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第一章 理想郷または海底楽園、その集落の名はアヴァロン
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時は5億4100万年と少し前、地球誕生から40億年が経過した先カンブリア時代。温暖な海には多様な生命が誕生し、繁栄していた。地質時代の名にして、「エディアカラ紀」の出来事である。
澄んだ海水中には、太陽光が差し込み、海底にはバクテリアのカーペットが繁茂していた。そしてこの豊富な栄養源を求める生命たちが、生態系を形成している。
太陽の光が差し込み輝く水面は、この生物たちにとっての空だ。海中を漂う無数のプランクトンが光を反射して、キラキラと輝く。水と光と滋養に満ちたこの地は、まさに生命の楽園だった。
透き通った青い海の中。
はぐれヨルギアのルンバは、静かに漂う透明なエオポルピタの下をジャンプしながら進んでいた。体長15センチメートルのルンバは、水中を舞うパンケーキのようだ。ジャンプはルンバの得意技だ。軽く跳ねて水流に乗り、半分漂いながら、海底のバクテリア・カーペットを探してまわる。バクテリアを求めて軽やかに飛び跳ねるその姿は、他の生物たちに比べてかなり特異であった。
ルンバがたどり着いたこのアヴァロンは、類を見ない規模の海底楽園である。ここには多種多様な生物が暮らしている。静かでおとなしいトリブラキディウムは、いつもルンバと挨拶をしてくれる。彼女たちは月餅然としたまんじゅうのような形で、海底にじっとしている。じっとしていることで、水中を流れてくるプランクトンを濾し取りながら栄養を摂取しているのだ。
ルンバが近づくと、トリブラキディウムたちは軽く揺れ動いて反応を示した。
「おはよう、トリブラキディウム」
ルンバは元気よく挨拶をする。
(おはよう、ルンバ)
(ごきげんよう、ルンバ)
彼女たちはささやくように応える。ルンバたちヨルギアは、トリブラキディウムを大切にしている。彼女たちは勘が鋭く、危機を察知すると教えてくれる「お守り」なのだ。だからルンバは、彼女たちがいるアヴァロンに安心感をもっている。
エルニエッタのグループにも挨拶をする。
「おはよう、エルニエッタ」
エルニエッタは砂の中に下半身を埋め、上半身だけを水中に出して口をパクパクと動かしている。水中のプランクトンや時折流れてくるバクテリア・カーペットの破片をついばんでいるのだ。ルンバが彼らに挨拶をして通り過ぎるとき、その口元はすぼんでからまたパッと開く。エルニエッタはおしゃべりをしないけれど、物言わぬ分だけ表情が豊かだ。アヴァロンにいるエルニエッタたちは、よそよりも大きい。アヴァロンの滋養が彼らを育んでいるのだろう。
ルンバはふかふかとしたバクテリア・カーペットに着陸すると、食事を始めた。ヨルギアは腹の下のバクテリアを、体と同じ形に上手に食べる。ヨルギアが食べた跡は真ん丸型だから、誰が見てもすぐに分かる。
少し前までのルンバは、群れで暮らしていた。アヴァロンほどとは言わないけれど、百匹のヨルギアが真ん丸の型を次々と残していけるくらいに豊かな海で。
ルンバはもっさりとしたバクテリア・カーペットの中に小さな赤バクテリアの塊があるのを見つけて、親友のトーゴを思い出した。トーゴは賢くて、仲間たちからも一目置かれる存在だった。年老いたすべてのヨルギアがその知恵をトーゴに集結し、ルンバをはじめとする若いヨルギアたちがトーゴからいろいろなことを教わった。その教えは、ひとりになった今でも実践している。
他の種族に挨拶をすること。これは困ったときに助けてもらえるから。
そして小さな赤バクテリアをそっとしておくこと。なぜなら、小さな頃の赤バクテリアを我慢しておくことで、もっと増えておいしくなるから。
ここにトーゴがいないのは寂しいことだけれど、きっと再会できるはずだ。
ルンバがバクテリア・カーペットをむさぼっていると、のっそりとした大きな影が近づいてきた。アヴァロン生態系の頂点、大型生物のディッキンソニアだ。体長80センチメートルを超えるその巨体が、ルンバの前に立ちはだかった。
「どけよチビ」
ディッキンソニアはルンバを押しのけて、バクテリア・カーペットをむさぼりはじめた。アヴァロンのマフィアとも呼ばれる彼らは、その体格を活かして縄張りを主張する。ルンバは少し後退して、またジャンプしながら別の場所へと移動した。
「大きい奴が幅をきかせるのは仕方がないさ」
ルンバは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。彼はそのまま密度の粗いバクテリア・カーペットの上へ着地し、再び食事を始めた。ディッキンソニアは分厚いバクテリア・カーペットを好んで食べるから、密度の粗いエリアにはあまり興味を示さない。ルンバのような体の小さなヨルギアは、多少粗雑なバクテリア・カーペットでも空腹をしのぐことができるのだ。
ルンバはアヴァロンが平和な楽園だと感じていた。ディッキンソニアのような大型生物が我が物顔で這い回っていることを差し引いても。今日だって追い払われてしまったけれど、こんな風に少し移動すればまたエサにありつける。総じてここは豊かな餌場なのだった。
トーゴが言っていた。海の深いところにランゲオモルフの末裔がいる土地は、水が栄養を含んですべての生物が豊かになるのだと。ルンバはいつかランゲオモルフの末裔と会うため、もっと深いところまで冒険してみたいという希望を抱いていた。
