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8篇
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「んっ……」
ナリは腹部に感じる痛みに耐えながら、重く閉じていた瞼をこじ開ける。ナリの目に映るは、雪降り積もる森の風景ではなく、ゴツゴツとした大きな石で囲まれている場所であった。
あたりを見回すと、火立てには真っ赤に燃える炎が灯されており、そのおかげで彼の周りに居る者達の存在を認識する。そして、自分から離れた場所に妹が倒れている事にも。
ナリは彼女を見つけた瞬間立ち上がろうと動いたものの、腹部の痛みが彼の動きを封じる。
「おぉ、ようやくお目覚めか」
ナリに声をかけたのは、あのヴァン神族の男神であった。彼は舌打ちをし、男神を睨みながら「ここは?」と問いかける。男神はナリの動けぬ姿が滑稽に思えたのか、品のない笑い声を上げながら説明を始める。
「ここは神の国にある処刑場だ。最近は使ってなかったが、昔はここで罪神を裁いていた。あぁ、そういえば」
男神はニヤニヤと笑みを浮かべながら、ナリの首襟を掴んである言葉を放つ。
「今度はここでロキを裁くなぁ」
「っ! あぁ? なんつったぁ!」
男神の言葉にナリはものすごい剣幕で、男神の額に向かって頭突きをかます。
「父さんは裁かれねぇ! 処刑になんてさせねぇ!」
男神はその猛烈な痛みに声を上げ、頭突きを受けた額から垂れ流られる血を抑える。そして再びナリを睨みつけ、動けぬ彼の腹を蹴る。腹部に痛みを抱えていたナリにとって、その蹴りは重く彼にのしかかる。腹部の痛みに苦痛に歪んだ顔をするナリ。
「いいや、悪いのは邪神ロキだ! 我々は初めから気に食わなかったのだ! 巨人族でありながら我等神族の仲間になるなどと!」
そんなナリに追い討ちをかけるかのように、男神はナリの腹部をまたも蹴りを入れる。
「お前等もだ! お前等兄妹も! 邪神ロキの子だからとオーディン様やバルドル様に! いいようにしてもらって! 恨むのなら、邪神ロキのもとに生まれたことを恨むんだな!」
「……てっめぇ……!」
「ちょっと~。殺すのはいいけど、あまり汚さないでよぉ。あと、眼も潰さないでね~」
積み重なった鬱憤を晴らすかの如く、ナリの腹を蹴り続ける。そんな彼に、彼等から離れた場所から見物していたアングルボザが声をあげる。
「綺麗に死んでくれたらいいんだけれどねぇ。もし無理でも死体の一部は、綺麗にしてコレクショに追加したいのよぉ。私ねぇ、ず~っとこの子達の銀色の髪と瞳を飾りたいと思ってたからぁ」
男神は、アングルボザの発言に対し、鼻で笑う。
「巨人族などと手を組むなど、本来なら意に反するが。今回ばかりは互いの目的が一致したからこそ、生かしていることを忘れるな」
そんな男神の言葉に、アングルボザは失笑する。
「あらあら、そのロキの子に苦戦していた弱者が私に勝てると? 私が彼等を殺すより貴方達が殺した方が事が上手く運ぶから、私が生かしてあげてるんだからね~」
互いに火花を散らし合う彼等に、一人の神族が男神に話しかける。
「おい、それよりどうやって殺す? この処刑場なら武器は沢山あるだろうが……」
「それなら。私にいい考えがある」
男神はそう言うと、人差し指をピンと立たせてある場所を指した。皆、その方向へと顔を動かす。そこには、いまだに目覚めず倒れているナルがいた。
「兄妹同士で殺し合わせるのさ」
男神の発言に、一同は目を丸くさせ、アングルボザは手を叩いて笑っている。
身体が思うように動かせないナリ、何処にも誰にもぶつけられぬ怒りだけが彼の中を渦巻いている。男神はそんな彼を嘲笑う。
「ハハハッ。実の妹に殺される気分はどんなものだろうなぁ! さて。この中に確か催眠をかけられる奴がいたな。催眠をかけ……そうだな。せめてもの配慮に、狼にでも変身させてやろう」
男神は他の神族をそこから離れさせ、催眠と動物に変身させられる魔法を持つ者のみをナルへと近づかせていく。
彼等はナルに催眠と変身の魔法をかける。同時にナルの周りには紫の煙が漂い始め、彼女を包んでいく。
「ナル! 起きろっ! ナルっ!」
