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第二章 平和という概念における絶対と相対
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親友のトーゴ曰く、すべての生き物はランゲオモルフからはじまり、由緒正しきその末裔はカルニオディスクスである。豊かな海には必ずカルニオディスクスがいて、海中の小さな粒に生命を吹き込んでいるのだという。ルンバもトーゴも、古参のヨルギアであっても、まだカルニオディスクスを見たことがない。しかしこの豊かなアヴァロンのどこかにカルニオディスクスがいるのではないかと考えている。
そんなアヴァロンの静かな日常に、訪問者が現れた。
ルンバがいつものようにバクテリア・カーペットで食事をしていると、突然、海面から影が落ちてきた。驚いてジャンプで遠ざかると、影は近づいてきた。
「珍しいヨルギアだな」
声の主の姿は、彼はこの広いアヴァロンでも見かけたことのない種族だ。海中を漂っている透明なエオポルピタたちに似ているようで、違う。体は小ぶりなのに、触手が長くて多い。しかも、ウニョウニョと動かしている。なによりエオポルピタたちと違って、しゃべる。
ルンバは自分が緊張してキュウと縮まるのを感じたけれど、たまたまそばにいたトリブラキディウムがいつもと変わらない様子でいるのを見て、逃げ出そうとする気持ちを抑えた。お守りである彼女たちが騒がずにいるのならば、危険はないのだろうから。
聞けばこの訪問者は、オバトスクータムという種族だという。
「オレっちはただのオバトスクータムじゃないんだぜ? 酸いも甘いも噛み分けた、タムタム様だ」
タムタムは、はじめこそ飛び跳ねるルンバの姿を見て驚いた様子をみせたが、あくまで興味深いという程度に落ち着いてしまった。ルンバとしては、ヨルギアが跳ぶこと自体が珍しいし、自分は群れの中でも一番のジャンプができることを特別に思っていたから、残念な気持ちである。
「まあ、オレっちほど見聞の広い生物はいないさ。ジャンプするヨルギアの群れを知っているくらいだからな」
「本当!? そのヨルギアたちはどこにいるの?」
ルンバは興奮して尋ねた。ジャンプするヨルギアの群れなんて、アヴァロンどころか、すべての海域を探しても自分の仲間たち以外にはいないはずだ。ルンバの中に、はぐれた群れの仲間たちと親友のトーゴに会えるかもしれないという希望が湧き上がってきた。
「教えてやってもいいが、その前に腹を満たさなきゃな。ちょうどいい、そこのバクテリアをはたいてオレっちに食わせてくれよ」
タムタムは笑みを浮かべた。
ルンバはすぐにジャンプして、バクテリア・カーペットを叩き始めた。ふわふわと浮き上がったバクテリアの破片を、タムタムが触手でキャッチして捕食する。次々とバクテリアを叩いては提供し、さらに赤バクテリアをも献上した。アヴァロンに限らず、バクテリア・カーペットはほとんどが緑バクテリアで構成されていて、赤バクテリアは貴重なごちそうだった。しかしルンバは、仲間に会いたい一心で貴重なひとかけらを差し出したのだ。
「これが赤バクテリアか」
タムタムは興味津々に味見し、その美味しさに目を輝かせた。
「これはうまい! もっとくれ!」
ルンバは戸惑った。
「赤バクテリアは貴重なんだ。小さいものを大切に育てて、みんなで分け合って食べなきゃいけない」
だがタムタムは聞く耳を持たず、赤バクテリアを要求した。ルンバは困惑しながらも何とか質の良いふんわりとした緑バクテリアで応じようとしたが、タムタムが耐え切れなくなった。海底にへばりついたタムタムが、まだ小さな赤バクテリアを触手でほじくりはじめたではないか。次々と希少な赤バクテリアを捕食していくタムタムの触手を、ルンバが押しやろうとする。
「もう十分だよ、タムタム! おいしいところばかり食べてはダメだ」
悶着を繰り返すルンバとタムタムに、ドン、とディッキンソニアがぶつかってきた。
「おっと、ご、ごめんよ」
ルンバは自分たちを押しのけてきたディッキンソニアを見上げて、その大きさに目を見張った。2メートルはあろうかという肉厚の巨漢だ。気づけば今日は多くのディッキンソニアが集まっており、小さくてもルンバの4倍(60センチメートル)、目前の巨漢については10倍以上というおそろしい光景になってしまった。
その集団の先頭には、ひときわ隆起の発達したオスのディッキンソニアがいた。彼はアヴァロンにおけるマフィアのボスであり、周囲に威圧的な雰囲気を漂わせていた。隣には、美しいメスの個体を悠々と伴っている。
「おいおい、そりゃねえぜ」
タムタムは驚きつつも後ずさりした。
ディッキンソニアたちは構わず、ルンバが苦労して守ろうとした小さな赤バクテリアを、多くの緑バクテリアとともに次々と食べてしまった。ルンバは赤バクテリアを食べ尽くされてしまってはかなわないと、「もう、やめてくれ!」と叫んだ。しかしディッキンソニアたちは無視して食べ続けた。
ルンバはその光景を見つめながら、自分の無力さを痛感した。
