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9章 聖妃覚醒

99話 風なんか、捕まらない *R15相当シーンがあります

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 思えば、ここ半年ほどのワタシの魔力の回復は異常だった。

 アスタフェルを呼んで魔力が底をついたときも。骨折した犬を助けるため魔力を使い果たしたときも。その他諸々、いろいろな事態に遭遇して必要にかられるまま大小様々に魔力を使用し、それ相応に消耗をしたときも。
 本当なら回復に何ヶ月もかかるはずなのに、ほんの数日休んだだけで魔力は回復していた。

 それは、アスタがこうしてキスでワタシを回復させてくれていたからだったんだ。おそらく、ワタシが寝ている間に。

 最初から。最初から、アスタフェルは……。

「何故言ってくれなかった、ずっとオマエが助けてくれていたって」

「人知れず好きな女の子をキスで救うってさ、カッコイイだろ。なんか、秘密のヒーローみたいでさ」

 空色の瞳でニヤリと笑うが、ワタシは一人で頷いた。

「ワタシへのカードにするつもりだったのか」
「人の話聞けよ。まあ本当は、お前に余計なこと知られたくなかったってだけだけどさ。お前が俺から離れるかもしれないことなんて、できるだけ教えたくなかった」

 ワタシが本当は聖妃であるということ。事実を知ったらワタシが聖神シフォルゼノの元に行ってしまうのではないかという焦り。魔力を注ぐキスから何かを感じ取られるかもしれない、という恐れ。

 アスタはいったい、いくつそんなカードを抱えていたのだろう……。

 アスタフェルは、もう一度強くワタシを抱き締めた。
 顎をワタシの肩に埋めて囁く。

「ああ、やっぱり好きだ。お前と戦うことなんかできるかよ。ジャンザ……ジャンザぁ……」

 抱き締めたままゆっくりと、彼はワタシの頭を撫でた。
 優しく、大きな手……。なんだかとても心が安まるのを感じる。

「大好きなんだ。なあ……どうしたら伝わるんだろうな、この気持ち」

「…………………………」

 答える言葉を、ワタシは持たなかった。

 もう伝わってるよ、なんて言ったところで、きっと想いの数十分の一にしかならないだろうから。

 それにきっと、ワタシは彼の想いの全てを精確に受け取っているわけではないんだ。

 だって、そうでもなければ、彼を欺いて王子に身を捧げようとしたり、今だってシフォルゼノと名目上の結婚をしたまま彼と共にいようとしたり――酷い扱いをして怒らせたり、しないから。

 心が彼を求めているのに、自分の野望に固執して彼を傷つけたり……しないから。

「ジャンザ……。やっぱりさ。お前、俺たちの分まで幸せになれよ。お前の夢を叶えてさ。ずっと見てる。お前のこと、ずっと好きだから……」

 その言葉に、ワタシははっとした。別れの気配を感じたからだ。

「待て、アスタ」
「まあ真の名を知られてるから、俺たち本当はいつでも一心同体なんだけどな」
「アスタ!」

 知られたっていうか、それオマエから一方的に教えてきたんだけどな……。

 彼はワタシの唇に、軽くちゅっと口付けた。

「……やっぱり、こっちのほうがいい」
「え?」
「金髪碧眼も目新しくて良かったけど、お前には茶色が合ってる」
「あ――」

 この過剰なスキンシップは、アスタに素肌で素肌を触られているということだ。
 だから先ほどからワタシは聖妃の変身を解除されていた……。

 ……この状態で、ここで力を使うことってできるのか? アスタフェルとこんなにも近しい場所で。
 普段のままの姿で聖妃の力を使えるかの実験なんて、まだしてない。今がその時か。今、実験するしかない……。

 もし駄目でも、真の名による束縛。それがある。彼の真の名を発音はできないけど、魔力を取り出したときの反応でアスタフェルは性的な感覚に捕らわれる。使いようだが、それで少しくらいはこちらに有利になるはず。

 耳元で、アスタが囁く。

「ジャンザ、好きだ。好き。こんなにもお前のこと好きなんだって、せめて分かって欲しい」

「お、オマエなんて、アスタ。我が野望の前に、膝を折るのはオマエだ。オマエは……ワタシのもので……」

 あ、これ。この状態でアスタの魔力引き出すのって、自殺行為では……? 今のアスタが性的な刺激を得たとしたら。

 初めて彼を呼び出したときとはそれでも良かった。その後に続く力での捻じ伏せのほうが主眼だったし、それをするのになんの躊躇もなかった。
 しかし、二人の想いがあのときとは違う。しかもこんなぴったり密着だ。
 単に煽るだけの結果になりそうな……。