ナリが妹の名を叫ぶものの、それでも彼女は目を覚さない。魔法をかけた神族が彼女の傍から離れると、煙は完全に彼女を取り込んだ。形を持たなかった煙は彼女の身体の形となり、そこから人の形から別の形へと変化していく。
人だった耳は大きな獣の耳に、小さな口は大きな獣の口に、女性の胴体は大きな獣の胴体に、人の時には存在しなかった大きな尻尾が。彼女を人から獣へと変えていく。
「ナルっ!」
兄が妹の名を呼ぶ。妹ではなくなった者に。ただ一つ、片耳に付けられた耳飾りのみが、彼女をナルであると言えるその者に。
それがゆっくりと瞼を開ける。愛らしかった銀の瞳は、鋭く光る銀の瞳へと変わっていた。銀の瞳は、兄を見る。睨みつける。獲物を、狙うかの如く。
獣、狼へと成り果てた彼女が吠えると、この場所全体が地震が起きたかのように震える。
「ナ……ル……。っ!」
ナリの傍に一つの剣が投げられる。
「無惨に殺されるのも面白くない。剣を与えてやるから、争ってみせろ。さぁ、立て! 邪神の子よ」
既に遠く離れた場所で鑑賞する男神の言葉にナリは舌打ちをし、自身の身体全体に広がっている苦痛に耐えて立ち上がる。しかし、投げられた剣を彼は持たずに、妹だった狼へとよろめきながら近づいていく。
そんな彼の行動に、神族達は唖然とする。
「ナル」
彼女の名を呼ぶ。彼女は何も言わない。
「俺だよ、兄ちゃんだ」
兄に向かって唸る妹。彼女の目の前へと辿り着いたナリは、自身の倍以上に大きくなった彼女を見上げ、片腕を大きく広げる。
「なんつー姿になってんだよ、ナル」
彼女は顔をナリへと近づかせる。
「……ナル、おいで」
ナリは笑顔で、愛する妹へ向ける笑みを顔に浮かべた。
***
くらい。
くらい。くらい。くらい。
目の前が暗い。
いたい。
いたい。いたい。いたい。
身体中が痛い。
あつい。
あつい。あつい。あつい。
口が熱い。
柔らかいなにかが、口に違和感を与える。
『ナル』
***
「っ!」
彼女の銀の瞳が大きく開かれる。暗かった彼女の意識に光が差し、だんだんと鮮明となっていく。そして見えていなかった光景が、彼女の瞳に映る。
視界に広がるは、牙に貫かれた兄の姿だった。
「な、る」
自身が、兄を咬み殺そうとしている光景だった。
「に、い、さん」
ナリは腹部に感じる痛みに耐えながら、重く閉じていた瞼をこじ開ける。ナリの目に映るは、雪降り積もる森の風景ではなく、ゴツゴツとした大きな石で囲まれている場所であった。
あたりを見回すと、火立てには真っ赤に燃える炎が灯されており、そのおかげで彼の周りに居る者達の存在を認識する。そして、自分から離れた場所に妹が倒れている事にも。
ナリは彼女を見つけた瞬間立ち上がろうと動いたものの、腹部の痛みが彼の動きを封じる。
「おぉ、ようやくお目覚めか」
ナリに声をかけたのは、あのヴァン神族の男神であった。彼は舌打ちをし、男神を睨みながら「ここは?」と問いかける。男神はナリの動けぬ姿が滑稽に思えたのか、品のない笑い声を上げながら説明を始める。
「ここは神の国にある処刑場だ。最近は使ってなかったが、昔はここで罪神を裁いていた。あぁ、そういえば」
男神はニヤニヤと笑みを浮かべながら、ナリの首襟を掴んである言葉を放つ。
「今度はここでロキを裁くなぁ」
「っ! あぁ? なんつったぁ!」
男神の言葉にナリはものすごい剣幕で、男神の額に向かって頭突きをかます。
「父さんは裁かれねぇ! 処刑になんてさせねぇ!」
男神はその猛烈な痛みに声を上げ、頭突きを受けた額から垂れ流られる血を抑える。そして再びナリを睨みつけ、動けぬ彼の腹を蹴る。腹部に痛みを抱えていたナリにとって、その蹴りは重く彼にのしかかる。腹部の痛みに苦痛に歪んだ顔をするナリ。
「いいや、悪いのは邪神ロキだ! 我々は初めから気に食わなかったのだ! 巨人族でありながら我等神族の仲間になるなどと!」
そんなナリに追い討ちをかけるかのように、男神はナリの腹部をまたも蹴りを入れる。
「お前等もだ! お前等兄妹も! 邪神ロキの子だからとオーディン様やバルドル様に! いいようにしてもらって! 恨むのなら、邪神ロキのもとに生まれたことを恨むんだな!」
「……てっめぇ……!」
「ちょっと~。殺すのはいいけど、あまり汚さないでよぉ。あと、眼も潰さないでね~」
