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3篇
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「は? 女の影?」
鍛錬場についてからロキが颯爽と姿を消したことで不機嫌気味に剣の素振りをしていたナリ。
「そうそう。ナリはまだ見たことないか?」
そんな彼に、兵士二人はある話題を持ちかけてきた。
はじめはロキと共にいるナリを遠ざけていた兵士達。だが、毎日熱心に鍛錬をこなす素直なナリに、兵士達はだんだんと彼に心を許しているのだ。
「……女の形したレムレスなんじゃ」
「俺達もそうかと思ったんだけどなぁ。どうやら、そうじゃないらしいんだ。目も赤くないし、身体も黒い靄で出来ていなかった」
兵士達の話をまとめると。
皆が寝静まった時間に、女がシクシクと泣きながら徘徊している、らしい。ある時、巡回担当であった兵士がその女を間近で見てしまった。女は、女神に匹敵するほどの美しさであったのだと。
その女と目が合った兵士。女はただ一言――。『チガウ』と言った。
「んで、目が覚めたらその兵士は廊下で倒れてたってわけ!」
「もしかして、幽霊かも!」
その話で盛り上がる兵士達はブルブルと震え出す。そんな彼等に、ナリは苦笑いを見せる。
「いやいや。あんたらも一応幽霊みたいなもんだろ? そこで怖がるのかよ?」
そう、ここにいる兵士達は皆、死んでしまった人間の戦士だ。
彼等は、戦いで死んだという栄誉のおかげで、今もこうして神の国で戦士として生きているのだ。ナリがそう言うものの、兵士達は「それとこれとは違うんだよなぁ」と口を揃えて言うのである。
「それは、もしかしたら妖精族の仕業かもな」
「あっ。フレイ」
兵士達とナリの所に、フレイが現れる。兵士達は彼が登場すると、すかさず敬礼の姿勢を見せた。そんな彼等の行動を何度も見ているナリだが、その度に「やっぱり偉いんだな、こいつ」と思うのである。
「なぁ、フレイ。妖精族って?」
「悪戯好きな者達さ。白妖精と黒妖精がいてな。白はこちらから接触しなければいいが。問題は黒だ。今回は、話を聞く限り、実害的な物がないのなら、白妖精だろう」
フレイの話にナリは「ふーん」と軽く流す。
「……貴様も気をつけろよ。黒に魅入られたら」
そんな彼の態度に、フレイは釘を刺すかのように言い放つ。
「喰われるからな」
◇
時間は経ち。
ナリはフレイとの稽古を終えて、今は図書室にいるというナルの元へと向かっていた。目的地に到着し、そこの大きな扉を力を込めながらも、そっと開ける。中には、女騎士や兵士、神族が楽しく穏やかな時間を過ごしている。
キョロキョロと広い図書室で探し回っていると、奥の方でナルとホズが共に集中して読書をしている姿が目に入った。「あんな文字ばっかの紙の束の何が面白いんだか」とナリは不思議そうに思いながら彼等に声をかけようとしたが、ここは図書室だということをすぐに思い出し、そっと彼等の背後に忍び寄る。
ちなみに、ナルの読んでいた本の中身をチラリと覗き込むと、何かしらの物語であるのだけは分かった。欲に忠実な妹である。
「やぁ、ナリ君」
「えっ」
しかし、目が見えないはずのホズに早速気づかれてしまった。
「ん? あれ、お兄ちゃん。いつの間に?」
「今だよ今。なぁ、ホズさん。なんですぐに気づいたんだ?」
「もう長いこと僕は盲目で過ごしているんだ。気配や足音で分かるものなんだよ。特にこういう静かな場所だと、ナリ君が僕らに声をかけようとしているのもわかったよ?」
「そっ、そっから? ……ちなみに、本を読むのもそういうので出来るもんなの?」
ナリが首を傾げながらそう聞くと、ホズは読んでいた本を優しく撫でる。
「これは例外。……兄様が、僕の読みたい本にちょっとした魔法をかけてくれるんだ。触れたら、そこに書かれた文字が頭の中に流れ込んでくる。それが、僕が本を読める仕組みだよ」
