上 下
3 / 32

第3話 兄(利祥)視点その2

しおりを挟む
 水氷が龍使いの姫だと公にされたのは、水氷が玖雷国から出奔した日の6日前のことだった。

 それまでは秘されていたのである。本当に、それはつい最近のことだったのだ。

 ……6日前のその日。

 それは、蒼霜そうりん国の龍帝からの使者がきた日であった。

『龍使いの姫である成水氷せいすいひょうを蒼霜国の後宮に召し上げる』との命令を携えた使者が。

 使者による通告だけではなく、蒼霜国の大軍が我が玖雷国に進軍して脅すという念の入れようだった。
 龍使いの姫を差し出せ。さもなくば、覚悟せよ。と……。

 龍使いの姫。それは、すなわち水氷のことだ。
 稀に玖雷国の王族に生まれる白い髪の子供――龍の声を聞き、龍と心を通わせる『龍使い』の力を持った子供。
 それが水氷だったのだ。

 常ならば生まれたと同時に蒼霜国に把握され、親離れもそこそこの年齢で蒼霜国に連れ去られる。そうやって歴代の白い髪の子供たちは蒼霜国にとられていった。

 それがなぜ水氷が16歳という年齢まで見過ごされていたのかといえば、彼女の生育環境によるものだった。

 水氷の母は王宮の下級女官だった。母は王宮にて国王陛下と知り合い、そして故郷に帰って水氷を生む。

 国王の庶子ということすら隠され、水氷はただの私生児として育てられたということである。
 白い髪も、母に命じられるまま黒く染めていたという。

 母親が亡くなり、それから水氷は母方の親戚を転々としたということである。
 そうこうするうちに水氷の本来の髪色や、水氷の実の父親のことが明らかになり――当時世話になっていたという強欲な親戚は、大金と引き替えに水氷を王宮に渡したのだ。

 それでも水氷が龍使いの姫であることは公表されなかった。
 ……公表したが最後、蒼霜国にとられることが目に見えていたからだ。

 もし『龍使い』が生まれたらすぐに蒼霜国に差し出せ。差し出すのなら蒼霜国は玖雷国を守ろう。差し出さないならば貴国の滅亡を意味するだろう――。蒼霜国とのその盟約は建国の昔よりずっと続いているとのことだった。

 蒼霜国にしてみれば、玖雷国に過ぎた力を持たせたくない、ということなのだろう。

 ……公表はされなかったが、水氷が龍使いであるということを勘付いたものは多かったと思う。
 妙に龍と仲のいい水氷に疑問を持った俺のように。
 水氷の近くにいたものたちはみな、薄々察していたはずだ。

 そのなかの誰かが、情報を蒼霜国に漏らしたのだ。
 いや、『売った』のかもしれない。
 大金と引き替えに水氷を王宮へ渡した強欲な親戚のように。

 水氷が龍使いであることを。

 俺は、その裏切り者を許さない。
 必ず見つけ出し、復讐してやる。

 ……とはいえ、実のところ密告者の目星はついている。
 おそらく父王の側妃である采鈴さいりんだ。俺や水氷と大して年の変わらない女で、とにかく金遣いが荒く国庫の備えにすら手を着け始めた金食い虫。父も強くいえばいいのに、采鈴には甘い顔ばかりしている。
 その采鈴の羽振りが、最近目に見えてよくなったのだ。

 だが、証拠がない。
 それにもし采鈴ではないとすれば、真犯人をみすみす逃がすことにもなってしまう。

 俺は采鈴が憎いのではない。犯人が憎いのだ。相隣国に密告した者に復讐したい。
 だからこそ、絶対に間違いではないと確信できるまでは慎重にいこうと思う。

 自ら後宮に志願した水氷。……龍帝を暗殺するために、妹は危険を冒すのだ……。
 その想いに報いるのもまた兄としての努めだろう。
 そして、必ず水氷を助け出す。
 必ずだ……。

 俺を待っていてくれ、水氷。
 お前のことだ、助け出される時を心待ちにしながら、ただ俺のことを思い日々を過ごしてくれることだろう。

 ……だからどうか、それまで無事であってくれ。
 水氷……!!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実
恋愛
当代のアルメスタ公爵、ジェラルド・サン・アルメスタ。 彼は幼くして番に出会う幸運に恵まれた。 けれどもその番を奪われて、十年も辛い日々を過ごすことになる。 やっと見つかった番。 ところがアルメスタ公爵はそれからも苦悩することになった。 彼女が囚われた十年の間に虐げられてすっかり心を失っていたからである。 番であるセイディは、ジェラルドがいくら愛でても心を動かさない。 情緒が育っていないなら、今から育てていけばいい。 これは十年虐げられて心を止めてしまった一人の女性が、愛されながら失った心を取り戻すまでの記録だ。 「せいでぃ、ぷりんたべる」 「せいでぃ、たのちっ」 「せいでぃ、るどといっしょです」 次第にアルメスタ公爵邸に明るい声が響くようになってきた。 なお彼女の知らないところで、十年前に彼女を奪った者たちは制裁を受けていく。 ※R15は念のためです。 ※カクヨム、小説家になろう、にも掲載しています。 シリアスなお話になる予定だったのですけれどね……。これいかに。 ★★★★★ お休みばかりで申し訳ありません。完結させましょう。今度こそ……。 お待ちいただいたみなさま、本当にありがとうございます。最後まで頑張ります。

処理中です...