10 / 17
第八章 強襲ジャンボ・キンベレラ、ディッキンソニアの悲劇
しおりを挟む
二匹は急いでアヴァロンへと引き返した。その道中、ルンバの心には恐怖と不安が渦巻いていた。キンベレラの無残な姿が脳裏に焼き付いて離れない。トーゴも言葉少なに歩を進め、時折、背後を振り返る。
沈んだ気持ちでアヴァロンを目前にしたルンバとトーゴは、すぐに新たな騒動に巻き込まれた。アヴァロンの入口付近でディッキンソニアが騒ぎ立てているのを目にしたのだ。縄張り意識の強いディッキンソニアは、いつもアヴァロンの入り口付近に仲間を配備して、よそ者に睨みを効かせている。ヨルギアのような小型の生物でも、初めてアバロンを訪れるときにはこってりとしぼられるものなのだ。
「何があったんだ?」
ルンバが状況を確認できる位置まで駆け寄り、トーゴがそれに続いて状況を確認した。
「大型のキンベレラが一匹、ディッキンソニアと悶着を起こしているみたいだ」
目に飛び込んできたのは、今まで見たこともないような巨大なキンベレラだった。通常の倍以上の大きさがあり、ディッキンソニアでも油断のできないサイズだ。しかも、不気味な紫の殻と屍肉のように白い外套膜という異様な色彩の組み合わせが恐怖心をあおってくる。
「あんな個体、見たことがない……」
戦慄したトーゴが震えた声で呟いた。
巨大なキンベレラは、ディッキンソニアのシュエイと小競り合いをしていた。シュエイはもっぱらアヴァロンの入口で検問の仕事をしていて、在りし日のルンバを詰問したのも彼である。渋々ながらもアヴァロンに通してくれたのもまた彼であった。シュエイはたくましく大きなボディであるが、今はキンベレラの動きに圧倒されている。どうやらキンベレラの個体は相当に凶暴な性格のようだ。
キンベレラの触手のような吻がシュエイの外套膜に食らいつく。「ビッ」と嫌な衝撃が海底に響いた。凶暴なキンベレラの吻がシュエイの身を引き裂いたのだ。痛みに悶えるシュエイに追い打ちをかけて噛みつくキンベレラ。
「やめろ!」
ルンバはいてもたってもいられず、巨大なキンベレラの側面に体当たりを仕掛けた。しかしキンベレラは意に介することなく、シュエイをいたぶり続ける。
何度も何度も体当たりを続けるルンバ。
騒ぎに気づいたディッキンソニアの仲間たちが次々と集まって加勢し、キンベレラに総攻撃を仕掛けた。ディッキンソニアたちの体当たりによって、ようやくキンベレラは沈黙した。
しかし、その凶悪な吻はシュエイに食い込んだままだった。シュエイはすでに絶命して動かない。
ルンバは深い悲しみと無力感に襲われていた。
トーゴもまた、無言であった。
その夜、アヴァロンの生物たちはシュエイの死を悼むとともに、此度の凶暴な襲来者について話し合った。ディッキンソニアのディックによれば、これはアヴァロン始まって以来の大事件だという。海の最強生物はディッキンソニアであり、過去にも同種による縄張り争いはあった。しかし、キンベレラのようにおとなしい種が歯向かってくることなどはなかったのだ。キンベレラをはじめとしたほとんどの生物は、黙々とバクテリア・カーペットをかじるか、じっとしているかというだけの存在だ。
トーゴも補足した。ジャンボ・キンベレラ―あの異様な姿の巨大なキンベレラをほかと区別するためにそう名付けた―は捕食者であり、他の生物を侵略する意志を持っている。海中のバクテリアを食する種とはまったく動きが違う。そのため対抗の戦術を考え、より強固な防衛線を築く必要があると訴えた。
ルンバとトーゴは、寝床への帰路でも新たな防衛策を模索した。昼夜を問わず警戒態勢を維持しなければならないだろう。ディッキンソニアに任せっぱなしにせず、ヨルギアたちも目を光らせておくべきだ。ほかのジャンボ・キンベレラがいないとも限らない。なにより、冒険先の黄バクテリア・カーペットでの出来事も、ジャンボ・キンベレラが襲撃した跡だったかもしれないのだ。
アヴァロンには、動けない赤ん坊や年寄りがたくさんいる。彼らの安全を確保するために、ジャンボ・キンベレラを一歩たりとも立ち入らせてはならないのだ。
重苦しい水圧がルンバとトーゴを包み込んでいた。こころなしか、アヴァロンの海水が淀んで見える。海底の夜は静寂と不安に支配されていた。
---
