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第2話 兄(利祥)視点その1
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「くそっ」
俺は思わず悪態をつく。
水氷は行ってしまった。龍使いの姫として、龍と共に。
止められなかった……。水氷は俺の手の届かない場所に行ってしまった。
いちど後宮に入ってしまえば最後、今代の皇帝が死ぬまで妃たちはそこから出ることかなわぬということである。
助け打算として男が無理に押し入れば、すなわち捕らえられ処刑されるという……。
だが、止められなかったのを悔やむのと同時に、俺はやはり水氷を絶賛してしまうのだ。
この行動力は大したものではないか、と。
さすが俺の妹だ、そこいらの娘などとはまさに器が違うではないか。
もちろん水氷ほどの美少女だ、ひとたび龍帝の目にとまってしまえば寵愛待ったなしなのは俺が保証する。水氷の持つ器は龍帝に並び立つものだ。すぐに皇后になるだろう。水氷の器とはそういったものなのだ。
だが、水氷はただ後宮に入るのではない。
水氷は龍帝を暗殺するつもりでいる。
……龍帝よ。お前が後宮にと望んだその少女はどこまでも大胆かつ不敵な俺の妹なのだ。
だからこそ、指一本でも触れ見ろ、たたではすまないぞ。
あれは俺の妹なのだ!!!
『お前は本当にあの姫のこと好きなのだな』
誰かにそんなことを言われたような気がした。
しかもその声はあざけりを含んでいて……。
『忘れているのかもしれないが、あいつは腹違いなだけで、血の繋がった実の妹だぞ』
そんなのはわかっている。だが、それでも好きだという気持ちは止められなかった。……いや、もしかしたら、血が繋がっているからこそ……この想いは確かなものになっているのかもしれない。そんな気すらした。
水氷と初めて会ったのは、ちょうど一年前のことだった。
父王が下級女官に産ませた子。黒い髪をした女の子。俺より四歳年下の美少女……。それが水氷だった。
――龍使いの姫の証である黒髪を、あの当時の水氷はまだ隠していた。
なぜ庶子である水氷が王宮に姫として召し上げられたのか。
それを疑問に思うものもいたし、いかがわしい取り引きでもあったのではないかと勘ぐるものもいた。
俺はそのどれでも無かった。ただ、見蕩れていた。
水氷の美しさに一発で虜になってしまったのだ。
母は違うが、父は同じ男だ。だから血は繋がっている。それは重々承知していた。しかし、それが歯止めとなることはなかった。
「初めまして、水氷です。これからよろしくお願いいたします、利祥さま」
そう言って水氷が頭を下げてきたとき、心臓が飛び出るかと思った。
礼儀もできているし、そのうえ可愛い。なんていい子なのだろう!
「こちらこそ、水氷。仲良くしてくれ。あと俺のことはお兄さまと呼んでくれてかまわない。これでも血の繋がった兄妹なのだからな。困ったことがあったらなんでもいってくれ」
俺はそれだけ言うのが精一杯で、彼女の顔を見ることができなかった。照れてしまったからだ。
だがあの可愛い顔は夜な夜な夢に見たものである。
王宮に召し上げられてからというもの、水氷は龍舎に入り浸るようにいなっていた。
俺は毎日の公務や鍛錬の合間にこっそり抜け出して、龍舎に会いにいっていた。会うたびに、水氷をもっともっと好きになっていった。
ある日、水氷がこんなことを言ってきたことがあった。
「お兄さまは、わたしのことをどう思ってるんですか?」
「もちろん、世界でいちばん愛している」
迷わず即答した。
すると水氷はほんの少しだけ顔を引きつらせて、頬を赤らめたのだ。
「ありがとうございます……」
その反応は思っていたようなものではなかった。兄が妹に全幅の愛を告白したのだ。ならばもっと嬉しがるとか、はたまた嫌がるとか……とにかくなにかもっと強烈な反応があってしかるべきである。なのにどうにも反応が薄いのだ。
ああ、この子はきっと俺が本気だということに気づいていないんだろうな。と俺は思った。
だから、ある日俺は駆け落ちを提案した。
「水氷! 俺と一緒に逃げないか?」
水氷は俺の言葉に目を丸くして驚いているようだった。
「逃げるって……どこにです?」
「どこだっていい! とにかく、水氷には俺の隣にいてほしいんだ」
俺は水氷の手を取り、彼女の瞳をじっと見つめながら言った。どんな反応も見逃さないためにだ。
「……お兄さま。 そんな、困ります」
水氷は顔を真っ赤にしてうつむき、手をぶんぶん振ってふりほどいた。
か、かわいい。なんてかわいい生き物なんだ、水氷は!
