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第2話 笑う探偵令嬢
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「……あの、殿下。先ほどからいったいなんの話をされているのですか? 皆目見当が付きませんけれど」
きらめくシャンデリアの下で、広間は静寂に包まれていた。
壁に掛かる豪華なタペストリーが僅かに揺れ、貴族たちは息を潜めて私とルース殿下、そしてルミナ様に注目している――。
私の質問にルース殿下は青い瞳を鋭く光らせ、ビシィッ! と指を突きつけてきた。
「しらばっくれても無駄だシルヴィア、ネタはあがっているんだぞ!」
「ルース殿下、言っちゃってくださいましー!」
ルミナ様が甘ったるい声で殿下を激励したのに、私たちを見守る貴族たちの顔に興味と戸惑いが浮かんだ。なかには扇で口元を隠し、隣の紳士とひそひそ話をしはじめる令嬢もいて、それはまるで、劇場の舞台を観劇するかのようであった。
「おう、頑張る!」
ルミナ様に応援されて拳を握りしめる殿下。俄然やる気の彼は、その宝石のように輝く青い瞳をキリッとさせて私を睨み付けてくる。
「哀れなり探偵令嬢! 探偵小説などという野蛮なものが好きだからこうなるのだ。恥を知るがいい!」
「……二重の意味で意味が分かりませんわね」
「読書家のくせに頭が悪い奴だ!」
「ご託はいいから、早く説明してくださいませんこと?」
少し圧を上げて深緑の瞳で鋭く殿下を見据えると、彼は「ひいっ」と息を身をすくませた。
「たっ、探偵小説は殺人事件を扱うからな。そんな野蛮な本に慣れ親しんだお前のことだ、誰かを殺そうとしてもまったくなんの不思議もないということだ!」
「なんですかその暴論は」
「貴族令嬢なら探偵小説などという野蛮なものではなく宮廷恋愛小説を読め、宮廷恋愛小説を!」
ぐっと、ルース殿下に肩を抱かれてルミナ様がほくそ笑む。私に勝利したことを自慢するかのような、私を小馬鹿にしたような笑みだった。
だがルース殿下はそんなルミナ様に気づくこともなく、憎々しげに私を睨み付け続ける。
「俺の婚約者ならばルミナのようにしおらしく俺を立てろ、俺の後ろを一歩下がってしずしずと歩け、俺と近衛騎士に同時に言い寄られて悩みに悩んで寝込むくらいの繊細さをみせろ、この顔だけ女め! お前が読み規範とすべきは探偵小説ではなく宮廷恋愛小説なのだ!」
周囲の視線が交差し、誰かが小さく息をつく音が聞こえた。
ほんと、溜め息をつく気持ちも分かるわ。私がつきたいくらいよ。
私はふっと肩をすくめる。
「お言葉ですが宮廷恋愛も読みますわよ。面白かったらなんでも読むタイプの読者ですからね、私は」
「そんなはずはない。シルヴィアといえば図書館で借りた大量の探偵小説片手に内容を早口で説明してくるイメージしかないぞ!」
その言葉には、大いに心当たりがあった。
バサッと開いた扇で口元を隠し、視線を彷徨わせる。
「それは……、ごめんあそばせ。でもそれだけ『水晶探偵アメトリン』シリーズが魅力的なのですわ……」
「ああ、その水晶玉をのぞき込んで犯人を当てるやつだ。まったく、探偵が聞いて呆れるわ!」
「…………………はぁ」
深い深いため息が、今度こそ私の口から出てしまった。
アメトリンに興味がないとはいえ、これはあんまりだわ。
……ちなみに。
水晶探偵アメトリンシリーズは、公爵令嬢でありながら探偵業を営むキュートな令嬢アメトリンが主人公の大人気シリーズである。
かくいう私も大ファンだったりする。
我がディミトゥール伯爵領にある館の私の部屋には当然のことながら全巻そろっているが、王都のタウンハウスにはそろっていなかった。
もちろんできるだけシリーズを買いそろえはしたのよ。でも古い巻はもう売っていなくて……。
だから、図書館を利用して持っていない巻を読み直すことが度々あった。殿下がいっているのはそのことである。