 いやもう正直にいうと、発情するアスタにワタシが耐えられない……おそれが……。
 理性と劣情のバランスが崩れる恐れが。

 早く、聖妃の力の検証実験兼実戦を……。

「俺は最初から、もうとっくに全部お前のものだよ。もどかしいな、なんでこの想いって直接伝えることができないんだろう。なあ、ジャンザ。俺、こんなにもお前のこと欲しいのにさ……」

「うるさい。黙れ。オマエはワタシが勝ち取ったんだ。だからオマエはワタシのいうことを聞くんだ」
「ジャンザ……」

 ふっと、アスタフェルの視線が穏やかになる。

「……愛してる」

 ワタシの焦りが、優しい瞳に溶ける。

 もう一度、魔力を回復するキスをされ――。

 熱を帯びた空色が、妙に目に焼き付いた。

 ……ワタシはわけも分からず――これによってアスタフェルの気が変わるかもしれない、との少しの打算を抱きながら――必死に彼の背中に手を回し、抱きついていた。

 そして――。
 アスタはワタシをぎゅっと抱き締め、小さく身震いし……。

 息をついていると、四枚の白い翼が羽ばたかれた。
 ふわりと、彼の身体がワタシから離れる。

「アスタ……?」
「シフォルになんかされたらすぐに呼べよ。この世界ごとシフォルを消滅させてやる」

 そんな言葉を残し。
 彼は消えた。

 いやヤバいだろ神を世界ごと消滅ってどんな大惨事だよ――なんて、こんな時でも心の中で突っ込みを入れてしまいつつも。

 ワタシは呆然と、身体から離れた体温を感じていた。

 ……消えた。

 本当に? またすぐ戻ってくるだろ?
 だって……アスタフェルも言っていたけど、彼はワタシとは真の名で繋がっていて……。それに、アスタはワタシのことが好きで……。

 だが、いくら待っても……。

 アスタは帰ってこなかった。


    ◇  ◇  ◇


 その日、夜になって、寝るとき。
 久しぶりにたった一人になったこの魔女の家の屋根の下で。
 ワタシは……ようやく、涙を流した。

 両方手に入ると思ったんだけどなあ。無理だった。無茶だった。

 失ってはいけないものを失っただけだった。

 結局アスタの思うとおりになってしまったし、彼を変えることもできなかった。
 しかもワタシにとっては不利……。
 これでシフォルゼノに入れなかったらどうしよう。黙っておこうかな。そうだな、黙っておこう。……検査とか、しないよな?

 婚約までしていた女を聖妃として召し抱えるっていうんだ、過去なんてどうでもいいだろう。ある意味、究極の出生主義だ。

 別に、しでかしたこと自体への後悔はない。が、アスタフェルなんかに流されるままに流されてしまった自分への怒りならある。気勢が削がれたのは事実だし。不覚だった。

 だいたいこうして彼を逃がしてしまってはもはや魔界……しかもアスタフェルの所領にて師匠の墓守をしているフィナのことも守れない。

 アスタフェルを呼び戻すことも考えたが……。ワタシ、あの名前発音できないんだよなあ……。

 結局、ワタシはアスタフェル抜きで、これからを生きていくことになってしまった。

 落ち込みながら、泣きながら。
 それでもワタシはこれからのことを考えていた。

 アスタフェルに『フラれた』ことは、これはもう仕方がない。彼はもういない。頼れない。
 だからそれはそれとして、一区切り付けてしまおう。

 あいつのいないこれからの人生を生き抜くために、ワタシは頭を使おう。せっかく、ちょっとは使える頭がついているのだから。

 現状ワタシに残されているのは自分が聖妃だという事実と、真の名を発音できないまでも未だアスタフェルの莫大な魔力を使うことができるという、この二点のカードだ。

 この二つ。これは結構なカードである。

 ひとまずは聖妃としてシフォルゼノ教団に受け入れられることを目指そう。

 ……でも今だけは。今だけ。今だけ……。
 泣いていよう。
 きっと、明日の朝には完全に一区切り付けるから……。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

お読みいただきありがとうございます!

最初に考えていたのは、ここで二人は永遠に別れて、
天界に昇ったジャンザは聖神のもと魔界の魔王アスタフェルを静かに想う、一方アスタフェルは天界に攻め込もうとしていた部下を止めてジャンザを守る、という終わり方でした。

でもそれだと悲しい、なんとか再会させたい……と二人が再会してハッピーエンドになる物語にしようとしたのが、この話を書くきっかけです。

そんなわけで、二人は再開します!
お楽しみに。

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