「その、なんだ。困らせるつもりはなくてだな……。水氷が可愛すぎてつい……」
しどろもどろになりながらも必死に弁明する俺。
「す、水氷は好きな奴とかいるのか?」
「いないですけど少なくともお兄さまを好きになることはありませんよ」
……こんな冗談を水氷が言ってきたのは初めてのことだった。それだけ打ち解けてきたということだろう。
本当なら水氷を抱きしめてその初めての冗談を祝福するところだったが、俺は笑って誤魔化すことしかできなかった。
なぜならその時の俺は本当に水氷のことが好きで好きで仕方がなかったから。
水氷が他の男のものになるくらいなら、いっそ俺の手で殺めてしまおうと思うほどに。
つまりは水氷の冗談を半分本気にしていたのだ。
「酷いな。水氷、俺以上の兄がいると思うか? 俺は世界一水氷を愛している自信がある。こんな兄はなかなかいないぞ?」
「……お兄さま、それ本気で言ってます?」
「当たり前だろう。俺はいつだって真剣だよ。俺は水氷が大好きなんだ。水氷、俺とずっと一緒にいてくれないだろうか」
「お断りします!」
そう言い放ち、龍舎の扉から水氷が飛び出していった時でさえ、俺は水氷を笑顔で見送った。
なにせ、水氷は俺を嫌ってはいないからだ。むしろ好かれている。それを、俺は兄として……いや異性として確信していた。
その日から、水氷が龍舎にいる時間は増えた。
だが、会いに行ってもいつも龍たちに邪魔されるようになった。
そのころはまだ水氷が龍使いの姫だと明かされる前ではあったが、そんなこともあり、俺はすでに怪しんでいたのであった。
――もしかしたら、水氷は龍使いの姫であり、そのために王宮に召し上げられたのではないか、と。
水氷の美しい黒髪は、龍使いの白い髪を黒く染めているだけではないのか、と……。
俺は思わず悪態をつく。
水氷は行ってしまった。龍使いの姫として、龍と共に。
止められなかった……。水氷は俺の手の届かない場所に行ってしまった。
いちど後宮に入ってしまえば最後、今代の皇帝が死ぬまで妃たちはそこから出ることかなわぬということである。
助け打算として男が無理に押し入れば、すなわち捕らえられ処刑されるという……。
だが、止められなかったのを悔やむのと同時に、俺はやはり水氷を絶賛してしまうのだ。
この行動力は大したものではないか、と。
さすが俺の妹だ、そこいらの娘などとはまさに器が違うではないか。
もちろん水氷ほどの美少女だ、ひとたび龍帝の目にとまってしまえば寵愛待ったなしなのは俺が保証する。水氷の持つ器は龍帝に並び立つものだ。すぐに皇后になるだろう。水氷の器とはそういったものなのだ。
だが、水氷はただ後宮に入るのではない。
水氷は龍帝を暗殺するつもりでいる。
……龍帝よ。お前が後宮にと望んだその少女はどこまでも大胆かつ不敵な俺の妹なのだ。
だからこそ、指一本でも触れ見ろ、たたではすまないぞ。
あれは俺の妹なのだ!!!
『お前は本当にあの姫のこと好きなのだな』
誰かにそんなことを言われたような気がした。
しかもその声はあざけりを含んでいて……。
『忘れているのかもしれないが、あいつは腹違いなだけで、血の繋がった実の妹だぞ』
そんなのはわかっている。だが、それでも好きだという気持ちは止められなかった。……いや、もしかしたら、血が繋がっているからこそ……この想いは確かなものになっているのかもしれない。そんな気すらした。
水氷と初めて会ったのは、ちょうど一年前のことだった。
父王が下級女官に産ませた子。黒い髪をした女の子。俺より四歳年下の美少女……。それが水氷だった。
――龍使いの姫の証である黒髪を、あの当時の水氷はまだ隠していた。
なぜ庶子である水氷が王宮に姫として召し上げられたのか。
それを疑問に思うものもいたし、いかがわしい取り引きでもあったのではないかと勘ぐるものもいた。
俺はそのどれでも無かった。ただ、見蕩れていた。
水氷の美しさに一発で虜になってしまったのだ。
母は違うが、父は同じ男だ。だから血は繋がっている。それは重々承知していた。しかし、それが歯止めとなることはなかった。
「初めまして、水氷です。これからよろしくお願いいたします、利祥さま」
そう言って水氷が頭を下げてきたとき、心臓が飛び出るかと思った。
礼儀もできているし、そのうえ可愛い。なんていい子なのだろう!