そして、ルンバは今日もまた、ジャンプを続ける。彼の冒険心は尽きることがない。いつかトーゴと再会し、さらに広い海の世界を一緒に探検できる日を夢見て。
---
お読みいただきありがとうございます。
本作品は6月の連続更新~完結を目指しています。
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澄んだ海水中には、太陽光が差し込み、海底にはバクテリアのカーペットが繁茂していた。そしてこの豊富な栄養源を求める生命たちが、生態系を形成している。
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はぐれヨルギアのルンバは、静かに漂う透明なエオポルピタの下をジャンプしながら進んでいた。体長15センチメートルのルンバは、水中を舞うパンケーキのようだ。ジャンプはルンバの得意技だ。軽く跳ねて水流に乗り、半分漂いながら、海底のバクテリア・カーペットを探してまわる。バクテリアを求めて軽やかに飛び跳ねるその姿は、他の生物たちに比べてかなり特異であった。
ルンバがたどり着いたこのアヴァロンは、類を見ない規模の海底楽園である。ここには多種多様な生物が暮らしている。静かでおとなしいトリブラキディウムは、いつもルンバと挨拶をしてくれる。彼女たちは月餅然としたまんじゅうのような形で、海底にじっとしている。じっとしていることで、水中を流れてくるプランクトンを濾し取りながら栄養を摂取しているのだ。
ルンバが近づくと、トリブラキディウムたちは軽く揺れ動いて反応を示した。
「おはよう、トリブラキディウム」
ルンバは元気よく挨拶をする。
(おはよう、ルンバ)
(ごきげんよう、ルンバ)
彼女たちはささやくように応える。ルンバたちヨルギアは、トリブラキディウムを大切にしている。彼女たちは勘が鋭く、危機を察知すると教えてくれる「お守り」なのだ。だからルンバは、彼女たちがいるアヴァロンに安心感をもっている。
エルニエッタのグループにも挨拶をする。
「おはよう、エルニエッタ」
エルニエッタは砂の中に下半身を埋め、上半身だけを水中に出して口をパクパクと動かしている。水中のプランクトンや時折流れてくるバクテリア・カーペットの破片をついばんでいるのだ。ルンバが彼らに挨拶をして通り過ぎるとき、その口元はすぼんでからまたパッと開く。エルニエッタはおしゃべりをしないけれど、物言わぬ分だけ表情が豊かだ。アヴァロンにいるエルニエッタたちは、よそよりも大きい。アヴァロンの滋養が彼らを育んでいるのだろう。
ルンバはふかふかとしたバクテリア・カーペットに着陸すると、食事を始めた。ヨルギアは腹の下のバクテリアを、体と同じ形に上手に食べる。ヨルギアが食べた跡は真ん丸型だから、誰が見てもすぐに分かる。
少し前までのルンバは、群れで暮らしていた。アヴァロンほどとは言わないけれど、百匹のヨルギアが真ん丸の型を次々と残していけるくらいに豊かな海で。
ルンバはもっさりとしたバクテリア・カーペットの中に小さな赤バクテリアの塊があるのを見つけて、親友のトーゴを思い出した。トーゴは賢くて、仲間たちからも一目置かれる存在だった。年老いたすべてのヨルギアがその知恵をトーゴに集結し、ルンバをはじめとする若いヨルギアたちがトーゴからいろいろなことを教わった。その教えは、ひとりになった今でも実践している。
他の種族に挨拶をすること。これは困ったときに助けてもらえるから。
そして小さな赤バクテリアをそっとしておくこと。なぜなら、小さな頃の赤バクテリアを我慢しておくことで、もっと増えておいしくなるから。
ここにトーゴがいないのは寂しいことだけれど、きっと再会できるはずだ。
ルンバがバクテリア・カーペットをむさぼっていると、のっそりとした大きな影が近づいてきた。アヴァロン生態系の頂点、大型生物のディッキンソニアだ。体長80センチメートルを超えるその巨体が、ルンバの前に立ちはだかった。
「どけよチビ」
ディッキンソニアはルンバを押しのけて、バクテリア・カーペットをむさぼりはじめた。アヴァロンのマフィアとも呼ばれる彼らは、その体格を活かして縄張りを主張する。ルンバは少し後退して、またジャンプしながら別の場所へと移動した。
「大きい奴が幅をきかせるのは仕方がないさ」
ルンバは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。彼はそのまま密度の粗いバクテリア・カーペットの上へ着地し、再び食事を始めた。ディッキンソニアは分厚いバクテリア・カーペットを好んで食べるから、密度の粗いエリアにはあまり興味を示さない。ルンバのような体の小さなヨルギアは、多少粗雑なバクテリア・カーペットでも空腹をしのぐことができるのだ。
ルンバはアヴァロンが平和な楽園だと感じていた。ディッキンソニアのような大型生物が我が物顔で這い回っていることを差し引いても。今日だって追い払われてしまったけれど、こんな風に少し移動すればまたエサにありつける。総じてここは豊かな餌場なのだった。
トーゴが言っていた。海の深いところにランゲオモルフの末裔がいる土地は、水が栄養を含んですべての生物が豊かになるのだと。ルンバはいつかランゲオモルフの末裔と会うため、もっと深いところまで冒険してみたいという希望を抱いていた。
そして、ルンバは今日もまた、ジャンプを続ける。彼の冒険心は尽きることがない。いつかトーゴと再会し、さらに広い海の世界を一緒に探検できる日を夢見て。
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