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第七章 不吉の予言は絶体的中九星術、静寂、推論、死そして恐怖
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アヴァロンの豊かさに満ちた海底から離れることしばし、ルンバとトーゴは小さなエルニエッタの群生する森のようなエリアにたどり着いた。
「これはすごいな。エルニエッタがこんなにたくさん集まってるなんて聞いたこともない」
トーゴが驚きの声を上げた。
「本当に! まるでエルニエッタのカーペットだ」
ルンバは興奮して飛び跳ねる。そっと近づいて挨拶をすると、小さなエルニエッタが一斉に振り返ってルンバに向き合った。アヴァロンに棲むエルニエッタよりもだいぶ小ぶりであるが、数は圧倒的だ。口をパクパクと動かしながら挨拶をしながら、有機物を取り込む。その姿は、まるで一つの巨大なカーペットのように見えた。
ルンバとトーゴはその光景に驚嘆しつつ、先へと進む。
次に二匹が見つけたのは、あたり一面に黄バクテリア・カーペットの広がる地域だった。ここでは、数体のキンベレラが這いつくばり、カーペットをカリカリと食べていた。彼らはヨルギアと同じくらいの大きさだが、背中にもっこりとしたやわらかい殻を背負っている。そして体から延びる吻を使って削るようにして食事をする。ルンバは挨拶をしたが、キンベレラたちは関心を示さず食事を続けるのみだ。もともと、ヨルギアよりも野生の本能に従った生活様式を送る種なのである。
「黄バクテリアは栄養が豊富だって言い伝えがある。けれど、僕らの仲間は誰も食べたことがないんだ」
トーゴがそういうのなら、ヨルギアの長老ですら味を知らないだろう。
「なら、ここいらでしっかり栄養を補給しようか?」
好奇心旺盛なルンバは一刻も早く黄バクテリアをかじってみたい。キンベレラが一心不乱にたべているくらいだから、さぞかしおいしいのであろう。色鮮やかで、栄養たっぷりという雰囲気だ。ルンバはポンと飛んでパフリと黄バクテリア・カーペットに着地し、さっそく味見をしてみる。遅れて食事に同意したトーゴも、ふんわりとした黄バクテリア・カーペットに着地してかじり始めた。
スン……
瞬間、ルンバの表情は虚無となった。吐き出しはしない。毒ではない限り、貴重なエネルギー源は飲み込むのが生物としてのマナーだ。隣でトーゴも同様に、虚無の表情となっている。二匹の間に重苦しい沈黙が漂った。
「……おいしくないね」
と、ルンバがようやく口を開いた。
「……うん、かすかに酸っぱいバクテリア的なものが口いっぱいに広がって、不快」
トーゴも短く答えた。
二人は無言でバクテリアを食べ続けた。お互いの顔を見合わせることもなく、ただ黙々と食べ続けるその姿は、まるで仲間が死んだ夜―お通夜―のようだった。
ルンバにはささやかな夢があった。冒険中に偶然見つけた食べ物を「味はともかく、ディッキンソニア一面分食べたいよ」と評してみたかったのだ。しかし、いざおいしくないものに直面すると無言になってしまった。
押し黙ったルンバに、トーゴは苦笑いを浮かべながら語りかける。
「柔らかくて摂取しやすいし、栄養価が高いことは実感できる。黄バクテリアのおかげでエルニエッタやキンベレラが暮らしていけるのだろうね」
腹を満たした二匹は冒険を続ける。味はともかく活動エネルギーを得ることができたゆえ、旅路を継続するのだ。
黄バクテリア・カーペットの一画に、この地で初めて会うトリブラキディウムを見つけた。
「初めまして、ヨルギアのルンバです」
ルンバはトリブラキディウムに話しかけたが、その反応は思わしくなかった。
(こんにちは。でもさようならをしたほうがよさそうよ)
(今日はとても嫌な感じがするわ)
トリブラキディウムは落ち着かない様子で返す。ルンバとトーゴの第一印象が悪いというわけではなく、彼女たちはなにかに怯えている。トーゴが潮の流れを読みながらルンバを促す。
「僕たちには察知できない、何らかの危険が迫っているのかもしれない。とりあえず先に進もう」