殿下に会ったときに、アメトリンの魅力を懇切丁寧に力説した覚えもあった。それも一度や二度じゃなくだ。ついやってしまったの、自分を抑えられなくて。それは本当に迷惑をかけたとは思うけど……。
だからって、アメトリンを侮辱されるのは許せない。
「犯人あてはきちんと推理して行いますわよ。水晶玉はアメトリンが犯人を仕留めるための物理的な投擲武器です」
「お前、本当にそんなふざけた小説が好きなのか?」
「読んだこともないのによくそのような批評を下せるものですわね。アメトリンの知己にあふれるお洒落な台詞まわし、甘いものには目がないお茶めっぷり、事件を推理していく論理的思考、トリックを暴く爽快感、そしてアメトリンが真犯人に水晶を投げつけるときの決め台詞、『あなたが水晶玉から逃れられる可能性、ゼロパーセント!』の安心感。これらすべてが完璧にハマるべき場所にハマった大傑作シリーズですというのに!」
「殿下ぁ、なんかこの人怖いから早く国外追放にしちゃってくださいなぁ。なんなら処刑でもいいですわよぉ」
ルミナ様の鼻に掛かった甘いおねだり声で、私はハッと我に返った。
いけないいけない、自分の世界に入り込んじゃったわ。
「いいかシルヴィア、そういうところだからな、そういうところ!」
「ごめんあそばせ。ついアメトリン愛が溢れ出てしまいましたわ」
パチンと扇を閉じて、取り繕うためにも彼らに毅然とした視線を投げかける。
「それで? この私が殺人未遂犯ですか。ここまで騒ぎ立てるのですから、なにか証拠でもあるのですわよね?」
「もちろんだ、ぐぅの根も出ないやつがあるぞ!」
ルース殿下が胸を張るのを、私は冷ややかに見つめた。
「では、その証拠とやらを拝見させていただきましょうか」
「証拠というか、証人だがな」
「証人?」
「簡単なことだ、このルミナが事件のすべてを見ていたのだ!」
殿下は胸を張り堂々と声を張り上げる。その胸の中で、ルミナ様が照れたように笑った。
「えへへぇ、どうもですわぁ」
「被害者である彼女は、同時に優秀な目撃者でもあるのだ!」
「…………」
私は無言になった。
ルミナ様が証人……? それってつまり、ルミナ様が私を犯人だといってるってこと?
きらめくシャンデリアの下で、広間は静寂に包まれていた。
壁に掛かる豪華なタペストリーが僅かに揺れ、貴族たちは息を潜めて私とルース殿下、そしてルミナ様に注目している――。
私の質問にルース殿下は青い瞳を鋭く光らせ、ビシィッ! と指を突きつけてきた。
「しらばっくれても無駄だシルヴィア、ネタはあがっているんだぞ!」
「ルース殿下、言っちゃってくださいましー!」
ルミナ様が甘ったるい声で殿下を激励したのに、私たちを見守る貴族たちの顔に興味と戸惑いが浮かんだ。なかには扇で口元を隠し、隣の紳士とひそひそ話をしはじめる令嬢もいて、それはまるで、劇場の舞台を観劇するかのようであった。
「おう、頑張る!」
ルミナ様に応援されて拳を握りしめる殿下。俄然やる気の彼は、その宝石のように輝く青い瞳をキリッとさせて私を睨み付けてくる。
「哀れなり探偵令嬢! 探偵小説などという野蛮なものが好きだからこうなるのだ。恥を知るがいい!」
「……二重の意味で意味が分かりませんわね」
「読書家のくせに頭が悪い奴だ!」
「ご託はいいから、早く説明してくださいませんこと?」
少し圧を上げて深緑の瞳で鋭く殿下を見据えると、彼は「ひいっ」と息を身をすくませた。
「たっ、探偵小説は殺人事件を扱うからな。そんな野蛮な本に慣れ親しんだお前のことだ、誰かを殺そうとしてもまったくなんの不思議もないということだ!」
「なんですかその暴論は」
「貴族令嬢なら探偵小説などという野蛮なものではなく宮廷恋愛小説を読め、宮廷恋愛小説を!」
ぐっと、ルース殿下に肩を抱かれてルミナ様がほくそ笑む。私に勝利したことを自慢するかのような、私を小馬鹿にしたような笑みだった。
だがルース殿下はそんなルミナ様に気づくこともなく、憎々しげに私を睨み付け続ける。
