀なくされ、その間にもブッコミが鋭い吻に蹂躙されていく。

 ズモモモモ……!
 怒りを激しく燃え上がらせたディックが、ブッコミを貪るジャンボ・キンベレラのうち一体を側面から弾き飛ばす。海中を舞うジャンボ・キンベレラ。その身はつぶれ、体液が流れ出している。あれは即死だ。
「一匹倒したぞ!」
 ルンバは歓喜の声を上げた。
 ブッコミにかじりついていたジャンボ・キンベレラが、吻を引っ込めてじりじりと後退していく。
 ディックはすかさずブッコミを揺り起こそうとしたが、彼はすでに事切れていた。

 ルンバはジャンボ・キンベレラを撃退したと喜んだが、トーゴの表情には一切のゆるみがない。真剣そのものだ。こんなときのトーゴは、状況をつぶさに観察し分析している。

 撃退されたかに見えたジャンボ・キンベレラ。しかし残った二匹の行動は撤退ではなかった。
 二匹のジャンボ・キンベレラは、無惨な姿に変わり果てた仲間の死骸に寄り添うかに見えた。
 スウッと、白くて長い不気味な吻が伸びる。
「ブチ」
 不快な響きが海底に広がる。
「ブチ」
「ブチ」
 ジャンボ・キンベレラの捕食行動が、仲間に向かって行われている。それは次第に速度を増し、獰猛な殺戮者となって死骸に追い打ちをかけた。嫌な匂いが水中に広がっていく。

 共食い――
 この海の生物すべてを恐怖に陥れる、狂気の宴。その異様な光景は、荒事に慣れているはずのディッキンソニアたちをも戦慄させた。

「キイェェェーーーーエ!」
 誰も聞いたことのないキンベレラの叫びが、海水を引き裂くように広がる。

「回避して、ディック!」
 異変を察知したトーゴが叫ぶ。
 興奮したジャンボ・キンベレラがディックに襲いかかろうとしている。そのスピードはディッキンソニアをはるかにしのぐ。
 ディックを守るべく、側近のディッキンソニアが体を押しのける。ジャンボ・キンベレラの進路に飛び入った側近の横っ腹に、吻が突き刺さった。
 荒ぶるニ匹のジャンボ・キンベレラの連続攻撃に、ディッキンソニアが轟沈した。
 ディックボスを守るべくディッキンソニアたちが集まるが、ジャンボ・キンベレラは攻撃の手を緩めない。激しい攻防が続く。

「ディック、奴らの動きにはパターンがある。回避して体勢を立て直すんだ!」
 トーゴが叫ぶも、残虐ファイトのジャンボ・キンベレラと対峙するディッキンソニアたちに、そのゆとりはない。こうしている間にも、一匹、また一匹と、ディッキンソニアが致命傷を負っていく。
「このままではマズい……」
 トーゴの声が震えた。

「ルンバ、跳べるか?」
 タムタムがルンバにそっと耳打ちをする。トーゴはジャンボ・キンベレラの動きに特性を見出していた。タムタムも同じくそれに気づいていたのだ。
 ルンバはタムタムの作戦を聞いて、火山弾のように駆け出した。

 ビュビュビュビュンッ。
 水を切って飛ぶように走る最速のヨルギア・ルンバ。
 ルンバはジャンボ・キンベレラを包囲するディッキンソニアの頭を踏み台にして、素早く方向転換する。そして吻を振り回すジャンボ・キンベレラの背後を取り、さらに三角飛びで側面をめがけて跳ぶ――一切の容赦なし、最高スピードの体当たりだ!
 ドムッという鈍い衝撃とともに、ルンバが跳ね返される。
 しかしなおもルンバはディッキンソニアを踏み台にしてターンを繰り返す。そして再び狙う、ジャンボ・キンベレラの側面を!
 ドムッ。ジャンボ・キンベレラがよろめく。

 トーゴはルンバの意図を瞬時に理解し、ディッキンソニアへ連携攻撃を呼びかけた。
「一斉に体当たりを!」
 ついにはディックまで踏み台にしたルンバが、ジャンボ・キンベレラに強烈な一撃をお見舞いする。
 ドムッ!
 体勢を崩したジャンボ・キンベレラ。
 そこへ砂埃を巻き上げて突っ込むディッキンソニアたち。
 ドンッ!
 身を打ち砕かれたジャンボ・キンベレラが水中に舞う。

 残り一匹となったジャンボ・キンベレラにも、ルンバの三角飛びが炸裂する。
 ドムッ!
 ジャンボ・キンベレラがよろめいた隙をつき、ディックの巨体が突っ込み、轢き殺す。跳ね飛ばされたジャンボ・キンベレラの体が水中に放り出され、そして砂の上に落ちていった。


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