「こちらこそ、水氷。仲良くしてくれ。あと俺のことはお兄さまと呼んでくれてかまわない。これでも血の繋がった兄妹なのだからな。困ったことがあったらなんでもいってくれ」
俺はそれだけ言うのが精一杯で、彼女の顔を見ることができなかった。照れてしまったからだ。
だがあの可愛い顔は夜な夜な夢に見たものである。
王宮に召し上げられてからというもの、水氷は龍舎に入り浸るようにいなっていた。
俺は毎日の公務や鍛錬の合間にこっそり抜け出して、龍舎に会いにいっていた。会うたびに、水氷をもっともっと好きになっていった。
ある日、水氷がこんなことを言ってきたことがあった。
「お兄さまは、わたしのことをどう思ってるんですか?」
「もちろん、世界でいちばん愛している」
迷わず即答した。
すると水氷はほんの少しだけ顔を引きつらせて、頬を赤らめたのだ。
「ありがとうございます……」
その反応は思っていたようなものではなかった。兄が妹に全幅の愛を告白したのだ。ならばもっと嬉しがるとか、はたまた嫌がるとか……とにかくなにかもっと強烈な反応があってしかるべきである。なのにどうにも反応が薄いのだ。
ああ、この子はきっと俺が本気だということに気づいていないんだろうな。と俺は思った。
だから、ある日俺は駆け落ちを提案した。
「水氷! 俺と一緒に逃げないか?」
水氷は俺の言葉に目を丸くして驚いているようだった。
「逃げるって……どこにです?」
「どこだっていい! とにかく、水氷には俺の隣にいてほしいんだ」
俺は水氷の手を取り、彼女の瞳をじっと見つめながら言った。どんな反応も見逃さないためにだ。
「……お兄さま。 そんな、困ります」
水氷は顔を真っ赤にしてうつむき、手をぶんぶん振ってふりほどいた。
か、かわいい。なんてかわいい生き物なんだ、水氷は!
「その、なんだ。困らせるつもりはなくてだな……。水氷が可愛すぎてつい……」
しどろもどろになりながらも必死に弁明する俺。
「す、水氷は好きな奴とかいるのか?」
「いないですけど少なくともお兄さまを好きになることはありませんよ」
……こんな冗談を水氷が言ってきたのは初めてのことだった。それだけ打ち解けてきたということだろう。
本当なら水氷を抱きしめてその初めての冗談を祝福するところだったが、俺は笑って誤魔化すことしかできなかった。
なぜならその時の俺は本当に水氷のことが好きで好きで仕方がなかったから。
水氷が他の男のものになるくらいなら、いっそ俺の手で殺めてしまおうと思うほどに。
つまりは水氷の冗談を半分本気にしていたのだ。
「酷いな。水氷、俺以上の兄がいると思うか? 俺は世界一水氷を愛している自信がある。こんな兄はなかなかいないぞ?」
「……お兄さま、それ本気で言ってます?」
「当たり前だろう。俺はいつだって真剣だよ。俺は水氷が大好きなんだ。水氷、俺とずっと一緒にいてくれないだろうか」
「お断りします!」
そう言い放ち、龍舎の扉から水氷が飛び出していった時でさえ、俺は水氷を笑顔で見送った。
なにせ、水氷は俺を嫌ってはいないからだ。むしろ好かれている。それを、俺は兄として……いや異性として確信していた。
その日から、水氷が龍舎にいる時間は増えた。
だが、会いに行ってもいつも龍たちに邪魔されるようになった。
そのころはまだ水氷が龍使いの姫だと明かされる前ではあったが、そんなこともあり、俺はすでに怪しんでいたのであった。
――もしかしたら、水氷は龍使いの姫であり、そのために王宮に召し上げられたのではないか、と。
水氷の美しい黒髪は、龍使いの白い髪を黒く染めているだけではないのか、と……。
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