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第三章 旅路・邂逅そして撤退、希望の灯火を絶やさずに
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ルンバは四六時中タムタムに頼み込んで、仲間とおぼしきヨルギアの居場所を案内してもらうことにした。最初は渋っていたタムタムも、旅の道中のエサはすべてルンバが調達するという破格の条件を提案したところで態度を変えた。
「おごりってことだな」
タムタムは満足げに言い、体を揺らして笑った。アヴァロンから出てしまえばバクテリア・カーペットもまばらになり、彼自身のか細い触手では食べるのに苦労するだろう。ジャンプのできるルンバが叩けば、魔法のようにカーペットが剥がれ落ちるのだから、こんなに美味しい話はない。
ルンバはアヴァロンの穏やかな海底にしばしの別れを告げ、タムタムと共に新たな冒険の旅へ出た。
スイ、スイと泳ぐタムタムを追いながら、ルンバは過去のことを思い出していた。そう、アヴァロンにたどり着く前のことを――
かつての仲間は、集団で失踪した。ルンバがいつものように長めの冒険遊びに興じている間に一匹残らず消えてしまったのだ。仲間のヨルギアたちだけでなく、毎日挨拶を交わしていたトリブラキディウムたちまでもが姿を消してしまったのだ。居住地に残されていたのは、出かける前と同じまだらのバクテリア・カーペットだけだった。
「みんなどこに行ってしまったんだろう……」
ルンバはそのときの不安と寂しさを思い出して、胸がギュッとしめつけられた。
それからルンバはひとりで冒険を続け、アヴァロンという楽園を見つけた。だが、アヴァロンにいても、仲間たちと再会したいという思いは、一日たりとも消えることがなかった。
「浅いところは気をつけろよ。紫外線が強いからな」
タムタムが注意を促した。
浅瀬に向かっていく丘に差し掛かると、紫外線が肌に伝わってヒリヒリとした痛みを感じるようになった。
「うん、気をつけるよ」
ルンバは答え、さらに慎重に進んだ。
海上は致死濃度の酸素で満ちており、体を出してしまえば器官が焼き尽くされてしまうのだろうかと、よからぬことを考えてヒヤヒヤした。
そうやっていくつもの丘を越えると、痩せたくぼみの土地にたどり着いた。そこはバクテリアも少なく、生物が生きていくには困難な環境に感じられた。
遠目に、ヨルギアの群れが粗雑なバクテリア・カーペットを食んでいた。そして彼らは、見まごうことなきかつての仲間たちであった。ルンバは喜びのあまり、力のかぎりに叫んだ。
「みんな! 僕だ、ルンバだよ!」
仲間たちはルンバの声に気づき、次々と顔を出した。その中に、親友トーゴの姿もあった。
再開を喜び合うヨルギアの群れ。しかしその数はかつてに比べて少なく、皆が一様に痩せ細っていた。この狭くて痩せた土地では、種の命をつないでいくのは難しいように見えたが、そのとおりだったのだ。
ルンバの留守中に、トーゴと仲間たちは外敵からの奇襲を受けた。そこから逃れようとして、一か八かで乱流に乗った。そして偶然着地したのがこの場所だったのだ。
ルンバは仲間たちに豊かなアヴァロンへ移住することを勧めたが、彼らは首を横に振る。
「どうして? 僕がオバトスクータムのタムタムとここへ来るのに、さして日にちはかからなかったよ」
親友のトーゴが静かに言った。
「無理だ。ここにいるのは子どもや年寄りばかりで、あの丘を越えられない。この土地でなんとかやっていくしかないんだ」
ルンバが仲間のヨルギアたちの姿を見回すと、ジャンプのできない子どもや年寄りばかり。若くて体力のある個体は数えるほどしかいない。ルンバやトーゴならともかく、浅瀬の丘を乗り越えて移動できるようなメンバー構成ではなかったのだ。
優しいトーゴは、皆を見捨てられない。
「ルンバ、僕たちはここで生きていくよ」
ルンバはその言葉に胸を締め付けられた。アヴァロンの豊かさを知っているだけに、仲間たちがここで苦しんでいる姿を見るのは耐え難かった。
「でも、ここじゃあ……」
ルンバは言葉を飲み込んだ。
(ここじゃあみんなが生きていけないよ)
「わかってる。でも、僕たちには選択肢がないんだ」
トーゴの目には悲しみが宿っていた。
「ルンバには、アヴァロンで幸せに暮らしてほしい。僕らも運が良ければ、吹走流にでも乗って丘を超えられる日が来るかもしれないしね」
ルンバはその言葉に納得できなかった。あの痩せた土地に、海風による吹走流が運良く流れ込むことなど想像できなかったのだ。ルンバは何とかして仲間たちを救いたかった。しかし、今の自分にはどうすることもできないことも痛感していた。
「わかったよ、トーゴ。でも、僕は諦めない。必ずみんなを助ける方法を見つけるから」
ルンバは決意を込めて言った。
「ありがとう、ルンバ」
トーゴは微笑んだ。
「君がアヴァロンにいてくれるだけで、僕たちは少しでも希望を持てる」
ルンバは仲間たちにしばしの別れを告げ、再びアヴァロンへ戻ることにした。絶対に諦めないと心に誓い、タムタムと共に痩せたくぼみの地を後にした。
無言で、浅瀬に向かう丘をジャンプしながら登る。タムタムも言葉少なに、這うように丘を進んでいく。じりじりと紫外線が痛い。
