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第12話 からまれる水氷

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 家麗さん、可愛いなあ。
 大好物を見つけたときの顔ったら、ほんとに輝いちゃって。

 あの南国の作物がどれだけおいしいのか楽しみだ!

 なんてわくわくしながら家麗さんを待っていたら、すぐに屋台の人に声をかけられた。

「そこのお兄さん!」

「……え、私のこと?」

 一瞬反応が送れた。
 いまの私は後宮の巫貴妃・水氷じゃなくて、後宮に出入りする商人の従者の少年・氷水なんだったわ。つまり男なのよ。

「そうそう! あんただよ! いやずいぶんないい男だと思ってさ」

「えへへへ、そうかな」

 商売の口上っていうのは分かっているけど、真っ正面から褒められると悪い気はしないものね。私、女だけどね。

「あんたみたいないい男にはこれが似合うと思うんだ。安くしとくよ!」

 と差し出してきたのはかわいい造花がついたかんざしだった。
 男に女物のかんざし……?

「お兄さん、彼女いるだろ? かんざし贈ってみなよ。彼女ぜったい喜ぶからさ!」

「そんなもんですかねぇ」

 私は別にかんざしを贈られてもそんなに嬉しくはないけど……。

「かんざしを贈るってのは愛の証だからね。あなたを一生愛します、って意味があるのさ」

 そういえば兄の利祥がすっごく可愛いかんざしをくれたことがあったけど………。………………………あれってそういう意味があったのか。うん。モノに罪はないとは思いつつ、捨て正解だったみたい。でもごめんねかんざし…………。

「お兄さんかっこいいし、彼女くらいるんだろ? どうだい一本!」

「えーっと」

 困ったな。別に欲しくないんだけど……。
 とか思っていたら。

「お兄さん! 本物のお花はどうだい! 彼女にあげたら喜ぶわよー!」

 と、今度は違う屋台の女将さんに売り込みをかけられたのであった。


  *****


 で、気がつくと。

「あれ!?」

 私は見覚えのない場所に経っていた。さっきまでいた市場ではなくて、裏路地っぽい人通りのない場所だ。

 かんざしを一本買わされたところまでは覚えているんだけど……。

 商人たちの猛攻がすごくて、避けているうちに知らないところまで歩いてきてしまったのだ。

 ――なんか、いかにも、って感じの路地裏。
 悪い奴が出て来そうな……。

 早く市場に戻らないと。

「ねぇ、君一人かい?」

「こんなところで何してんのぉ~」

 ああ、やっぱり出て来た。

 裏路地できょろきょろする私に声をかけてきたのは、いかにもな感じのお兄さん二人組だった。

「あ、いえ、人を探していまして……」

 声を低くして少しでも男っぽく喋ってみたのだが、男たちは意に介さずニヤニヤした顔を崩さなかった。

「その探してる人って女の子?」

「俺らが手伝ってあげようか?」

「結構です。人を待たせてますから」

 ……早く逃げないと。

 それだけ言ってそそくさと立ち去ろうとしたが、肩を掴まれて止められてしまう。

「!」

 身を開かせられた勢いで被っていた頭巾が緩み、顔がもろに出てしまった。白い髪も露出してしまう。

 龍使いだとバレたらまた大騒ぎになってしまう!

 私は慌てて頭巾を被り直した。

 だが、男たちの鼻息は一気に荒くなる。

「おーう、いいねぇいいねぇ、その髪色。西域の血でも入ってるのかい?」

「へへっ、大当たりじゃねえか。俺の嗅覚もすごいもんだな!」

 西域の血……? そうか。白い髪って西域ならけっこういるんだったわ。そこと間違えてくれたのなら龍使いとはバレてはいないってことね……。

「それにすっごく可愛いね、君。君くらい可愛いとさ、男でも女でも需要あるんだよね……。俺らと組まない? いい仕事紹介するよー?」

 龍使いであることはバレてないし、女であることもバレてないけど……。
 なんだか、より危ないことになってる気がする。

「まあ、その前に……」

 男たちは私を取り囲みニヤニヤとしている。

「俺たちと遊ぼうぜ?」

「遊ぶって……」

 嫌な予感に背筋がぞわりとする。

「いいだろ? お兄さんその顔でそういう経験なさそうだしな。ついでに客の取り方の勉強にもなるぞ。ほら、行こうぜ!」

 ちょっ、この人たちなに言ってるのよ!?

「やめ――痛っ!」

 こんどは腕を無理やり引っ張られて、ビリリとした痛みが腕から肩に走った。
 その拍子に……。

「!」

 懐に入れていた短刀が、道に落ちてしまった。
 男たちの視線が緊迫したものになる。

「なんだよこれ。刃物? 物騒なもの持ってんじゃん」

「やっ、やめてください。触らないで!」

「坊や、ごめんよ。あらよっと」

 男はいいながら私を地面にたたきつけてきた!

「きゃあっ!?」

「顔どおりの女みてぇな声出すんだな、あんた。まあいい、大人しくしろよ。あんたは商品になるんだからさ」

「へぇ……。なかなかいいモノ持ってんじゃねえか、お兄ちゃんよぉ」

「……!」

 後ろ手に腕をとられて地面に伏せられた私は男を見上げることしかできない。

「そんな怖い目で見なくても大丈夫だって。あんたとは仲良くしたいんだ、傷はつけねえよ」

 私を組み伏せた男がそう言い、もう一人の男が短刀を拾う。

「へえ、上物の短刀だな。お前いいとこのお坊ちゃんなのか……。この飾りは龍か。よくできてんなぁ」

 いつだったか、翼龍の真琉しんるに言った自分の言葉が脳裏に浮かんできた。

『これは後宮の妃の慣習ってことで許されたわ』

『最終的には自分の身は自分で守らないといけないんだって』

 ……ああ、もう。私の馬鹿。
 後宮だけじゃないのよ、自分の身は自分で守らないといけないのは。

 騒ぎになるから龍は呼ばないようにしよう、と思っていたけど……。

 もう、真琉を呼ぶしかない。でもどうやって? いくら龍使いの姫だって、声が届かないのに龍なんて呼べないわ。

 ああ、もう。ほんとに私の馬鹿! 護衛として真琉に近く控えていてもらうとか、そういうことだってできたでしょうが!

 でも呼ばないよりは呼んでみようかな。今の状況で私ができるのってそれしかないし。……それも結局、龍頼みだ。自分の身を自分で守れない情けない妃ってことに変わりはないわ……。

 それに、真琉に声が届くかどうかも分からない……ていうかたぶん届かない。

「どうした? 急におとなしくなりやがって」

「泣いてんじゃねぇの? いいねぇ、その顔で恐怖で泣いちゃうってのもまたそそるわ」

 ああ、もう。気持ち悪いこと言われ放題に言われてる!

 ええい、ままよ!
 私はキッと空を睨みあげた。

よ、我は統御みすまる。声に応えよ我が御垣守みかきもり!」

「は? なにいってんだこいつ――」

「ぎゃあああ!!」

 いぶかしがる男の声と、猛一人の男の悲鳴はほぼ同時だった。




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