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第7話 龍は苦茶がお好き

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 空から降りてきた翼龍の真琉しんるに、家麗さんがさっと手のひらと指を前で組み合わせて頭を下げた。最敬礼である。

「巫貴妃様、私は下がっておりますので、龍様とごゆるりとお過ごし下さいませ」

「あっ、待って。いいのよ別に、ここにいてくれて」

「しかし、巫女姫様と龍様の語らいを見るなど畏れ多すぎます……」

 この家麗さんの態度。
 これこそが、私が龍帝の後宮で貴妃の位を与えられた原因で……。

 ――後宮で迎えた初めての夜のときに家麗さんが言ったことは本当だったのだ。

 私の故郷である玖雷国は『龍を使役する』方向に発展した国なんだけど、蒼霜国は『龍を信仰する』方向に発展した国。
 だから蒼霜国においての玖雷国の扱いというのは『神様をこき使う罰当たりな国』になる。

 そんな蒼霜国だから、龍と会話できる私は玖雷国での立場である『龍使いの姫』ではなく、『龍の御使みつかいの姫』つまり『龍使姫りゅうしき』という扱われ方になっていた。
 で、そんなありがたい龍使姫を閉じ込めて隠していた悪い国から龍使姫を救った善の蒼霜国――というような認識なのだ。

 本当に、蒼霜国の後宮で実質トップの地位をいきなり与えられるくらいには神聖な存在とされてしまったのである。

「そんなに畏まるような相手じゃないけどね、真琉は……」

 というか龍ってかなり変わった性格が多いのよね。呑気というか、あくまでも他人事というか。ものすごくサバサバしているし、時として容赦なく冷酷だったりもする。

 それに当たり前だけど人間ではないから、人間では思いつかないようなことを考えついたりもする。それが話していてかなり面白いんだけどね。

『誰が【畏まるような相手じゃない】だってぇー?」

 さすが高い機動性を誇る翼竜種、というべきか。

「あ」

 家麗さんが声をあげる暇もなく、さっと地面に着地した翼龍はそのままの勢いで首を突っ込んだのだった。

『あ、なにこれ。いいにおいじゃなーい?』

「薔薇のお茶だってさ。飲む?」

『花だけもらう』

「はいはい」

 私は匙を使って器から花を取り出すと、皿にのせて真琉に差し出した。
 真琉は一口でぺろりと花を食べてしまう。スケール感として花のお茶ガラなんて龍には圧倒的に足りないのが分かる。

「まあ、龍様はお花が好きなのですね。発見です……!」

 家麗さんは目をキラキラさせて言った。彼女は本当に可愛らしい人だ。

『うーん。でもこれちょっと味が人間向けすぎるなぁ。もっと苦みとかアクとかの野性味あるほうがいいな』

「そりゃ龍と人間じゃ味の好みが違うのはしょうがないわよ。それにこれ、人間のなかでもお上品なお姫様たちが飲むようなお茶ですもの。龍に合わないのは当然だわ」

「……!!」

 家麗さんが尊敬の眼で顔で私を見ている。

 真琉の声は私以外には聞こえないのだ。だからこれ、私の独り言みたいに見えているはず……。
 事情を知らなかったら私って龍相手に独り言を喋り続けるおかしな人みたいに見えるのよね、この状況って。
 ……家麗さんは私のこと『龍と話せてすごい』ってみてくれてるけどね……。

「あ、ええとね。真琉はもっと苦いお花のほうがいいんですって」

「そうなのですか。すぐに用意して参ります!」

「あ、いいの、いいの。単なる我が儘なんだから」

『ひどいなー』

「いえ、ちょうど品質のいい丹花茶たんかちゃを仕入れたところなのです。その……、ここだけの話、丹花茶は人気がなくて。ですからこの機会に飲んでいただけたら、私としても助かるんです」

「あら、そうなの」

 丹花は花木の赤い花だ。傷を早く治す薬効があり、軟膏に練り込まれたりお茶やお酒に使われれたりする。

 ただ、良薬なんとやらで、とにかく苦い。そのため丹花茶は苦茶にがちゃなんて呼ばれたりもする。
 だからかなり薄めて飲むんだけど、龍にはそのままムシャムシャ花を食べてしまうものが多い。
 ほんと、龍と人間の好みって違うのよね。

『丹花茶!? 好き好き。食べたいー!』

 ちなみに、龍は人間の言葉は理解している。だから真琉も家麗さんの言っていることの意味は分かる。

 龍はただ、人間の言葉を発することができないというだけのことだ。

 文字でやり取りしたらいいとは思うのだが、龍は文字という概念をうまく理解してくれない。どうも、よく分からない細かい絵をせせこましく描いてるもんだから見てて笑っちゃうね、という感覚らしい。

「そういうことならお願いしちゃおうかしら。悪いわね、家麗さん」

「いえ。こちらこそ丹花茶のご注文ありがとうございます、巫貴妃様」

 そういうと、家麗さんは茶の用意をしにくりやに下がっていったのだった。

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