お読みいただきホントの本当にありがとうございます。
6月中に完結できるよう引き続き頑張ります。
いいね💖、歴史・時代小説大賞での投票等いただけると励みになりますので、気が向いたら宜しくお願いいたします。
沈んだ気持ちでアヴァロンを目前にしたルンバとトーゴは、すぐに新たな騒動に巻き込まれた。アヴァロンの入口付近でディッキンソニアが騒ぎ立てているのを目にしたのだ。縄張り意識の強いディッキンソニアは、いつもアヴァロンの入り口付近に仲間を配備して、よそ者に睨みを効かせている。ヨルギアのような小型の生物でも、初めてアバロンを訪れるときにはこってりとしぼられるものなのだ。
「何があったんだ?」
ルンバが状況を確認できる位置まで駆け寄り、トーゴがそれに続いて状況を確認した。
「大型のキンベレラが一匹、ディッキンソニアと悶着を起こしているみたいだ」
目に飛び込んできたのは、今まで見たこともないような巨大なキンベレラだった。通常の倍以上の大きさがあり、ディッキンソニアでも油断のできないサイズだ。しかも、不気味な紫の殻と屍肉のように白い外套膜という異様な色彩の組み合わせが恐怖心をあおってくる。
「あんな個体、見たことがない……」
戦慄したトーゴが震えた声で呟いた。
巨大なキンベレラは、ディッキンソニアのシュエイと小競り合いをしていた。シュエイはもっぱらアヴァロンの入口で検問の仕事をしていて、在りし日のルンバを詰問したのも彼である。渋々ながらもアヴァロンに通してくれたのもまた彼であった。シュエイはたくましく大きなボディであるが、今はキンベレラの動きに圧倒されている。どうやらキンベレラの個体は相当に凶暴な性格のようだ。
キンベレラの触手のような吻がシュエイの外套膜に食らいつく。「ビッ」と嫌な衝撃が海底に響いた。凶暴なキンベレラの吻がシュエイの身を引き裂いたのだ。痛みに悶えるシュエイに追い打ちをかけて噛みつくキンベレラ。
「やめろ!」
ルンバはいてもたってもいられず、巨大なキンベレラの側面に体当たりを仕掛けた。しかしキンベレラは意に介することなく、シュエイをいたぶり続ける。
何度も何度も体当たりを続けるルンバ。
騒ぎに気づいたディッキンソニアの仲間たちが次々と集まって加勢し、キンベレラに総攻撃を仕掛けた。ディッキンソニアたちの体当たりによって、ようやくキンベレラは沈黙した。
しかし、その凶悪な吻はシュエイに食い込んだままだった。シュエイはすでに絶命して動かない。
ルンバは深い悲しみと無力感に襲われていた。
トーゴもまた、無言であった。
その夜、アヴァロンの生物たちはシュエイの死を悼むとともに、此度の凶暴な襲来者について話し合った。ディッキンソニアのディックによれば、これはアヴァロン始まって以来の大事件だという。海の最強生物はディッキンソニアであり、過去にも同種による縄張り争いはあった。しかし、キンベレラのようにおとなしい種が歯向かってくることなどはなかったのだ。キンベレラをはじめとしたほとんどの生物は、黙々とバクテリア・カーペットをかじるか、じっとしているかというだけの存在だ。
トーゴも補足した。ジャンボ・キンベレラ―あの異様な姿の巨大なキンベレラをほかと区別するためにそう名付けた―は捕食者であり、他の生物を侵略する意志を持っている。海中のバクテリアを食する種とはまったく動きが違う。そのため対抗の戦術を考え、より強固な防衛線を築く必要があると訴えた。
ルンバとトーゴは、寝床への帰路でも新たな防衛策を模索した。昼夜を問わず警戒態勢を維持しなければならないだろう。ディッキンソニアに任せっぱなしにせず、ヨルギアたちも目を光らせておくべきだ。ほかのジャンボ・キンベレラがいないとも限らない。なにより、冒険先の黄バクテリア・カーペットでの出来事も、ジャンボ・キンベレラが襲撃した跡だったかもしれないのだ。
アヴァロンには、動けない赤ん坊や年寄りがたくさんいる。彼らの安全を確保するために、ジャンボ・キンベレラを一歩たりとも立ち入らせてはならないのだ。
重苦しい水圧がルンバとトーゴを包み込んでいた。こころなしか、アヴァロンの海水が淀んで見える。海底の夜は静寂と不安に支配されていた。
---
お読みいただきホントの本当にありがとうございます。
6月中に完結できるよう引き続き頑張ります。