「へぇ。魔法ってすげぇんだな」
「それに関してだけは、魔法を兄様に遺伝させたあの方――オーディン。そして、オーディンに知識を与えた世界樹に感謝するべきかもしれない」
ホズは少し苦しげに話した。その言葉の中にあった【世界樹】という単語に、兄妹は窓へと視線を向ける。
【世界樹】――この世界にはじめから存在する大樹。この世界に根を張り、世界を葉で包み込み、優しくあたたかに見守ってくれている存在。それでも、世界が夜に閉ざされているからか、その世界樹も悲しんでくれているのか、萎れてしまっているようにも兄妹は見えていた。
その周辺には一度入れば迷ってしまう程の深い深い森があり、そう容易く世界樹の根本へと向かうことは出来ないようになっている。しかし、オーディンは世界樹を深く信仰しているためか、そんな森のすぐ近くにこの神の国は建てられているのだ。
「世界樹、か。あの最高神オーディン様に知識を与えたってことは、本当にすごい存在なんですね」
「そうだね。だから、オーディンは……あの世界樹のために完璧になろうと、完璧でいようとしているんだ」
ホズはまた苦しげに言葉を紡ぎながら、自分の完璧でない目を手で覆う。そんな様子に気づいたナルは、彼にあることを聞こうとした。
「あの、ホズさんって……オーディン様のこと」
「…………………………僕は――」
「よっ!」
「「「わっ!」」」
重苦しい変な空気の中に、陽気な空気――ロキが現れた。彼が突如として現れたことに暫し硬直状態であったナルとホズだが。ナリだけは彼へと颯爽と飛びかかる。
「ロキ! どこ行ってたんだよ! この約束破りめ!」
「あっははっ、悪い悪い! ……おい、謝ったんだから頬を引っ張るな、馬鹿ナリ!」
「馬鹿はロキだよ! バーカ!」
これは約束を破ったロキが悪いのだろうが。暴言を吐きながら、取っ組み合いを始めてしまったナリとロキ。そんな彼等の行動にホズとナルは呆れ顔をして深く溜息を吐きながら、こう言い放つのである。
「「ロキ/お兄ちゃん、図書館はお静かに」」
鍛錬場についてからロキが颯爽と姿を消したことで不機嫌気味に剣の素振りをしていたナリ。
「そうそう。ナリはまだ見たことないか?」
そんな彼に、兵士二人はある話題を持ちかけてきた。
はじめはロキと共にいるナリを遠ざけていた兵士達。だが、毎日熱心に鍛錬をこなす素直なナリに、兵士達はだんだんと彼に心を許しているのだ。
「……女の形したレムレスなんじゃ」
「俺達もそうかと思ったんだけどなぁ。どうやら、そうじゃないらしいんだ。目も赤くないし、身体も黒い靄で出来ていなかった」
兵士達の話をまとめると。
皆が寝静まった時間に、女がシクシクと泣きながら徘徊している、らしい。ある時、巡回担当であった兵士がその女を間近で見てしまった。女は、女神に匹敵するほどの美しさであったのだと。
その女と目が合った兵士。女はただ一言――。『チガウ』と言った。
「んで、目が覚めたらその兵士は廊下で倒れてたってわけ!」
「もしかして、幽霊かも!」
その話で盛り上がる兵士達はブルブルと震え出す。そんな彼等に、ナリは苦笑いを見せる。
「いやいや。あんたらも一応幽霊みたいなもんだろ? そこで怖がるのかよ?」
そう、ここにいる兵士達は皆、死んでしまった人間の戦士だ。
彼等は、戦いで死んだという栄誉のおかげで、今もこうして神の国で戦士として生きているのだ。ナリがそう言うものの、兵士達は「それとこれとは違うんだよなぁ」と口を揃えて言うのである。
「それは、もしかしたら妖精族の仕業かもな」
「あっ。フレイ」
兵士達とナリの所に、フレイが現れる。兵士達は彼が登場すると、すかさず敬礼の姿勢を見せた。そんな彼等の行動を何度も見ているナリだが、その度に「やっぱり偉いんだな、こいつ」と思うのである。
「なぁ、フレイ。妖精族って?」
「悪戯好きな者達さ。白妖精と黒妖精がいてな。白はこちらから接触しなければいいが。問題は黒だ。今回は、話を聞く限り、実害的な物がないのなら、白妖精だろう」
