探偵令嬢と華麗なる謎の皇子~探偵と怪盗、共闘す!?~

卯月八花

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第17話 怪盗皇子の正体

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 衛兵に化けた怪盗皇子ブラックスピネル――すなわちアステル殿下に手を引かれ、私は城の前の馬車回しに連れてこられた。

 馬車回しは逃げ惑う人々で大混乱していて、衛兵に手を連れられた令嬢なんて、誰も見向きもしなかった。当然のことだ、だって城内のホールで怪盗が出たのだから。
 令嬢や令息たちが血相を変えて馬車に乗り込もうとし、従者たちはその騒ぎに巻き込まれている。そんななか、私とブラックスピネルは別世界にいるように静かに、だがす素早く歩いていた。

 冷たい夜風が頬をかすめ、ふと現実に戻されるような心地がする。――私の現実って、なにかしら? ルース殿下に婚約破棄され、まったく信頼して貰えなかったこと? それともブラックスピネル=アステル殿下に手を引かれて夜の馬車回しを歩いていること?

 もちろん、ピンクダイヤモンドの首飾りは私の手にある。
 言いつけ通りにルース殿下の私室に首飾りを持っていくはずがないのだということは、分かっていた。だってこの衛兵、これを盗みに来た怪盗ブラックスピネルだもの。

 だからって悩みなしに馬車回しに直行したものだから、ちょっと驚いちゃったけどね。

 この宝石は私の交渉材料となる――だから大事にしないと。宝石を切り札にしようなんてルミナ様と同じ事をしているようで、少し自己嫌悪にもなるけれども。
 でもね、相手はアステル殿下とはいえ怪盗なのよ。そして私は探偵。用心に越したことはないわ。

 目下の心配事といえば、私はどうなるのか、かしらね。
 おとなしく解放してくれるのか。それとも戦利品としてどこかに連れて行かれてしまうのか。
 連れて行かれるとしたら、どこに? ――ビュシェルツィオ帝国?

 怪盗に奪われた探偵の末路……どんなふうになるのかしら。似たような話がアメトリンシリーズになかったかどうか思い出そうとしているのだけれど、なかなか思い当たらなかった。アメトリンはそんなドジは踏まないもの。

 でも、探偵というのはなんだかんだでピンチを脱して怪盗のアジトから脱出するものよ。
 きっと私だってそうしてみせる。

 そして、最終的には、この宝石をハルツハイム王家に返さないといけない。
 今さらルース殿下に会うのは、もう……正直、嫌だけれど。だから、国王陛下に直接返したいと思うのだ。

 ――そうして、隅の方に停められていた質素な馬車に、入れられた私は、思わず息を呑んだ。

「……まあ、これはこれは」

 外側は華美なところのない質素な馬車だったのに、内側はとても豪華なものだった。
 壁のランプが描く華麗な光と影のなか、ビュシェルツィオ帝国の輝かしい獅子の紋章を浮かび上がらせている。

 はいはい、なるほどね。もう隠す気はないのね。

 御者になにかを伝えていたブラックスピネルが、私のあとから馬車に入ってきた。
 彼は私の向かいのベンチに座ると、輝くような美しい黄金の瞳で私をちらりとみた。

 ……だが、なにも言わない。

 無言のまま馬車が動き出し、外のざわめきが去って行く。
 それでも彼はなにも言わず、ただ窓の外を眺めていた。

 幼いあのころ――無邪気な笑顔で「今日は絶対怪盗が勝つよ!」と言っていたのを思い出す。

 いま、眼の前の彼は笑っていない。ただ静かにこちらを見つめ散るだけなのに、心が微かに揺れた。

「この馬車、どこに向かっているのですか?」

 沈黙に耐えきれず、私はそう聞いていた。

「あなたに奪われた・・・・私はどうなるのです? アジトに連れていかれて、あなたの素晴らしいコレクションでも見せてもらえるの?」

「………………っ」

 と……。
 ブラックスピネルはうつむいて、肩を細かく震わせはじめたではないか。

 ちょうど、ルース殿下に剣を差し出したときのように――。

「……ふっ……くくくくくくくくくく……」

 まったく。人の気も知らないで楽しそうだこと。
 私が呆れていると、衛兵は顔をあげた。

「あっははははははははは!」

 彼が笑う姿は、もはや衛兵のものではなかった。姿形はそのままなのにすっかり雰囲気が違っているのだ。

 幼いあのころだって、こんなに大笑いしたことはなかったんじゃないかしら。

「はー、うまくいった! 完璧じゃないか、いや完璧以上……、あはははははは!! さすが僕だな!!」

 膝を叩いての大爆笑である。

「……」

 向かい合って座る私といえば、呆れてものも言えずに彼を見ていた。
 なにがそんなに面白いのよ、人様のものを盗んで置いて。
 怪盗なんていって格好つけているけど、彼がしたことは単なる盗みだわ。この人は悪いことをしたの。

 ちゃんとその自覚はあるのかしら?