いいね💖、歴史・時代小説大賞での投票等いただけると励みになりますので、気が向いたら宜しくお願いいたします。
10
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―
馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。
新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。
武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。
ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。
否、ここで滅ぶわけにはいかない。
士魂は花と咲き、決して散らない。
冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。
あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
地縛霊に憑りつかれた武士(もののふ))【備中高松城攻め奇譚】
野松 彦秋
歴史・時代
1575年、備中の国にて戦国大名の一族が滅亡しようとしていた。
一族郎党が覚悟を決め、最期の時を迎えようとしていた時に、鶴姫はひとり甲冑を着て槍を持ち、敵毛利軍へ独り突撃をかけようとする。老臣より、『女が戦に出れば成仏できない。』と諫められたが、彼女は聞かず、部屋を後にする。
生を終えた筈の彼女が、仏の情けか、はたまた、罰か、成仏できず、戦国の世を駆け巡る。
優しき男達との交流の末、彼女が新しい居場所をみつけるまでの日々を描く。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―
馳月基矢
歴史・時代
幕末、動乱の京都の治安維持を担った新撰組。
華やかな活躍の時間は、決して長くなかった。
武士の世の終わりは刻々と迫る。
それでもなお刀を手にし続ける。
これは滅びの武士の生き様。
誠心誠意、ただまっすぐに。
結核を病み、あやかしの力を借りる天才剣士、沖田総司。
あやかし狩りの力を持ち、目的を秘めるスパイ、斎藤一。
同い年に生まれた二人の、別々の道。
仇花よ、あでやかに咲き、潔く散れ。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.7-4.18 ( 6:30 & 18:30 )

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
拾われ子だって、姫なのです!
田古みゆう
歴史・時代
南蛮人、南蛮人って。わたくしはれっきとした倭人よ!
お江戸の町で与力をしている井上正道と、部下の高山小十郎は、二人の赤子をそれぞれ引き取り、千代と太郎と名付け育てることに。
月日は流れ、二人の赤子はすくすくと成長した。見目麗しい姿と珍しい青眼を持つため、周囲からは奇異の眼で見られる。こそこそと噂をされるたび、千代は自分は一体何者なのだろうかと、自身の出自について悩んでいた。唯一同じ青眼を持つ太郎と悩みを分かち合おうにも、何かを知っていそうな太郎はあまり多くを語らない。それがまた千代を悶々とさせていた。
そんな千代を周囲の者は遠巻きに見ながらも、その麗しさに心奪われる者は多く、やがて年頃の千代にも縁談話が持ち上がる。
しかし、当の千代はそんなことには興味がなく。寄ってくる男を、口八丁手八丁で退けてばかり。
果たして勝気な姫様の心を射止める者が、このお江戸にいるのかっ!?
痛快求婚譚、これよりはじまりはじまり〜♪

織田信長に逆上された事も知らず。ノコノコ呼び出された場所に向かっていた所、徳川家康の家臣に連れ去られました。
俣彦
歴史・時代
織田信長より
「厚遇で迎え入れる。」
との誘いを保留し続けた結果、討伐の対象となってしまった依田信蕃。
この報を受け、急ぎ行動に移した徳川家康により助けられた依田信蕃が
その後勃発する本能寺の変から端を発した信濃争奪戦での活躍ぶりと
依田信蕃の最期を綴っていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる