31 / 32
第30話 龍帝陛下のお渡り
しおりを挟む
「し、失礼する」
その声が聞こえたとき、私は緊張でピョンと跳ねてそのまま倒れてしまうのではないかと思った。
つ、ついに来た。ついに龍帝・秦瑞泉が来たのだ。
瑞泉の声は、意外なほど緊張していて固かった。だけど、どこかで聞いたことがあるような……。
まあいい。とにかく本当に来たのだ。
あれだけ後宮をほったらかしといたくせに、なにを思ったのか急に興味なんか持ってさ。しかも計画前倒しで私を抱きに来た。ほんとになにを考えているのやら。
でもね、その焦りは自らの命を早めることになるのよ。ふふん、可哀想な秦瑞泉。自らの誤断で享年を一日早めるなんてね。
私の心臓はドキドキと高鳴っている。握った短刀を手汗で落としそうになって、慌てて装束に手のひらをこすりつけ汗をぬぐった。くそっ、短刀に布でもキツくまいておくべきだった。
私はぐっと短刀を握りしめなおした。体中が凝り固まってしまっている。……ああ。もっと準備運動してほぐしておくんだったわ。
こんなことでうまくできるのだろうか。
口のなかなんかカラカラよ。
どうか、どうかうまくいきますように。
「え、ええと。どこにいる、巫貴妃?」
彼は部屋を見回しているようだ。
私は深呼吸をして答える。緊張でどうにかなりそうだったけれど、それでもなんとか平静を装った。
「その前に確認させていただきとうごうざいます、あなたは今お一人ですわね?」
非力な女である私が男の瑞泉を刺し殺そうというのだから作戦は必要になる。
扉を開けて入ってきたところを短刀で一撃必殺。それが確実な暗殺のやり方だ。
そのためには翼玉閣の最奥にあるこの寝所に瑞泉が一人で入ってくる必要があった。
「ああ。言われたとおりに一人できた」
「それはようございました」
よしっ。ちゃんと言ったことを守ってくれているみたいね。よかったよかった。今のところ作戦通りよ。
「では、こちらへお越し下さいませ、龍帝陛下」
瑞泉はお兄さまみたいなもの、瑞泉はお兄さまみたいなもの……。
私は心の中で憎しみの呪文を唱えた。
呪文の効果はてきめんで、嫌悪感と怒りがメラメラとわき上がってくる。
おのれお兄さまめ、私をこんなところに閉じ込めて。だいたいキモいのよ! 近寄るな馬鹿!!!!
その憤怒を押さえ付け、私はことさら猫なで声で瑞泉に話しかけた。
「こちらでございますわよぉ、こっちこっち。どうぞ、ずずいと奥へとおいで下さいなっ。うふ、おふとんでお待ちしておりますわよ、お・に・い・さ・まぁ」
お前の命運ももはやここまでだ、秦瑞泉!
「……お兄さまって?」
「ふぉっ」
変な声が出た。
い、いけない。あまりにも憎しみが深かった。
「ち、違いますわよ。ほっ、ほらっ、お兄さま……お兄さまっていったら、ずい――龍帝陛下のことですわよ!?」
「あ? なんか変な奴だなお前」
いけない。あからさまに警戒している。まずいわ、何か言いつくろわないと……。
「龍帝陛下は23歳でしょ? 私は17歳の小娘ですからね。年上の殿方のことは等しくお兄さまといってもようございましょう!」
「……そうなのか?」
「そうです!」
「……とりあえずそっち行くわ。話が出たついでってわけじゃないが、お前の兄貴についてもちょっと頼んでおきたいことがあるんだ」
お兄さまについて、頼み? いったいなんだというのだろう。
……しかし瑞泉って、龍帝陛下なんてご大層な身分の割に妙に軽いノリなのね。なんかちょっと暗殺するのが可哀想になってきたかも。
私は深呼吸した。
(瑞泉はお兄さま、瑞泉はお兄さま……)
私は心の中で憎悪を増幅させる呪文を唱える。
ふつふつと殺意がわいた。あいつ絶対コロス!
「……巫貴妃、巫貴妃? どこだ?」
「こちらでございます、龍帝陛下。どうぞ、こちらにお越し下さいませ」
瑞泉を促しながら、私は寝所の扉の前に立って短刀を腰だめに構えた。
龍帝が入ってきたら、初太刀で仕留める。
これだけ閣の奥なのだから、龍帝が助けを求める声をあげてもなかなか人は入ってこれまい。そもそも翼玉閣のまわりからも人払いはしてある。
そして龍帝を刺したら、私は助けを呼ぶ振りをしながらこの閣を出て、後宮中に助けを求め叫んで走り回るのだ。おそらく大騒ぎになるだろう。その機に乗じて上空旋回中の翼龍・真琉を呼んで夜空に逃げる――という手筈だ。
大丈夫。逃げる算段はちゃんと付けてあるんだから。
だから、必ず、必ず……。
秦瑞泉の土手っ腹にこの短刀をドスッと差し込むのよ!
