【完結】ふしぎなえぼし岩 | オレがイトコとケンカして仲直りするまでの話

駒良瀬 洋

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ふしぎなえぼし岩・2

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 こういうときは、一人、思案にふけるのがいい。庭から丁度いいサイズの木の枝を拾って、玄関脇のコンクリートにしゃがみこむ。枝でガリガリと地面を引っ掻くと、うっすらと白い線が描ける。これは丈夫で良い枝だ。湘南ベルマーレのマスコットキャラクター・キングベルI世にあやかり、トライデントと名付けよう。
 こう言っちゃなんだが、オレはえぼし岩には相当詳しい。となり街の博物館で、博士が直々に教えてくれる勉強会に参加したことだってあるんだ。茅ヶ崎の沖に見えるえぼし岩――これは通称。地図上の名前は姥島うばじま諸島。一番大きなえぼし岩が目立って見えるけど、そのまわりにいくつも小さな島がある。もっとも、皆に呼ばれているように岩と表現したほうがしっくりとくるようなサイズだ。写真で見た限り、到底人が住めるようなところではない。
 なぜあそこにユニークな形の島があるのかというと、その秘密は相模湾の特別な環境にある。そもそも日本というのは、プレート境界の集合地域にある島国だ。これは世界から見ても珍しい。なんと、北米プレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートという四つものプレートがひしめきあっている。だから火山活動がさかんで、国中が温泉だらけなんだ。
 しかも相模湾はそのうち二つ、北米プレートとフィリピン海プレートの境界になっている。ここには相模トラフなんて名前が付いていて、いかにも地震の巣という感じだ。プレートによる地殻変動のパワーはすさまじく、海の底が山になったりする。そう、えぼし岩だって、千二百万年もの昔は深海だったところが、プレートの沈み込む力であんなふうに盛り上がって海面に出てきたんだ。
 そして、えぼし岩の形は……こう。正面から見て、尖ったほうが右を向いている。記憶力はいいほうだ。魚のことだって、左ヒラメの右カレイを忘れたことがない。

 オレがトライデントでえぼし岩の描写にいそしんでいると、玄関のドアが開いた。顔を上げてみる。じいちゃんが肩でドアを押し開けながら、ヘルメットを二つ持って出てきたのだった。
「健太、海、行こか」

 じいちゃんはベテランライダーだが、驚くことなかれオレもまたバイクに乗るのだ。後部座席限定ではあるが。母ちゃんが保育園に迎えに来れなかった日に、じいちゃんの後ろに乗って帰ったこともあるんだぞ。丸くて光るライト、金属のピカピカしたマフラー、ドルルンというエンジンの響き。みんな羨ましがっていた。紀文だって、小学生ながらバイクに乗るオレを羨ましがっているに違いない。だが、ヘルメットがなければ乗れないのだ。
 自慢の赤いヘルメットを受け取ってかぶり、意気揚々と後部座席にまたがった。
 キルルルン、ダットットットッ。エンジンに火が入る。
 じいちゃんのお腹に手を回して、いざゆかん、海への冒険へ。
 それにしても、コンテストの絵の件はおもしろくない。海に行ったらじいちゃんに証拠写真を撮ってもらおう。そうだ、オレも一緒に写ってギャフンと言わせてやるんだ。



 軽快なフットワークで道路を駆け抜ける。クルマでは味わえない、風を切るこの爽快感。自転車と違って疲れないし、街の人々から浴びる羨望のまなざしも悪くない。じいちゃんは国道134号線から、「サザンビーチ」の交差点を海に向かって曲がる。サザンビーチとは茅ヶ崎の海水浴場の名前だ。言わずもがな、このネーミングはジャパニーズロックバンドの最高峰であり、茅ヶ崎きってのヒーローとして名高い「サザンオールスターズ」に由来する。来月になれば待ちに待った海開き。ここは家族連れで大いに賑わうだろう。オレももちろん、血湧き肉躍るほどに楽しみにしている一人だ。
 坂を下ると、すぐに海と砂浜が見えてきた。海の家は、もうほとんどできあがっている。肝心のえぼし岩は――すぐに見つけることができた。



「やっぱりオレの言ったとおりじゃん。えぼし岩の先っちょは、右を向いているんだよ」
 バイクを降りたオレ達は、せっかくなのでサイクリングロードを散歩することにした。このロケーション抜群の道は、名前と違って徒歩の利用者が多い。サイクリストよりも、むしろマラソンランナーに人気がある。
 今日の海は、誰もがうらやむマリンブルーだ。スカッと晴れた青空の下、遠浅の海面はところどころがエメラルドグリーンになっている。気温は高いはずだけれど、海からの風が涼しくて気持ちがいい。これほどの陽気でもまだ海で泳げない時期だなんて、どうかしているよ。このままザブンと、波間に飛び込んでしまいたい。
 ほどなくして、アルファベットのシーを型どった巨大モニュメントに到達する。その名も「サザンシー」。オレはCの真ん中の空間から海を覗き込んで、腕を高く掲げる。そこからぐいんと、バナナのごとく体全体を右側に反らせてみせた。刮目せよ、これぞえぼし岩を全身で表現したポーズだ。
「じいちゃん、写真撮って」
「はいよ、チーズ」
 パシャリ。
 完璧な証拠写真だ。オレの記憶に間違いはなかった。紀文の言うことが誤りであると確認できて、満足だ。
 準備のいいじいちゃんが、汗をかいているオレに水筒を寄越してくれた。たくさん氷の入った水は、キンキンに冷えていてうまい。喉を通った冷水が、失った水分を補うように体の隅々まで行き渡ったように感じる。

 散歩で汗をかいたが、海風がさわやかなことと答え合わせが百点満点の結果で、気分上々だ。ヘルメットをかぶって、颯爽と後部座席またがった。じいちゃんのお腹に手を回す。紀文の奴め、オレの言うことが正しいとわかったら、降参して晩のおかずを一つお詫びとして差し出すに違いない。思わず、頬がゆるんでくる。
 キルルルン、ダットットットッ。
 バイクはサザンビーチの坂を登って134号線に出ると、東へと向かった。家の方向とは逆だ。どこかに寄り道するのかな。もしかしたら、アイスでも買ってもらえるのかもしれない。
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