フレイの話にナリは「ふーん」と軽く流す。
「……貴様も気をつけろよ。黒に魅入られたら」
そんな彼の態度に、フレイは釘を刺すかのように言い放つ。
「喰われるからな」
◇
時間は経ち。
ナリはフレイとの稽古を終えて、今は図書室にいるというナルの元へと向かっていた。目的地に到着し、そこの大きな扉を力を込めながらも、そっと開ける。中には、女騎士や兵士、神族が楽しく穏やかな時間を過ごしている。
キョロキョロと広い図書室で探し回っていると、奥の方でナルとホズが共に集中して読書をしている姿が目に入った。「あんな文字ばっかの紙の束の何が面白いんだか」とナリは不思議そうに思いながら彼等に声をかけようとしたが、ここは図書室だということをすぐに思い出し、そっと彼等の背後に忍び寄る。
ちなみに、ナルの読んでいた本の中身をチラリと覗き込むと、何かしらの物語であるのだけは分かった。欲に忠実な妹である。
「やぁ、ナリ君」
「えっ」
しかし、目が見えないはずのホズに早速気づかれてしまった。
「ん? あれ、お兄ちゃん。いつの間に?」
「今だよ今。なぁ、ホズさん。なんですぐに気づいたんだ?」
「もう長いこと僕は盲目で過ごしているんだ。気配や足音で分かるものなんだよ。特にこういう静かな場所だと、ナリ君が僕らに声をかけようとしているのもわかったよ?」
「そっ、そっから? ……ちなみに、本を読むのもそういうので出来るもんなの?」
ナリが首を傾げながらそう聞くと、ホズは読んでいた本を優しく撫でる。
「これは例外。……兄様が、僕の読みたい本にちょっとした魔法をかけてくれるんだ。触れたら、そこに書かれた文字が頭の中に流れ込んでくる。それが、僕が本を読める仕組みだよ」
「へぇ。魔法ってすげぇんだな」
「それに関してだけは、魔法を兄様に遺伝させたあの方――オーディン。そして、オーディンに知識を与えた世界樹に感謝するべきかもしれない」
ホズは少し苦しげに話した。その言葉の中にあった【世界樹】という単語に、兄妹は窓へと視線を向ける。
【世界樹】――この世界にはじめから存在する大樹。この世界に根を張り、世界を葉で包み込み、優しくあたたかに見守ってくれている存在。それでも、世界が夜に閉ざされているからか、その世界樹も悲しんでくれているのか、萎れてしまっているようにも兄妹は見えていた。
その周辺には一度入れば迷ってしまう程の深い深い森があり、そう容易く世界樹の根本へと向かうことは出来ないようになっている。しかし、オーディンは世界樹を深く信仰しているためか、そんな森のすぐ近くにこの神の国は建てられているのだ。
「世界樹、か。あの最高神オーディン様に知識を与えたってことは、本当にすごい存在なんですね」
「そうだね。だから、オーディンは……あの世界樹のために完璧になろうと、完璧でいようとしているんだ」
ホズはまた苦しげに言葉を紡ぎながら、自分の完璧でない目を手で覆う。そんな様子に気づいたナルは、彼にあることを聞こうとした。
「あの、ホズさんって……オーディン様のこと」
「…………………………僕は――」
「よっ!」
「「「わっ!」」」
重苦しい変な空気の中に、陽気な空気――ロキが現れた。彼が突如として現れたことに暫し硬直状態であったナルとホズだが。ナリだけは彼へと颯爽と飛びかかる。
「ロキ! どこ行ってたんだよ! この約束破りめ!」
「あっははっ、悪い悪い! ……おい、謝ったんだから頬を引っ張るな、馬鹿ナリ!」
「馬鹿はロキだよ! バーカ!」
これは約束を破ったロキが悪いのだろうが。暴言を吐きながら、取っ組み合いを始めてしまったナリとロキ。そんな彼等の行動にホズとナルは呆れ顔をして深く溜息を吐きながら、こう言い放つのである。
「「ロキ/お兄ちゃん、図書館はお静かに」」
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