トーゴはそう提案し、黄バクテリア・カーペットを抜けた先の旅路へ向かうことにした。
「帰りにまた寄るよ」
ルンバはトリブラキディウムに別れを告げた。
二匹は一昼夜をかけてさらに先へと進んだ。そして広大な砂地にプテリディニウムを見つけた。プテリディニウムは何も言わず、反応もしない。本当に生きているのか疑わしいのだけれど、トーゴ曰く「彼らも生物」なのだそうだ。
プテリディニウムはヨルギアの格好の遊び道具だ。ルンバは仲間とこぞってプレイした滑り台遊びを思い出し、砂に突き刺さった大振りなプテリディニウムに飛び乗る。傾斜を利用して、勢いよくルンバが滑る。ツインと滑った体が砂に着地する。トーゴも手頃な角度のプテリディニウムに飛び乗って、ツインと滑り出した。ツインツインと、砂を巻き上げ、宙に舞い、二匹はひとしきり楽しんだ。
「やっぱり滑り台遊びは最高だ。遠くまで飛べる」
童心に戻ったトーゴが満足げに言った。
「本当に懐かしいね。こんなに楽しいなら、アヴァロンの近くにあるプテリディニウムも、もっとプレイしておけばよかったな」
ルンバは心から笑った。ひとりで過ごすアヴァロンでは、プテリディニウムの滑り台で遊ぼうなんて気持ちになれなかったのだ。仲間と再会できてようやく、遊ぶという思考を取り戻すことができたのだ。
冒険は大成功だ。黄バクテリア・カーペットを見つけた。小さなエルニエッタをたくさん育み、くいしんぼうのキンベレラの食生活を支えている。今後の非常食としては有益な情報だ。
こんなに思い切りプテリディニウムで遊ぶことができたのも、久々だ。アヴァロンに帰ったら、年頃の仲間たちだけでなく、小さな子どもたちも入れて、みんなで滑り台をやってみよう。
二匹は元の道を戻ることにした。
復路、再び黄バクテリア・カーペットのエリアに差し掛かったが、そこは妙に静かだった。海のお守りであるトリブラキディウムの姿も見当たらない。
「何かおかしいね」
ルンバがこの光景に不穏な既視感を感じてつぶやいた。今の黄バクテリア・カーペットは、忘れもしない「忽然として仲間たちが消えた日」のように静かなのだ。
「往路とは雰囲気が違う。黄バクテリアの状態は変化がないのに、エルニエッタが残らず消えている」
トーゴも警戒し始めた。
眼前に広がるエリアを二匹で捜索する。誰かいないだろうか。
やがてルンバはポツンと佇んでいる一匹のキンベレラを見つた。しかし、話しかけてみても反応がなく、微動だにしない。
「どうしたの?」
ルンバが心配そうに近づいたその時、水流が乱れ、キンベレラがひっくり返った。
驚愕のあまり、ルンバは声を出すことができなかった。
ひっくり返ったキンベレラの腹が大きく傷つき、穴がポッカリと開いている。彼はすでに絶命していたのだ。その姿にルンバはおののき、駆けつけたトーゴが冷静に観察を始めた。
「何者かに襲われて、食べられたんだ」
トーゴが推定した。
「一体、何がこんなことを……?」
ルンバの声は震えていた。
「わからない。でも、ここは危険だ。早くアヴァロンに戻ろう」
トーゴは冷静であろうと努め、ルンバに帰還を促した。
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お読みいただきマジでありがとうございます。
キャラクター紹介を更新しました。
いいね💖、歴史・時代小説大賞での投票等いただけると励みになりますので、気が向いたら宜しくお願いいたします。
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次に二匹が見つけたのは、あたり一面に黄バクテリア・カーペットの広がる地域だった。ここでは、数体のキンベレラが這いつくばり、カーペットをカリカリと食べていた。彼らはヨルギアと同じくらいの大きさだが、背中にもっこりとしたやわらかい殻を背負っている。そして体から延びる吻を使って削るようにして食事をする。ルンバは挨拶をしたが、キンベレラたちは関心を示さず食事を続けるのみだ。もともと、ヨルギアよりも野生の本能に従った生活様式を送る種なのである。