その声が聞こえたとき、私は緊張でピョンと跳ねてそのまま倒れてしまうのではないかと思った。
つ、ついに来た。ついに龍帝・秦瑞泉が来たのだ。
瑞泉の声は、意外なほど緊張していて固かった。だけど、どこかで聞いたことがあるような……。
まあいい。とにかく本当に来たのだ。
あれだけ後宮をほったらかしといたくせに、なにを思ったのか急に興味なんか持ってさ。しかも計画前倒しで私を抱きに来た。ほんとになにを考えているのやら。
でもね、その焦りは自らの命を早めることになるのよ。ふふん、可哀想な秦瑞泉。自らの誤断で享年を一日早めるなんてね。
私の心臓はドキドキと高鳴っている。握った短刀を手汗で落としそうになって、慌てて装束に手のひらをこすりつけ汗をぬぐった。くそっ、短刀に布でもキツくまいておくべきだった。
私はぐっと短刀を握りしめなおした。体中が凝り固まってしまっている。……ああ。もっと準備運動してほぐしておくんだったわ。
こんなことでうまくできるのだろうか。
口のなかなんかカラカラよ。
どうか、どうかうまくいきますように。
「え、ええと。どこにいる、巫貴妃?」
彼は部屋を見回しているようだ。
私は深呼吸をして答える。緊張でどうにかなりそうだったけれど、それでもなんとか平静を装った。
「その前に確認させていただきとうごうざいます、あなたは今お一人ですわね?」
非力な女である私が男の瑞泉を刺し殺そうというのだから作戦は必要になる。
扉を開けて入ってきたところを短刀で一撃必殺。それが確実な暗殺のやり方だ。
そのためには翼玉閣の最奥にあるこの寝所に瑞泉が一人で入ってくる必要があった。
「ああ。言われたとおりに一人できた」
「それはようございました」
よしっ。ちゃんと言ったことを守ってくれているみたいね。よかったよかった。今のところ作戦通りよ。
「では、こちらへお越し下さいませ、龍帝陛下」
瑞泉はお兄さまみたいなもの、瑞泉はお兄さまみたいなもの……。
私は心の中で憎しみの呪文を唱えた。
呪文の効果はてきめんで、嫌悪感と怒りがメラメラとわき上がってくる。
おのれお兄さまめ、私をこんなところに閉じ込めて。だいたいキモいのよ! 近寄るな馬鹿!!!!
その憤怒を押さえ付け、私はことさら猫なで声で瑞泉に話しかけた。
「こちらでございますわよぉ、こっちこっち。どうぞ、ずずいと奥へとおいで下さいなっ。うふ、おふとんでお待ちしておりますわよ、お・に・い・さ・まぁ」
お前の命運ももはやここまでだ、秦瑞泉!
「……お兄さまって?」
「ふぉっ」
変な声が出た。
い、いけない。あまりにも憎しみが深かった。
「ち、違いますわよ。ほっ、ほらっ、お兄さま……お兄さまっていったら、ずい――龍帝陛下のことですわよ!?」
「あ? なんか変な奴だなお前」
いけない。あからさまに警戒している。まずいわ、何か言いつくろわないと……。
「龍帝陛下は23歳でしょ? 私は17歳の小娘ですからね。年上の殿方のことは等しくお兄さまといってもようございましょう!」
「……そうなのか?」
「そうです!」
「……とりあえずそっち行くわ。話が出たついでってわけじゃないが、お前の兄貴についてもちょっと頼んでおきたいことがあるんだ」
お兄さまについて、頼み? いったいなんだというのだろう。
……しかし瑞泉って、龍帝陛下なんてご大層な身分の割に妙に軽いノリなのね。なんかちょっと暗殺するのが可哀想になってきたかも。
私は深呼吸した。
(瑞泉はお兄さま、瑞泉はお兄さま……)
私は心の中で憎悪を増幅させる呪文を唱える。
ふつふつと殺意がわいた。あいつ絶対コロス!
「……巫貴妃、巫貴妃? どこだ?」
「こちらでございます、龍帝陛下。どうぞ、こちらにお越し下さいませ」
瑞泉を促しながら、私は寝所の扉の前に立って短刀を腰だめに構えた。
龍帝が入ってきたら、初太刀で仕留める。
これだけ閣の奥なのだから、龍帝が助けを求める声をあげてもなかなか人は入ってこれまい。そもそも翼玉閣のまわりからも人払いはしてある。
そして龍帝を刺したら、私は助けを呼ぶ振りをしながらこの閣を出て、後宮中に助けを求め叫んで走り回るのだ。おそらく大騒ぎになるだろう。その機に乗じて上空旋回中の翼龍・真琉を呼んで夜空に逃げる――という手筈だ。
大丈夫。逃げる算段はちゃんと付けてあるんだから。
だから、必ず、必ず……。
秦瑞泉の土手っ腹にこの短刀をドスッと差し込むのよ!
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は反省しない!
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。
性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される
夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。
物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。
けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。
※小説家になろう様にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる