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第25話 世臣から報告を受ける瑞泉:瑞泉視点
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「あー、疲れた……」
俺は椅子に座ったまま背伸びをした。
つい先ほどまで皇帝として会議に参加していたのだ。
皇帝としての仕事はとにかく真面目にこなしている。
だからこそ、後宮に寄りつかないなんて前代未聞の挙動も許されているわけだ。
根詰めた会議のあとのこの開放感――。ああ、たまらんわ。
こんなとき、あの少年が笑顔で迎えてくれたら……それだけで癒やされるのになぁ……。
「まぁでも、それは世臣に任すか」
俺は机に置いてあるお茶を飲みながら呟いた。
優秀な部下に任せたのだから、あいつが何か言ってくるまでこちらから急かすことはすまい。
世臣は必ず結果をあげてくる男なのだから。
「ご休憩のところ失礼いたします、陛下。趙世臣、書類をまとめてまいりました」
噂をすれば、である。
あの少年の報告ではないのがとても残念だが、それでも頼んでいた書類仕事をしてきてくれたのだから歓迎しよう。
「早いな、世臣。入れ」
「はっ」
世臣は御前随身ではあるが、文官としての能力も際立っているため会議のまとめを頼んでいたのだ。
彼は俺に書類を渡すと、拳を合わせて一礼した。
「こちらでございます。お納め下さいませ、龍帝陛下」
「ありがとう、助かる」
「いえ、これも自分の役目ですから」
いつもこうして、会議のあとは世臣にまとめてもらっている。
離れた立場になってから会議を思い返すと、会議中には気づかかった事象同士のつながりや思いもつかなかった妙案が思いついたりするのだ。
「今日の議題は近隣諸国の小規模な不穏な動き、だったな。……お前はどう思う、世臣」
世臣は頷いた。
「最近の各地の反乱――実際には報告されていることの数倍は事件が起こっていると思われます。きな臭さは確実に存在しておりますし、放っておけばさらに拡大するでしょう」
「その影にいるのがあの巫貴妃の兄貴ってわけだ」
俺は肩をすくめた。
「玖雷国の王子のくせに。なに考えてるんだか……」
「もしかしたら妹御を取り戻そうとしているのかもしれませんね」
「だからといってやっていいことと悪いことがあるだろうに。自分の国を滅ぼす気か、利祥王子は」
俺は息を吐きだす。
玖雷国は龍を使役する国だ。そしてそのなかでも特別な龍使い――白い髪の龍使いが生まれたなら蒼霜国に人質として差し出す。そういう決まりがある国でもある。
「まあ、隠しいてた姫をぶんどった訳だからな。憎まれてはいるだろうと思っていたが、予想以上だったということか」
とはいえ肝心の龍使いの姫君である水氷――後宮では巫貴妃だが、彼女は家出同然で蒼霜国に来たと聞いている。ぶんどったのではなく巫貴妃自ら押しかけてきたのだ。
「……面倒なことだよな、なんにせよ」
「慣例にのっとっただけとはいえ、憎まれ役は大変でございますな」
「その慣例自体が玖雷国にとってみれば憎むべき慣例ということだろう。せっかくの切り札をとられてしまうわけだから。しかしあちらに過ぎた力を蓄えさせるのはよくない……」
「仰る通りかと存じます」
世臣の言葉に俺はうなずいた。
「ま、打てる手は打つか。明日、巫貴妃が伺候に来るのであったな」
「はっ、その通りでございます」
「そのときに巫貴妃に言ってみるか。兄上に話をつけてくれ、と」
「後宮のお妃様と肉親とはいえ男性である利祥を会わせるのですか?」
「いざとなればな。まぁ、まずは手紙からでいいんじゃないか。その手筈を頼む、世臣」
「はっ、かしこまりました」
「さて、兄貴のことはそれでいいが国境への軍備増強も忘れんようにせんとな。ただ、増強は緩やかに、だ。それよりは国境軍の演習をできるだけ派手にすべし。一糸乱れぬ行進をさせ、規律正しく生活させ、返事は大声でさせるべし。……それが小国への脅しとなるからな」
「かしこまりました、龍帝陛下。その旨、まとめて参ります」
世臣が頭を下げる。
「頼んだぞ、世臣」
いざとなったらもっと対処しないといけないことは増えるが、今できることはこれくらいだろう。
あとは時が経って結果が帰ってくるのを待つだけだ。
俺は机に肘をついて頬杖をした。
「しかしなぁ……。妹を取り戻すために戦争まで起こすか、普通」
「愛する肉親を取り戻すためならどんな大義でも成し遂げんとす――そのような者がいるのは事実でございますゆえ」
「そこまで大事なら最初から閉じ込めておけばよかったものを。ってそこから逃げ出してきたのか、巫貴妃は。はー、まったく。兄貴が正しいのか妹が正しいのか、よく分からんよ」
「どちらにも言い分はございます、陛下。この案件、どちらも正しいということでございましょう」
「そうかもしれんなぁ……」
「ところで、陛下」
世臣が声をひそめる。
「なんだ? なにか問題でもあったか?」
「例の少年の件なのですが……」
「なに! なにかあったのか!?」