「黄バクテリアは栄養が豊富だって言い伝えがある。けれど、僕らの仲間は誰も食べたことがないんだ」
トーゴがそういうのなら、ヨルギアの長老ですら味を知らないだろう。
「なら、ここいらでしっかり栄養を補給しようか?」
好奇心旺盛なルンバは一刻も早く黄バクテリアをかじってみたい。キンベレラが一心不乱にたべているくらいだから、さぞかしおいしいのであろう。色鮮やかで、栄養たっぷりという雰囲気だ。ルンバはポンと飛んでパフリと黄バクテリア・カーペットに着地し、さっそく味見をしてみる。遅れて食事に同意したトーゴも、ふんわりとした黄バクテリア・カーペットに着地してかじり始めた。
スン……
瞬間、ルンバの表情は虚無となった。吐き出しはしない。毒ではない限り、貴重なエネルギー源は飲み込むのが生物としてのマナーだ。隣でトーゴも同様に、虚無の表情となっている。二匹の間に重苦しい沈黙が漂った。
「……おいしくないね」
と、ルンバがようやく口を開いた。
「……うん、かすかに酸っぱいバクテリア的なものが口いっぱいに広がって、不快」
トーゴも短く答えた。
二人は無言でバクテリアを食べ続けた。お互いの顔を見合わせることもなく、ただ黙々と食べ続けるその姿は、まるで仲間が死んだ夜―お通夜―のようだった。
ルンバにはささやかな夢があった。冒険中に偶然見つけた食べ物を「味はともかく、ディッキンソニア一面分食べたいよ」と評してみたかったのだ。しかし、いざおいしくないものに直面すると無言になってしまった。
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腹を満たした二匹は冒険を続ける。味はともかく活動エネルギーを得ることができたゆえ、旅路を継続するのだ。
黄バクテリア・カーペットの一画に、この地で初めて会うトリブラキディウムを見つけた。
「初めまして、ヨルギアのルンバです」
ルンバはトリブラキディウムに話しかけたが、その反応は思わしくなかった。
(こんにちは。でもさようならをしたほうがよさそうよ)
(今日はとても嫌な感じがするわ)
トリブラキディウムは落ち着かない様子で返す。ルンバとトーゴの第一印象が悪いというわけではなく、彼女たちはなにかに怯えている。トーゴが潮の流れを読みながらルンバを促す。
「僕たちには察知できない、何らかの危険が迫っているのかもしれない。とりあえず先に進もう」
トーゴはそう提案し、黄バクテリア・カーペットを抜けた先の旅路へ向かうことにした。
「帰りにまた寄るよ」
ルンバはトリブラキディウムに別れを告げた。
二匹は一昼夜をかけてさらに先へと進んだ。そして広大な砂地にプテリディニウムを見つけた。プテリディニウムは何も言わず、反応もしない。本当に生きているのか疑わしいのだけれど、トーゴ曰く「彼らも生物」なのだそうだ。
プテリディニウムはヨルギアの格好の遊び道具だ。ルンバは仲間とこぞってプレイした滑り台遊びを思い出し、砂に突き刺さった大振りなプテリディニウムに飛び乗る。傾斜を利用して、勢いよくルンバが滑る。ツインと滑った体が砂に着地する。トーゴも手頃な角度のプテリディニウムに飛び乗って、ツインと滑り出した。ツインツインと、砂を巻き上げ、宙に舞い、二匹はひとしきり楽しんだ。
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眼前に広がるエリアを二匹で捜索する。誰かいないだろうか。
やがてルンバはポツンと佇んでいる一匹のキンベレラを見つた。しかし、話しかけてみても反応がなく、微動だにしない。
「どうしたの?」
ルンバが心配そうに近づいたその時、水流が乱れ、キンベレラがひっくり返った。
驚愕のあまり、ルンバは声を出すことができなかった。
ひっくり返ったキンベレラの腹が大きく傷つき、穴がポッカリと開いている。彼はすでに絶命していたのだ。その姿にルンバはおののき、駆けつけたトーゴが冷静に観察を始めた。
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