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第16話 瑞泉視点その2

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 少年はそのまま俺の手を引いて、市場まで戻ってきた。

 そこでやっと手を離してくれたが、彼はこちらを振り返らず、

「……あっ」

 と声をあげたのだった。

「別にあなたを連れてこなくてもよかったんですね……」

「はぁ?」

「あ……、すみません」

 そう言って彼は気まずげに頭を下げた。

「あいつらが目覚めそうだったので、咄嗟に逃げようって思っちゃって」

「なんだよ、なにか考えがあったのかと思った。お礼になんか買ってくれるとか……」

 俺はあたりを見回しながら言った。ここは大市場だ。お礼の品にとちょっとしたものを買うような店がたくさんある。

「お礼……? あ、そうだ」

 と、少年は懐からかんざしを取り出した。造花付きの、女物のかんざしだった。

「これ、どうぞ」

「え、え、え。これは……」

 お礼を催促しといてなんだが、思わず受け取ってしまってから俺は焦りに焦った。

 ――こいつ、男がかんざしを贈ることの意味を知らないのか?

 かんざしを贈るってことは、『愛しています』って意味なのに……。

 だが、少年の顔には照れも迷いもない。本当にただのお礼らしい。
 もしかして知らないのだろうか。かんざしを贈る意味を……。

「お兄さん格好いいし彼女くらいいるでしょ? 女の子にこれあげたら喜ぶらしいですよ。一生愛することを誓う……とかいう意味があるらいしです」

 あ、知っているのか。知っていつつくれる、と。

「……なんだ。お前が俺を一生愛してくれるのではないのか」

「……えっ」

「あ、いや……」

 なに言ってんだよ、俺は!

 慌てて口をつぐんだのだが、もう遅い。少年は間の抜けた顔で固まっていた。

 俺はさらになんとか言い訳しようとあがくが……。

「す、すまん。そうだよな! 初対面で愛を誓うなんておかしいよな!」

 なんとか取り繕おうとしてみたが無駄である。少年はますます頬を赤くして、黙ってしまったのだ。

「あっ、あのさ。いないからな、俺」

「え?」

「彼女、いないから」

 ああ、俺なに言ってるんだよ。まるで今彼女いないから告白も受け付けるぜ的なこと言ってるみたいじゃないか。

 ……あ、いや。彼女はいないけど、嫁はいるんだったな……。一度も行ったことがない、あの後宮に。

「あっ、嫁ならはいっぱいいるか。でも会ったこともないしな……。俺が自ら求めた女なんてそもそもいないし……。だからいないってことにしてもいいんじゃないか。いいか、俺は初恋もまだってことだからなっ」

 この子が後宮に入ったら……さすがの俺も後宮に通い詰めてしまうのだろうか……。って、なにを考えているんだ俺は。この子は男だぞ。
 ……だよな? 男にしてはずいぶん可愛らしい顔だし、身体付きだって華奢だけど……。

「ふふふ、面白いこと言いますね。龍帝陛下みたい」

「へ!?」

 す、鋭い。いや、俺が言いすぎたか……?

「龍帝陛下は後宮に一度もお渡りになったことがないといいますしね。お兄さんもそんな感じなんですか?」

「あ、ああ。まあ、一応は……。俺は……ほら、貴族だから。龍帝陛下と似たようなもんなんだよ、血統を残すだのなんだって、そういうやつ」

 俺は適当に返事をした。すると少年はまた驚いた顔をする。

「え、お兄さんって貴族の方なんですか?」

「ああ、まあな」

「なのにお嫁さんたちに会ったこともないんですか……?」

「……苦手なんだよ」

 俺は後ろ頭をかいた。

「女が……、というか、あの場所が」

「あの場所?」

「嫌な思い出があってなぁ……」

 ……母が殺された場所だから。

「でもお嫁さんたちに挨拶くらいはしたことあるんでしょう?」

「……挨拶、か。まあな……」

 挨拶……。後宮に行ったことはないが、妃のほうから挨拶に来たことはあったっけ。あれは確か、後宮を新しく開いたときの一人目の妃だった。
 名前ももう忘れたが、長いこと放っておいたらさすがに挨拶に来たのだった。後宮を開いたという報告がてら、仕官長に連れてこられて。

 あれ以来誰も挨拶に来ないし、さすがに俺のことなどもうどうでもいいと思ってくれたのだろう。
 血統をつなぐとかなんとかそういうことなら俺の異母兄弟たちを連れ込んでくれ……と挨拶の場で告げたのが効いたのかもしれん。

「それだけでも龍帝陛下より立派ですよ。龍帝陛下なんて遠い国からきた新しいお妃様に挨拶にすらいかないそうですし。せっかく遠い国からきたっていうのに無視してるんです、無視」

「……そ、そうか」

「ご大層なご身分ですしねっ、思い上がってるんですよきっと。こういうのちゃんとしない人って絶対に足下すくわれるから、今に見てろって感じ。きっとそのうち暗殺とかされちゃうんですよ、暗殺とか!」

 う。けっこうキツいこと言ってくるな、こいつ。
 もしかして俺が龍帝だってバレてるんじゃないか、これ?

「うううう。そ、そうか。そうだな。龍帝の野郎も新しく来た妃に挨拶くらいしたほうがいいよな……。そうしたら寿命も少しは延びるかな」

「うーん……」

 少年は思案したが、やがて言った。

「延びると思いますよ。挨拶ってなんかいい『気』が巡ってきそうですし」

「そうだな……そうかもしれないな」

「はい!」




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