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お読みいただきありがとうございます。
本作品は6月の連続更新~完結を目指しています。
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「おごりってことだな」
タムタムは満足げに言い、体を揺らして笑った。アヴァロンから出てしまえばバクテリア・カーペットもまばらになり、彼自身のか細い触手では食べるのに苦労するだろう。ジャンプのできるルンバが叩けば、魔法のようにカーペットが剥がれ落ちるのだから、こんなに美味しい話はない。
ルンバはアヴァロンの穏やかな海底にしばしの別れを告げ、タムタムと共に新たな冒険の旅へ出た。
スイ、スイと泳ぐタムタムを追いながら、ルンバは過去のことを思い出していた。そう、アヴァロンにたどり着く前のことを――
かつての仲間は、集団で失踪した。ルンバがいつものように長めの冒険遊びに興じている間に一匹残らず消えてしまったのだ。仲間のヨルギアたちだけでなく、毎日挨拶を交わしていたトリブラキディウムたちまでもが姿を消してしまったのだ。居住地に残されていたのは、出かける前と同じまだらのバクテリア・カーペットだけだった。
「みんなどこに行ってしまったんだろう……」
ルンバはそのときの不安と寂しさを思い出して、胸がギュッとしめつけられた。
それからルンバはひとりで冒険を続け、アヴァロンという楽園を見つけた。だが、アヴァロンにいても、仲間たちと再会したいという思いは、一日たりとも消えることがなかった。
「浅いところは気をつけろよ。紫外線が強いからな」
タムタムが注意を促した。
浅瀬に向かっていく丘に差し掛かると、紫外線が肌に伝わってヒリヒリとした痛みを感じるようになった。
「うん、気をつけるよ」
ルンバは答え、さらに慎重に進んだ。
海上は致死濃度の酸素で満ちており、体を出してしまえば器官が焼き尽くされてしまうのだろうかと、よからぬことを考えてヒヤヒヤした。
そうやっていくつもの丘を越えると、痩せたくぼみの土地にたどり着いた。そこはバクテリアも少なく、生物が生きていくには困難な環境に感じられた。
遠目に、ヨルギアの群れが粗雑なバクテリア・カーペットを食んでいた。そして彼らは、見まごうことなきかつての仲間たちであった。ルンバは喜びのあまり、力のかぎりに叫んだ。
「みんな! 僕だ、ルンバだよ!」
仲間たちはルンバの声に気づき、次々と顔を出した。その中に、親友トーゴの姿もあった。
再開を喜び合うヨルギアの群れ。しかしその数はかつてに比べて少なく、皆が一様に痩せ細っていた。この狭くて痩せた土地では、種の命をつないでいくのは難しいように見えたが、そのとおりだったのだ。
ルンバの留守中に、トーゴと仲間たちは外敵からの奇襲を受けた。そこから逃れようとして、一か八かで乱流に乗った。そして偶然着地したのがこの場所だったのだ。
ルンバは仲間たちに豊かなアヴァロンへ移住することを勧めたが、彼らは首を横に振る。
「どうして? 僕がオバトスクータムのタムタムとここへ来るのに、さして日にちはかからなかったよ」
親友のトーゴが静かに言った。
「無理だ。ここにいるのは子どもや年寄りばかりで、あの丘を越えられない。この土地でなんとかやっていくしかないんだ」
ルンバが仲間のヨルギアたちの姿を見回すと、ジャンプのできない子どもや年寄りばかり。若くて体力のある個体は数えるほどしかいない。ルンバやトーゴならともかく、浅瀬の丘を乗り越えて移動できるようなメンバー構成ではなかったのだ。
優しいトーゴは、皆を見捨てられない。
「ルンバ、僕たちはここで生きていくよ」
ルンバはその言葉に胸を締め付けられた。アヴァロンの豊かさを知っているだけに、仲間たちがここで苦しんでいる姿を見るのは耐え難かった。
「でも、ここじゃあ……」
ルンバは言葉を飲み込んだ。
(ここじゃあみんなが生きていけないよ)
「わかってる。でも、僕たちには選択肢がないんだ」
トーゴの目には悲しみが宿っていた。
「ルンバには、アヴァロンで幸せに暮らしてほしい。僕らも運が良ければ、吹走流にでも乗って丘を超えられる日が来るかもしれないしね」
ルンバはその言葉に納得できなかった。あの痩せた土地に、海風による吹走流が運良く流れ込むことなど想像できなかったのだ。ルンバは何とかして仲間たちを救いたかった。しかし、今の自分にはどうすることもできないことも痛感していた。
「わかったよ、トーゴ。でも、僕は諦めない。必ずみんなを助ける方法を見つけるから」
ルンバは決意を込めて言った。
「ありがとう、ルンバ」
トーゴは微笑んだ。
「君がアヴァロンにいてくれるだけで、僕たちは少しでも希望を持てる」
ルンバは仲間たちにしばしの別れを告げ、再びアヴァロンへ戻ることにした。絶対に諦めないと心に誓い、タムタムと共に痩せたくぼみの地を後にした。
無言で、浅瀬に向かう丘をジャンプしながら登る。タムタムも言葉少なに、這うように丘を進んでいく。じりじりと紫外線が痛い。
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