身を乗り出す俺に、世臣はこほんと咳払いをして言った。
「お待たせ致しました。進展がありましたよ」
俺は椅子に座ったまま背伸びをした。
つい先ほどまで皇帝として会議に参加していたのだ。
皇帝としての仕事はとにかく真面目にこなしている。
だからこそ、後宮に寄りつかないなんて前代未聞の挙動も許されているわけだ。
根詰めた会議のあとのこの開放感――。ああ、たまらんわ。
こんなとき、あの少年が笑顔で迎えてくれたら……それだけで癒やされるのになぁ……。
「まぁでも、それは世臣に任すか」
俺は机に置いてあるお茶を飲みながら呟いた。
優秀な部下に任せたのだから、あいつが何か言ってくるまでこちらから急かすことはすまい。
世臣は必ず結果をあげてくる男なのだから。
「ご休憩のところ失礼いたします、陛下。趙世臣、書類をまとめてまいりました」
噂をすれば、である。
あの少年の報告ではないのがとても残念だが、それでも頼んでいた書類仕事をしてきてくれたのだから歓迎しよう。
「早いな、世臣。入れ」
「はっ」
世臣は御前随身ではあるが、文官としての能力も際立っているため会議のまとめを頼んでいたのだ。
彼は俺に書類を渡すと、拳を合わせて一礼した。
「こちらでございます。お納め下さいませ、龍帝陛下」
「ありがとう、助かる」
「いえ、これも自分の役目ですから」
いつもこうして、会議のあとは世臣にまとめてもらっている。
離れた立場になってから会議を思い返すと、会議中には気づかかった事象同士のつながりや思いもつかなかった妙案が思いついたりするのだ。
「今日の議題は近隣諸国の小規模な不穏な動き、だったな。……お前はどう思う、世臣」
世臣は頷いた。
「最近の各地の反乱――実際には報告されていることの数倍は事件が起こっていると思われます。きな臭さは確実に存在しておりますし、放っておけばさらに拡大するでしょう」
「その影にいるのがあの巫貴妃の兄貴ってわけだ」
俺は肩をすくめた。
「玖雷国の王子のくせに。なに考えてるんだか……」
「もしかしたら妹御を取り戻そうとしているのかもしれませんね」
「だからといってやっていいことと悪いことがあるだろうに。自分の国を滅ぼす気か、利祥王子は」
俺は息を吐きだす。
玖雷国は龍を使役する国だ。そしてそのなかでも特別な龍使い――白い髪の龍使いが生まれたなら蒼霜国に人質として差し出す。そういう決まりがある国でもある。
「まあ、隠しいてた姫をぶんどった訳だからな。憎まれてはいるだろうと思っていたが、予想以上だったということか」
とはいえ肝心の龍使いの姫君である水氷――後宮では巫貴妃だが、彼女は家出同然で蒼霜国に来たと聞いている。ぶんどったのではなく巫貴妃自ら押しかけてきたのだ。
「……面倒なことだよな、なんにせよ」
「慣例にのっとっただけとはいえ、憎まれ役は大変でございますな」
「その慣例自体が玖雷国にとってみれば憎むべき慣例ということだろう。せっかくの切り札をとられてしまうわけだから。しかしあちらに過ぎた力を蓄えさせるのはよくない……」
「仰る通りかと存じます」
世臣の言葉に俺はうなずいた。
「ま、打てる手は打つか。明日、巫貴妃が伺候に来るのであったな」
「はっ、その通りでございます」
「そのときに巫貴妃に言ってみるか。兄上に話をつけてくれ、と」
「後宮のお妃様と肉親とはいえ男性である利祥を会わせるのですか?」
「いざとなればな。まぁ、まずは手紙からでいいんじゃないか。その手筈を頼む、世臣」
「はっ、かしこまりました」
「さて、兄貴のことはそれでいいが国境への軍備増強も忘れんようにせんとな。ただ、増強は緩やかに、だ。それよりは国境軍の演習をできるだけ派手にすべし。一糸乱れぬ行進をさせ、規律正しく生活させ、返事は大声でさせるべし。……それが小国への脅しとなるからな」
「かしこまりました、龍帝陛下。その旨、まとめて参ります」
世臣が頭を下げる。
「頼んだぞ、世臣」
いざとなったらもっと対処しないといけないことは増えるが、今できることはこれくらいだろう。
あとは時が経って結果が帰ってくるのを待つだけだ。
俺は机に肘をついて頬杖をした。
「しかしなぁ……。妹を取り戻すために戦争まで起こすか、普通」
「愛する肉親を取り戻すためならどんな大義でも成し遂げんとす――そのような者がいるのは事実でございますゆえ」
「そこまで大事なら最初から閉じ込めておけばよかったものを。ってそこから逃げ出してきたのか、巫貴妃は。はー、まったく。兄貴が正しいのか妹が正しいのか、よく分からんよ」
「どちらにも言い分はございます、陛下。この案件、どちらも正しいということでございましょう」
「そうかもしれんなぁ……」
「ところで、陛下」
世臣が声をひそめる。
「なんだ? なにか問題でもあったか?」
「例の少年の件なのですが……」
「なに! なにかあったのか!?」
身を乗り出す俺に、世臣はこほんと咳払いをして言った。
「お待たせ致しました。進展がありましたよ」
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