積み重なった鬱憤を晴らすかの如く、ナリの腹を蹴り続ける。そんな彼に、彼等から離れた場所から見物していたアングルボザが声をあげる。
「綺麗に死んでくれたらいいんだけれどねぇ。もし無理でも死体の一部は、綺麗にしてコレクショに追加したいのよぉ。私ねぇ、ず~っとこの子達の銀色の髪と瞳を飾りたいと思ってたからぁ」
男神は、アングルボザの発言に対し、鼻で笑う。
「巨人族などと手を組むなど、本来なら意に反するが。今回ばかりは互いの目的が一致したからこそ、生かしていることを忘れるな」
そんな男神の言葉に、アングルボザは失笑する。
「あらあら、そのロキの子に苦戦していた弱者が私に勝てると? 私が彼等を殺すより貴方達が殺した方が事が上手く運ぶから、私が生かしてあげてるんだからね~」
互いに火花を散らし合う彼等に、一人の神族が男神に話しかける。
「おい、それよりどうやって殺す? この処刑場なら武器は沢山あるだろうが……」
「それなら。私にいい考えがある」
男神はそう言うと、人差し指をピンと立たせてある場所を指した。皆、その方向へと顔を動かす。そこには、いまだに目覚めず倒れているナルがいた。
「兄妹同士で殺し合わせるのさ」
男神の発言に、一同は目を丸くさせ、アングルボザは手を叩いて笑っている。
身体が思うように動かせないナリ、何処にも誰にもぶつけられぬ怒りだけが彼の中を渦巻いている。男神はそんな彼を嘲笑う。
「ハハハッ。実の妹に殺される気分はどんなものだろうなぁ! さて。この中に確か催眠をかけられる奴がいたな。催眠をかけ……そうだな。せめてもの配慮に、狼にでも変身させてやろう」
男神は他の神族をそこから離れさせ、催眠と動物に変身させられる魔法を持つ者のみをナルへと近づかせていく。
彼等はナルに催眠と変身の魔法をかける。同時にナルの周りには紫の煙が漂い始め、彼女を包んでいく。
「ナル! 起きろっ! ナルっ!」
ナリが妹の名を叫ぶものの、それでも彼女は目を覚さない。魔法をかけた神族が彼女の傍から離れると、煙は完全に彼女を取り込んだ。形を持たなかった煙は彼女の身体の形となり、そこから人の形から別の形へと変化していく。
人だった耳は大きな獣の耳に、小さな口は大きな獣の口に、女性の胴体は大きな獣の胴体に、人の時には存在しなかった大きな尻尾が。彼女を人から獣へと変えていく。
「ナルっ!」
兄が妹の名を呼ぶ。妹ではなくなった者に。ただ一つ、片耳に付けられた耳飾りのみが、彼女をナルであると言えるその者に。
それがゆっくりと瞼を開ける。愛らしかった銀の瞳は、鋭く光る銀の瞳へと変わっていた。銀の瞳は、兄を見る。睨みつける。獲物を、狙うかの如く。
獣、狼へと成り果てた彼女が吠えると、この場所全体が地震が起きたかのように震える。
「ナ……ル……。っ!」
ナリの傍に一つの剣が投げられる。
「無惨に殺されるのも面白くない。剣を与えてやるから、争ってみせろ。さぁ、立て! 邪神の子よ」
既に遠く離れた場所で鑑賞する男神の言葉にナリは舌打ちをし、自身の身体全体に広がっている苦痛に耐えて立ち上がる。しかし、投げられた剣を彼は持たずに、妹だった狼へとよろめきながら近づいていく。
そんな彼の行動に、神族達は唖然とする。
「ナル」
彼女の名を呼ぶ。彼女は何も言わない。
「俺だよ、兄ちゃんだ」
兄に向かって唸る妹。彼女の目の前へと辿り着いたナリは、自身の倍以上に大きくなった彼女を見上げ、片腕を大きく広げる。
「なんつー姿になってんだよ、ナル」
彼女は顔をナリへと近づかせる。
「……ナル、おいで」
ナリは笑顔で、愛する妹へ向ける笑みを顔に浮かべた。
***
くらい。
くらい。くらい。くらい。
目の前が暗い。
いたい。
いたい。いたい。いたい。
身体中が痛い。
あつい。
あつい。あつい。あつい。
口が熱い。
柔らかいなにかが、口に違和感を与える。
『ナル』
***
「っ!」
彼女の銀の瞳が大きく開かれる。暗かった彼女の意識に光が差し、だんだんと鮮明となっていく。そして見えていなかった光景が、彼女の瞳に映る。
視界に広がるは、牙に貫かれた兄の姿だった。
「な、る」
自身が、兄を咬み殺そうとしている光景だった。
「に、い、さん」
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