「君も見ただろシルヴィア。みんな僕が本物の衛兵だって信じて疑わなかったよ!」

「私は気づいていましたけどね」

 ムスッとしながら私は言う私に、アステル殿下はニヤリと笑った。

「へぇ、負け惜しみなんて君らしくないじゃないか。探偵は勝ち負けを気にしないとかいってなかったっけ?」

「これは負け惜しみではありません、事実です。私はちゃんと気づいていたんです。いいですか殿下、これから変装するときには手袋をお着けなさいな」

「手袋?」

 その黄金の瞳が揺れて、馬車のランプにキラリと反射している。

「殿下の手は綺麗すぎるのですわ。少なくとも顔に刀傷のあるような衛兵らしくありません。そんな人はもっと荒々しい手をしているはずですからね」

「……あ」

 今気づいた、と言わんばかりに自分の手を眺めるアステル殿下。

「それに、目も、ですわ。こんなに綺麗な黄金色の目の持ち主なんてそうそういませんわよ」

 まぁ彼の正体に気がついたのは本当に最後の方だったけれどね。それは言わないでおきましょう。……探偵の見栄よ、これは。

「ふふっ。綺麗、か。その褒め言葉は素直に受け取っておこう。ありがとう、シルヴィア」

 アステル殿下の笑顔はまるで少年のように無邪気で、その黄金の瞳はやっぱり綺麗で、私は一瞬でまた魅入られてしまったのだった。

 おっと、いけないいけない。

 相手は仮にも皇子様なのよ、対応はしっかりしないとね。しかも怪盗だ、怪盗。

「ああ、しかしそこまで見抜かれていたとはな。手だけに『手落ち』だったなぁ」

 彼は悪戯っぽく言ってはにかんだが、その表情の向こうには怪盗としての誇りが隠れていた。

「やっぱり変装メイクっていうのは全身で考えないと駄目だな。初仕事で心が浮ついてたのが敗因だな。これはそういうことにしておこう」

「お顔のメイクはご自分でなされたのですか?」

「そうだよ。怪盗たるもの、変装くらいできないといけないからね」

 まったく、よくやるわねぇ。
 まあ、私としても変装術には興味があるけどね。張り込みなんかに使えそうだし……。

「でもさ、言わせて欲しいんだけど。君が気づいてそうなのは僕も気がついてたんだよね。シャンデリアのトリックをずいぶん不思議がっていたから」

「ああ、あれですか……」

 明かりの消えたパーティーホールで一本だけロウソクの灯ったシャンデリア、そこに怪盗が乗っていた――あのことを言っているのだろう。

「人一人が乗っているにしては傾きもしていませんでしたし、さすがにあれは妙でしたわ」

「面目ない。何せ急ごしらえでね、人形を乗せることに精一杯で重さまで考えなかったんだ。トリックに気づかれやしないかとドキドキしたけど、気づいたのは君だけだったみたいだね」

 ということは、やはりあれは人形で、人々の興味を引きつけるためのトリックだったのか。

「あれが見えたのは一瞬でしたしものね。すぐに暗闇に戻ってしまいましたし、パーティー参加者たちが見逃してしまうのも仕方のないことですわ」

 それにあのとき会場って大騒ぎになっていたもの。しっかりとシャンデリアを見た物好きなんてそう多くはなかっただろう。いわずもがな、私は物好きなのよ。

「ま、そういう君も『妙だな』くらいにしか思ってなかったみたいだけどさ」

「それは認めます。まさかこんなことを実際にする人がいるだなんて思いもしませんもの。でもそれ以上に妙だったのは、あのときの台詞ですわね」

 と、私はそのときの怪盗の台詞を思い出しながら言う。

『さて、これから宝石をいただきに君の元へ降り立とう。それまでの間、誰にもその宝石を渡すことのなきようにな!』

「あれは、あからさまにルース殿下に暗示をかけていましたわね。。まるで、宝石を誰かに渡すことが怪盗の裏をかく作戦だとでもいうかのように」

 私が指摘すると、彼はくすっと笑った。いたずら成功! とでも言いたげな表情を浮かべている。

「そうさ、当初の作戦では、衛兵に扮した僕が、ルース君から宝石を受け取るはずだったんだよ」

 彼はそこでわざとらしく真剣な顔をして見つめてきた。
 その黄金の瞳が、ランプの光に照らされて微かに揺れている。少年のような純粋な瞳――私はその視線を避けることができず、まっすぐに見つめ返していた。

「ところで、君が僕が誰か分かってるってことを前提として話してきたけどさ。……分かってるんだよね?」

 今さら何をいっているのかしら。
 私は軽く微笑みながら、彼の名をはっきりと告げた。

「あなたはアステル・ビュシェルツィオ殿下ですわ。ビュシェルツィオ帝国第一皇子の」

「正解!」

 殿下はにっこり笑うと、パサパサした茶色の髪に手を伸ばして、一房をすっと持ち上げる。髪はまとめて滑り落ち、下からは漆黒の髪が現れた。茶色の髪はカツラだったのだ。

 顔のメイクはとっていないから、頬に刀傷のあるアステル殿下になってしまっているけれど……。

「君の観察眼は相変わらず大したものだね。ずいぶんと久しぶりだ、シルヴィア。元気だったかい?」

 彼の口調はあの頃と変わらない。幼い日の思い出が鮮やかに蘇る――。
 私は座ったまま上半身を優雅に倒し、スカートの裾を摘まんで礼をした。

「はい、おかげ様で。お久しぶりでございます、殿下。本当に……13年ぶりですわね……」

 13年越しに会う、私の初恋の人……。アステル殿下。

 今この瞬間、正式に私たちは再会した。

 彼を前にしている――この瞬間を、幼い頃からずっと夢に見ていたはずだった。
 会いたかった。すごく会いたかった。それは確かなんだけど……。

 いまの彼は宝石を盗んだ怪盗で、私はそれを阻止できなかった間抜けな探偵っていう。
 できたらこういう会い方はしたくはなかったわね。

 彼が怪盗として微笑む姿を目に焼き付けながら、私は自分の鼓動を鎮めようと、深く息を吸い込んだ。

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