「俺の婚約者ならばルミナのようにしおらしく俺を立てろ、俺の後ろを一歩下がってしずしずと歩け、俺と近衛騎士に同時に言い寄られて悩みに悩んで寝込むくらいの繊細さをみせろ、この顔だけ女め! お前が読み規範とすべきは探偵小説ではなく宮廷恋愛小説なのだ!」
周囲の視線が交差し、誰かが小さく息をつく音が聞こえた。
ほんと、溜め息をつく気持ちも分かるわ。私がつきたいくらいよ。
私はふっと肩をすくめる。
「お言葉ですが宮廷恋愛も読みますわよ。面白かったらなんでも読むタイプの読者ですからね、私は」
「そんなはずはない。シルヴィアといえば図書館で借りた大量の探偵小説片手に内容を早口で説明してくるイメージしかないぞ!」
その言葉には、大いに心当たりがあった。
バサッと開いた扇で口元を隠し、視線を彷徨わせる。
「それは……、ごめんあそばせ。でもそれだけ『水晶探偵アメトリン』シリーズが魅力的なのですわ……」
「ああ、その水晶玉をのぞき込んで犯人を当てるやつだ。まったく、探偵が聞いて呆れるわ!」
「…………………はぁ」
深い深いため息が、今度こそ私の口から出てしまった。
アメトリンに興味がないとはいえ、これはあんまりだわ。
……ちなみに。
水晶探偵アメトリンシリーズは、公爵令嬢でありながら探偵業を営むキュートな令嬢アメトリンが主人公の大人気シリーズである。
かくいう私も大ファンだったりする。
我がディミトゥール伯爵領にある館の私の部屋には当然のことながら全巻そろっているが、王都のタウンハウスにはそろっていなかった。
もちろんできるだけシリーズを買いそろえはしたのよ。でも古い巻はもう売っていなくて……。
だから、図書館を利用して持っていない巻を読み直すことが度々あった。殿下がいっているのはそのことである。
殿下に会ったときに、アメトリンの魅力を懇切丁寧に力説した覚えもあった。それも一度や二度じゃなくだ。ついやってしまったの、自分を抑えられなくて。それは本当に迷惑をかけたとは思うけど……。
だからって、アメトリンを侮辱されるのは許せない。
「犯人あてはきちんと推理して行いますわよ。水晶玉はアメトリンが犯人を仕留めるための物理的な投擲武器です」
「お前、本当にそんなふざけた小説が好きなのか?」
「読んだこともないのによくそのような批評を下せるものですわね。アメトリンの知己にあふれるお洒落な台詞まわし、甘いものには目がないお茶めっぷり、事件を推理していく論理的思考、トリックを暴く爽快感、そしてアメトリンが真犯人に水晶を投げつけるときの決め台詞、『あなたが水晶玉から逃れられる可能性、ゼロパーセント!』の安心感。これらすべてが完璧にハマるべき場所にハマった大傑作シリーズですというのに!」
「殿下ぁ、なんかこの人怖いから早く国外追放にしちゃってくださいなぁ。なんなら処刑でもいいですわよぉ」
ルミナ様の鼻に掛かった甘いおねだり声で、私はハッと我に返った。
いけないいけない、自分の世界に入り込んじゃったわ。
「いいかシルヴィア、そういうところだからな、そういうところ!」
「ごめんあそばせ。ついアメトリン愛が溢れ出てしまいましたわ」
パチンと扇を閉じて、取り繕うためにも彼らに毅然とした視線を投げかける。
「それで? この私が殺人未遂犯ですか。ここまで騒ぎ立てるのですから、なにか証拠でもあるのですわよね?」
「もちろんだ、ぐぅの根も出ないやつがあるぞ!」
ルース殿下が胸を張るのを、私は冷ややかに見つめた。
「では、その証拠とやらを拝見させていただきましょうか」
「証拠というか、証人だがな」
「証人?」
「簡単なことだ、このルミナが事件のすべてを見ていたのだ!」
殿下は胸を張り堂々と声を張り上げる。その胸の中で、ルミナ様が照れたように笑った。
「えへへぇ、どうもですわぁ」
「被害者である彼女は、同時に優秀な目撃者でもあるのだ!」
「…………」
私は無言になった。
ルミナ様が証人……? それってつまり、ルミナ様が私を犯人だといってるってこと?
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