タムタムが「気ィ落とすなよ」と悔しそうに呟いた。
小さな赤バクテリアは、全てがディッキンソニアの腹に収まってしまった。
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本作品は6月の連続更新~完結を目指しています。
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そんなアヴァロンの静かな日常に、訪問者が現れた。
ルンバがいつものようにバクテリア・カーペットで食事をしていると、突然、海面から影が落ちてきた。驚いてジャンプで遠ざかると、影は近づいてきた。
「珍しいヨルギアだな」
声の主の姿は、彼はこの広いアヴァロンでも見かけたことのない種族だ。海中を漂っている透明なエオポルピタたちに似ているようで、違う。体は小ぶりなのに、触手が長くて多い。しかも、ウニョウニョと動かしている。なによりエオポルピタたちと違って、しゃべる。
ルンバは自分が緊張してキュウと縮まるのを感じたけれど、たまたまそばにいたトリブラキディウムがいつもと変わらない様子でいるのを見て、逃げ出そうとする気持ちを抑えた。お守りである彼女たちが騒がずにいるのならば、危険はないのだろうから。
聞けばこの訪問者は、オバトスクータムという種族だという。
「オレっちはただのオバトスクータムじゃないんだぜ? 酸いも甘いも噛み分けた、タムタム様だ」
タムタムは、はじめこそ飛び跳ねるルンバの姿を見て驚いた様子をみせたが、あくまで興味深いという程度に落ち着いてしまった。ルンバとしては、ヨルギアが跳ぶこと自体が珍しいし、自分は群れの中でも一番のジャンプができることを特別に思っていたから、残念な気持ちである。
「まあ、オレっちほど見聞の広い生物はいないさ。ジャンプするヨルギアの群れを知っているくらいだからな」
「本当!? そのヨルギアたちはどこにいるの?」
ルンバは興奮して尋ねた。ジャンプするヨルギアの群れなんて、アヴァロンどころか、すべての海域を探しても自分の仲間たち以外にはいないはずだ。ルンバの中に、はぐれた群れの仲間たちと親友のトーゴに会えるかもしれないという希望が湧き上がってきた。
「教えてやってもいいが、その前に腹を満たさなきゃな。ちょうどいい、そこのバクテリアをはたいてオレっちに食わせてくれよ」
タムタムは笑みを浮かべた。
ルンバはすぐにジャンプして、バクテリア・カーペットを叩き始めた。ふわふわと浮き上がったバクテリアの破片を、タムタムが触手でキャッチして捕食する。次々とバクテリアを叩いては提供し、さらに赤バクテリアをも献上した。アヴァロンに限らず、バクテリア・カーペットはほとんどが緑バクテリアで構成されていて、赤バクテリアは貴重なごちそうだった。しかしルンバは、仲間に会いたい一心で貴重なひとかけらを差し出したのだ。
「これが赤バクテリアか」
タムタムは興味津々に味見し、その美味しさに目を輝かせた。
「これはうまい! もっとくれ!」
ルンバは戸惑った。
「赤バクテリアは貴重なんだ。小さいものを大切に育てて、みんなで分け合って食べなきゃいけない」
だがタムタムは聞く耳を持たず、赤バクテリアを要求した。ルンバは困惑しながらも何とか質の良いふんわりとした緑バクテリアで応じようとしたが、タムタムが耐え切れなくなった。海底にへばりついたタムタムが、まだ小さな赤バクテリアを触手でほじくりはじめたではないか。次々と希少な赤バクテリアを捕食していくタムタムの触手を、ルンバが押しやろうとする。
「もう十分だよ、タムタム! おいしいところばかり食べてはダメだ」
悶着を繰り返すルンバとタムタムに、ドン、とディッキンソニアがぶつかってきた。
「おっと、ご、ごめんよ」
ルンバは自分たちを押しのけてきたディッキンソニアを見上げて、その大きさに目を見張った。2メートルはあろうかという肉厚の巨漢だ。気づけば今日は多くのディッキンソニアが集まっており、小さくてもルンバの4倍(60センチメートル)、目前の巨漢については10倍以上というおそろしい光景になってしまった。
その集団の先頭には、ひときわ隆起の発達したオスのディッキンソニアがいた。彼はアヴァロンにおけるマフィアのボスであり、周囲に威圧的な雰囲気を漂わせていた。隣には、美しいメスの個体を悠々と伴っている。
「おいおい、そりゃねえぜ」
タムタムは驚きつつも後ずさりした。
ディッキンソニアたちは構わず、ルンバが苦労して守ろうとした小さな赤バクテリアを、多くの緑バクテリアとともに次々と食べてしまった。ルンバは赤バクテリアを食べ尽くされてしまってはかなわないと、「もう、やめてくれ!」と叫んだ。しかしディッキンソニアたちは無視して食べ続けた。
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タムタムが「気ィ落とすなよ」と悔しそうに呟いた。
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